ファチマ・ニュース

アントニオ・ソッチがベルトーネ枢機卿の
第三の秘密に関する新しい書物を反駁する




2007/05/16

ファチマ・センターへの特集号

ヴァチカン国務省長官タルシジオ・ベルトーネ枢機卿によって書かれた『ファチマの最後の幻視者』はローマで5月10日に出版された。その書物はアントニオ・ソッチの『ファチマの第四の秘密』(2006年11月出版)の意図された反駁であった。賞賛された著者ソッチはその書物の中でファチマの第三の秘密のまだ公表されていない第二のテキストがあるという手堅い証拠を提出している。

ベルトーネの書物はまだ公表されていない秘密の第二のテキストのありそうなことについて書いたソッチや他の人々によって出された問いに答えていない。むしろ枢機卿はソッチ自身に対する個人的攻撃に訴えている。

5月12日にアントニオ・ソッチは『親愛なるベルトーネ枢機卿:誰が - あなたと私との間で - 嘘をついており、そしてそれを知っている者か?そしてどうかフリーメーソンに言及しないでください』という原題を持つ説得力のある応答を出した。その論攷は5月12日の Libero に『ソッチがベルトーネを滅ぼす』として載せられた。

以下はソッチの反駁の要約である。

ベルトーネ枢機卿はソッチの主張をいかなる証拠も与えることなしに「単なる作り話」として退けようと試みている。一つの新しい最低線を打ち出しながら、ベルトーネはソッチが彼の書物中で出された疑問を前に押し出すことによって、「教会の信用を傷つけるためにフリーメーソンの古くさいゲーム」をしているのだと言っている。

しかしベルトーネは『ファチマの第四の秘密』において提出された証拠を無視し、簡単にソッチを嘘つきと呼んでいる、とソッチは言う。ソッチはこう言う:「不幸なことに彼はどのようにそしていつ私が嘘をついたかを示していない」。事柄の真相は、ソッチが枢機卿に(諸問題のたった一つを挙げるために)ヴァチカンによって公表された第三の秘密に関する註釈の中でなぜベルトーネがシスター・ルチアによって書かれた一つの手紙を引用し、その一方で同時に彼が(そのことを言うことなしに)彼の註釈全体の正体を暴露させたであろう一つの決定的な文言を故意に書き落としているのかを尋ねたということである。ベルトーネは彼がなぜそうしたのかに関して何の説明をも与えておらず、ただ単にシスター・ルチアの「修正された」手紙を繰り返しているだけである。

ソッチ氏は「論争の核心」がヴァチカンは2000年に第三の秘密全体を公表しなかったということであると何度も繰り返して言っている。彼は読者に、彼がもとは第三の秘密が完全に公表されたというヴァチカンの主張を受け入れていたのだということを思い起こさせている。「しかしそれから私は諸々の事実が反対のことを示しているということを理解したのである。」彼は公式のヴァチカン・バージョンのうちに含まれている莫大な数の穴や矛盾を指摘した。ソッチはまた、彼の書物において述べられているように、彼がベルトーネ枢機卿にこれらの疑問を尋ねるためにインタビューを要求したがしかしソッチの要求は決して認められなかったと述べている。

ベルトーネの新しい書物は「多くの疑問に対して一つの解答すら与えていない。反対に、それは新しい諸々の疑問を提起している。彼は彼が『そのようにだいなしにされた、そして[ベルトーネに対して]そのように自らに損傷を与える何かあるものを読んで当惑させられる』のを感じたと言っている。ソッチは彼が「議論のたった一つの痕跡もなしに」ヴァチカン国務省長官によって攻撃されたのだと説明している。自らを第一に一人のカトリック教徒として、第二に一人のジャーナリストとして考えている一人の人間として、「私は私自身とても間違っており、そして論駁されるべきであることの方を好んだであろう。」その代わりに起こったことはヴァチカンが「どんな犠牲を払っても」避けるべきであった何かあることであった。ベルトーネは「何一つ答えることなしに公然と自らを露出した」、そして反対に彼にとって、またヴァチカンにとって破滅を招く新しい「諸発見」をつけ加えながらそうしたのである。

ソッチは、ベルトーネがそれらを後代に残すためにこれらの例外的なインタビューを記録あるいは映像に撮るべきであったと説明している。少なくとも彼は「何らかの将来のそして予見可能な論議を避けるために」シスター・ルチアによってサインされるべき質疑応答の写本を手配すべきであった。

しかしベルトーネは何をしたのか?ソッチはこう言う:「十分に信じがたいことであるが、これら三つのインタビュー - この高位聖職者が言うように、少なくとも全体で10時間は続いた - は記録されあるいは映像に撮られあるいは書写されることはなかったのである。」ベルトーネは今日、彼が単に「ノートを取った」に過ぎないと言っている。それ故ファチマの公式的な記録には「ただシスターに帰せられると伝えられているわずかの短い文言、疑わしい信憑性をもつ文言だけ」が存在する。それらの文言は「彼[ベルトーネ]が彼女に決定的な質問をしなかったがゆえに十分なものではない文言、何らかの疑いをはらすことに役立つであろう文言ではない文言」、あるいは少なくともこれらの質問はベルトーネによって記録されていないのである。

ソッチの書物の中でベルトーネはなぜ10時間ものインタビューからシスター・ルチアの僅かの文言だけ、約4分を要するであろう文言だけを知らせたのかと問うている。「これらの時間の間に他の何が言われたのか?」ソッチはベルトーネに問うた。「なぜあなたはシスター・ルチアに基本的な[最も重要な]問いをしなかったのか?あるいはなぜあなたは彼女の諸々の答を公表しなかったのか?」ベルトーネは彼の書物の中で何ら解答を与えていない。彼はただ単にソッチを、「教会の信用を傷つけるためにフリーメーソンの古くさいゲームをやっている」と非難しているだけである。というのは、ソッチはこれらの正当な疑問を提出するための規準を持っていたからである。[ソッチはダ・ヴィンチ・コードのダン・ブラウンでさえベルトーネからこの仕打ちを受けなかったと述べている。]

もっと悪いことには、ベルトーネはシスター・ルチア - 今は亡くなっており何一つ否定することができない - に2000年ドキュメントにおいては報告されていなかったいくつかの奇妙な文言を帰している。

ベルトーネはシスター・ルチアが2000年ドキュメントを見た後にこう言ったと主張している:「これが第三の秘密です」「ただ一つのテキストです」そして「私は他のいかなるものも書いたことは決してありません。」

しかしもしシスター・ルチアがこれらの事柄を本当に言ったのならば、それではなぜこの非常に重要な証言は公式的なヴァチカンの註釈において報道されなかったのか?、とソッチは述べる。

「そしてなぜ」とソッチは問う:「高位聖職者[ベルトーネ]は幻視者に聖母によって発せられた、そして『云々』によって宙づりにされたままのあれらの不可解な言葉(「ポルトガルにおいては信仰の教義は常に保たれれるでしょう、云々」) - すべてのファチマ学者たちによって第三の秘密の始まりとして考えられた - の帰結を彼女が書いたかどうかを尋ねなかったのか?」

ベルトーネは今、シスター・ルチアは1981年の教皇ヨハネ・パウロ二世に対する暗殺未遂について彼女が聞いたときにこう主張していると言っている:「彼女は第三の秘密の預言が成就したと考えた。」

しかしソッチはこう尋ねる:「いったいなぜそのような際だった確認が公式的な文書において決して報告されなかったのか?」

ソッチが述べているように、ベルトーネの主張はヨハネ・パウロ二世宛てにシスター・ルチアによって書かれた以下の1982年の書簡に矛盾する:「...たとい私たちが預言の最後の部分(第三の秘密)の完全な実現をまだ見なかったとしても、私たちは大股でそれに少しずつ近づいているのです。もし私たちが罪、憎しみ、復讐の道を拒否しないならば...彼ら自身の罰を準備しているのは人々自身です。」

ソッチはまた、ラッツィンガー枢機卿が2000年にヴァチカンの解釈は単に仮説にすぎないのであって、公式的な解釈ではないと言われたと述べている。しかし今ベルトーネ枢機卿は「それを公式的なバージョンとして課すことを要求している。」

ソッチは続けて秘密の二つのテキスト:すなわち、2000年に公表されたテキストとまだ公表されていないもう一つのテキスト[が存在する]という意見を支持する様々の事実を述べることに進んでいる。

  • 秘密が一枚の紙に書かれたという証拠、
  • 紙の大きさは約 9x14 cm であり、約12x18 cm の封筒に入れられていたという証拠、
  • 秘密がわずか 20-25 行から成っているという証拠、
  • 雑誌パリ・マッチから、教皇ピオ十二世の信頼ある助手であったシスター・パスクワリーナから、そしてモンシニョール・カポヴィッラからの証拠。個人的な秘書は秘密は教皇宿舎にある机の中に保管されていると言われた教皇ヨハネ二十三世に告げた。そのことは、それが聖座に保管されていたと主張している2000年註釈と矛盾している。

「ベルトーネは彼の書物の中のこれらの証言に答えていない」とソッチは言う。高位聖職者[ベルトーネ]はただ単にこう言うだけである:「教皇の机の中に隠された封筒の映画的な再構成は純粋な幻想である」と。しかし彼は彼自身の証言以外にはいかなる証拠をも提供しない。

ベルトーネは続けて、秘密が教会における「背教」について語っているという考えを嘲笑する。

ソッチはこう答える:「私が背教について話しているのではなくて、オッタヴィアーニ枢機卿とチアッピ枢機卿が話されたのである。」(「第三の秘密の中では、他のこともいろいろあるが、教会において大きな背教がトップのところで始まるであろうということが予告されている」 - チアッピ)

第三の秘密が教会における背教について語っているというもっと多くのヒントはフエンテス神父とのシスター・ルチアの1957年のインタビューにおいて、そしてラッツィンガー枢機卿の二つの陳述において見出される、とソッチは述べている。

ソッチは、彼がベルトーネの書物における「すべての失策」を数え上げるためのスペースを持っていないと言っている。しかしもう一つの例を挙げるならば:ベルトーネは、ゴルバチョフが1989年12月1日に教皇ヨハネ・パウロ二世との彼の歴史的な会合において「教皇の面前でメア・クルパ[痛悔の祈り]を発音したと主張している。しかしこの事実は「1998年3月2日にヴァチカン報道局によってはっきりと否定された。」

ソッチの反駁の最も魅力的な局面はベルトーネの書物の中に現れている教皇ベネディクト十六世の書簡についての彼の結びのコメントである。

ソッチはこう書いている:「明らかに、教皇宛ての書簡は、たとい教皇が彼の言葉を出来る限り一般的に保つとしても、書物への序論として用いられる。私の観点からは、「それを書くことを示唆した感情」のために私に感謝しながらベネディクト十六世が私の書物に関して私に書いてくださった書簡を私は持っている。それは、私が諸々の侮辱と、私が「フリーメーソンのゲームをしている」という痛ましい申し立てに直面している間、私にとって一つの慰めとして働いている言葉であった。」

ファチマ・センターは近い将来にベルトーネ枢機卿の書物に関してもっと多くのことを言わなければならないであろう。

アントニオ・ソッチの『ファチマの第四の秘密』をも見てください。

作成日:2007/05/22
最終更新日:2007/05/22

Antonio Socci Refutes Cardinal Bertone's New Book on the Third Secret.

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