ファチマ・クルーセイダー


「全世界は大惨事の瀬戸際に立っている」

2008年インドにおけるファチマ:世界平和への唯一の道・平和会議で行われた講演のこの編集された書写はファチマ・センターにとっては特別の興味のあるものである。ここで、シリル神父は彼の生活が2006年のポルトガルとトゥイにおけるわれわれのファチマ会議に参加することによってどのように深く影響を受けたか、そして彼が後に一つの大きな仕方で彼の小教区に対して、そして彼の司教区の内部および国内において、ファチマ信心を促進するためにどのように彼の焦点を変えたかを説明している。
シリル神父はわれわれ皆にとって一つの霊感である。彼は、なぜわれわれがこれらの平和会議を開催しているか - 司祭たちにファチマ・メッセージの積極的な促進者であるように鼓舞するために - その真の理由を捉えた。多くの司祭たちが彼の例に従うように。

The Fatima Crusader Issue 88, Spring 2008 より

アンソニー・シリル・ディキリカウェイジ神父、スリランカ

私の講演は、2006年10月、スペイン、トゥイおよびポルトガル、ファチマにおける世界平和のための最後のチャンス:会議での私自身の経験の後に私がスリランカで行おうと努めたことについての一つの経験の分かち合いたろうとするものである。

私は、われわれがスリランカにおいて経験しつつある苦痛に満ちた状況に対する一つの答を求めてスペインとポルトガルへ行った。われわれの愛する母国は非常に悲しい、深刻なそして危機的な状況にある。そこには暴力があり、殺人があり、そして誘拐がある。

多くの人々が - その大部分は青少年であるが - その価値ある生命を失った。それ以上に多くの人々は傷つき、そして彼らのうちのある者は生涯身体障害となっている。今朝7時に私は一個の爆弾が一台のバスで爆発させられたという言葉を受け取った。ニュース・サービスは20人が殺され、50人以上が負傷したと報道している。

今日、スリランカでは多くの家族が彼らの住居と財産を失い、彼ら自身の土地で避難民となった。現在の数はおよそ187,000人の難民である。彼らのうちの多くはこの国、インドを含む他の国々へと逃げた。家庭生活は破壊されている。もっと悪い影響を蒙っているのは子どもたちであり、彼らは何ら彼ら自身の罪によらないのに苦しめられているのである。普通の人々は苦しみ、痛み、貧困、困窮そして絶望に耐えるために残されている。これがわれわれの状況である。

地平線上の諸々の大惨事

私が周りを眺めそしてテレビ・ニュースや新聞を見るとき、危機にあるのは単にスリランカだけではない、全世界が大惨事の瀬戸際に立っている。ニュースとメディアの主題は自然的および人間の作ったその両方の大惨事である。

世界はもはやその創造主に親密ではない。世界は神から後込みすることを選んだ。そして神を認めないことと利己主義に基づくそれ自身の王国を築き上げてきた。それは神に奉献されていない一つの世界、神なき一つの世界である。それはそこで暴力、戦争、憎しみそして分裂が支配する一つの世界である。

ロシアと中国は戦争を計画している

われわれはこのことを特に国際政治の闘技場において起こってきたことのうちに見る。ロシアと中国は戦争を計画している、イラクにおける紛争は猛威を振るい、中東における暴力的な状況は地域戦争勃発の脅威を突きつけている。それは容易に第三次世界大戦へと導き得るであろう。

民族的および宗教的な暴力はいたるところで燃え上がっている。全西欧文明はこれらの攻撃の恐れのうちに生きている。われわれ法律をよく守る市民の大部分はテロリズムの恐れのために空港での個人的、電子的な探索に従っている。われわれに何が起こったのか?われわれの宗教的および政治的指導者たちに何が起こったのか?この美しい惑星のよい人々に何が起こったのか?

多くの人々は今や一つの答を捜し求めている。この悲劇的な状況において人々は今や向き直り、時間が人類のために使い尽くされているということを理解し始めている。われわれはこの神のいないあり方をもってしてはもはや前進することができない。再び神に立ち帰り、そして神の介入を嘆願する時である。

私は、特にスリランカにおける危機に対する一つの答を求めて、世界平和のための最後のチャンス:会議のためにスペインとポルトガルに行った。そこで、私はファチマ、聖母の御要求そしてまたわれわれが聖母の諸々の要求を心に留めるときの聖母の諸々の介入についての話について学んだ。

私は、われわれが神に向かい、マリアを通じてそしてマリアの汚れなき御心へのわれわれの奉献を通じて神の助けを求めることがカトリックの慣習であるということを学んだ。私はいくつかの例を聞いた:

ポルトガル:汚れなき御心に奉献された。そしてこの国は一つの特別の保護を受けた。

スペイン:スペインの司教たちは彼らの国をマリアを通じて神に奉献した。そしてスペインは神の保護を受けた。

スリランカ:1942年に日本軍が私自身の国スリランカを攻撃するために来た。コロンボの大司教、ジャン・マリー・マッソン神父はわれわれの国を守るためにマリアを通じて神に訴えた。神はこの要求にお答えになり、そして日本人は攻撃することなく撤退した。今日に至るまで、どの政治専門家も、なぜ日本人が去ったかを説明することができない。しかし、われわれ、単純な信者は、われわれの単純な信仰をもって、それがなぜだかを知っている。神はマリアを通じて介入なさったのだ。スリランカの人々はスリランカの聖母に栄誉を帰して建てられた一つの美しいバシリカを持った。

祈りなさい、特にロザリオを祈りなさいというマリアの要求は私の心を大いに打った。私は、われわれがわれわれの国において十分に祈ってこなかったということを理解した。われわれはわれわれの国で十分にロザリオを唱えて来なかった。それゆえに、私は変化した一人の人間として帰国する決心をした。私は直ちにこの信心に関して働き始めた。

ファチマのメッセージは私にとって二つの非常に重要な真理を含んでいた:

I: 罪は神と神の聖なる御母をひどく傷つける

それは天の御父とわれらの天の御母とを傷つける世界の重大な罪深さを説明している。罪深さは次のような言葉において説明され得る。専制、葛藤そして戦争へと導く権力に対する貪欲が存在する。そしてそのような葛藤を産み出した金銭に対する貪欲が存在する。金銭に対するその貪欲は富の不正な配分を引き起こした。世界の富の 80% が人々の 20% によって享受されていると言われる。そして大多数の人々はただ僅かのものを共有しているに過ぎない。例外なくきまって、あなたが分かち合わないとき、あなたは闘争を始める。あなたは革命を産む。そしてあなたは葛藤を産む。

もしあなたが引き下がってそしてすべての葛藤を - 私の国における葛藤をさえ - 実際的に研究するならば、それは富の悪しき配分と自然的および国家的な資源の不正な配分に基づくものである。私はそのことのまさに罪深さを学んだ。

II: 償いと回心の必要性

そこで私は償いと回心の必要性、特にわれわれの生涯にわたる神の恩寵への更新を通じての償いと回心の必要性を学んだ。教皇ヨハネ・パウロ二世はこう言われた:

「ファチマのメッセージは回心への一つの呼びかけであって、それは人類に、その『尾が天の星々の三分の二を掃いてそれらを地上に投げ落とす』(黙示録12:4)竜に関わることがないように警告している。」

それは回心を要求している。これらの考えを頭に入れて、そしてこれら二つの要因に私自身を基づかせて、私は私自身の罪深さを理解し、私の配慮と影響の下にある人々に同じことをさせるために以下の行動を起こすことを決心した。すなわち、権力に対して貪欲でないこと、利己的でないこと、そして神なき者ではないこと。

私は私と私の人々において生活の刷新へ向かって働き、マリアへの回心への呼びかけを聞くように彼らを助け、そしてわれわれ自身を聖母の汚れなき御心に奉献する積もりである。

奉献するという語は、グルーナー神父が説明したように、われわれ自身を完全に神に与えることである。それゆえに、われわれは われわれ自身を奉献し、そしてマリアの汚れなき御心へのロシアの奉献を促進しなければならない。われわれはマリア信心とマリア研究を促進するよう努力しなければならない。

行動のための時

上に上げた諸目的を達成するために、私は二つの活動を計画した:

第一、毎日ロザリオを唱えるために、そして初土曜日の信心を守るために、スリランカの人々を組織すること。

第二、マリア・センターを建設し、われわれが無視していたマリア研究のためのセンターを建設すること。マリアがほとんど十分に研究されていない、それが私の確信である。

ボランティア・ロザリオ家庭

これらすべての経験から学び、そして過去の神の介入によって勇気づけられて、われわれはスリランカにおけるロザリオ家庭を建設する一つのキャンペーンを始めた。それは国の至る所から、マリアを通じて神への人々の回心のために毎日ロザリオを唱えることを約束するためのボランティアへの一つの呼びかけである。

戦争を平和へと変える

この行動は、この戦争に熱心な人々を平和を愛する人々へと変えることができるある種の霊的な力を産み出すであろうと、私は確信している。これはまた平和を促進し、平和のために訴え、そして戦争の諸悪に対して戦うことができる一つの強力な力でもあり得る。

ナショナル・ロザリオ・ファミリーは2007年5月の第一土曜日にラッドルワの聖セシリア教会での美しい儀式と共にコロンボの大司教区において始められた。主たる司式者はマリア神学者のマリウス・ペイリス博士、コロンボ補佐司教であった。彼は人々の前にわれわれのマリア信心の神学的基礎を展開した。

われわれはロザリオ・ファミリーのメンバーたちと毎月彼らの一人ひとりに送られる手紙によって接触を保っている。メンバーたちはロザリオの使徒であること、そして他の人々をロザリオ・ファミリーに参加させることを要求されている。各人は一つの小さなファチマの御像を与えられている。そして今私は、その御像が村々を通じて新しい家庭に、そして新しい人々に、その道を開いていると見ている。それはそのように続いて行く。

われわれの全国ファミリー・センターは始められた。センターの主要な活動は以下の通りである:マリアの汚れなき御心への諸々の家庭の奉献、一年の様々の時に催されれるファミリー・ロザリオとファミリー・ロザリオ・ラリー、我が国におけるさまざまのマリア聖堂へのマリア巡礼を組織すること、そして特に貧しい子どもたちのために行われるマリア・プログラム。もちろん、われわれはファチマ・センターと定期的に文通している。

未来のためにわれわれは何をすることができるか?

第一に、もし可能ならば、あなたもまた、あなたの小教区の中に、そしてあなたの地域の中に、ロザリオグループを始めることができる。

第二に、私は、グルーナー神父が司祭たちのファチマ運動と呼ばれる一つの重要な主題について話されるであろうと思う。われわれは皆その運動に参加することができる。そして償い、和解、回心そして神への奉献を促進する司祭であることができる。最後に、われわれはイエズスの聖心そしてマリアの汚れなき御心への諸々の家庭の奉献を促進することができる。

教皇ベネディクト十六世はこう言われた:「疑いもなく、最もキリストに似た心はキリストの汚れなき御母、マリアの御心である。」ファチマでおとめ[マリア]によってわれわれに向けられた招きに応えて、われわれ、全世界は神の憐れみに満ちた愛を経験するように聖母の汚れなき御心の中へと入ろう。

グルーナー神父は私に以下の言葉を書いて送って下さった:

「信徒の霊魂の配慮という責任を委ねられた一人のカトリック司祭として、あなたはカトリック家庭が直面している人の気力をくじくような諸々の挑戦を理解しておられる。彼らは、時代のしるしによって、津波、ハリケーン、地震、テロリズム、そして核兵器の拡散によって脅えさせられている。彼らは物質的な財に栄光を帰し、出産という神の賜物を軽視するますます悪化していく世俗的な文化によって包囲されている。」

「彼らは彼らの職業や財政的な福祉について、彼らの子どもたちの教育や未来について、そして彼らの健康や停年後の年月について心配している。彼らは彼らがスキャンダルと信仰の危機によってそれ自身破滅させられた彼らの教会から得る一貫性のない、そして矛盾さえしたメッセージによって当惑させられている。

「この状況の中で、われわれは聖心と汚れなき御心への信心を確立することについて話している。[キリストの]即位式の儀式において、家族は司祭、彼らの親族、隣人そして友人の臨席の下に、公にそして荘厳に、キリストが王であり、そして彼らの家庭の愛すべき主人であることを認める。」

「イエズスの聖心とマリアの汚れなき御心の御絵あるいは御像が家庭の主たる部屋の中の栄誉の場所に据えられる。家族の成員たちはそれからイエズスの聖心とマリアの汚れなき御心に自分たち自身を奉献する。」

それゆえに、われわれは人々にロザリオを唱えさせるようにしなければならない。われわれは司祭たちのファチマ運動を促進することができる。われわれはわれわれの国の人々そして世界の人々の、イエズスの聖心とマリアの汚れなき御心への奉献を促進することができる。

罪の償い

私はこれらすべてのことをしている間に、またファチマの出来事をより深く、そしてマリアの生涯の中へとより深く省察し始めた。このことの中には一つの大きなメッセージがある。ファチマの出来事は罪の償いについて語っている。私は今日の諸々の罪のうちのいくつかに言及した。葛藤、戦争そして暴力を促進する貪欲の罪。それから、祈りを求める叫び、祈りを求める聖母の叫び、特にわれわれがロザリオを祈るようにという叫びがある。それから次に犠牲を捧げ、彼らの罪のために人々のために苦しむこと、世界における平和のために毎日ロザリオの祈りをすること、聖母を人々に知らせ、聖母の御子を人々に知らせるようにという聖母の御要求がある。

聖母はチャペルが建設されることを望んでおられる。聖母はマリア・センターが設立されることを望んでおられる。聖母はまたロシアの奉献についても語られた。これらすべての事柄を通じてわれわれはマリアをわれわれの世界の歴史における一人の重要な人物として見る。

信心はわれわれを真実のマリアへと導く

私は世界平和会議を通じてマリアを研究し始めた。そしてそのことは私が以前には発見しなかった一つの領域を開いた。そしてこのことを通じて私はマリアを発見し始めた。聖母はあなたたち一人ひとりに対してメッセージを持っておられる。それはちょうど聖母が私のために一つのメッセージを持っておられるのと同じである。私の要求はマリアを単に一つの信心とすることではない。それはマリアを単に一つの信心にする危険である。聖母は一つの信心以上のものである。信心はわれわれを真実のマリアへと連れて行く。

このセミナーが行われている間に誰かある人がファチマの預言的な使命について語った。預言者たちは人々である。彼らは人々に彼らの心と精神を変えるように呼びかける神のメッセンジャーである。マリアは回心と変化を求める一つの声である。諸々の信心と奉献はあの大きな要求においてわれわれを助ける。祝せられたおとめマリアはファチマを通じて主として、世界がその道筋を変えること、神へと転じることそして福音の道へ向くことを望まれた。この変化を求める実際的な叫びが主要なファチマ・メッセージにおいてなされた:すなわち、痛悔、償い、奉献、毎日ロザリオを唱えること、初土曜日の信心そしてロシアの奉献と回心である。

私は、あなたがこの平和会議に出席されている間に、これらのメッセージに耳を傾け、それらを実行に移されるように要求する。究極的な呼びかけ、これらすべての行動の究極的な目標 - 人々にこの信心を感じさせるだけではなく、彼らに回心を他の人々へと伝えるという - を忘れないようにしよう。

マリアの霊性

マリア信心を通じてマリアの霊性を促進しなさい。われわれはわれわれの全マリア神学を教会が教えていることについての伝統の上に建てた。そしてわれわれはマリアの諸教義を持っている。そのことは非常によいことである。しかしながら、私はそれほど大きな注意が新約聖書の見地からマリアに対して払われてこなかったと考えている。聖母は新約聖書において言及されておられる。もしあなたがマリアに言及している諸々の出来事を注意深く研究するならば、そこには非常に現実的である、今日の世界が必要としている、そしてファチマのメッセージがこの世界にもたらしたマリアの全霊性がある。

ところで、ファチマは歴史において起こった他のマリア御出現とは少し異なっている。ここでは、マリアは彼女の子どもたちを見るために、そして彼女の子どもたちを守るために降りて来られた。もしあなたが福音書を見るならば、あなたはマリアの非常に深い霊性を見出す。マリアの偉業、人類の歴史の大きな功績は一人の救い主をわれわれのところにもたらしたことである。

マリアの生涯において多くの事柄は予期されていなかった種類のものであった。これらの予期されていなかった出来事においてマリアに語られたことはマリアに反乱を起こさせなかった。マリアは心の中に福音書の教えを保っておられた。そして黙想しておられた。それがマリアの精神である。

神が望んでおられることは予期されていないものであるかもしれない

われわれは福音書をわれわれの心に保たなければならない。そして時にはそれを実現するように努めなければならない。神が望んでおられることは予期されていないものであるかもしれない。

カナでの結婚式のように、一つの予期されていない出来事があった。彼らはもうぶどう酒を持っていなかった。それでその御子に対する偉大なマリアの要求があったのである。

今日の世界はぶどう酒を持っていない。そしてマリアはそれをご覧になっている。そしてマリアはあなたにそれを見て、そしてマリアの御子に対して一つの偉大なマリアの要求をするように望んでおられる。

マリアは、聖書において述べられているように、イエズスと共に群衆の中におられた。イエズスと共にいた誰かある人、イエズスが言われたことを聞いた誰かある人、そしてイエズスがなされたことに参加した誰かある人は、マリアの霊性を保ったということを見ることをわれわれに可能にするということが述べられている。十字架の側に立たれた方 - 十字架はその方の御子にとって一つの敗北ではなかった - 十字架はその方が耐えることができなかった一つの悲しみではなかった。聖母はその霊性の上に立たれた。

それは一つの美しい、壮大な神学である。弱い人間存在を、あなたがロザリオの信心、奉献、回心そして償いを通じて見なければならない一つの美しい霊性として用いる神の力の神学である。、

その霊性を生き、そして世界を神に回心させなさい。私は、私がファチマ・メッセージをもってスリランカにおける私の仕事において強調していることをあなたに強調したい。私は祈り、反省する。しかし私はまた、マリアがぶどう酒を持たなかった人々に対してなさったと同じように行動しようと努めている。「私は群衆を憐れむ」とイエズスは言われた。そして聖母はそこにおられたのである。

マリア信心に関連づけられている行動の全プログラムがある。私は、行動なしには、人々の生活のうちに実りをもたらすことなしには、信心は無意味になると思う。

私のセンターは人々のための銀行を持っている。それは農民たちのための発展計画を持っており、そして子どもたちのために家を建てることを助けている。予期されていない諸々の出来事に応えるこの行動は、私の発表において私が強調したいと思っていることである。

教会の沈黙

私はまたあなたたちに、ファチマの第三の秘密に関連する教会の沈黙の問題を研究されるように強く勧める。ロシアの奉献の問題を研究してください。これら二つの問題はファチマ運動の大きな主題となったということが、私には分かりました。グルーナー神父は、人々が理解できるためになぜこれらが重要であるかをもっともっと説明しなければならないだろう。

昨日、私は初めてロシアの奉献を求めるこの叫びの歴史的理由についての説明を聞いた。ロシア人たちは罪があるのではない。私は、われわれが研究すべきであり、それらをわれわれの国の人々と共に議論の主題にすべきであると思う。われわれはこれらの事柄の背後にあるメッセージを吸収するように努めるべきである。

インド平和会議は世界のための財産

私はまたこう言いたい、われわれがここに参加しているのは何という名誉ある集会であろうか、と。そのように多くの人々、彼らの生活を神に、そして司祭職に捧げたそのように多くの良き人々。それは世界にとって何という財産であろうか。

私は、グルーナー神父のマリア・チームがインド全体をほとんど一つの集会へと集めることができたのは初めてであると思う。このステージの上にいて、この集会の巨大さを見ることができるのは、今だけである。何という献身、何という可能性であろうか。

最後に私は、ポルトガルの司教たちの美しい祈りと共に私の話を終えたいと思う。それをあなたの祈りにするよう努めてください。

「われわれの民の司教たるわれわれは、あなたがイエズスの御母であるがゆえにあなたを祝福する人々の忠実な群を散らし、破壊しようと脅かしつつわれらの周りを荒れ狂っている恐るべき嵐を感じています。苦しめられて、われわれは、われわれが『おお、主よ、われらを救い給え、われら滅べばなり』と叫ぶように、あなたの御子の方へわれらの嘆願の手を差し伸べます。」

「聖母よ、あなたの御子に反対して、御子の教えに基づいた文明に反対して死の叫びをもたらし、精神を欺き、心を堕落させ、そして世界の中に憎しみと革命の火を灯しながら、東から荒れ狂う風が吹くとき、この最も重大な時にポルトガルのために執り成し給え。キリスト教徒の助け、われらのために祈り給え。

「おお、祝せられた婦人よ、イエズスの御聖体の御血によって養われた純粋さの百合を窒息させるために、恥知らずの不道徳(それはあなたの御子の十字架の前で肉の称賛を敢えて宣言する、罪の観念そのものすら失ってしまった)の不純な波が世界中に脅威を与えているこの精神を病んでいる時に、ポルトガルのために執り成し給え。 - いとも強力なおとめよ、われらのために祈り給え!

「おお、祝せられた婦人よ、善人でさえ失われる危機に直面する情熱と疑いのこの時に、ポルトガルのために執り成し給え...すべてのポルトガルの人々をあなたの御子に対する従順のうちに、教会の愛のうちに、そしてまた秩序と友愛に対する尊敬のうちに、一致せしめ給え。平和の元后、われらのために祈り給え!

「われらの国のパトロネス、最後にポルトガルがかつてそのように多くの国々にすべての女性の中で祝福せられたあなたを公言するように教えたということを思い起こし給え。それがかつてあなたの栄光のためになしたことを思い起こして、ファチマの聖母よ、ポルトガルを救い、そのうちにポルトガルが真理、生命そして平和を見出すであろうイエズスを与え給え。」アーメン。

2008/08/22 三上 茂試訳

ファチマ・クルーセイダー、2008年春(第88)号目次 へ

マリア様のページ

トップページ

作成日:2008/08/22

最終更新日:2008/08/22

E-メール:mikami@po.d-b.ne.jp