加藤雅也を愛してくれたみなさまへ

 夫 加藤雅也儀 通夜、告別式の際は 平日ご多用中にも拘わりませず遠路わざわざご会葬いただき、ご芳情の程有難く厚くお礼申し上げます。
 私自身、未だ彼が帰ってこないことが信じられず、また一番近くにいて助けてあげられなかった悔しさで、みなさまには早くお礼を述べたかったのですが、心と言葉の整理ができず遅くなったことお許しください。

 あんなに多くの方々に盛大に見送っていただいたこと、HP上で面識のない方や他チームのサポーターの方にまでお悔やみのメッセージをたくさんいただいていることに、私たち遺族は驚くと同時に励まされています。正直、こんなにも彼の死を嘆き本当に悲しんで涙して、慕ってくれていた仲間がたくさんいたことを、私や両親は初めて知りました。
 幼い息子にも「パパってお友達がたくさんいてすごい人だったんだよ」と将来教えてあげられます。本当にみなさんありがとう。

 生前、「家族あってのトリニータ」と彼は私には言っていました。(外でも言っていたかは不明です)でもその言葉はまんざらウソではなく、あれだけ毎試合アウェイにも参戦し「家庭は大丈夫?」とよく聞かれましたが、大丈夫なのです。
 なぜなら平日は良き夫であり良きパパでした!彼の「ずっと生き生きとしていてほしいので仕事は続けて欲しい」という希望で、うちは共働きでした。
 その分、彼は毎日子供の保育園の送迎し、来年は保護者会長との声もあったし、「パパの掃除機」と子供が言うほどの掃除好き、私が疲れている時は洗濯も干してくれたり・・・。だから土日はトリニータ行ってもいいよだったのです。でも、一緒には行きませんでした。
「有名になった分、慕ってくれる人もいれば、よく思ってない人もいるから、家族は表に見せたくない」という彼の優しさでした。

 8月14日初めてゴール裏で観戦しました。
 熱気、真剣さ、選手と一緒に戦っているという感じでした。
 でも私は涙が止まらなかった。。。どうしてここに彼がいないの。その勇姿を見ることはできませんでした。彼が考えた応援コールをこんなに多くの人々が。。。泣いている私の傍らで、4歳の息子が大きな声で応援していました。

 彼はトリニータが大好きでした。でもそれだけじゃないと思います。
 多くのみなさんとの出会いも大事にしていました。トリニスタの代表になったおかげでサポーターをまとめることに悩んだり、忙しくもなりましたが、年代問わずいろんな業界の方々とも知り合いになり、私はいい勉強になってると思っていました。彼も責任感が人一倍強く「オレがせんと!」といつも言っていました。
 まるで天職のようでした。。。

 短すぎる人生でしたが、思いっきり突っ走っていたと思います。
 やりたいことは、まだまだたくさんありました。
 病床でも彼は野望や希望を私に語っていました。
 私を涙が出るほど笑わせてくれることは、もうできません。
 子供が成長し独立したら夫婦仲良くハワイにでも移住したいねという夢も叶いません。
 でも、彼の残してくれた宝物「碧人」がいます。立派に育てたいと思います。
 いえ、今は碧人に助けられています。
 きっとパパのように大きくなって、私を守ってくれると信じています。

 加藤雅也を愛してくれたみなさま、みなさまお一人お一人の心の中にある彼への思い出、どうか忘れないでください。志し半ばで逝ってしまった彼の遺志を、ぜひみなさまで継いでいってください。彼の分までサッカーを楽しんでください。人生を楽しんでください。
 そしてお身体を大切にしてください。
 彼に会いたくなったら、いつでも自宅へお越し下さい。トリニータ部屋で待っています。
 試合の報告祝勝会でも、残念会でも結構です。賑やかなことが大好きな彼は喜ぶと思います。私たち家族も彼の残してくれた、多くの友人のみなさまと今後ともお付き合いさせていただきたいです。

 ネットへの書き込み経験もなく、脈絡のない長文になってしまいましたが、一言お礼を申しあげたく今の気持ちを文章にしてみました。
言葉では言い尽くせませんが、本当にありがとうございました。
本当にありがとうございました。

                                  2004年8月
                                   加藤 純子