○○○レディースモニター会議


(8/26)

モニターになりました
月に一度、小一時間かけて大分市まで出かけます。
日当5000円と、旅費900円をいただきます。
働いてお金をいただくのは、仕事をやめて以来なので、
ちょっとうれしいではありませんか。
車で行って、おいしいものを食べて帰ると・・・いえそれでもおつりがきます。
その上、今回のモニターの仕事はIT教室に出席する事??
HPは持っていますが、PCのことはうんうん言っている花sumiです。
うれしいお話ではありませんか。
町のIT教室とはちがって、メールが打てる人ばかりです。
何人かの方とメールの交換などもしています。
3回目の会議は「Wordを使って葉書を作ろう」でした。
花sumiは初めてだったのでとても楽しくていい勉強になりました
帰って、葉書の応用で前からやってみたいと思っていた
箸袋を作ってみました。
うんうん上出来 !!





ウフッ!花sumiの絵手紙から・・・

はし袋の作り方


極楽レストラン

(8/06)

6月の終わりに逝った主人の伯父の法事がありました
暑い1日でしたが、ちょっといい話にめぐり会いました

あの世には極楽レストランと、地獄レストランがあるそうな

地獄レストランに集まる人のテーブルには、
真ん中にご馳走が置いてあります。
テーブルを囲む人たちは、
自由に食事が出来ますが、一メートルもあるお箸です。
一生懸命ご馳走をつかみ食べようとするのですが、
なかなか口に入れることが出来ません
いつまでたっても、満足できません。

極楽レストランのテーブルも
同じようにご馳走と、お箸が置いてあります。
集まった人々は、長いお箸で、ご馳走をつかみ
お向かいさんに、お先にどうぞおあがりくださいと、差し出します。
ありがとう・・いただきます。あなたもどうぞ・・・・と
お向かいさんも、箸をこちらにはこんでくださいます。
ありがとういただきます。と、ご馳走にお互い満足するのです。って

奪い合えば足りず、分け合えば余る・・・・

短いお説教でしたが、極楽レストランに、行きたいものです。

花sumi


HP「は・な・の・WA」を開いて



ちょっとお邪魔したHPで、時々おや花sumiさんのお知り合い・・・とか
花sumiさんのところから来ましたと言う
言葉に出会う事があるようになりました。

HPを開く時・・・HPの名前を「は・な・の・WA」とした時・・・
花sumiの庭のお花がきれいだからでも、
珍しいお花を、紹介したい訳でもなかったのです。
確かにお花は大好きで、花に向かっている花sumiは本当に幸せです。
少しでも、その幸せ気分を、お分けしたい気持ちももちろんありました。
でも、大好きなお花の話をきっかけに、いろんな人とお話したい・・・
と言うのが花sumiの本当の願いでした。

お陰さまで、たくさんの人が、つたないHPに何度も足を運んで下さり
少しづつですが、花sumiの「は・な・の・WA」が広がっているように思えて
うれしくなります。

HPを開いた時からずっと花sumiの事を
見守ってくださっている横浜BaBaさん、

お忙しいのにおみやげ置いてってくださる花咲かおやじさん

ダンディ@ムックさんも山行き、鮒つり・・・・
お忙しいお仕事の合い間に、立ち寄ってくださいます。

素敵なお庭のお花をたくさん運んで下さるゆりかごさん・・・

子育て真っ最中でおお忙しののぐさん、

自然の小さな生き物への思いをお届けくださるぴっぴーさん

ぴッぴーさんつながりがご縁の、水耕栽培のぶくさん

優しいメールでなごませてくださるURARAさん

元気、パワフルな大分の星、さっさん

都会の風をくださる気ままさん

メールで、感想やお話を下さる
keikoさん、福岡のumiさんコスモスさんyosikoさん

シニアの方々Lindeみなさん

「は・な・の・WA」でほんとにたくさんの方々と
お話が出来た事、感謝したい気持ちでいっぱいです。

4ヶ月が経ちましたが、息切れしないよう
ゆっくりと楽しみながら、皆さんにも楽しんでいただけるよう
「は・な・の・WA」のお庭でお待ちしたいと思います。
どうぞこれからもず〜と仲良くしてくださいね。
よろしくお願い致します。

花sumi
(2001/7/28)


暑中お見舞い


(7/20)

やっと梅雨明け!
ばんざ〜い!!
でも、覚悟がいるよ
暑さとの戦い。
暑中お見舞い申し上げます。

水も欲しいし、お日様もいる
なんたって私たち、
自然の前では、無能です。
何から何まで、お世話になります
生かされておりました
ありがとう感謝です
夏は夏でのりきろう

大分のかぼちゃお届けします

花sumi




黄色いやかん

  
       黄色いやかん

20年余り使い込んだ黄色いやかんがあります。
冬は、ストーブの上で、
ちんちんかんかん湯気を立て
夏は麦茶を沸かします。

結婚して数年はそれは貧しい生活でした。
お給料の半分が家賃で消え、
電気、水道、ガスなどの基本料金を払うと
一体どうして食べていたのだろうと思うほどです。
そう、・・ただ愛だけがあったのでしょうか??

「月に5000円だけ、お前が好きなことに使っていいよ」
ある日、夫が言ったそんな言葉に、感謝感激、喜んだ時代があったのです。
お前が好きなことに使っていい・・・
そんなことを言ったって余裕があるわけではないのですから、
結局、家族の楽しみや、おいしいものを食べることに使ったのでしょうか。
それでも、2つだけそのお金で買ったという記憶のものがあります。
朝日新聞社発刊の花の写真と、エッセイ俳句の載った
季寄せー草木花夏」という写真集です。
一日の食費を500円程度で賄っていた頃の1800円です。
私にとっては、ずいぶんなぜいたくです。
そして、この黄色いやかん・・・
きれいな色に惹かれたのでしょうか?お洒落な形に思えたのでしょうか?
1300円だか2300円だか良く覚えてはいないのですが
当時のシンボウ花sumiさんにとっては、とびっきり上等の?贅沢品でした。
ほうろうのやかんは今も我が家で活躍しています。

時代は変わりました。
あまり考えることも無く、お買い物が出来るようになりました。
好きなことに使って良いよ・・・と言われたら、今ならいくらで感謝感激??

幸せな時と共に、失ってしまったものもあるのかもしれません。
黄色いやかんを買ったあの日の私が、ふとなつかしく思える今日でした。

                       (2001/7/6)



母と過ごす日

朝からの雨は2年前と同じです。
「気をつけてね。ありがとう」
それが母の最後の言葉になりました
それぞれに覚悟は出来ていたとは言え、
してあげられなかったことばかりが
思い出され、悔やまれるのです。

外地育ちのユニークな母は、
まるで夢のような思いつきを、
臆することなく話す人でしたから
周りはついていけません。

気がつけば、ここに・・・
もう一人の母がいます。
母の言いそうなことだと
自分で笑ってしまいます。
今日は母の命日。
一日、母と過ごす日です。

 花sumi
(2001/6/23)



 
なぐさめられて  

   名前を丈一郎(ジョー)と言います

 「犬の子さしあげます」という
 新聞の広告が縁で
 私の家にやって来ました。
 当時14歳だった次男は、大の動物好き。
 小さいときから
 動物博士と呼ばれていました。
 アパート住まいの時は、
 あんなに欲しがった犬でしたが
 何とか次男とコミュニケーションがとりたかった
 親の策略を見抜いていたのでしょうか、
 積極的に飼うことに参加しませんでした。
       それでも、犬の名前を「丈一郎」と名づけ(辰吉丈一郎のファンでした)
       肉は生肉の方が消化がいいのだ、散歩は毎日行かなければ等、
       こまごまとした犬の飼いかたは彼が教えてくれました。
       不思議なもので丈一郎は誰よりも次男のことが好きなのでした。
       我が家へやって来て9年・・・
       わがままは言わず、必ず私たちの呼びかけに答えてくれ、絶対服従かと思えば
       時々の家出・・・見切りをつけたのか・・と思っていると、
       庭の隅っこでじっと見つめていたり、
       ジョーにすねられたり、花sumiがあたってみたり、
       ジョーには私たち家族がどれほどなぐさめてもらった事でしょうか。
       この頃はちょっぴり更年期?・・やる気をなくしているみたい。
       「後、5年はいくでしょう」と、獣医さんに言われました。
       「5年?」・・・
       ジョー!仲良く年取っていこうね。ジョーのつぶやき聞いてやってください)

                              (2001/6/17)
                    
ジョーのつぶやき


父との思い出
麦畑 (2001/6/1)

もう、遠い昔のことになりました。

私の父は、勤め人でしたが、
家には少しばかり田畑がありました。
町育ちの母が、父に叱られながら、
季節季節の農作業をしていました。

勤めに行く前の1〜2時間と、
帰ったあとの1〜2時間が
おそらくその日の段取りと、仕上げの
父の農作業だったのでしょう。
子供の頃父が遊んでいるのを
見たことがないくらいでした。

そんな父でしたが
麦わらの思い出があります。
脱穀した後の、麦わらで、籠を作るのです。

手先の器用な父は
20センチくらいに切りそろえた麦わらを、
うまくつなぎ合わせながら、
みごとならせん状に編み上げていくのです。
麦わらのキラキラとした光沢と、
規則正しい折り山をつけた籠が
なつかしく思い出されます

私も教えてもらいましたが、
父の編むような品のいい籠には
どうしてもならなかったものです。
父の籠を下げて、いちご採りに行く、・・・
麦はあの日に私を連れて行きます。