開設したばかりでもないのにストックが少ない似非百姓です。
      ご了承下さい。

 INDEX
目次

1 有機栽培 今流行の有機栽培とは?
2 百姓の休日 百姓の休みはどうなっているのだろう?
3 通年栽培 野菜の旬がなくなり、一年中食べられるのは何故?
4 新規就農者(Vol.1) 新規就農者考
5 百姓の所得 百姓は低所得者かを世に問う
6 農協 農協が悪いのか、はたまた組合員が悪いのか?
7 産直 賑わいを見せる直売所の光と影
8 徒長と抽だい  植物の特性は育ての親似だった
9 台風   NEW 自然の前にはただただ無力

1 有機栽培 「有機農業」という言葉は、昭和49年にアメリカのJ.I.ロデイルの著書を訳す際に訳者の一楽照雄氏がはじめて使ったという。
その目指すところは、化学肥料や農薬の多投によってゆがめられた農業を、本来の姿に可能な限り近づけようとするものである。

JAS法の規定では、農薬や化学肥料を使用しないで、播種、又はうえつけ前2年以上、堆肥による土作りをした畑や田で生産された農作物をいう。(他に、農林水産省の有機農産物の表示ガイドラインもある)

ところで2001年の4月から、JASの認証マークがないと、有機野菜を「有機」と表示して売ることができなくなった。
おかげで、店頭から、有機野菜がほとんど消えたといわれる。
生産農家はこれまで、厳密に基準にそって、有機農産物を出荷してきたのだろうか、又、消費者も何を基準に「有機」と判断してきたのだろうか。
又、化学肥料を使わないで、自然だからいいはずだと、例えば堆肥を使用しても、発酵分解の進んでいない未完熟の堆肥は、化学肥料と同様に、発ガン物質である硝酸塩を発生させるという。
あるいは又、果実類のように、非常に病気にかかりやすく、完全有機が難しいという作物も多いといわれる。
完全有機が可能であれば、もちろんそれにこしたことはないのだが、有機栽培は、それ自体が目的ではなく(生態系の循環及び維持という点では目的であるともいえるが)、より安全で、高品質の作物を生産消費していくための、1手段であるとの見方もできるのではないだろうか。

これからは、農産物の見てくれや表示だけでなく、たとえば顔の見えるファーマー・タナカから買うといった、消費者自らが確かな選択眼を持つ必要性がますます高くなるだろう。(2002.01.04 No.1)[INDEX]


2 百姓の休日
百姓の収穫した農産物は、通常農協を通して、各地の市場に出荷される。
今日収穫したものは、明日早朝までに市場に運ばれるのである。
その市場は株式会社であり、サラリーマンが勤めているわけだから、日曜祭日は当然休み。
ということで、百姓の休日は、その市場の休日の前日、日曜祭日の前日となる。
普通の皆さんがお休みの日は、絶対働いているのである。(チクショー!!)

資本主義社会の最下層には、一般人とは別のカレンダーが用意されているのである。

なお、上記はあくまでも市場出荷を前提とした話で、農産物の収穫等の仕事は、百姓の願いとはうらはらに出物腫れ物所構わずで、上津江村の主要農産物である、きゅうりやしいたけは、爆発的に収穫が集中することも多々あり、休日どころか、昼寝をしたり、転寝をしながら徹夜で箱詰めパック詰めというのが現状である。(昼寝と転寝をやめたらいいと思うけど・・・)(2002.0105 No.2)[INDEX]


3 通年栽培 昨今は旬がなくなったと言われる。
施設栽培(ビニールハウス等)が盛んになり、1年を通じて野菜が作れるようになったためである。
それでも普通は、露地栽培(普通に土で作ること)よりも少し早い時期から、少し遅い時期までというように、栽培期間が延びはするが、1年中栽培するわけではない。
それでも1年中同じ野菜を食することができるのは、ほとんどすべての野菜について、産地間での見事な補完システムができあがっているからなのである。
たとえばレタスで言うと、5月から10月は、長野産で、11月から4月は福岡産といった具合に。

それはともかく、通年栽培とは、文字通り、1年を通じて、栽培するやり方なのだ。
作物によって違うが、季節に関係なくいつも種を播き、移植や定植をして、収穫する。
そのためには、温度や湿度などの作物が生育できる栽培環境を人工的に作り出さねばならない。
環境への負荷を少なくだとか、自然な農法が注目される現代、冬は、重油を湯水のように消費し、夏は、ファンを回し、水を冷却し、細霧を発生させるなど、田舎にいながら、お天道様任せの野良仕事とは似ても似つかない農業である。

こんな事に果たして意味があるのかと、自問自答する孤高の哲学者、キケロ・タナカではあるが、話が長くなるので、この問題は又の機会にゆずることにする。(2002.01.08 No.3)[INDEX]


4
新規就農者
  (Vol.1)
新規就農してしばらく経った頃、ある農政関係の上の方の方と話す機会があった。
その方のいう、新規就農者の定義は以下のとおり。

1. 新規就農者は、都会の落伍者である。
2. 新規就農者は、農業を趣味と考えている。
3. 新規就農者は、したがっておおむね失敗する。

そういわれる私自身もまさしく新規就農者のひとりであり、いくらか反発も感じたのであるが、ここは、後進のためにもちょっと冷静に考えてみようではないか。
まず、すべての新規就農者がそうであるわけではない。大分県でも新規就農者の大先輩たちが、最近私的に会を立ち上げて下さり、悪戦苦闘している私達に、様々な情報やアドバイスをしていただいている。
その方々は都会でも充分通用する人達であり、農業を当然ビジネスと考え、栽培技術力はもとより、販売力、情報量、行動力、経営センス等々、目を見張るものがある。(しかし数は少ない。)
では、都会で落伍してはいけないのか。
趣味で農業をやってはいけないのか。
農業で金儲けをしないといけないのか。
そんなことはないはずである。では何が問題なのだろうか。
私はこう思う。
それは、新規就農者という制度に乗っかって、補助金を受け、研修資金を受け取り、土地や施設を廉価で借り受けているのに(いわば税金を使って)、専業農家としての自立経営の気概がない事が問題なのではないだろうか。
定年帰農、自給的農業、趣味の農業、家庭菜園の延長、おおいに結構なのである。(遊休農地はいくらでもある。)
でもそれは、自前でやるべきなのではないだろうか。
農業をやりたい、やってみたいという志は一緒かもしれないが、専業農家としての自立をめざすのか(=利潤の追求、農地の有効利用、食料自給率の向上、雇用の創出etc)、自給的農業をめざすのか、趣味的農業をやりたいのかで、就農パターンは、おのずと違ってくるはずである。

そういうファーマータナカは、どうなんだということですが、
もちろん (ドロップアウト)5だけど、できれば趣味で金儲けしたいと考えている。
この脈絡のなさが命取なのである。
とりあえず反面教師ということにしておこう。(2002.01.24 No.4)[INDEX]

5 百姓の所得 ファーマータナカはサラリーマンを早々にドロップアウトしてしまったので、自営業の期間が比較的長い。
飲食店を経営している時も、料理飲食組合というのがあって、申告の時期になると、組合が税理士さんを呼んできて申告アドバイスをしてくれるのである。(小生には顧問税理士など、夢の又夢なのである。)
そのとき、グチャグチャの伝票や領収書をかかえてきて、机の上に広げ、万一納付税額
でも出ようものなら、なんで税金なんか納めないといけないのと息巻く姿も見られた。
源泉徴収される給与所得者が、不公平だとおっしゃるところである。
しかし現金主義であれ、発生主義であれ、少なくとも、収支計算はするのである。

収益−費用=所得は、会計原則の大前提である。
ところが、農業所得については、「農業所得標準表」というのがあって、それに基づいて、税金の申告をしてきたのである。
(平成13年からは、全国的に廃止だそうだが経過措置もあるようだ。)

 総収入金額−経費標準(10aあたりの標準内経費×作付面積)−標準外経費=差引所得

ということで、基本的には、収入と作付面積で、所得が算出されるのである。
(具体的な、経費標準の数字は知らないので損得は不明。)
どおりで、確定申告の時期だからと、利益も出てないにに大騒ぎしているのは、ファーマータナカだけだったのだ。

日本の農業の将来は暗いと言われるが、新規就農者(特に私)を除き、生活基盤は、安定しているようにも思える。
まず、自家消費米があり、自家野菜(白菜、大根、筍、芋その他もろもろ)があり、蒟蒻、漬物、味噌、餅、饅頭なども自家製である。
肥育牛を売却してのボーナスもある。
それに、季節折々の柿や栗などの果物や、蕨、ぜんまい、ふきのとう、たらの芽、むかご、山芋、姫筍などの山菜もある。
この地に来て、ご近所やパートのおねえさん(?)の好意で、忘れかけていた季節そのものを賞味できるのは、至福の時である。
それに田舎に残っている跡取には、役場や農協という、優良な職場があり、農外収入も確保されている。
農業者年金もある。
(実際は、後継者が都会に出て帰ってこない、又、市町村合併や、農協合併で、優良な職場も厳しくなってきているのが、現実であるが。)
というわけで、実質農家所得は、都会の大量消費型生活者に比して、
決して低いとはいえないのかもしれない。

それに引き換え、ファーマータナカは、トマトとサラダ菜だけの菜食主義者に無理やりさせられ、人の100倍位国民の義務は果たす意欲があるのに、免除されそうな勢い(?)である。(2002.02.17 No.7)[INDEX]

6 農協
農協のトップの方と、口論になってしまった。
事の経緯はこうである。

ある資材を購入しているのであるが、数ヶ月前に、これが、170円から185円に突然、一方的に、何の前触れもなく、唐突に、容赦なく、値上げされたのである。
(せこい話ですみません。生産費を下げて、消費者の方に少しでも安く提供できるようにとの大義名分と、農業経営が大変だという本音がさせる話です。)
支店サイドで説明を求めたのだが、「価格は本店より提示されるので、判りません。」との事。
ここで早速納入業者に納入価格の変動のあるなしを確かめた上で、本店の担当者に電話となる。
「早急に事情を説明せよ。」
(こんなデフレの時代に、しかも組合員の利益のために合併すると言っておきながら、一方的な値上げとは、許すまじ!!)
調べて連絡しますといったあと、梨の礫なのである。
怒り心頭に発し、後はお得意のワンパターン。
「課長を出せ。部長を出せ。○○を出せ。」

結局は、納入業者が値上げをしていたのであるが、だからといって、値上げ分プラスマージンを黙って上乗せしていいものだろうか。
そこに、仕入単価を下げる努力があってしかるべきではなかろうか。

こんな事をいうのはどうやらファーマータナカだけのようである。
たいていの人は、安いところを探して、そこから買うのである。

農協批判があちこちで聞かれる中、ファーマータナカはこう思う。
私たちはその批判する農協の組合員なのである。
(組合員でない方、組合員を辞められた方、農協を最初から相手にされていない方は除く)
よく引き合いにだされるのに、政治の話がある。
小泉首相がダメだというけれど(ダメかどうかは別として)、それを選んだ国会議員を選んだのは、まさしく私達選挙民なのである。民度が低いといわれる。
政治や組織が悪いのは、それを構成している、選挙民や組合員の責任もある。(すべてではないかもしれないが)
と思って言っているのだが、どうやら嫌われるだけのようである。
それどころか、巨大な象に立ち向かう蟻は、踏み潰されて一巻の終わりである。

この年甲斐もないかっこつけと理想主義が貧乏籤を引き続けてこさせたのだろうか。
やはりあとは、頼みのネット販売しかない。
注文はいらないかなー。(2002.02.11 No.6)[INDEX]


7
産直
直売所がおお流行である。
市場流通のシェアは年々減少しており、反面、産直や、量販店や外食チェーンとの直取引が増加している。
ファーマータナカも、「木の花ガルデン」という、直売所に大変お世話になっている。
この直売所は、お隣の大山農協が運営するもので、我らが大分ひた農協は、言わば出させていただいている弱い立場にある。
「木の花ガルデン」は現在5ヶ所(@日田郡大山町 Aサニー長住店Bサニー松崎店・・・以上福岡市Cわさだ明野店Dわさだタウン・・・以上大分市)に出店しており売上高はゆうに5億円を超える。
一個人で数千万の売上というつわものもおいでになる。
消費者にとっては、新鮮(出荷日が記載され、売残りは原則廃棄)、安全そう、生産者がわかる(生産者名が記載)、価格が安いと良い事尽くめだし、
一方生産者も、自分で値付けでき、規格外品でもよく、出荷してしなくてもよいと、こちらも悪くない。

だが産直にも光と影があるのである。

ファーマータナカは、農作業の前に軽トラックの幌をなびかせ十数個のトンネルを抜けて、ジグザクの悪路をひた走る。
一袋100円と200円の野菜をコンテナに詰め込んで。
出荷場(上記@の大山店)に着く頃、各店に出発するトラックから、まず、昨日の売残りが無造作に降ろされる。
返品の山である。(もちろん時期にもよりますが)
一部の熱心な生産者は、自分の野菜の返品状況を目の色を変えてチェックする。
しかし大半は引取り手がいるわけもなく、廃棄される運命なのだ。
野菜は旬だというけれど、普通に作れば、ある時期に一緒にできてしまう。それが自然というものだ。
市場に出しても実際ひどい時は1円にしかならず、直売所では返品廃棄。
先進的な直売所では、POS管理が徹底していて、時間毎の売上や在庫状況をFAXでいつでも取り出せるシステムがあり、これによって出荷、補充するところもあると聞くが、当方の直売所にそのシステムは今のところない。

もちろん、差別化商品を作り、人が作らないときに作るという、マーケティング戦略も当然必要だ。
返品率の把握分析も自分でやるしかない。
でも実際は大変だ。

今日も直売所はきっとごったがえしている事だろう。

お百姓には、何日も経ってから、売れた個数の精算書と、22%も手数料を控除された残金が口座に振り込まれる。
(今回はちょっと暗かったかな・・・。次回から気を付けますのでお近くの方、お近くにいらした方ははぜひ買って下さい。)(2002.03.31 No.9) [INDEX]


8 徒長と抽だい
今年の梅雨は長い。
そして今年の雨量は生半可ではない。
森林の保水機能もそろそろ限界ではないだろうか。あちこちに小規模だが、土砂崩れもみられるようになってきた。

この劣悪な栽培環境は施設栽培にとっても強敵どころか、お手上げ状態だ。
なんといってもお天道様が顔を見せてくれない。
植物は育ての親ファーマータナカに似てバカ正直であり、日照不足や温度に極めて従順に反応する。
たとえば、徒長(とちょう)というやつである。
植物は肥料が多すぎたり、日照が不足すると、葉や茎がひょろひょろと伸びてしまう。
これは、ナイスバディの女性を見た時のファーマータナカの鼻の下の長さに匹敵する。(確かに相当長いぞー!!)
そのくせ中身はスッポンポンなのである。(サラダ菜の葉の中も、私の頭の中も)
また抽(ちゅう)だいという現象がある。
所謂「とう立ち」のことで、温度により茎を伸ばし、花を咲かせる準備をするのである。
サラダ菜も消費者の皆さんに食されるためにこの世に生を受けたのではなく、本来は植物であり、花を咲かせ、種を作る。
日は照らないのに、温度だけはあるので、芯がにょきにょきと伸びてきて、サラダ菜の体をなさない。
おまけに茎は葉から養分をとるので、食味としては苦味を感じるようになるのだ。
結局自分の子孫は残せないのに、子孫を残そうとする欲望欲求だけはにょきにょきと頭を擡(もた)げてくる様は、これまたファーマータナカにそっくりではないか。はやく心頭を滅却したいものだ。

ハウスを叩く激しい雨音の間隙をぬって、蝉の声が聞こえる。
蝉が鳴けば、梅雨明けは近いという。(2003.07.13 No.16)[INDEX]

9 台風 NEW 更新もままならないまま、台風18号にやられて、瀕死の重傷。
再起不能、、性器も不能か。
挫折に脆いファーマータナカの再生は果たしてあるのか・・・・。(2004.10.05 No.24)[INDEX]