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更新日’09/06/28
開設日’02/01/01

いらっしゃいませ、ファーマータナカのよもやまコラム のページにようこそ。

田舎暮し、新規就農、農業、環境、雑文、ユーモア、お酒等、
無責任で支離滅裂なページを勝手に目指しています。



PROLOGUE(2009年度版)NEW
序章

牛に引かれて善光寺参り
尻に敷かれて宣告死、参る!!

(あんたなんかとっとと死んじまえばいいのに・・・?談)

相変わらず実現不可能の物欲(※)だけは衰えず。


※物欲リスト(抜粋)

妻にアトリエを作ってあげたい。
妻にパン工房を作ってあげたい。
妻に図書館を作って上げたい。
妻に書斎を作ってあげたい。
妻に広い厨房を作ってあげたい。


メチャ広い木の家を建てたい。
露天風呂を作りたい。
ホームバーを作りたい。
ワインセラーが欲しい。
ビリヤード台が欲しい。
音楽スタジオが欲しい。
パソコン買い換えたい。
携帯買い換えたい。
大型液晶テレビが欲しい。
映画が見たい。
コンサートに行きたい。

PROLOGUE(2008年度版)

PROLOGUE(2007年度版)

PROLOGUE(2006年度版)

PROLOGUE(2005年度版

PROLOGUE(2004年度版

PROLOGUE(2003年度版

PROLOGUE(2002年度版)



新着情報・お知らせ

・2009.06.28 少しずつ整理していきます。
・2008.01.13 PROLOGUE2008年度版やっと更新しました。
・20080.1.03 本棚更新ました。積読多。
・2007.03.22 スパイスコラム更新ました。

久々の更新というか、お茶を濁す程度のNEW!!
ま、いいか。生きてる証。

INDEX
目次

掲示板 インフォメーション 更新情報・お知らせ等
自宅(借家) よもやまコラム   日頃の鬱憤と癇癪が咲かせた徒花(あだばな)風コラムはこのぺージです
別宅(借家2) blog スパイスコラム  はやりのブログとやらを始めないとという強迫観念に襲われて
本棚 ファーマータナカの本棚 NEW 積読が溜まりすぎて整理にとりかかったところなのだ。偏向活字中毒者の一端がかいまみれるかも。
育苗ハウス 初心者のための新百姓講座 初心者が初心者に伝える、当世無責任百姓講座
ビニールハウス 百姓講座中級編  農業経営、販売、環境問題等についての考察と資料
鉄骨ハウス 田舎暮らしあれこれ 田舎暮らしの理想と現実
休憩室 ファーマーズ・バー  NBA(日本バーテンダー協会)2級の資格を持つ元プロのバーテンダーによるお酒にまつわる話あれこれ
物置 駄文・雑文    気楽でユーモアとウィットあふれる(つもりの)駄文、雑文、詩等のページ(付録・・・青春グラフィティ) 
隣り村 リンク 農業関係とファーマー・タナカの「お気に入り」から
男の隠れ家 裏プロフィール 自己紹介(団塊世代転落の軌跡)
弾薬庫 化学農薬等使用状況   栽培情報開示
秘密の花園 往復書簡   現役女子大学生との真面目な交歓日記
イケメンホスト倶楽部 インターン日記  地域の自立再生をさぐる大学院生のフレッシュな眼差し

YOMOYAMA COLUMN 
よもやまコラム


※ 2003年度からは、各駄文はこのよもやまコラムのページを経由して、上記の各ページに分類スットックする事とします。

リンクフリーです。 

2009.03.13
No.26
西部地区食料・農業・農村振興協議会
大分県は農業県故か、農業者に対する行政サービスは手厚いと思う。
標記の研修会の案内があり、参加。内容は食品表示適正化と、農商工連携促進がテーマ。
後半の講師は村ネットワークの小原氏で、興味深い話が何点かあった。
事業費1億5000万円のプロジェクトだそうだが、プランはお酒を飲みながら出た話で、わずか3ヶ月で構想が出来上がったとは驚きだ。あとは走りながら修正を加えていったという。
また、事業を起こすに当たって、基本的に過疎高齢化なので、例えば絶対労働力が不足しており、そんな所に企業が進出してくる事はありえないので、最初から競争相手がいない強みがあるという捉え方は、逆転の発想というか、日頃ついつい愚痴が出てしまうファーマータナカにとっては、痛い指摘だ。
それから取引先に媚を売らないというか、例えば、契約条件はこちらに合わせてもらうとか、出来ない事は出来ないと無理をしないとか、後発でも(大きな)取引先を選別するとか、ファーマータナカがやっている事と正反対の事をやれば成功するという事だ。
妙に納得するファーマータナカであった。[INDEX]
2005.01.04
(2004.11.06)
No.25
オーベルジュ
妻の愛車「フォレスター L..L..Bean Edition」が秋の風を切って走る。

もともと我の強い者同士で相手の言う事に耳を貸さない似たもの夫婦の末期的症状に加えて、台風の被害、トマトの病気と、まさに弱り目に祟り目のトリプルパンチ。
瓦解寸前の夫婦関係の修復への悪あがきのリザーブ。
個人的には、近隣の例えば小田温泉などのいい湯と美味しい懐石料理と、旨いお酒があればいいのだが、ここは百歩譲ってオーベルジュときたもんだ。
いつものいちゃもんのひとつもなく、以外にもすんなりとついて来るではないか。

九重の秋は深い。
長者原あたりの登山や、温泉めぐりや、紅葉狩りの人々の喧騒を横目に、湯坪温泉のほうにカーブを切る。
すると枯れたススキや木立の山肌はなだらかに起伏して知らぬ間に異次元にトリップしたようだ。
小高い丘に突然眼をひくように存しているといった想像を勝手にしていたのだが、実際は飯田高原の中心に佇む、イタリア農家風のお洒落な風情だ。

オーベルジュとは、「食事主体のペンション」「レストラン付宿泊施設」「料理を楽しむ、宿・離れ」「レストランがメインだけど、泊まることもできるよ」といった意味合いだそうだ。
ここ九重のあたりにも、数件があり、繁盛していると聞く。
全く女性というものは、次から次にお目当てのものを探し出してくる。
ヨン様か、ハンサムか知らないが、韓流ブームも然り。

思ったより、お客も少なく、雰囲気もgood!!
考えてみれば、ここのところまともな外食をしていなかったのだ。
味が中年のファーマータナカにとってはやや濃厚であったが、まあ、よしとしよう。
久しぶりに穏やかな気分になれた。
妻もそうであってくれればと、祈るような気持だ。

調子に乗って九酔溪の紅葉狩りへと足を延ばしたのはよかったが、そこの、狸のメイキャップをした女性(有名らしい)のいる茶屋の営業姿勢(駐車場代の事や、土産物の価格の付け方等・・・詳しくは別の機会に譲るが)にはちょっと閉口したことを付け加えておこう。[INDEX] 
2004.10.05
No.24
台風
更新もままならないまま、台風18号にやられて、瀕死の重傷。
再起不能、、性器も不能か。
挫折に脆いファーマータナカの再生は果たしてあるのか・・・・。[INDEX] 
2004.05.16
No.23
再会
こんなところで又会うなんて、神様も悪戯好きだ。

ファーマータナカは酒に溺れていた。情報収集と称してのべつ幕なし酒場や酒売場を徘徊していた。
貴女に初めて会ったのは、私にとっては似つかわしくない、確か高級ホテルでのワインの試飲会という、お洒落で、運命的な出会いであった。

酒に限らず、嗜好というものは段々としかも末期には、過激にエスカレートしていくものだ。
例えばペペロンチーロならニンニクと唐辛子の中にパスタが少量からまっていればいいという具合に。
又例えば性愛なら鞭と縄と女王様という具合に(ちょっと違う?)。
お酒もまさしくその通りである。
ウオッカなら、96°か、唐辛子入りに行き着き、ウィスキーならヨード香バリバリのアイラに行き着き、ブランデーなら荒削りのグラッパに行き着き、リキュールならスターアニス(八角)入りのアニス酒に行き着く。
ワインならもちろん甘くてはいけないし、えぐいタンニン臭が際立っていなけらばならないはずだった。

その会場に立つ貴女の、甘美だが上品なアロマ、気品を重ねたブーケ、高貴なのにセクシーボディ(白いドレスだったが)がファーマータナカをほんの一時だが、おどろおどろしい酒のタルタロス(奈落)の底から引き戻してくれたのだった。
依存や刺激ではなく、忘れかけていた憧れやときめきを運んでくれた貴女。

貴女の名前はソーテルヌ。
たが所詮身分が違う。
下層階級のファーマータナカにとっては、偶然の成せる技であり、ましてや彼女を又口でころがしたりはおろか、二度と貴女と会うことさえないと思っていた・・・。

それから随分と時は流れ、日々の忙しさに明け暮れていた。

いきあたりばったりで始めた百姓という仕事。
自給ではなく、人が農を業とした時から始まった様々な矛盾。
例えば、温度を獲るために、過湿というとんでもないお荷物をかかえてしまった。
密閉したハウスの中は、夜間湿度はほとんど100%になってしまうのだ。
カビの類には打って付けの環境となる。

「灰色カビ病」という病気がある。
ファーマータナカは、サラダ菜とトマトを作っているのだが、そこに敢然と立ち塞がっていたのがこの病気の元凶、そう、「ボトリチス・シネレア」という菌だ。
この菌は枯死した有機物の上でも容易に繁殖できる。
日常生活の中でも台所に放置しておいた野菜や果物に生えてくるカビの多くもこの菌と言われる。
したがって、トマトの株元でも侵されるなら、自慢の1株から数千個を収獲するという高度な技術もあっという間に水泡に帰してしまう。
収獲間際のサラダ菜の同じく株元が侵されれば、ビタミンたっぷりの緑の葉も出荷することができなくなる。

18世紀のヨーロッパ貴族社会の頃から珍重されている「貴腐ワイン」という白ワインがある。
葡萄の開花期後に降ったり晴れたりの天気が適当な間隔で繰り返された年に、収獲期の葡萄に灰色のカビがたくさんつくことがある。カビのついた葡萄は、表面のワックスが溶かされて水分の蒸散が盛んになるために、干し葡萄状態となり、果実内では酸が消費されて、糖度の高いいわゆる「貴腐葡萄」ができるのであった。
この一粒一粒を摘み取って作り出される「貴腐ワイン」がそう「ソーテルヌ」貴女だったのだ。

表と裏、善と悪、天使と悪魔、ジキルとハイド・・・.。
ああ、ソーテルヌ!! ああ、ボトリチス・シネレア!!
ファーマータナカの生存を脅かすその元凶が貴女だったとは、あまりにひどいめぐり合わせではないか。[INDEX] 
2003.11.02
No.21
団塊の帰農
いよいよメールマガジンの発刊だ。
以下に記念すべき創刊号を載せておく。

無料♪総購読者予定数10万♪ 2003年10月25日号(創刊号) ==== Vol.1
                1世紀に30回不定期発行・次回未定or廃刊予定
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆◆◆  森のトマト姫通信  ◆◆◆        [ 実配信数:雀の涙程度 ]
      ― ジョーク版 ―
                  ◇ 発行 ◇ (有) ニューファーマーズファクトリー ◇
                     ◇ 編集発行無責任者 ◇ ファーマータナカ ◇
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ユーザー登録番号:ヘロヘロ※〒⇒∞ゲロゲロ(文字化けではありません)

秋の上津江は秋桜も早々と枯れかかり、ススキがわがもの顔で漣んで
います。おお寒ッ(身も心も懐も)!!
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃★ 今号のトピックス ★    ・・・団塊世代は農を目指す・・・      ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
これから数年のうちに、我等「団塊の世代」800万人は一挙に還暦を迎えます。
定年退職する人、リストラされた人、離婚された人、肝機能障害の人、
アルコール&ニコチン(薬物はまさかないでしょうな)依存症の人に、今後の
人生を示唆する本が出ました。

現代農業11月号増刊
「団塊の帰農」 それぞれの人生二毛作 という本です。
http://www.ruralnet.or.jp/zoukan/200311kinou_m.htm
ファーマータナカの薄っぺらな人生も紹介されていますが、(本当はこの事が
言いたかっただけです)今後の貴方の、いや日本の、いやいや地球の未来の
ためにもぜひ購読をお奨めします。
業界では有名な雑誌ですが、一般にはマイナーな本なので、大型書店の
隅の方か、奥の倉庫を捜してみて下さい。
すでに返本になっているか、もともと入荷されていないかもしれません。
なお、10冊以上まとめ買いをされる場合は、無償で友人知人に配布される
事を妨げるものではありません。
立ち読みは現行犯のみ、150年以下の懲役、又は900円(定価)以下の罰金と
なっておりますのでくれぐれもお気をつけ下さい。
もちろん団塊の世代以外の方にもお奨めです。

---------------------------------------------------------------
次号予告 2036年10月25日までに第2号配信予定。
すでに御陀仏の場合は自動廃刊となります。

と、これはジョーク版で、凡庸なファーマータナカにとって、メルマガ発行は100年早い。
実は -- 現代農業11月号増刊号「団塊の帰農」 それぞれの人生二毛作 -- の取材を受けたので、ただそのことをお知らせしたかっただけなのでした。

堺屋太一氏が命名した、「団塊の世代」。実際には昭和22年から24年といわれるから、ファーマータナカは1年遅れをとっている。
だが、貧乏というものを肌で感じて育ち(何故か今も貧乏は継続している)、いわゆる高度成長を経て(自分自身は低成長のままデフレスパイラルに突入)、今まさしくリストラの憂き目に遭っている(家庭内リストラではあるが)世代という点では、ほぼ仲間に入れてもらってよいであろう。
「全共闘世代」とも言われ、今となっては、誰もが革命の闘士であったような顔をし、したり顔で最近の若者の政治的無関心や個人主義や馬鹿さ加減を憂いて見せるが、実際「自己否定」し、全共闘運動に傾倒していたのは、たぶん10%程度であったろう。
ファーマータナカも、自慢ではあるが、
   ♪♪♪ 学生集会へも時々出かけたーり、就職が決まって髪を切ったり(「いちご白書」をもう一度)♪♪♪ したり、
金魚の糞みたいにデモに参加して、催涙弾に目を腫らし、機動隊に嫌と言う程足を踏んづけられた事はあるが、如何せん現実には、大学が封鎖されていることをいいことに、、パチンコによってかろうじて本にありつき(当時は学生街のパチンコ屋にはちょっとした本屋以上に景品のひとつとして本があったのだ)、学生結婚を具現化した挙句、性差による権力闘争には早々と惨敗しといったところが、関の山であった。
そうこうしてるうちに、仲間は、銀行や商社や放送や石油会社やゼネコンやあのY新聞等に就職が決まり(これは転校程度。言ってる事とやってる事が全然違う。確固たる思想主義を持っていた場合は転向という)、良くも悪しくもその後の日本の屋台骨(米帝日帝の手先とも言う)となっていく。
又、北海道で牧場をやっている時、隣の標津町で、いわゆる日大全共闘の生き残りの数家族が、「興農塾」というコミューンみたいなものを作って、酪農をやっていたところへ見学にいったこともあるが、そこにはある種暗鬱たる敗北感が漂っていたと思う。

で、帰農である。
進学、就職、昇進、結婚と常に競争社会に生きてきたこの厄介な世代が、農に帰るという。
自己主張が強く、人の言う事を聴かない、意見を変えない、常に自分が正しいと思っている、何でも競争に持ち込み、無理くりにでも、勝ちに行きたがる、独自の物差しを持っているふうに言うが、権威、権力、ブランドに滅法弱く、個性個性と言いながら群れないと落ち着けない、いつまでも若いと思っている、強がる割には意外と脆いという団塊の世代の気質(=ファーマータナカの自己性格分析)を前提にすれば、帰農ではなく、いわば逃農である大先輩ファーマータナカの個人的見解としては、自戒を込めて、「はまりすぎないで」と忠告しておこう。
環境保護、森林保全、地方の再生、食の安全、食の自給、有機、無農薬・・・・・・。
彼(我)等にとってターゲットとしては、格好だと思うかもしれないし、又出番がやってきたと思うかもしれない。
しかし、当然農も森も田舎もとても一筋縄ではいかない。
土に返るものとしての謙虚さを持って、ささやかな、しかし確かな二毛作にしたいものだ。[INDEX]
2003.08.16
No.20
24時間TV

今年もまた24時間TVの季節がやってきた。
人の愛や善意は尊いものだ。
人の愛や善意をただただ求めてやまないファーマータナカも又その存在自体が尊い。(やや論理展開に無理があるか?)
ただそれらをどう扱うかについては、確かにいろんな論議がある。
が、その点についての考察は、次項に譲ろう。

FBS福岡放送に、「ナイトシャッフル」という番組がある。
おなじく「めんたいワイド」という番組(先日フルーツトマトジュースの紹介をしていただき、例えて言えばMegaどころか、Gigaや Teraいやいや無量大数や不可思議的なご注文お問い合わせをいただいた。ありがとうございました。桁外れの大法螺吹きでした)が、「涼麺」というしろものを作るそうである。
それに対抗して、究極のハンバーガー「ナイトシャッフル・バーガー」というものを作り、それを福岡ドームの前で販売して、その売上を募金しようという企画だそうだ。

以前これまた「どっちの料理ショー」という番組のたしか「オムハヤシVSカツカレー」の中で、ハヤシソースかケチャップの材料に当社のフルーツトマトジュースを使いたいとの問い合わせがあった時(お目が高い)、結果的に不覚にも採用ならなかったという苦い経験がある。
採用され放送されていれば注文殺到で、一躍億万長者の仲間入りであったが、この分だと、億万長者になるのが少し遅れるようだ。
ミーハータナカとしては、求めてやまなかった愛と善意をこちらから差し出す絶好のチャンスを逃す訳にはいくまい。
(誤解のないように言って起きますが、愛と善意で食材の提供はいたしますが、御代はいただきます。ハイ)というわけで、当社のトマト「森のトマト姫」が、バンズにはさまれることになったのである。
究極というくらいだから、お肉はもとより、レタスや玉葱も極上らしい。
それにしてもうちのトマトがサブの食材というのは、滅茶苦茶贅沢ではないか。
ざっと原価計算しても、売価の40%近くになる。(うっ!計算間違いか)
フルーツトマト・バーガーとよんでもよさそうだ。
困るのは、ひょっとして、マクドナルドが新メニューとして採用したいなどといってきた場合、契約金はいくら位だろうか、(この場合、億万長者になるのが少し早まる事になる)はたまた量が少し足りないかもしれないと、心配で夜もおちおち眠れないことだ。

8月17日(日)の22:30〜23:24の放送では、若干の紹介もあるかもしれない。

では、8月24日(土)、25日(日)には、貴方の愛と善意を福岡ドーム前でお待ちしています。[INDEX]
2003.07.20.
No.19
わが大地のうた
落葉松(からまつ) こめつが 針葉樹林
かもしか つきのわぐま 走る稜線
そびえ立ち 連なる 我が山々よ
そびえ立ち 連なる 我が山々よ

いくたびか春をむかえ
いくたびか夏をすごし
いくたびか秋をむかえ
いくたびか冬をすごす

柿の木 赤つち畑 広がる水田
かわやなぎ 青い水 流れる河川
この土地に 生きている 私の暮らし
わたしに流れる 人たちの歴史

わたしがうたう うたではない
あなたがうたう うたでもない
わが山々が わたしのうた
わが大地が わたしのうた

かるかや かやつりぐさ 積乱雲
からすうり 月見草 風わたる草原
この土に わたしの すべてがある
この国に わたしの いまがある

いくたびか春をむかえ
いくたびか夏をすごし
いくたびか秋をむかえ
いくたびか冬をすごす

かもめどり 黒松 岩礁海岸
かつおどり うみつばめ うねる水平線
この国の 歴史を 知ってはいない
この国の 未来を 知ってはいない

けれども わたしは ここに生まれた
けれども わたしは ここに育った

わたしがうたう うたではない
あなたがうたう うたでもない
わが山々が わたしのうた
わが大地が わたしのうた

道東の極寒の牧場にいた頃、高石友也とナターシャセブンの歌で、この曲を聴いた。
同じく「わたしの子供たちへ」という曲も印象に残っている。
語りかけるように歌う高石友也に、何故か素直に自然やその時の己の境遇を受け入れる自分がいた。
てっきり高石友也の曲だとばかり思っていたこの曲が、笠木透という人の作品だったと知ったのは、随分時が流れてからだった。
彼(「わが大地のうた」という本がある)や、藤本敏夫氏の「農的幸福論」から彼らの生き様をみてみると、見てくれだけは同じように農や自然に携わっているのだが、彼らのその真摯な生き方に比して(比較すること自体おこがましい限りだが)ファーマータナカのなんと空疎でちゃらんぽらんなことか。
水耕栽培だとはいえ、地(土)に足がついていないのである。
それはともかく、ファーマータナカははべつに国家主義者でもないし、自然主義者でもないが、その時の酪農という生業の中で、壮大な歴史や自然や季節の移ろいとその中にいるちっぽけな自分を俯瞰していたのは事実だろう。。
そして今、20年前の自分から進歩していないどころか退化退行してしまっている自分を見てしまうのである。

で、唐突だが、この詩は素敵だ。

寝乱れて 隠れ宿
九十九祈り 浄蓮の滝
(中略)
わさび沢 隠れ径
小夜時雨 寒天橋
(中略)
走り水 迷い恋
風の群れ 天城隧道 (以上石川さゆり「天城越え」より) や

お酒はぬるめの 燗がいい
肴はあぶった イカでいい
女は無口な ひとがいい
灯りはぼんやり 灯りゃいい
(中略)
店には飾りが ないがいい
窓から港が 見えりゃいい
はやりの歌など なくていい
時々霧笛が 鳴ればいい(以上八代亜紀「舟唄」より)に通ずるこころがある。(通じないかもしれない。)

ファーマータナカだって吟遊詩人であることには、論を俟たない。

おそ松  米櫃(びつ) 信用組合
いのしし 野良猫 転ぶ爺さん

渋柿 赤ら顔 狭すぎる了見
厠行き 青い筋 流れる質草・・・・・・

おっと、久々の迸る創作意欲があられもない方向に行ってしまいそうになってきた。
ファーマータナカ版「わが大地のうた」はもう少しあたためて晩年の作品としよう。[INDEX]
2003.07.14
NO.18
ラジオ出演
インターネットビジネスの話題は尽きない。
楽天をはじめとする、巨大なショッピングサイト、次々に誕生する成功者の情報、新たなヒット商品の数々・・・。
だが、一方で、見栄えのよいホームページを持ったのはいいが、実際は出店経費が売上よりも高かったり、ホームページの出来栄えはよいが、結局製作会社を儲けさせただけだとかいった声も聞かれる。
(有)ニューファーマーズファクトリーも推して知るべしといったところである。
アクセスカウンターの単位は実は千(,000)ですよと見栄の一つも張りたいところだ。
(もちろんこのページからオーダーをいただいた沢山のお客様には、ただひたすら感謝感謝である)

しかし、反面いいこともあるのである。
当然といえば当然なのであるが、インターネットは途轍もなく膨大な情報の集合体だ。
という訳で、ビジネスとして情報を探している会社がいっぱいあって、特にメデァ関係とか、ある企画について情報を収集しようとする場合、打って付けなのである。

てな訳で、ラジオ出演なのである。
今回お世話になるのは、TBSラジオの「日本列島ホット通信」という全国放送の情報番組だ。

 旬の夏野菜→トマト→森のトマト姫

これしかないと言えるような100点満点の模範解答だ。
(本当のところは、よくも探しあてたものだとTBSを褒めてあげたい)
ファーマータナカは、学生の時の就職希望先はマスコミ関係だったのだが(こういう訳の判らない輩がうじゃうじゃいたのだ)、その頃からTBSには一目おいていたのだがやはり流石というべきか。
で、肝心の放送日時をお知らせしておきます。

近隣の受信可能な放送局は以下の通り。放送日は7月15日(火)。
  OBS大分放送  14:20頃
  RKK熊本放送  13:15頃
  RKB毎日放送  14:52頃
だそうです。
(念のため申し添えておきますが、当日は受付電話回線は100本しかなく、つながりにくいと思われますのでご了承下さい。又向こう1年間くらいは注文殺到が予想されますが、トマトの樹任せなので、熱(ほとぼり)のさめた頃のご注文がよいかと思います。それまで会社が存続してる事を願うばかりです。)[INDEX]
2003.07.14
No.17
本の効用
ファーマータナカの読書は積読(つんどく)である。
好きな本は素晴らしい力を持っている。
いい本とは、枕元に20冊くらいあれば、そのうちの1冊の1行くらいで安心して、しかも数秒で深い眠りに誘(いざな)ってくれるものなのだ。
(仕事の量とその重圧は相当なものだと自負しているが、今のところの不思議と不眠症ではないようだ。我ながらこの強靭な肉体と健全且つ能天気な精神には敬服する次第だ。)

それに反して、一方、愚妻の読書は乱読である。
翌日の仕事のことも考えずに、いい歳をして、何故セルフコントロールがきかないのだろうか。
連日連夜、深夜どころか明け方まで、こっそり読んでいるのをこの俺様が知らないとで思っているのだろうか。

ジャンルは、小生が専ら、専門書や実用書、ベストセラーや「週刊金曜日」や「噂の真相」とタイムリーかつ、血となり、肉となる価値あるものに対して、愚妻の方は、ホラーだとかサスペンスはまだいいほうで、妖怪だとか、悪霊だとか、倒錯だとか、一文の得にもならないようなものばかりのようだ。やはり欲求不満というやつだろうか。
おまけに読んでしまったら、二束三文でも売り飛ばして次の本代の足しにしたいという。
たぶん読む量が半端でないので、蔵でも立ちそうなかさんだ本代を隠蔽するつもりなのは、明白だ。
小生は自慢ではないが、貧乏育ちなので、ものを大切にするという習性が体の奥底まで沁み込んでいる。
今時貴重な徳といえよう。
それに読んでも読まなくても本は財産だ。がらくただって捨てないのに、おいそれと売らせてなるものか。
その上将来計画だけはしっかり立てている豪邸の中の書斎と、その部屋はもとより、家中の壁を埋め尽くす書棚に飾るためにも、本は必須のアイテムではないか。どうしても売りたいなら、せめてカバーだけでもとっておけないものだろうか。
こんな単純明快な理屈を理解しようとしないで性格の不一致を持ち出してくるから恐れ入る。
が、とりあえず、家庭崩壊をずるずると先送りするためにも、好きな本をあてがっておこうとは思う。[INDEX]
2003.07.13
No.16
長と抽だい
今年の梅雨は長い。
そして今年の雨量は生半可ではない。
森林の保水機能もそろそろ限界ではないだろうか。あちこちに小規模だが、土砂崩れもみられるようになってきた。

この劣悪な栽培環境は施設栽培にとっても強敵どころか、お手上げ状態だ。
なんといってもお天道様が顔を見せてくれない。
植物は育ての親ファーマータナカに似てバカ正直であり、日照不足や温度に極めて従順に反応する。
たとえば、徒長(とちょう)というやつである。
植物は肥料が多すぎたり、日照が不足すると、葉や茎がひょろひょろと伸びてしまう。
これは、ナイスバディの女性を見た時のファーマータナカの鼻の下の長さに匹敵する。(確かに相当長いぞー!!)
そのくせ中身はスッポンポンなのである。(サラダ菜の葉の中も、私の頭の中も)
また抽(ちゅう)だいという現象がある。
所謂「とう立ち」のことで、温度により茎を伸ばし、花を咲かせる準備をするのである。
サラダ菜も消費者の皆さんに食されるためにこの世に生を受けたのではなく、本来は植物であり、花を咲かせ、種を作る。
日は照らないのに、温度だけはあるので、芯がにょきにょきと伸びてきて、サラダ菜の体をなさない。
おまけに茎は葉から養分をとるので、食味としては苦味を感じるようになるのだ。
結局自分の子孫は残せないのに、子孫を残そうとする欲望欲求だけはにょきにょきと頭を擡(もた)げてくる様は、これまたファーマータナカにそっくりではないか。はやく心頭を滅却したいものだ。

ハウスを叩く激しい雨音の間隙をぬって、蝉の声が聞こえる。
蝉が鳴けば、梅雨明けは近いという。[INDEX]
2002.12.31
No.15
大晦日
あっという間の一年。

上津江村の風景はすっかり冬ざれてしまった。
エルニーニョか、ラニーニャか、どっちが男の子か女の子知らないが、土台季節自体がおかしい。
秋が短いというか、ないのである。
ちょっと前まで野菜たちは暑さで悲鳴をあげていたというのに、今は暖房用の重油が湯水のようになくなっていく。
(重油タンクに穴が開いているか、燃料屋が2000Lといって、2000ccしか給油してないか、加温機の燃費が恐ろしく悪くなったかのいずれかだ。)
それに輪をかけて、あの親子2代のバカブッシュの手前勝手なミエミエ石油戦略のおかげで、仕入価格は鰻登りだ。
農業とは、軍需産業と同じく、アメリカのイラクに対する一挙手一投足が敏感に影響する最先端の産業なのだ。
(ただしファーマータナカが農業を営むようになってからは、今のところ悪影響しか出ていない。)

とここで、愚妻の声。
そろそろお出かけの時間だそうだ。
里帰りといえば格好がいいが、双方の親達が死にそうでないか様子を見にいかねばならない。
今年最後の痛快な時事放談で「終わりよければ、全てよし。」としようと思っていたのに、これでは頓珍漢な愚痴の言い納めにすぎなくなるではないか。
慌しい限りである。
では、又来年。いいお年を。[INDEX]
2002.07.28
No.14

みちつくり
田舎にいると、季節季節に、聞きなれない言葉がいくつか耳に入ってくる。
「みちつくり」もそのひとつだ。

僕の前に道はない。
僕の後に道はできない。
ああ、自然よ、父よ。
僕をひとり立ちさせない広大な父よ。
僕から目を離さないでたまには守る事をせよ。
たまには父の気概を僕に充たせよ。
この果てしなく遠い道程のために。
この果てしなく遠い道程のために。
・・・・・・ファーマー・タ(ナ)カムラ・コウタロウ  「道程」より・・・・・・

「道を作る」とはこれまたたいそうなと思ったら、道路の草刈であった。
しかしこの言葉は、確かに哲学的命題を含有している。(全く大袈裟な話だ。)
年に少なくとも2回部落総出で朝から部落内の主要な道路の草を刈るのであった。
おもしろいことに、その「みちつくり」の数日前から、自分の農地や家の前の道は自分で前もって刈っておくのであった。
ファーマータナカも村八分になってはいけないので、
「In Katanita(片仁田・・・当地の部落名デス), Do as  Katanitanmon’s(片仁田んもん)do.」である。
それはともかく、人間は刈払機という文明の利器で得意満面だ。
それやこれやで雑草の征服は結果的に早々と終わってしまい、その後はお定まりの酒盛りとなる。

だが、植物の生命力は目を瞠るものがある。
もとはといえば、けものみちのような「径(みち)」を「路(みち)」から「道(みち)」へと人間がかってにかってかえて(勝手に刈って変えて)きたのだ。
畑だって雑草取りは、百姓と雑草とのイタチゴッコ。
油断大敵、放っておくと、あっという間に元の木阿弥になってしまう。

刈られても刈られても、コンクリートで固めても、モンサント社の除草剤を散布されても、人間が作り出す過酷な条件なんぞ平気の平左、それが自然というものであり、長いスパンでみれば、所詮「道」はできないというところが、ファーマータナカの結論である。[INDEX]
2002.06.28
No.13

ほたる
いいのか悪いのかトマトの収量が落ちてきた。
忙しい時は、ただ単に貧乏暇なしと文句をいい、少し暇になると、出荷量が減って収入が少なくなると、御託を並べる。
(結局変わらないはのは、貧乏という事実だけだ。)

しかしこれも「すこし気持に余裕を持ちなさい。」という神様の思し召し、せっかく田舎に住んでいるのだから、ほたる狩りのデートと洒落てみよう。

国道387号線を小国方面から北上する。
途中地獄谷温泉という、最近できた露天風呂の湯煙を眺めながら、まずは、ビールを片手に、地鶏の炭火焼きに舌鼓を打ちながら、ほたるの飛行時間までの調整をする。
この辺り、熊本県小国町から大分県九重町にかけては、有名な黒川温泉はもとより山川温泉、岳湯温泉、川底温泉、壁湯温泉等、名湯が目白押しだ。
そのなかに、ほたる祭りでも有名な宝泉寺温泉がある。

実のところ宝泉寺温泉の前は結構通るのだが、中に足を踏み入れるのははじめてだ。
入ってみると、ネオンの明かりが所謂温泉街の佇まいを見せており、ほたるの光とは風情を異にするような気もする。
旅館の前の川でほたるを鑑賞できる宿もあるらしいし、外から見るだけでも、いい雰囲気の宿が点在している。
(こんなところで命の洗濯ができるようになるまで命があればよいのだが・・・)

さてほたるだが、どこにいるのであろう。

子供の頃、近所の小川(生活雑排水を流すような川であったが)には、確かにほたるが乱舞していた。
一生に40匹程食べるという、餌になるカワニナという巻貝がちゃんといたのであろう。
部屋に飛び込んできたり、掌に発光するほたるを包み込んでみたり・・・。
それが、高々数十年の間に、今住んでいる村営住宅の前の林や、農地の片隅や、山道沿いのせせらぎに数匹飛んでいるのを発見して大感激したりするようになってしまった。(身近にほたるがいるだけでも、まだよしとしよう)

ほたるは、町田川の下流から出始めて、時期によってだんだんと上流に上っていくそうだ。
したがって宿の客はマイクロバスに乗って上流に向かうのであった。
後を追いかけると、いたいた、乱舞とまではいかないが、ゲンジボタルが求愛行動である同時発光をしながら、宙を舞っていた。
連れあいとの久しぶりの仕事以外での共有時間。
バックグラウンドのセットは、同じ場所にいた若き女性達の、たぶん湯上りの浴衣と団扇と黄色い声(これは本当はいけませんぞ)・・・。

ひと夏の幻想的な夜の時は、降り出した小雨とともに幕を下ろす。[INDEX]
2002.06.02
No.12
さなぼり
山肌の緑のグラデーションが、少しずつ深みを増していく。
今年も棚田に水が張られた。
水無月の風は青く渡り、蛙の輪唱は一段と声高くなる。

田舎にいると、季節季節に、聞きなれない言葉がいくつか耳に入ってくる。
「さなぼり」もそのひとつだ。

部落の長老に、「どんな字を書いて、どんな意味なんですか?」と当初新規就農者の一人が質問したことがあったが、明確な答えは返ってこなかった。
土着の習わしとして、もう何百年(何千年?)と繰り返されてきた事実が歴然と存在するだけであり、それを何の疑いもなく、これからも綿綿と繰り返していくのだろう。

少し調べてみると、博多弁としてもあるようだし、さなぼり焼酎というものもある。
広辞苑によれば、「『さなぼり』は、『さなぶり』と同義で、『さ』は稲の意で田植えがすんだ祝い」と書いてある。
漢字は「早苗振」「早苗饗」などがあてられているるようだ。
「早苗振」は、水面に稲(早苗)を投げ入れるという意味からきていると言われ、「早苗饗」は、田植えが無事にすんだ喜びと豊作を祝ってのみんなが集まっての小宴という意味のようだ。
また、「さ」は田の神様のことで、田植えの前に田の神様が降りてきて、田植え後、再びお登りになる「さのぼり」が、「さなぶり」「さなぼり」になったという説もある。

ファーマータナカは米は作っていないので、関係ないと言ってしまえばそれまでだが、毎年参加して酒だけはしっかり飲んでいる。
今年は、青嵐に弱々しいながらも立ち向かう苗が、やがて漣み、頭を垂れるまでになるその生きとし生けるものの健気さと力強さに想いを馳せ、生半可な気持でなく酔いどれることにしよう。[INDEX]
2002.05.05
No.11
爆発
爆発だ。
芸術の話ではない。農業は爆発だ。
ファーマータナカはファーマータロウ・オカモトと改名しなくてはならない。

5月2日のトマトの収穫個数は、3,708個、重量は、224,330gであった。
(忙しいくせに、よく数えたり、計ったりする暇があるもんだ。)
去年の平均からすると、実に、4倍くらいの量になる。
以前にも、このコラムで書いたことがあるが、作物の開花や結実や収獲の時期は、最終的には作物自身が牛耳っており、百姓は聾桟敷におかれている。
爆発されたら、為す術はない。全てを受け入れるしかないのである。
(小生はこのことを駄犬「ひめ」から学んだ。忙しくて食事を与え忘れたことを夜中に気づいても、まるで哲学者の風貌で、文句ひとつ言わないではないか。)
もちろん小生も朝食は抜き。(実は、いつも食べさせてもらってません。)
お昼は、パートさんが休憩用にいつも持ってきてくれるおにぎりや、お惣菜や、お漬物や、バナナや餅や饅頭等(これらは実に絢爛豪華、満漢全席)を主食に、ジャンクフードをおかずにと慌ただしい食事となる。
実のところ、うちの職場は、パートさんに福利厚生してもらっている、不思議な職場なのだ。

1日は24時間という不文律があるから、どうにも間に合わないのである。
農協への出荷は午後3時までとなっており、こっぴどく叱られる。
直売所への配送を委託してあるトラック便の集配時間にも間に合わない。
ニューファーマーズファクトリー王国の王妃のイライラもピークに達する。
ニューファーマーズファクトリー王国のマーフィーの法則「全ての悪しき結果は、ファーマータナカの存在自体に起因する。」により、冷たい視線と態度、罵詈雑言の雨嵐は当然私のみに集中砲火となる。
(本当はよくやってくれてます。話をおもしろくするためにだけ書いているので、ハイ王妃。)

おまけに、決定的なのは、市場原理というやつである。

「神の見えざる手」によって、ファーマータナカの販売価格は、「自然」なレベルどころか、超「自然」なレベルにまで下落するのはどういうわけだ。
「労動が疎外」されていないのに、「剰余価値」が生まれないのはどういうわけだ。
「総需要が供給を決定」しないで、「供給」だけが一人歩きするのはどういうわけだ。
そもそも、出荷量と価格は反比例するとは、どこのどいつが決めたんだ。
アダム・スミス出て来い!マルクス出て来い!ケインズ出て来い!(経済音痴ですいません。)

F市場の市況は、2分の1となってしまった。(4分の1にならなかっただけまだかろうじて神は存在するのか?)
箱などの資材はもとより、出荷調製作業にかかわる人件費(自家労賃含む)等の経費は、当然4倍かかるのである。

こうして今年もコールデン・ウィークとやらは、極度の疲労困憊と小生への謂(いわ)れのない憎悪を内包しつつ、暗雲立ち込めるブラック・ウィークとして、情け容赦なく過ぎていくのである。[INDEX]
2002.04.16
No.10
天使
「ビールを飲む暇があったら、更新せよ。」とものの本に書いてある。

せめて1週間に、1度は何らかの形で更新しようと決心してこのページを立ち上げたのだが、やはりこの体たらくだ。
世の偉大な経営者の方々に比すれば、きっと日々の仕事の量も質も雲泥の差があることはわかっているのだが、でも、メチャ忙しいのだ。
昨日だって、銀河高原ビール(酵母が生きていた)と蘭館夢譚という日蘭交流400周年記念醸造日本酒(ハウステンボスで買ったやつ・・・ちょっと甘かったけど正にライスワインという言葉がぴったりの味わいだった)を引っ張り出して飲むだけの暇しかなかった。

ところで前回は、直売の愚痴をタラタラ書いてしまったので、少し心温まる話をしよう。

先週末、例によって大山町の直売所「木の花ガルデン」にトマトとサラダ菜を持って行った時の事である。
その直売所に天使がいて、真珠のような言葉の星を降らせたのである。

この直売所への配送は、日、火、木は農協がやってくれる。がその他の日は自分で持って行くしかない。通常は、早朝仕事の前に持って行くのだが、場合によっては、仕事を終えて、夕方行くこともある。
ファーマータナカの高給を時間給に換算し、ガソリン代の2乗で除し、睡眠不足時間を減じると、今はやりの費用対効果の観点からは、首を傾げざるを得ないかもしれない。

それはさておき、荷物を降ろしていると、天使が、
「『津江のトマトはないんですか?』と何人もレジに聞きに来られますよ。」と、声をかけてくれた。
苦しいけれど、ほんとうに救われる一瞬だ。
その天使(天使って女性でしたっけ?)は、あくまでも主観によれば、世界一、いや宇宙一美女であった。
もちろん聞きに来たお客様は間違いなく全員良妻賢母、美人薄命、容姿端麗、淡麗辛口(おっとこれは関係なし)、とにかく絶世の美女だったことは、想像に難くない。

そう思って、つらつら考えてみると、いかに多くの人々に支えられていることだろう。

「人気メニューになりつつありますよ。」とは、グルメトマトのメニューで使っていただいてる久留米市内の炉ばたの大将。
津江の新しい特産品として、積極的に紹介してくださる、地元民宿の女将。
水郷日田の旅館の女将さん達。
会席料理の一メニューとして使っていただいている、愛知県の蟹料理専門店の店長。
野菜流通に夢と情熱を傾ける、若き中卸会社の社長と、彼を紹介してくれた、元の店の飲ん兵衛お客さん。
企画やイベントに何度も使ってくれる上津江村役場の職員の皆さん。
上津江村の地産地消を目指す、森の宅配屋さん、やすらぎの里さん。
アルコールの代わりにフルーツトマトジュースをオーダーしてくれる、クラブのホステスさん。
カリウム、カリウムと、毎月宅配を心待ちにしてくださる、健康志向だけど、飲み屋街を徘徊するTさん。
木の花ガルデン、道の駅、津江の森、ふきのとうの直売所の皆さんとお客さん。
有機野菜が専門なのに扱っていただいているTさん。
地元の日田市や小国町のスーパーさん、食材宅配屋さん。
宅配を通じて知り合った何人ものリピーターの人達。
「アグリの杜」さんをはじめ、紹介していただいているネット上の方々。
数億のURLの中から、奇跡的にたどり着いていただいた数少ないネットのお客さん。
無理やりつき合わされている、学生時代の悪友達。
同じく飲食店時代のスタッフとお客さん。
同じく簿記学校時代のの悪友・・・・・。
(順不同です。怒らないで下さい。)

市場取引でお世話になっている、青果会社、中卸、量販店・業務店ルートの取引に比べれば、量も少ないし、配達や梱包、結構大変だけど、顔の見える取引というか、これは百姓冥利に尽きると心から思う。

と、感謝と決意を新たにするファーマータナカであるが、何かあるとすぐめげてしまうところが、人間らしいというか、ですので末永く支えてください。お願いします。[INDEX]
2002.03.31
No.9
産直
「山奥のど田舎でおまえは一体何をやっているんだ、野菜はネットでしか買えないの?」と超数少ないポン友からメールが入る。「地元の直売所や、スーパー内の産直コーナーにもおいてるよ。」ということで、今日は、産直について。

< 初心者のための新百姓講座 > その6  産直

直売所がおお流行である。
市場流通のシェアは年々減少しており、反面、産直や、量販店や外食チェーンとの直取引が増加している。
ファーマータナカも、「木の花ガルデン」という、直売所に大変お世話になっている。
この直売所は、お隣の大山農協が運営するもので、我らが大分ひた農協は、言わば出させていただいている弱い立場にある。
「木の花ガルデン」は現在5ヶ所(@日田郡大山町 Aサニー長住店Bサニー松崎店・・・以上福岡市Cわさだ明野店Dわさだタウン・・・以上大分市)に出店しており売上高はゆうに5億円を超える。
一個人で数千万の売上というつわものもおいでになる。
消費者にとっては、新鮮(出荷日が記載され、売残りは原則廃棄)、安全そう、生産者がわかる(生産者名が記載)、価格が安いと良い事尽くめだし、
一方生産者も、自分で値付けでき、規格外品でもよく、出荷してしなくてもよいと、こちらも悪くない。

だが産直にも光と影があるのである。

ファーマータナカは、農作業の前に軽トラックの幌をなびかせ十数個のトンネルを抜けて、ジグザクの悪路をひた走る。
一袋100円と200円の野菜をコンテナに詰め込んで。
出荷場(上記@の大山店)に着く頃、各店に出発するトラックから、まず、昨日の売残りが無造作に降ろされる。
返品の山である。(もちろん時期にもよりますが)
一部の熱心な生産者は、自分の野菜の返品状況を目の色を変えてチェックする。
しかし大半は引取り手がいるわけもなく、廃棄される運命なのだ。
野菜は旬だというけれど、普通に作れば、ある時期に一緒にできてしまう。それが自然というものだ。
市場に出しても実際ひどい時は1円にしかならず、直売所では返品廃棄。
先進的な直売所では、POS管理が徹底していて、時間毎の売上や在庫状況をFAXでいつでも取り出せるシステムがあり、これによって出荷、補充するところもあると聞くが、当方の直売所にそのシステムは今のところない。

もちろん、差別化商品を作り、人が作らないときに作るという、マーケティング戦略も当然必要だ。
返品率の把握分析も自分でやるしかない。
でも実際は大変だ。

今日も直売所はきっとごったがえしている事だろう。

お百姓には、何日も経ってから、売れた個数の精算書と、22%も手数料を控除された残金が口座に振り込まれる。
(今回はちょっと暗かったかな・・・。次回から気を付けますのでお近くの方、お近くにいらした方ははぜひ買って下さい。) [INDEX]
2002.02.28
No.8
記憶喪失
又しても離婚の危機である。

2月27日は、部落の税金集会(=飲み会)で、ファーマータナカは、畏れ多くも持ち回りで地区主事(隣組長、部落会長と同義)を、仰せつかっており、一応お世話をしないといけない事になっている。(実質は、女房があくせくと立ち働き、小生は、酒を飲んでればよいのであるが)
この日は、部落の新規就農者のうちふたりが、大激論となり、たぶん午前1時か2時になってしまったらしい。
内容はともかくとして、地区主事は先に帰れないのである。

痛飲した日の次の日は、冷戦だが壮絶な戦場だ。
なにしろ何が原因で女王様(=妻)はご立腹なのか、何故会長(=妻)は口をきいていただけないのか、何故夫でもない妻でもないのか、どうして妻だけ新しい人生を踏み出さなければならないのか、これらの原因を白日のもとに曝さなければならない作戦が残っているのである。
そしてこの作戦の最大の障害は、ファーマータナカが、ある時点からすっぽりと記憶が途切れていることにある。

アルコールは、新皮質から大脳辺緑系へとその魔の手を伸ばしていく。
そして大脳辺緑系にある、海馬がアルコール漬けになったとき、悲劇が訪れる。
お酒を飲んだ時なくす記憶は、言わば直近の記憶だ。
要するに、昨日したりっぱな仕事の事だとか、ましてや学生の時に大モテした記憶を喪失するわけではない。
記憶には短期記憶と長期記憶というのがあって、まさしくこの短期記憶という代物をなくすのである。
(ただしファーマータナカの場合は、長期記憶をなくしていないという保証は、どこにもない)
だから、今回の設例でいくと、ただ単に、大酒を飲んだ事がいけなかったなか、時間が遅くなった事がいけなかったのか、あるいはその後にやっぱり又しても、重大な事件が勃発していたのかというところが、さっぱり判らないのである。

「そんなこと単刀直入に聞けばいいじゃない。」という甘い意見があるのは、百も承知だ。
なんとデリカシーのない言い草だろうか。
夫婦というものは、そんな生易しいものではない。
夫婦には、それぞれに壮大な歴史があり、数え切れない程の事件(小生がお酒を飲んで起こした事件・・・これについては後日数万ページにわたって書かねばならないだろう)があるのである。

妻は何回も公民館(集会があった場所)と家の間を行ったり来たりしたらしい。
そして何故かすれ違い、行方不明になったと勘違いして、心配して家にもどってみると、いつものようにヨレヨレでヘロヘロの私がいたそうである。
そして心配して探した事を告げた時の私の態度が、どうもよくなかったらしい。

もちろん「記憶にございません。」 [INDEX]
2002.02.17
No.7
百姓の所得
巷では確定申告の時期である。
ファーマータナカと管理人とま子も、伝票や領収書に埋もれながら、徐々にあらわになってくる経営数字に確定深刻となってきた。
ということで、今日は百姓の所得について。

< 初心者のための新百姓講座 > その5  百姓の所得

ファーマータナカはサラリーマンを早々にドロップアウトしてしまったので、自営業の期間が比較的長い。
飲食店を経営している時も、料理飲食組合というのがあって、申告の時期になると、組合が税理士さんを呼んできて申告アドバイスをしてくれるのである。(小生には顧問税理士など、夢の又夢なのである。)
そのとき、グチャグチャの伝票や領収書をかかえてきて、机の上に広げ、万一納付税額
でも出ようものなら、なんで税金なんか納めないといけないのと息巻く姿も見られた。
源泉徴収される給与所得者が、不公平だとおっしゃるところである。
しかし現金主義であれ、発生主義であれ、少なくとも、収支計算はするのである。

収益−費用=所得は、会計原則の大前提である。
ところが、農業所得については、「農業所得標準表」というのがあって、それに基づいて、税金の申告をしてきたのである。
(平成13年からは、全国的に廃止だそうだが経過措置もあるようだ。)

 総収入金額−経費標準(10aあたりの標準内経費×作付面積)−標準外経費=差引所得

ということで、基本的には、収入と作付面積で、所得が算出されるのである。
(具体的な、経費標準の数字は知らないので損得は不明。)
どおりで、確定申告の時期だからと、利益も出てないにに大騒ぎしているのは、ファーマータナカだけだったのだ。

日本の農業の将来は暗いと言われるが、新規就農者(特に私)を除き、生活基盤は、安定しているようにも思える。
まず、自家消費米があり、自家野菜(白菜、大根、筍、芋その他もろもろ)があり、蒟蒻、漬物、味噌、餅、饅頭なども自家製である。
肥育牛を売却してのボーナスもある。
それに、季節折々の柿や栗などの果物や、蕨、ぜんまい、ふきのとう、たらの芽、むかご、山芋、姫筍などの山菜もある。
この地に来て、ご近所やパートのおねえさん(?)の好意で、忘れかけていた季節そのものを賞味できるのは、至福の時である。
それに田舎に残っている跡取には、役場や農協という、優良な職場があり、農外収入も確保されている。
農業者年金もある。
(実際は、後継者が都会に出て帰ってこない、又、市町村合併や、農協合併で、優良な職場も厳しくなってきているのが、現実であるが。)
というわけで、実質農家所得は、都会の大量消費型生活者に比して、
決して低いとはいえないのかもしれない。

それに引き換え、ファーマータナカは、トマトとサラダ菜だけの菜食主義者に無理やりさせられ、人の100倍位国民の義務は果たす意欲があるのに、免除されそうな勢い(?)である。 [INDEX]
2002.02.11
No.6
農協
農協のトップの方と、口論になってしまった。
事の経緯はこうである。

ある資材を購入しているのであるが、数ヶ月前に、これが、170円から185円に突然、一方的に、何の前触れもなく、唐突に、容赦なく、値上げされたのである。
(せこい話ですみません。生産費を下げて、消費者の方に少しでも安く提供できるようにとの大義名分と、農業経営が大変だという本音がさせる話です。)
支店サイドで説明を求めたのだが、「価格は本店より提示されるので、判りません。」との事。
ここで早速納入業者に納入価格の変動のあるなしを確かめた上で、本店の担当者に電話となる。
「早急に事情を説明せよ。」
(こんなデフレの時代に、しかも組合員の利益のために合併すると言っておきながら、一方的な値上げとは、許すまじ!!)
調べて連絡しますといったあと、梨の礫なのである。
怒り心頭に発し、後はお得意のワンパターン。
「課長を出せ。部長を出せ。○○を出せ。」

結局は、納入業者が値上げをしていたのであるが、だからといって、値上げ分プラスマージンを黙って上乗せしていいものだろうか。
そこに、仕入単価を下げる努力があってしかるべきではなかろうか。

こんな事をいうのはどうやらファーマータナカだけのようである。
たいていの人は、安いところを探して、そこから買うのである。

農協批判があちこちで聞かれる中、ファーマータナカはこう思う。
私たちはその批判する農協の組合員なのである。
(組合員でない方、組合員を辞められた方、農協を最初から相手にされていない方は除く)
よく引き合いにだされるのに、政治の話がある。
小泉首相がダメだというけれど(ダメかどうかは別として)、それを選んだ国会議員を選んだのは、まさしく私達選挙民なのである。民度が低いといわれる。
政治や組織が悪いのは、それを構成している、選挙民や組合員の責任もある。(すべてではないかもしれないが)
と思って言っているのだが、どうやら嫌われるだけのようである。
それどころか、巨大な象に立ち向かう蟻は、踏み潰されて一巻の終わりである。

この年甲斐もないかっこつけと理想主義が貧乏籤を引き続けてこさせたのだろうか。
やはりあとは、頼みのネット販売しかない。
注文はいらないかなー。 [INDEX]
2002.01.31
No.5
アルコール依存症
1月29日は、またしても大酒を飲んでしまった。
この地では、兎にも角にも会合(=飲み会)が多いのである。
この日は、毎月部落で開かれる、税金集会と称する飲み会と、部落に通じる道路の拡張工事説明会と称する飲み会のダブルブッキングであった。
ファーマータナカとしては、お得意のはしご酒の計画を秘密裡に立てていてのであるが、一軒目であえなく撃沈してしまった。
で、お酒の話をすこし。

シアナマイド、ノックビン・・・・。
この単語をきいてピンときた人は、ドクターか、私と同類の霊長類ヒト科アルコール依存予備軍目である。

人は太古の昔から、酒を作ってきた。
ウスケボー(ウイスキーの語源)、アクアヴィテ(北欧のアクアビットの語源)、オードビー(ブランデーの語源?これはちょっと自信なし、何分、ほとんど消えかかった記憶をもとにかいているので)等々・・・。
これらすべては確か、命の水といった意味合いの言葉なのである。
酒が百薬の長と称される所以である。
この命の水が一転悪魔の水になってしまう。

都会でも、かくれ依存症の人は結構いるのであるが、その点、田舎は上記のようにしょっちゅう飲んでいるので、危ない方が結構いらっしゃるし、よく見えるのである。
しかし、例えば山仕事に従事されていて、体力も使い、汗を流されているので依存症の発現がいくらか遅くなるのかもしれない。
そういうファーマータナカも、試しに本や、ウエブ上のアルコール依存症のチェックシートなどをやってみると、ほとんど100%の確率で依存症とでてしまうので、あなたもぜひ一度お試しあれ。
アルコール依存症は、「ブレーキの壊れた車で急な坂を下っているようなもの」と比喩される。
ぐんぐん加速度がついて、結局は破滅にむかうか、あるいは、途中で飛び降りるかのどちらかなのである。
小生は飲みながら、「明日以降に飛び降りなければ。」といつも思うまじめな性格の持ち主ではある。

冒頭の単語は、抗酒剤(酒量抑制剤)とよばれるものである。
アルコール増強作用、アルデヒド脱水素酵素阻害作用があり、これを飲んでお酒を飲むと、とにかく無茶苦茶気分が悪くなるそうである。
呑ん兵衛の皆さん、この薬のお世話にならないようおたがい気をつけて飲みましょう。 [INDEX]
2002.01.24
  No.4
新規就農者
「山奥のど田舎でおまえは一体何をやっているんだ、おまえみたいなど素人が、すぐ農業なんてできるはずがない。」と超数少ないポン友からメールが入る。「おっしゃるとおり。」ということで、今日は、新規就農者について。

< 初心者のための新百姓講座 > その4  新規就農者(Vol.1)

新規就農してしばらく経った頃、ある農政関係の上の方の方と話す機会があった。
その方のいう、新規就農者の定義は以下のとおり。

1. 新規就農者は、都会の落伍者である。
2. 新規就農者は、農業を趣味と考えている。
3. 新規就農者は、したがっておおむね失敗する。

そういわれる私自身もまさしく新規就農者のひとりであり、いくらか反発も感じたのであるが、ここは、後進のためにもちょっと冷静に考えてみようではないか。
まず、すべての新規就農者がそうであるわけではない。大分県でも新規就農者の大先輩たちが、最近私的に会を立ち上げて下さり、悪戦苦闘している私達に、様々な情報やアドバイスをしていただいている。
その方々は都会でも充分通用する人達であり、農業を当然ビジネスと考え、栽培技術力はもとより、販売力、情報量、行動力、経営センス等々、目を見張るものがある。(しかし数は少ない。)
では、都会で落伍してはいけないのか。
趣味で農業をやってはいけないのか。
農業で金儲けをしないといけないのか。
そんなことはないはずである。では何が問題なのだろうか。
私はこう思う。
それは、新規就農者という制度に乗っかって、補助金を受け、研修資金を受け取り、土地や施設を廉価で借り受けているのに(いわば税金を使って)、専業農家としての自立経営の気概がない事が問題なのではないだろうか。
定年帰農、自給的農業、趣味の農業、家庭菜園の延長、おおいに結構なのである。(遊休農地はいくらでもある。)
でもそれは、自前でやるべきなのではないだろうか。
農業をやりたい、やってみたいという志は一緒かもしれないが、専業農家としての自立をめざすのか(=利潤の追求、農地の有効利用、食料自給率の向上、雇用の創出etc)、自給的農業をめざすのか、趣味的農業をやりたいのかで、就農パターンは、おのずと違ってくるはずである。

そういうファーマータナカは、どうなんだということですが、
もちろん (ドロップアウト)5だけど、できれば趣味で金儲けしたいと考えている。
この脈絡のなさが命取なのである。
とりあえず反面教師ということにしておこう。 [INDEX]
2002.01.08
No.3
通年栽培
「山奥のど田舎でおまえは一体何をやっているんだ、そのうち遊びに行くから、いつが休みなの?」と時々超数少ないポン友からメールが入る。「通年栽培だからまとまった休みはない。」というと、「何それ?」というこで、今日は通年栽培について。

< 初心者のための新百姓講座 > その3  通年栽培

昨今は旬がなくなったと言われる。
施設栽培(ビニールハウス等)が盛んになり、1年を通じて野菜が作れるようになったためである。
それでも普通は、露地栽培(普通に土で作ること)よりも少し早い時期から、少し遅い時期までというように、栽培期間が延びはするが、1年中栽培するわけではない。
それでも1年中同じ野菜を食することができるのは、ほとんどすべての野菜について、産地間での見事な補完システムができあがっているからなのである。
たとえばレタスで言うと、5月から10月は、長野産で、11月から4月は福岡産といった具合に。
それはともかく、通年栽培とは、文字通り、1年を通じて、栽培するやり方なのだ。
作物によって違うが、季節に関係なくいつも種を播き、移植や定植をして、収穫する。
そのためには、温度や湿度などの作物が生育できる栽培環境を人工的に作り出さねばならない。
環境への負荷を少なくだとか、自然な農法が注目される現代、冬は、重油を湯水のように消費し、夏は、ファンを回し、水を冷却し、細霧を発生させるなど、田舎にいながら、お天道様任せの野良仕事とは似ても似つかない農業である。

こんな事に果たして意味があるのかと、自問自答する孤高の哲学者、キケロ・タナカではあるが、話がながくなるので、この問題は又の機会にゆずることにする。 [INDEX]
2002.01.05
No.2
休日
「山奥のど田舎でおまえは一体何をやっているんだ、そのうち遊びに行くから、いつが休みなの?」と時々超数少ないポン友からメールが入る。というこで、今日は、百姓の休みについて。

< 初心者のための新百姓講座 > その2  百姓の休日

今日1月5日〔土)は、休みである。
だからこうしてパソコンにむかえるのである。

百姓の収穫した農産物は、通常農協を通して、各地の市場に出荷される。
今日収穫したものは、明日早朝までに市場に運ばれるのである。
その市場は株式会社であり、サラリーマンが勤めているわけだから、日曜祭日は当然休み。
ということで、百姓の休日は、その市場の休日の前日、日曜祭日の前日となる。
普通の皆さんがお休みの日は、絶対働いているのである。(チクショー!!)

資本主義社会の最下層には、一般人とは別のカレンダーが用意されているのである。

なお、上記はあくまでも市場出荷を前提とした話で、農産物の収穫等の仕事は、百姓の願いとはうらはらに出物腫れ物所構わずで、上津江村の主要農産物である、きゅうりやしいたけは、爆発的に収穫が集中することも多々あり、休日どころか昼寝をしたり、転寝をしながら徹夜で箱詰めパック詰めというのが現状である。(昼寝と転寝をやめたらいいと思うけど・・・) [INDEX]
2002.01.04
No.1
有機栽培

「山奥のど田舎でおまえは一体何をやっているんだ、有機栽培、無農薬栽培なの?」と時々超数少ないポン友からメールが入る。「残念ながら有機栽培ではないんだけれど・・・。」ということで、今日は有機栽培について。

< 初心者のための新百姓講座 > その1  有機栽培

「有機農業」という言葉は、昭和49年にアメリカのJ.I.ロデイルの著書を訳す際に訳者の一楽照雄氏がはじめて使ったという。
その目指すところは、化学肥料や農薬の多投によってゆがめられた農業を、本来の姿に可能な限り近づけようとするものである。

JAS法の規定では、農薬や化学肥料を使用しないで、播種、又はうえつけ前2年以上、堆肥による土作りをした畑や田で生産された農作物をいう。(他に、農林水産省の有機農産物の表示ガイドラインもある)

ところで2001年の4月から、JASの認証マークがないと、有機野菜を「有機」と表示して売ることができなくなった。
おかげで、店頭から、有機野菜がほとんど消えたといわれる。
生産農家はこれまで、厳密に基準にそって、有機農産物を出荷してきたのでだろうか、又、消費者も何を基準に「有機」と判断してきたのだろうか。
又、化学肥料を使わないで、自然だからいいはずだと、例えば堆肥を使用しても、発酵分解の進んでいない未完熟の堆肥は、化学肥料と同様に、発ガン物質である硝酸塩を発生させるという。
あるいは又、果実類のように、非常に病気にかかりやすく、完全有機が難しいという作物も多いといわれる。
完全有機が可能であれば、もちろんそれにこしたことはないのだが、有機栽培は、それ自体が目的ではなく(生態系の循環及び維持という点では目的であるともいえるが)、より安全で、高品質の作物を生産消費していくための、1手段であるとの見方もできるのではないだろうか。

これからは、農産物の見てくれや表示だけでなく、たとえば顔の見えるファーマー・タナカから買うといった、消費者自らが確かな選択眼を持つ必要性がますます高くなるだろう。 [INDEX]