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おそらく私はこんな感じでやってきた…らしい
生まれは
南米のペルーエクアドル地方
アンデス高原地帯には今でも野生のトマトが自生している。
でも、その祖先にあたるバリバリ野生のトマトは有毒。
(小さな実がいっぱいついたチェリータイプのトマト)
↓
メキシコへ
おそらく人間や鳥などによってやってきた
ここで栽培されるように
ここでは、トマトは“ヒトマテ”と呼ぶ。“トマテ”(トマトゥル)といえば、食用ほおずきのことで、
おそらく、メキシコの人はほおずきとトマトを同じように食していたのでは。
↓
ヨーロッパに渡る
南米から、スペイン人がヨーロッパに持ち帰った
でも、200年の間は食用ではなく観賞用または薬用としてのみの栽培だった
トマト特有の香りや色のため?毒性があると思われていたため。(一部野生種が持ち込まれていたのかな?)
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イタリアで初めて!
食用として使われだしたのは18世紀のイタリアで、最初は飢餓のため仕方なくだったとか…
でもあっという間にヨーロッパ中に広がりその後遅れること200年、アメリカへ
↓ところで
日本へやってきたのは?
江戸時代ごろ、オランダ人によって(伝えれる)。やはり最初は観賞用
食用として栽培されたのは明治になってから。
でも、最初は、外国の人用の食べ物だったとか。
あの有名なカゴメさんのトマトケチャップが製造販売されたのは1900年はじめでした
日本では生で食すより、このトマトケチャップでつくったチキンライスやオムライスから人気が出たようです。
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