
テレビ番組 Porta a Porta (ドアへのドア)はベルトーネのために得点を稼ぐように
[5月31日]火曜日の夕方、ヴァチカンは大きな打撃を与えられた。その打撃はサントロ氏(少年愛司祭たちに関する彼のよくバランスの取れたテレビ番組をもって)によってではなく、ブルーノ・ヴェスパ氏("vespa"はスズメバチを意味する)によってであった。ヴェスパの番組のゲストたちの中にはヴァチカン国務省長官ベルトーネ枢機卿がいた。彼は一つの信じられないような仕方で彼自身のチームを打ち負かしたのである: 彼は(意図せずに)『ファチマの第三の秘密』の最も危険な部分が、どこかにうまく隠されているけれども、実際に存在するということを証明した。 ヴァチカンは実際当惑させられたに違いない。われわれは真理に対して提供されたこのサービスのために(たとい間接的であるとしても)枢機卿に特に感謝しなければならない。そして今やわれわれは彼が知っているあらゆることを言うように彼を勇気づけるべきである。なぜなら、- 福音書が教えているように - 「真理は汝を自由にする」からである。(それ[第三の秘密に関する真理]は、例えば「第四の秘密」は公会議[第二ヴァチカン公会議]後に聖職階級における恐るべき危機、そしてそれゆえに同様にまた「少年愛司祭たち」のような - 現代において人々が話している諸々のスキャンダルを含む、教会における背教について聖母によって与えられた預言的な警告を含んでいます、というシスター・ルチアがフエンテス神父に指摘したことから推察可能である。) 何が起こったかを要約してみよう。2006年11月に私の書物『ファチマの第四の秘密』が出版された。その中で私はヴァチカンがファチマの第三の秘密の公表されていない部分を隠しているということを証明している。2007年5月10日にヴァチカン国務省長官はいくつかの侮辱を含むが、しかし一つの解答さえ与えていない、私に反対する一冊の小さな書物を出版した。さらに、ベルトーネの書物は実際に諸々の新しい矛盾をつけ加えた。(私はそれらを5月12日の新聞Liberoによって公表された一論攷において強調した。) 木曜日の夕方、[イタリアの全国テレビ・チャンネル] RAI Uno は『ファチマの第四の秘密は存在しない』という題のつけられたテレビ番組 Porta a Porta の一つのエピソードを放映している。この表題は明白に私の書物に反対するものであった。誰がどのように、これが「魂胆を持たないバランスの取れた」放映であると理解することができるであろうか?おそらくヴェスパ氏は客観性と不偏性においてサントロ氏の教訓を与えることを望んだのであろう。サントロの番組では両方の立場の人々が代表として出されていたのに、ヴェスパはただベルトーネ枢機卿だけを招いた。しかし実際の「標的」であった署名した[私]は招かれなかった。彼らはただ私の書物のテーゼのいくつかを説明する一つのフィルム・クリップを示しただけである。そのように彼らはベルトーネ枢機卿に何らの反論もなしに私を攻撃する可能性を一つの銀の大皿の上に載せて与えたのである。枢機卿は彼の書物のうちに見出された強い言葉[諸々の侮辱]を用いることを避けた(そして私はそのことに対して彼に感謝する)。しかしとりわけ彼は私の諸々の挑戦のどれをも避けた。再び、彼はたった一つの解答も与えなかった。 そして彼はそれ以上のことをした:彼は私が正しいということを証明した。 実際、ある時点でこの高位聖職者は、第三の秘密のうちに含まれていた「白い衣服を着た司教」の幻視が最初に公表された2000年に開封された封筒を示した。しかしこれらの封筒の上に絶対にあるべきであった何かあるものが実際に欠けていた:その何かあるものとは教皇ヨハネ二十三世の文言である。実際、ヨハネ二十三世の秘書であったカポヴィッラ大司教は二つのインタビュー:一つは Orazio La Rocca (2000年6月26日 Repubblica において公表された)へのインタビューであり、もう一つは Marco Tosatti (『秘密は明かされなかった』という書物における)へのインタビューである、において、ロンカッリ教皇[ヨハネ二十三世]が第三の秘密を読まれ、それを隠したままにすることを決定された1959年に、教皇がその同じカポヴィッラに「封筒を再び閉じ」そしてその上に、そのメッセージは「神の明示であるかもしれない、あるいはそうでないかもしれない」がゆえに、「私はいかなる判断をも表明しない」と書くように告げられた、と宣言した。
広い公開の放送網を準備した。その代わりに彼は自分自身を打ち負かした。

文言は何処にあるか?
ベルトーネが示した封筒の上にはそれのいかなる痕跡もない。それゆえに、それは他の何処かになければならない。明らかに、それはただ「第四の秘密」を含んでいる封筒の上にのみあり得る。その存在は私が私の書物において報告しているように、カポヴィッラ自身によってソリデオ・パオリーニ氏にセンセーショナルな仕方で(初めて)確証された。ベルトーネはその文言の不在について何らの説明をも与えなかった。そしてカポヴィッラによって明らかにされたことにも返答しなかった。
結局、あのメッセージの神的起源についてロンカッリが表明した疑いは2000年に明らかにされた幻視のテキストに言及することはできなかった。その幻視のテキストはいかなる「微妙な論争点」をも含んでおらず、- オッタヴィアーニ枢機卿とチアッピ枢機卿が明らかにしたように - 教会の上位の位階のあるメンバーたちの部分における背教と裏切りについて語ったあの「第四の秘密」にのみ触れているのである。1982年にヨハネ・パウロ二世がそれについて「それが悪しく解釈され得るがゆえに公表されなかった」と宣言したのはあの「第四の秘密」なのである。1996年にラッツィンガーがそれについて、当分の間そのような「詳細」は信仰にとって有害であり得ると言ったのはあの「第四の秘密」である。ウォイティラ教皇[ヨハネ・パウロ二世]の秘書がそれについてマルコ・ポリティ(彼は当時そのことをヴェスパ氏の番組の間に話した)に「シスター・ルチアが言っていること、そして聖母が言っておられることを理解するためには賢明さを必要とする」と言ったのはあの「第四の秘密」である。
しかし Porta a Porta [の番組]の間ベルトーネは意図せずに「第四の秘密」が存在するという一つの付加的なそしてより決定的でさえある証明を提供した。
実際、彼は幻視のテキストを入れた封筒の大きさ:すなわち「9cm X 14cm」を提供した。この高位聖職者が、1982年以来、「第四の秘密」を入れてある封筒を[レイリアから][リスボンにある]教皇大使館に、ローマへと送らせるために、自分で持って行ったヴェナンシオ大司教によって書かれた文書がファチマ聖堂の文書館にファイルされているという事実を知らないことは明らかである。[大]司教はシスター・ルチアの封筒の正確な大きさを書き留めた。その大きさは 12cm X 18cm であった。それゆえ、公式的な文書に従えば、その封筒は[ベルトーネが測った封筒]とはまったく別の封筒だったのである。
それは「第四の秘密」のテキストを含んでいた。そのテキストはオッタヴィアーニ枢機卿によって目撃されたように「25行」を含む「一枚の紙」から成っており、ベルトーネによって示された幻視のテキストとして62行を含む4ページの紙ではなかった。ベルトーネはヴェスパ氏が彼にオッタヴィアーニの言葉を思い起こさせたとき極度に困惑したように思われた。彼はどう答えてよいかを知らなかった。
しかしベルトーネの再構成の一つの決定的な論破を象徴したもう一つ別の要素があった。番組の間に、(二つの異なった封筒のそれぞれの上に)シスター・ルチアによって個人的に書かれた一つの文言が示された。そしてそれは次のように書いてある:
「聖母の明白な命令によって、この[封筒]はリスボンの総大司教によって、あるいはレイリアの司教によって、1960年に開かれることができます。」
シスター・ルチアが何度も宣言したように、その日付は聖母御自身によって示されたものであった。さらに、番組の間に、われわれは彼女がそれを紙の上に書き留めさえしたということを見る。そしてこのことはベルトーネが彼女[ルチア]にその日付の選択を帰している時に主張したことのまさに正反対である。もし日付を選ばれたのが聖母であったならば、そのとき聖母はなぜ1960年を選ばれたのであろうか?その年の間教会内部では何が起こっていたのか?ロンカッリ[教皇ヨハネ二十三世]は第二ヴァチカン公会議を召集したばかりであった。それゆえに、- ファチマ学者たちがそう信じているように - 秘密が公会議の一つの結果(それはそのとき起こり、そして今も継続している)として起こった恐るべき背教に関する預言を含んでいた、と信じることは自然である。これが、ロンカッリがなぜ恐れたのか、そしてそれを秘密のままにしておくことに決定したか、その理由である。
結局のところ、聖母によって発せられた文言 - それは常に、第三の秘密の始まりとして考えられてきた(ポルトガルにおいては信仰の教義は常に保たれるでしょう、等々)- はその方向に導くのである。私的な会話の多くの時間の間にベルトーネは常にシスター・ルチアに、彼女がその文言の続きを書いたのか、それとも書かなかったのか、と尋ねることを避けた。そして彼はまたその意味を説明することを避けた(なぜなら、聖母によって発せられたこれらの言葉は明らかに一つの単純な「等々」をもって終わることはできないからである)。ヴァチカンの書類(2000年6月26日)においては、しかしながら、ベルトーネは一つの印象的な意見を述べている。この文言に関して彼はそれをシスター・ルチアの「何らかの註釈」として記述している。それゆえに、彼は、ロンカッリによって遠回しに言われたように、聖母のこれらの言葉が実際はシスター・ルチアの途方もない空想であると主張しているのか?もし実際にそうであったならば、彼らは、この種のすべてのメッセージについて許されているように(1966年以来パウロ六世はこの種の「文献」を自由化した)これらの言葉をわれわれに告げそして自由に公表するために適当にそうしたであろう。
あらゆる側面でその中に諸々の穴を持っており、そしてそのことによって教会を重大な恐喝に曝す一つのテーゼを擁護することによって、なぜその存在を否定し続けるのか?
今やベルトーネ枢機卿は一つの困難なそして割に合わない仕事に直面している。毎日ファチマについての真理の諸断片が明らかにされ、彼の諸々の理論の正体を暴露している。(ただ二つのより詳細な点を挙げるならば、Porta a Porta [の番組]の間に彼は1960年に開催された聖座の枢機卿総会について話した。また翻訳の封筒の上に書かれた日付、1967年3月6日についても話した。それらの事実は公式的なバージョンにおいては現れなかった。)
基本的に、ベルトーネによって公表された手紙においては、教皇は、彼が2000年には彼らが「秘密の第三の部分の真正の言葉」を公表したと言うとき、真理のための道を開いている。彼は「真正でない」と考えられる秘密の言葉が存在するということを明らかに示唆している。そのように、勇敢でありなさい:あらゆることを公表しなさい!恐れてはならない。「真理は汝を自由にするであろう。」
私の読者たちと支持者たちの中にはファチマの第三の秘密への私の探求によって、そしてベルトーネ枢機卿に対する解答において公表された私の諸論攷によって衝撃を受けたある人々がいた。誰も事実と詳細な記述には異議を唱えない。しかし反対は、私が発見した真理を告げることによって、私が教会に対して損害を引き起こしているということである。
私は、ただ「正義と平和のための教皇会議」Pontificum Consilium for Justice and Peace によって公表された社会的教説の概要によって示された諸々の義務に従って、一人のジャーナリストとしての私の職務を果たしているに過ぎないと答える:
「メディアのために働いているすべての人々にとって、聖パウロによる次の警告は強くそして明白に鳴り響いている:『ですから、偽りをかなぐり捨て、おのおの隣人に対し真実を語りなさい。』」(エフェソ4:25)
私は良心にかけて真実であると私が考えることを書いている。もし私がその反対のことを書いたならば、私は私自身の良心に反したことになろう - 教皇インノセント三世によって教えられ、そして普遍的カテキズム(n.1790)によって認められたように - 「良心に反して行為することは破滅をもたらす」のである。
さらに、教皇ベネディクト十六世がラティスボナにおいて説明されたように、真理の理性的な探求は決して神に反するものではない( Fides et Ratio を見よ)。このことはもしそれがファチマの聖母によって発せられた真正の言葉の探求であるならば、ますます妥当する。最後に、もし誰かが真理は「よい目的」のために隠されるべきであると考えたならば、彼らは正統性の外部に立つことになるであろう。このことを言うのは私ではなくて、- もう一度言えば - ヨハネ・パウロ二世とラッツィンガー枢機卿によって出版された教会の普遍的カテキズムである:
「善を獲得するために悪を行うことは決して許されない。」(n.1789)
それゆえに、「汝偽証するなかれ」という戒律は枢機卿たちにもまた当てはまり、そして彼らは嘘をつくことを正当化する「より上位の動機」を用いることはできないのである。
私は実際に真理は常に価値があるということを信じている。福音書はこのことを明確にわれわれに告げている。イエズスは「真理は汝を自由にするであろう」と言っておられる。彼は、注意しなさい、なぜなら、真理は時にはあなたにトラブルを引き起こし得るからである、とは言われない。彼はこう言われる:「真理は汝を自由にするであろう。」(そしてこれがウォイティラ[ヨハネ・パウロ二世]によって発せられた『メア・クルパ』[わが過ちなり]の背後の意味である。)福音書からのこの文言は神の子らのすばらしい自由を示している。教会はわれわれに沈黙にとどまるよう求める一種のセクトあるいはロビーではなくて、神の家、自由と真理の家である。神はわれわれの嘘を必要となさるのではなくて、むしろわれわれが謙遜に神に耳を傾け、そしてまたわれわれの悲惨さを(教会関係者たちの側においてさえも)認めることを必要となさっている。私はすべての人々が『枢機卿のパン』という表題をつけられたキリスト教徒の良心と自由の主題に関するラッツィンガー枢機卿による記憶すべき談話を読まれることをお勧めする。普遍的カテキズム(n.1778)がニューマン枢機卿によるすばらしい文言を引用していることは偶然ではない:それはこう書いてある:「良心はすべてのキリストの代理者たちの第一のものである。」

Bertone in the "Wasps' Nest" of Controversy へ
作成日:2007/09/03
最終更新日:2007/09/23
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