ファチマ・ニュース

ベルトーネ対ソッチ:


ファチマの第三の秘密に関してローマで市民戦争が荒れ狂っている

2007/05/23

クリストファー・A. フェララ

ベルトーネ枢機卿はファチマの第三の秘密を包み隠したという廉でヴァチカンを非難しているアントニオ・ソッチの危険な書物に対して一つの解答を試みておられる。しかし枢機卿はただ自分自身を困らせ、そして信徒の諸々の疑惑を確証することに成功しているだけである。

自発教令に対する異常な熱意のさなかにファチマの第三の秘密を巡る論争に一つの非常に重要な展開があった。ヴァチカン国務省長官、タルシジオ・ベルトーネ枢機卿が一冊の小さな書物『ファチマの最後の幻視者』を出版された。それは、イタリアの知識人アントニオ・ソッチが彼自身の書物『ファチマの第四の秘密』の中でヴァチカンが第三の秘密の一つのテキストを隠していると結論したことに対してソッチを攻撃している。ソッチの結論は、マザー・アンジェリカが2001年の彼女の国内テレビ・ショーで述べたように、「われわれは事柄全体を手にしなかった」という信徒たちの間の長い間くすぶっている確信を沸騰点にもたらすものである。

主として伝統主義的な典拠において整理された証拠を再検討しながら、ソッチは - 彼自身の最初のヴァチカンの立場の擁護を放棄して - 2000年の6月にヴァチカンによって公表された「白い衣服を纏った司教」の幻視 - それがその全体における第三の秘密であるとヴァチカンは主張している - に伴っている祝せられたおとめの言葉を明らかに含んでいる秘密の一つの留保されたテキストが実際に存在すると結論づけた。聖母の欠落している言葉は、足を引きずっている一人の教皇がどのように死体でいっぱいの廃墟になった都市の外側のある丘の上で一群の兵士たちによって処刑されるようになるかを説明している幻視の「サウンドトラック」を構成するであろう。ソッチは(実際あらゆる真面目な伝統主義者および非伝統主義者のファチマ専門家とともに)今やその欠落している言葉が聖母の陳述:すなわち「ポルトガルにおいては信仰の教義は常に保たれるでしょう、云々」 - 第三の秘密の話された内容のための場所を保持するためにシスター・ルチアによってつけ加えられた「云々」- の後に続くということを確信している。ソッチが彼の書物において(秘密を読んだ人々の証言に基づいて)述べているように、その欠落している言葉は「人類に対する劇的な出来事」を伴った「その頂点で始まる教会における信仰の黙示録的な危機」を予告しているのである。

もちろん、ベルトーネは何かをなさなければならなかった。なぜならソッチの書物の出版はこの論争がもはやヴァチカン当局と「ファチマ主義者」や「過激な伝統主義者」という扇動的なレッテルでもって高慢に退けられ得る者たちとの間の一つの論戦ではないだろうということを意味しているからである。ソッチはベルトーネとかつてのラッツィンガー枢機卿の両人のための記者会見を行った非常に尊敬されている主流のカトリック評論家である。ベルトーネは解答を試みる以外のいなかる選択肢も持たなかった。

しかし、ソッチがイタリアの新聞 Libero においてベルトーネの書物に対する彼の回答において示したように、ベルトーネの努力は彼にとって、そしてヴァチカンにとって一つの主要なきまり悪さ - 実際、一つの完全な失敗 - である。なぜなら、それはヴァチカンが秘密の一部を隠しているという主張を支持している問題全体を触れないままに残しており、一方でベルトーネの信憑性についていっそう多くの疑問を提出しているからである。同時にベルトーネはソッチを意図的な嘘つき("mendace")と呼び、そして公会議後の時代の最も皮肉な見解の一つであるはずのフリーメーソンの戦術の廉で彼を非難さえしながら、ソッチに対して無鉄砲にも悪口を投げつけることによって彼の高い地位の品位を下げている。ベルトーネはヴァチカン国務省長官の代わりに一人の絶望した、傷ついた人間のように振る舞っている。

一連のソフトボール的な質問を彼に投げるために一人の世に知られていないヴァチカン通(ヴァチカン・ビートでのリポーター)を利用しながら、ベルトーネの書物は基本的には、ソッチに対するその侮辱とは別に、ソッチの十分に支持を受けた諸々の議論のたった一つの議論の価値を述べることにも失敗している、とりとめもない「諸回答」からなる140ベージの書物である。例えば、聖母の欠落している言葉がシスター・ルチアの「云々」の中に見出されるという鍵になる論点に関して、ベルトーネはそれに答えることなしにその論点を再度述べるより以上のことを何もしていない。そのことは何ら驚くにあたらない。なぜなら、(ソッチが彼の書物の中で論じているように)隠しきれない「云々」を、ファチマ・メッセージの全体的なテキストから取り外し、そしてそれを第三の秘密に関するヴァチカンの公式の註釈において説明なしに一つの脚注へと追いやりながら、その隠しきれない「云々」を意図的に避けたのはベルトーネと彼の協力者たちだったからである。

もう一つ別の例を挙げるならば、聖母の言葉を含んでいる欠落している1ページのテキストが聖座の公文書保管所 - そこには幻視の4ページのテキストが保管されている - によりはむしろ教皇の寝室に分けて保管されていたというしっかりした証拠に関してベルトーネは、どちらかと言えば教皇寝室にあったものについては何も言わない一方で、1ページのテキストが公文書保管庫にはなかったと述べることによってその論争を逃げている。欠落しているテキストが寝室にあったということを否定することに明らかに失敗したので、彼は突然、これまでで初めて、およそ7年前にシスター・ルチアが彼に記録を取られなかったインタビューの間に幻視の4ページのテキストが「第三の秘密であり、そして私は他のものを決して書きませんでした」と告げたと公表するのである。

われわれは、ソッチの応答が述べているように、「信じられないことに...録音もされず、映像にも撮られず、また書写もされなかった」10時間にも及ぶベルトーネによって行われた三つのインタビューのうちの一つの間にシスター・ルチアがこの以前には決して言及されなかった文言を口にしたということを信じるように求められているのである。しかしながら、ベルトーネは彼が、なされたと主張されている10時間にも及ぶ会話から全体で4分間に相当する文言を - 「記録した」と主張している。ソッチは正当にこう問うている:「なぜそのように重要な文言が[2000年になされた]公式の公表においてベルトーネによって報告されなかったのか?」さらに、なぜそれは、シスター・ルチアが亡くなり、そしてもはや何も否定できなくなったときまで報道されなかったのか?なされたと主張されているインタビューの間にシスター・ルチアによってなされたと主張されている諸々の陳述のこの、あるいは他の例とともにソッチが示しているように、ベルトーネの不可解な「記録」はむしろまさにベルトーネが必要とするものを、彼がまさにそれを必要とするときに都合よく産み出すのであって - そしてより早い瞬間ではない。しかしどういうわけか、シスター・ルチアのそうだと主張されている陳述の一つは2000年のヴァチカン註釈への道を見出さなかった。そこではそれらの陳述は容易にヴァチカンの立場を支持したであろう。実際、シスター・ルチアは、たとえ彼女がその真の内容に対する唯一の生きている証人であったとしてもその年には第三の秘密の「啓示」を通じてずっと外部との連絡を絶たれたままにとどめ置かれた。

ソッチの応答はベルトーネがひょいとかわし続けている64,000ドルの質問を提出している:「なぜこの高位聖職者[ベルトーネ]は幻視者[シスター・ルチア]に、彼女がその他云々によって一時中断された聖母の奇妙な言葉の続きを書いたかどうかを尋ねなかったのか(「ポルトガルにおいては信仰の教義は常に保たれるでしょう。」)?これは諸々の専門家たちによって常に第三の秘密の始まりと考えられてきたのである。非常に奇妙である。」あるいはおそらくベルトーネは彼女に尋ねた。そしてわれわれが知ることを彼が望んでいない答を得た。おそらくその答は彼の「ノート」のうちにある。しかしこれらの「ノート」が日の目を見ることを期待してはいけない。

ソッチが彼の回答において述べているように、ベルトーネの書物はソッチが『ファチマの第四の秘密』において提出した諸々の点のどれにも答えるのに失敗しているだけではなく、また「さらにそれ以上の諸問題を提出している。私はそのようにしくじったそして自分を傷つける事柄を読んだことに当惑しさえしている。」例えば、ファチマのメッセージ(そしてこのようにして第三の秘密)はロシアがすでに「回心した」がゆえに過去に属するというヴァチカンの党路線を強化するために、ベルトーネは「ゴルバチョフが1989年12月1日のウォイティラ教皇[ヨハネ・パウロ二世]への歴史的な訪問の際に教皇の前で『告白の祈りをした』 - 「1998年3月2日にヴァチカン報道局によって公式的に否定された」一つの神話 - という噂を信じているのである。

もう一つ別の自ら招いた傷は「シスター・ルチアは決してコンピュータで仕事をしなかった」というベルトーネの陳述である。ここでベルトーネは、彼にとってそうすることが都合がよいときにはまさに正反対のことを彼が主張したということを忘れているのである。すなわち、シスター・ルチアは1989年に「コンピュータを使いさえした」と:それはソッチが述べているように、シスター・ルチアが彼女自身の手で書いたことがなかったいくつかの手紙、そして彼女がロシアの奉献に関して以前に言ったすべてのことに矛盾する手紙、を信用することに奉仕する主張である。このようにしてベルトーネはシスター・ルチアがこれらの手紙の著者であるというすべての主張を掘り崩したのである。

私はソッチに答えるためのベルトーネの試みにおけるとても不利な欠落、承認そして矛盾に関してまるまる一冊の書物を書くことができるであろう - そして実際そうするように求められた。今のところはベルトーネが実際ソッチが隠蔽を証明するのを助けることに成功したと言うことで十分である。実際、ソッチは自分の主張を曲げていない。「ファチマの『第四の秘密』(あるいはむしろ第三の秘密の隠された部分)が存在しているということは明らかである。そして私の書物の中で私はそれを証明したと考えている。」

しかしソッチはベルトーネの激しく揺れるそして効果のない攻撃を通じての彼の正統性の立証によって喜んではいない。彼が説明しているように:「どんな著者にとっても議論の痕跡すらなしに国務省長官によって自らが個人的に攻撃されるのを見ることは大成功であろう。しかし私にとってはそれは一つの大きな災難である。なぜなら、私は一人のジャーナリストである前に一人のカトリック教徒であるから。私は論駁されることの方を選んだであろう。でなければ、私は聖座がなお隠されている部分を - 聖母が要求なさったように - 公表することによってファチマの『第三の秘密』についての全真実を公表することを望んだであろう。もしそうでなければ、私は無視され、鼻であしらわれ、ボイコットされることの方を選んだであろう。誤解されることと巧みに逃れることとは別の事柄である。そしてそれはまさにベルトーネがやったことである:すなわち、何事にも答えることなしに公的に自らを曝し、そして反対に破滅的な諸発見をつけ加えることである。彼のためにそしてヴァチカンのために。」

この展開の重要性を過小評価することは困難であろう:すなわち、一人の傑出したそして非の打ち所のないカトリック・ジャーナリストが教会における背教そしておそらく全体としての世界のための黙示録的出来事に関する聖母の一つの預言を含んでいる一つのテキストを隠したということでヴァチカンを公的に非難した。そしてヴァチカンはその国務省長官によって口にされた言い逃れと侮辱のとりとめのない集合を除いてはその告発に対する何らの防御をも提供していないのである。

ベルトーネの書物はベネディクト教皇からの書簡の形式における序論を誇りにしている。それは論争のいかなる詳細をも効果的に避けている。しかし、陰謀が濃くなるにつれて、ソッチは「『それが示唆した心証』のために私に感謝している私の書物に関する」教皇からの書簡を持っているということを明らかにしている。ソッチは、教皇の言葉はベルトーネが彼に投げつけた「侮辱と粗悪な非難の前で慰めに満ちたもの」であると言っている。しかしながら、ソッチが教皇の書簡によって慰めを受けていることはもっともなことである一方で、それは困難な問題を提出している。なぜ教皇は、神の御母のまさに言葉そのものを検閲修正したということでヴァチカンを非難している書物のためにソッチに感謝なさり、その一方で信徒の疑惑をただ確証するだけである侮辱と言い逃れに満ちた、ソッチに対する攻撃の出版において国務省長官を支持なさるのであろうか?もしベルトーネの言っていることが真であり、そしてソッチの言っていることが偽りであるならば、そのときなぜソッチ宛ての教皇書簡は明らかに非難あるいは訂正の言葉を含んでいなかったのであろうか?

決して発せられないであろう「間近に迫った」自発教令をわれわれが待っているとき、われわれはこのことを確実にヴァチカンにおける事態についてしることができるのである:すなわち、すべては混沌のうちにある。

ファチマの聖母が第三の秘密において御自身予告なさった「悪魔的な方向感覚喪失」からわれわれを救い出して、われわれのために間もなく執り成し給わんことを。

アントニオ・ソッチの『ファチマの第四の秘密』、「アントニオ・ソッチがベルトーネ枢機卿の新しい書物を論駁する」をも見てください。

作成日:2007/05/28
最終更新日:2007/05/28

Bertone vs. Socci: Civil War Rages in Rome Over Third Secret of Fatima

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