
教皇様、どうか完全な第三の秘密を公表してください
教皇様、 この教会法上の請願によって教皇様の前に最も謙遜な仕方で、われわれは尊敬の念を込め、イエズス・キリストの愛のために、祝せられたおとめマリアの愛のために、われわれの霊魂とあなたの霊魂、そして(数千万ではないとしても)数百万の霊魂、の救いのために、次のように言われているファチマの秘密における切り取られた文章に続く聖母の言葉を公表してくださるように、要求し、乞い、嘆願致します: 「ポルトガルにおいては信仰の教義は常に保たれるでしょう、等々」 教皇様、 あなた御自身こう仰いました:


「ファチマの聖母の御出現は...疑いもなくすべての現代の御出現の中でも最も預言的である。」
(2007年5月13日、90周年記念日)
あなたの直ぐ前の教皇ヨハネ・パウロ二世はこう言われました:
「ファチマのメッセージの中での聖母の訴えは福音書と教会が感じている伝統の全体うちに非常に深く根付いているので、そのメッセージは教会に対して一つの義務を課している。」
(1982年5月13日、65周年記念日)
明らかに、7万人の人々によって目撃された太陽の大奇跡、ファチマのメッセージが全能の神御自身から来ているものであるということをわれわれに証明するために聖母によって行われた治癒や回心の多くの奇跡をもって、われわれはこの最も預言的なメッセージがしっかりと保持されなければならないということを知っています。それに耳を傾けなければなりません。従わなければなりません!それ以外の仕方ですることは預言を軽んじることです。
われわれカトリック教徒は七人の歴代の教皇:すなわち、教皇ピオ十一世、ピオ十二世、ヨハネ二十三世、パウロ六世、ヨハネ・パウロ一世、ヨハネ・パウロ二世ならびにあなた御自身、教皇ベネディクト十六世によって信じるに値するものとして積極的な承認によってさらにわれわれに確証されてそのファチマ・メッセージのすべてを持ってきました。
われわれはあなたの先任者たちのうちの御二方が、敬意を表し、ファチマの聖母とそのメッセージについての彼らの承認を示すために、個人的にファチマに行かれたということに注目します。教皇パウロ六世は1967年に、そして教皇ヨハネ・パウロ二世は3度、すなわち、1982年5月13日、1991年5月13日、そして2000年5月13日に行かれました。
上述のすべての事実を考察することから、われわれが皆ファチマのメッセージ全体をしっかりと保持しなければならないということは明らかです。とりわけ、カトリック教徒はメッセージをすべて深く気にかけなければなりません。しかし教皇ヨハネ・パウロ二世が言われたように、「(ファチマの)メッセージはあらゆる人々に宛てられている」(1982年5月13日)のです。
教皇様、ファチマのシスター・ルチアが彼女の第四回想録の中で聖なる従順の下に書きながら、聖母の次の言葉を書き下ろしたときに、第三の秘密の始まりの部分を書いたということは周知のことです:
「ポルトガルにおいては信仰の教義は常に保たれるでしょう、等々。」
神の御母、祝せられたおとめマリアがそのような文章で始められ、そして次にそれを「等々」でもって終わられることはないということを誰でも知っています。われわれの霊魂そして他の数百万の人々の霊魂の救いのために、深く感じられた愛徳において、厳格な正義において、そして救霊の真理に対する飢えにおいて、われわれは謙遜にそして敬意を込めて「常に保たれるでしょう」に続く言葉を知るわれわれの教会法上の権利を主張します。
教皇様、
われわれがこれを求めますのは、不健全な好奇心を満足させるための何らかの欲求からではありません。またわれわれ自身が他の人々よりも聖であることを宣言する欲求からでもありません。また何らかの他の低い動機からでもありません。このすべてのことは以下にもっと明瞭に見られるでしょう。
教皇ヨハネ二十三世が第三の秘密を公開しないことを選ばれてから今や47年が過ぎ去りましたので、過ぎ去ったあらゆる日々と共にわれわれの霊魂、われわれのキリスト教文明、世界の大部分の地域におけるわれわれの教会のまさに生存そのものがどのように脅威にさらされているかがいっそう明らかとなっています。毎日、われわれの永遠の救いはより大きな攻撃の下に置かれています。
建設するのに1000年以上も要したわれわれの文明は脅威にさらされています。それゆえに世界中でカトリック信仰のまさに生存そのものが脅威にさらされています。われわれは「地獄の門はそれ(カトリック教会)に勝たないであろう」というキリストの約束を知っています。しかしわれわれはまた、大背教(聖書において予告された)によって、多くのかつてのカトリック教徒が(おそらく自分たちはなおカトリックであると考えさえしながら)彼らの異端と背教とによって教会を離れるであろうということをも知っています。
それゆえに、カトリック教会が時の終わりに至るまで続く一方で、数百万の人々、数百万の数十倍もの多くの人々さえが、彼らの生ぬるさにおいて信仰を離れ、サタンに仕えている堕落した天の星の三分の一(すなわち、悪しき聖職者たち、司祭たち、司教たち、枢機卿たち)によって誤り導かれています(黙示録12:3-4)。
それゆえに、教皇ヨハネ二十三世が第三の秘密を公表しない御自分の決定の破滅を招く結果を予見することが出来なかった一方で、あなたの先任者教皇ヨハネ・パウロ二世ならびにあなた御自身がそのようにしばしば語られた沈黙のそして増大する背教の光に照らして - 神の前でそして人々の前で、それはますます申し訳の立たないものになっているのです。
背教はほとんどその最盛期を迎えており、ファチマの聖母の完全な第三の秘密の実際の言葉の公表を除いてはそれを止めることはできないでしょう。
あなた御自身はあなたの義務を遂行することを妨げるあなた御自身の家政[ヴァチカン]のメンバーたちがいることをご存じです。このことはあなたの教皇職にだけ新しいことではありません。あなたのすぐ前の先任者たちも同じ不従順を経験なさいました。
この現象は疑いもなく一部は次のことによって説明されます:すなわち、教会の終焉をもたらすために教会に潜入している共産党を愛する者たちの有名な事例、ヴァチカンだけではなく、世界中のローマ教皇大使館や司教館事務局の中に潜入するために種々の程度で種々の「従順」を装っているフリーメーソンの成功です。
それはまた、教会の転落のために司祭階級(教区司祭および修道司祭の両方)および司教団をターゲットにした戦闘的な堕落の御用達たちの様々のネットワークによっても説明されます。
数え切れないほどの事例が挙げられ得るでしょう。要点は信徒たち、しばしば騙されやすく、賢明でない信徒たちは、真の牧者たちが十分に用心深くなく、そして効果的に声を挙げないために他人を食い物にする者たち(彼らには司牧者に見える)によって地獄へと導かれることにますますひっかかりやすくなっているのです。彼らはそうであるべきほどに十分に用心深くありません。なぜなら、彼らは人類に宛てられた救いのためになる荘厳で重大な警告を持っていないからです。彼らはファチマの第三の秘密を持っていないのです。
教皇様 - あなたはそれを彼ら自身の救いのため、あなたの救いのため、そして失われた羊の数百万というそのように多くの者の救いのために彼らに第三の秘密を与えなければなりません。
教皇様、
われわれは、われわれが求めているもの、われわれが主張しているものが為されることが容易ではないということを知っています。しかしそれにもかかわらずそれは必要なことです。われわれは第三の秘密、その秘密全体が言うことが難しい事柄、書くことが困難である事柄、公表することが難しい事柄について語っているということを知っています - それにもかかわらず、そうすることは最も救いに役立つものであるでしょう。大部分のカトリック者の霊魂の反応はあなたを祝福し、あなたを賞賛し、あなたを支持するものであるでしょう。
第三の秘密全体の言葉は圧倒的なものであるに違いありません。多くの人々は始めてそれを聴くとき驚くでしょう。あなた御自身、あなたの先任者たちと同様に、言ってみれば、さまざまの講演、インタビュー、講義、話、私的および公的な説教の中でさまざまの時に、第三の秘密の諸々の部分をわれわれに語られました。そしてこれらすべての話を話されながら、あなたはわれわれに、これまでにそのすべてが語られてきたということを告げられたのです。
あなたが、そして他の教皇たちや枢機卿たちが用いられた言葉は聖母の正確な言葉ではありませんでした。むしろ、たとえ聖母の核心のメッセージは与えられなかったとしても、聖母[の言葉]は言い換えられ、要約され、編集されたのです。それは正式にはファチマの聖母の言葉と同一視されることはありませんでしたし、また聖母の第三の秘密と同一視されることもありませんでした。(あなたが私的に、それは明らかに第二ヴァチカン公会議のことを明確に言っている、そしてそれはミサにおける変化に関わっていると一人あるいは二人の証人に指摘された二三の稀に報告された事例を除いては)。
ファチマ学者たちは公的に公表された上述の話から第三の秘密の多くを再構成することができました。問題は、最良のファチマ学者でさえ、祝せられたおとめがそうなさったように、確信させる、説得的なそして抗しがたい仕方で第三の秘密だと宣言する能力、機会あるいは恩寵を持っていないことです。
今やわれわれは、種々様々の第二次的なチャンネルを通じて第三の秘密を明らかにしようとする47年間の経験を持ってきて、そして明らかにそれがうまく機能していないのですから、われわれは、余りにも遅くならない前にすべてのキリスト教徒に対してあなたがあなたの義務を果たされるように嘆願します。
われわれは位階の様々のメンバーたちが第三の秘密を公表したいと思っているが、しかしそれを公表しない誓約によって縛られていると感じているということを知っています。
今ここにわれわれは一つの実際の不合理を持っています。一方において、第三の秘密がすべて公表されたということを声高に宣言し、最も広範な可能的テレビ視聴者たちにテレビにおいてさえ、そして新聞読者たちに公表しているヴァチカンの高官たちがいます。しかし彼らは秘密を知っているが、しかしそれについて話すことを許されていない他の多くの人々を沈黙の何らかの誓約から自由にしないためにあなたに頼っています。教皇様、あなた御自身は守秘の誓約の下にある人々をもはや沈黙を守らなくてもよいようにその束縛から解放することがお出来になります。
あなたは教会内部の異端者たち、背教者たちそして諸々の誤謬を言いふらしている人たちが彼らの誤謬を宣伝し公表することを許されているということに気がついておられます。そのように多くの善良で正しい人々が特に第三の秘密に関して沈黙を守らなければならないというのは何故なのでしょうか。彼らはまさにあの秘密の管理人たち自身がそれについて数百万の霊魂を実際に誤り導いているときに実際に沈黙を維持し続けることができるでしょうか?このこともまた権威ある答を必要とします。
この点においておそらく道徳学者たちは、秘密をすでに知っている臆病な人々に、彼らは今や、信徒たちに彼らができるあらゆる場所で秘密全体を与えながら、率直に、正直にそして完全に話さなければならないということを示すことができるでしょう。
教皇たちや枢機卿たちでさえ過去47年以上にわたって、彼らがしていたことがそれであるということを信徒たちに明白に知らせないように気をつける一方で、秘密の諸部分を漏らそうと努めてきました。
しかし信徒たちはその大部分がそのことを理解しませんでした。あるいは十分な注意を払ってきませんでした。彼らはこれらの警告の重大な意味を理解せず、それらについて聴かなかったか、あるいはこれらの警告が表現されていた言語のためにそれらを理解しないかのいずれかでした。
教皇様、
神への愛のために、聖母への愛のために、霊魂たちへの愛のために、どうかわれわれに聖母の言葉を与えてください。われわれはファチマの預言的なメッセージが聖書の中に見出され得るということを知っています。実際、もしわれわれが聖書のうちにあるものを読み、省察しそしてそれを生きるならば、そのときわれわれはファチマを必要としないでしょう。なぜなら、ファチマは福音を繰り返しているからです。
しかし神は人間本性の弱さを御存知です。そして神はわれわれが預言の声を必要としていることを知っておられます。これは新しいことではなくて、聖書の時代にまで遡ることです。現代は非常に悪しき時代ですから、われわれは今これまで以上に預言の声を必要としているのです。
聖トマス・アクィナスは神が、一つの新しい教義を与えるためではなく、信徒たちに彼らがその霊魂を救うためになさなければならないことを思い起こさせるために、あらゆる世代に預言者たちを送り給う、と説明しています(神学大全II-II, Q174, A6[ad 3])。
われわれはわれわれの時代に宛てられた聖母の最も預言的な言葉を知る必要があります。われわれは聖母の実際の言葉を知る必要があります。われわれはそれらを今必要としています。

われわれの最初の教皇ペトロは彼の群に神の言葉を説教している。今日、われわれは教皇ベネディクト十六世がファチマの聖母の言葉全部を述べ伝えられ、第三の秘密についての聖母の言葉を明らかにされるように祈る。そうでないならば、数百万という多くの霊魂たちは永遠に地獄へと運命づけられるかもしれない。 教皇様、話して下さい。われわれを救ってください - われわれは滅びます!数百万の人々が滅んでいます ますます多くのカトリック教徒が教会を離れつつあります。そして「とどまっている」人々の多くはミサに行かず、教会で秘跡による結婚をしていません。そして多くの人々は告解に行かず、そしてこのようにして御聖体を相応しくない仕方で拝領しています。このことは何百万もの人々の間で起こっています。 あなたはミサ出席が減少していることを知っておられます。1960年以前には日曜日にミサに行っていた北アメリカでは出席率は70%でした。今それはおよそ25%です。 ヨーロッパではもっと悪いです。1965年以来、修道女の数はおよそ100万人まで減少しました。司祭の数は1965年以来5万人まで減少しました。にもかかわらず1965年当時よりもカトリックは3億人多くなっています。そして司祭と修道者の平均年齢は上がりつつあります。多くの現場では大きな不幸があります。 われわれは滅びつつあります。ますます多くのカトリック教徒が背教しています。われわれの教会は空っぽです。われわれの諸教会堂は数百万の霊魂が地獄に行くにつれて数百万ドルで売りに出されています。われわれは世間、悪魔そして肉によって食い尽くされつつあります。そしてわれわれの司牧者たちは沈黙しています。そしてわれわれはファチマの聖母の救いをもたらす言葉を否定されています。 われわれが謙遜にしかし最もしつこくあなたに求めているパンをわれわれに与えて下さい。預言のパン、われわれの時代のための預言的な言葉のパンを与えてください。第三の秘密における聖母の実際の言葉をわれわれに与えて下さい。 それはわれわれ自身の個人的な永遠の救いに関わることです たとえわれわれがその正確な言葉をまだ与えられていないとしても、われわれが第三の秘密の内容について知っていることはたくさんあります。われわれは秘密の諸部分を表現するために、少数の人々あるいは多くの人々に対して話したヴァチカンにおけるさまざまの先任者たちを知っています。われわれが長年にわたって集めたもののいくつかは次のものを含んでいます: 「私はファチマのルチアに対する祝せられたおとめのメッセージによって心配している。教会に脅威を与えている諸々の危険についてのマリアのこの固執は教会の典礼における信仰を変えることの自殺に対する一つの神の警告である...」 「文明化された世界がその神を否定し、ペトロが疑ったように教会が疑う日が来るであろう。」 「聖霊において育みすべての人の救いを望まれる、愛のすべての力をもった御母はそれらの人々の救いのまさに基礎そのものを堀り崩すものについて沈黙を守ることがお出来になるであろうか。否、聖母はお出来にならない。」 「ファチマのメッセージは人類に、『その尾が天の星の三分の一を掃き落とし、それらを地へ引きずり下ろす竜』(黙示録12:1-4)と関わりを持たないように警告する回心への呼びかけである。」 「話すように強いるのは御母の悲しみである。御母の子らの運命は危機に瀕している。この理由で御母は小さな羊飼いたちにこうお求めになる:『罪人たちのために祈りなさい、たくさん祈りなさい。そして犠牲を捧げなさい。多くの霊魂は彼らのために祈り、犠牲を捧げてくれる人を誰も持っていないために地獄に行くのです。』」 聖書学者たちが知っているように、上述の黙示録12:3-4 において言及されている天の星とはカトリックの司祭たち、司教たちそして枢機卿たちのことです。ここで、教皇ヨハネ・パウロ二世は聖書のこの預言がわれわれの目の前で実現されつつあること、そして悪しき枢機卿たち、司教たちそして司祭たちに対してわれわれが警戒するように告げておられるのです。 このことは、われわれの救いのまさに基礎そのものが堀り崩されているという1982年5月13日に教皇ヨハネ・パウロ二世が話されたことを説明する助けになります。カトリック聖職者はわれわれの救いの諸々の基礎の一つです。われわれの救いの別の基礎はカトリック信仰、われわれの教義的な諸定義、そしてわれわれの典礼的な諸実践です。 枢機卿たちが声を上げておられる 第三の秘密のこの黙示録的な内容は単に教皇ヨハネ・パウロ二世とピオ十二世 - カトリック教会の「自殺」に対する警告 - によってだけ語られているのではありません。自殺は迫害と同じことではありません。自殺は「自らに加えるもの」です。もしこれが黙示録的でないとすれば、何でしょうか? 傑出した枢機卿たちが、その内容に関してそのヴェールを上げながら、秘密について公的に語られました: 「第三の秘密の中で、他のこともいろいろあるが、教会における大背教がその頂点で始まるということが予告されている。」 われわれは、反キリストがまず第一に大背教(2テサロニケ2:1-12)がない限り来ることができないということを知っています。それでは、第三の秘密もまた反キリストについて話しているのでしょうか?おそらくそうです。秘密について尋ねられたとき「それは四福音書の中に、そして黙示録の中にあります、それらを読んでください」と言ったのはシスター・ルチア自身です。彼女はさらに別の機会に秘密は黙示録第8章から第12章のうちに含まれているということを明言しました。 それからあなたがまだ枢機卿であられた間に秘密について[話された]あなた御自身の公的な陳述があります: 「第三の秘密の中に含まれている諸々の事柄は聖書において告知されてきたことに一致する。」 第三の秘密が関わっているのは: 秘密を公表しないことに対するいくつかの誤った理由 第三の秘密を公表すべきでないのは、ロシア人たちがある種の動きをするだろうからだと言われてきました。他の人々はこれが動機であるということを否定しています。しかしたとい第三の秘密がロシアによる西ヨーロッパの侵略を予告しているとしても、われわれはこのことをすでに聖ヨハネ・ボスコの預言的な夢から知っています。 事柄の真理はファチマの聖母が「戦争は罪に対する一つの罰です」とわれわれに告げられたということです。もし西ヨーロッパがロシアによって侵略されるならば、それは罪によるのでしょう。第三の秘密は、人々が彼らの生活を改善するときこの悲劇を妨げることができる悔い改め、祈り、回心への厳しい呼びかけであるでしょう。その呼びかけなしには人々は侵略かあるいは絶滅かのいずれかに値するでしょう。われわれは皆この預言的な呼びかけを必要としています。 この第三の秘密は誤って解釈されるであろうと言う他の人々がいます。これはほとんど笑うべきことです。というのは、過去40年以上にわたって教会それ自身の中で、教皇たちは、信仰、道徳、そして宗教的な諸々の実践について「嘘をついている教師たち」によって数限りない悪しき事柄が言われそしてなされるのを許してこられたからです。信仰それ自身が堕落させられてきました。これらの偽りの教えを普及させている数年後に、これらの「嘘をついている教師たち」、これらのいわゆる神学者たち、道徳学者たち、罪を促進している司祭たちは、あるとしても、単に手首への一打ちを得るだけです。これは、子どもたちや青年たちを餌食にする少年愛の司祭たちを昇進させ、場所から場所へ移動させている位階のメンバーたち[司教や枢機卿たち]のあの周知のスキャンダルのことを指しているのではありません。これは最も高い秩序のスキャンダルです。 秘密はそれが誤って理解されあるいは誤って解釈されるであろうから公表されるべきではないと言う人々に対してわれわれはこう尋ねます:それが神の御母御自身へと達するときに、教会のために善であるものについてのあなたの乱れた見解を押しつけるあなたは誰ですか?彼女は、汚れなき御方、天の元后であられ、彼女はよき勧めの御母であられます。彼女はわれわれにとって何が善であるかを知っておられます。どうか!最終的に彼女に聴きましょう。 これ以上の沈黙のスキャンダル 第三の秘密は明らかに過去47年にわたって誤って理解され誤って取り扱われてきました。秘密に関して教皇が受けられたこの悪しき忠告は確かにファチマの第二の秘密において予告された「教皇の迫害」の一部でしょう。 それはまた今日生きている多くのカトリック教徒の悪しき道徳に対する罰でもあるでしょう。われわれは聖母の諸々の功績と執り成しが教皇様を悪しき忠告と悪しき忠告者たちから解放し、そして最終的にわれわれにありのままの真理を与えてくださるように祈ります。「真理はあなたを自由にする」とイエズスは仰いました。われわれに諸々の誤謬、罪そして永遠の死からのこの自由を与えてください。 教皇ベネディクト十六世は第三の秘密を公表することはできない、なぜならそれは一つのスキャンダルであろうから、と言う人々がいます。スキャンダルはシスター・ルチアの所へ訪問したことについての真実全体を告げているとベルトーネ枢機卿を信用したすべての哀れな霊魂たちに帰せられるでしょう。スキャンダルはベルトーネ枢機卿が公表していたことが第三の秘密の全体であると彼がわれわれに告げたときに彼を訂正なさらなかった教皇ヨハネ・パウロ二世の沈黙に帰せられるでしょう。 ベルトーネ枢機卿は、彼がシスター・ルチアは彼に彼が公表したテキスト以外には何も書かなかったと告げたと言ったとき、信徒を憤慨させたと見られるでしょう。これらの、そして似たような「スキャンダル」はもし第三の秘密のテキスト全体が公表されたならば、起こるでしょう。ヴァチカンは面目を失い、枢機卿は信用されなくなるでしょう - 教皇ヨハネ・パウロ二世と彼の前任者たちの記憶は大いなる尊敬を受けないでしょう、等々。 このようにして上述のすべての人々のために面目を保つために、彼らはテキスト全体を公表しないようにと論じるのです。 その答は次のように言った使徒ペトロに始まる偉大な教皇たちによって与えられています:「われわれは人間によりも神に従わなければならない。」教皇大グレゴリオは言われました:「真理が抑圧されるよりはスキャンダルが起こる方がよい。」 事実は秘密を公表しないことが一つの引き続いているスキャンダルであるということです。 三種類のスキャンダルがあります: 第一の種類のスキャンダルはある人のために他の人によって見られている何か悪いことをすることです。それはその悪い模範に従うように第二の人物を導きます。これはスキャンダル - 純粋で単純な - です。 第二の種類のスキャンダルはある人のためにそれ自体では悪くはない事柄、そしてそれほど大きな重要性を持たない事柄をすることです。しかしそれが無知である、あるいは信仰において弱い人々によって見られるとき、それは彼らに、この中性的な行為を悪しき光において見、同じ行為を行うことを引き起こし、彼らが罪を犯していると考えさせます。そしてこのようにして彼らにとっては、もし彼らがその行為を意図的に行うならば、彼らは実際に罪を犯しているのです。 これは弱者のスキャンダルと呼ばれます。われわれは弱者にスキャンダルを与える事柄をしたりあるいは言ったりすることを避けるべきです。聖パウロは偶像に捧げられた後に市場において売られた肉を食べる人々の例を与えています。肉を買ったり食べたりすることはそれ自体では罪ではありません。なぜなら神は肉を作り給うたからであり、そしてそれゆえにそれを食べることは律法に適ったことだからです。しかしもし弱いものである第二の人物が第一の人物がこの行為をしているのを見て、そして第一の人物が偶像に犠牲を捧げていると結論するならば、そのとき第一の人物はそれを食べるべきではありません。誰もがスキャンダルを受けることがないようにそれをまったく避けることの方がよいことです。 第三の種類のスキャンダルはファリザイ的なスキャンダルです。ファリザイ人たちはイエズスがサバトに人々を癒したとき、イエズスによって「スキャンダルに巻き込まれ」ました。ここでイエズスは彼らの身体を癒し、彼らをサタンから解放し、彼らの信仰を成長させ、霊魂を救いながら、霊魂に対する積極的な善を行っておられます。ファリザイ人たちは注意を払われるべきではありません。なぜなら彼らはイエズスがなさっている積極的な善を止めたいと欲したからです。われわれは、悪しき人々がわれわれの行為を誤って解釈するからという理由で大きな善をすることを止めるべきではありません。 教会の至高の法は霊魂たちの救いです。第三の秘密の公表は数百万の霊魂を救うでしょう。そして第三の秘密のうちにある聖母のすべての言葉の公表によって少しあるいは大いに困惑させられるであろうヴァチカンにいる、あるいは他の所にいる何人かのファリザイ人たちによって妨げられないようにしましょう。ファリザイ的なスキャンダルのゆえに第三の秘密を公表するという善を行うことを止めないようにしましょう。
(教皇ピオ十二世、当時パチェッリ枢機卿)
(教皇ピオ十二世、当時パチェッリ枢機卿)
(教皇ヨハネ・パウロ二世、1982年5月13日)
(教皇ヨハネ・パウロ二世、2000年5月13日)
(教皇ヨハネ・パウロ二世、2000年5月13日)
(マリオ・ルイジ・チアッピ枢機卿(40年間引き続く5人の教皇の教皇つき神学者))
(ラッツィンガー枢機卿、1984年11月11日)
「回心への徹底的な呼びかけ、歴史の絶対的な重要性、キリスト者の信仰と生命、そしてそれゆえに世界の信仰と生命に脅威を与える諸々の危険、そして次に世界の終りにおける終りの事柄(i Novissimi=四終)である。」
(ラッツィンガー枢機卿、1984年11月11日)

「祈りなさい、教皇のために祈りなさい。彼はそのことをするでしょうが、 しかしそれは遅いでしょう。」
教皇様、われわれの祈りはあなたと共にあります!
われわれは第三の秘密が一つの強力なメッセージであること、そして他の人々に中継することが困難であるということを知っています。シスター・ルチアはそれを書き下ろすために1943年10月から1944年1月までの期間を必要としました。彼女は従わなければならない従順の誓約の下にありました。彼女は従うことを欲していました。そしてにもかかわらず、1944年1月2日に聖母が彼女に御出現になるまで二ヶ月以上にわたってペンを取ることができませんでした。そしてそれから1944年1月9日におよそ25行の完全なテキストを書くためになお7日間を必要としたのです。
教皇様、われわれの祈りはあなたと共にあります。われわれはこのメッセージが最終的に公表されるとき、誰一人自分自身に誇りを感じることができないということを知っています。なぜなら、すべての人々はこの預言的な秘密の公表にあたって彼ら自身の良心を吟味しなければならないでしょうから。
われわれは単に全世界のすべてのカトリック教徒の父としての愛徳においてあなたに訴えるばかりではありません。そしてわれわれはあなたからパンを求めます - われわれはあなたがわれわれにさそりを与えられることがないようにあなたに嘆願します(ルカ11:12、またマテオ7:9-11を見よ)。われわれは率直な真理 - 半分の真理、言い訳、あるいは心的留保を伴わない - というパンを必要としています。われわれはそれを今必要としています(p. 8 の論攷 を見てください)。
われわれはまた、まだ公表されるべき秘密の一部分がなお存在するということを論証している一冊の最近の書物を出版した有名なイタリアのジャーナリストであるアントニオ・ソッチにあなたが個人的に手紙を出されたということをわれわれは知っていますので、あなたに訴えます。彼の書物についてソッチ氏に出された手紙の中であなたは「その著作に霊感を与えた心情に対して」彼に感謝なさいました。
今までのところわれわれはあなたにわれわれの父として訴えてきました。われわれはあなたにわれわれの霊魂の牧者として訴えてきました。われわれはあなたの愛徳に対して訴えてきました。"Deus caritas est."(「神は愛なり。」)あなたはわれわれに愛徳というこの徳があなたの心に近いと告げられました。われわれは聖母の実際の言葉をわれわれに与えるに十分なほどあなたがわれわれを愛しておられるであろうということを信用します。
厳格な正義におけるわれわれの訴え
しかしあなたが相談役たち、助言者たち、裏切り者たち、あるいは単に無知な人々、あるいは弱い人々によって思いとどまらせられることがないように、われわれはまた厳格な正義においてあなたに訴えます。一方でわれわれは、われわれが教皇 - あなたあるいはあなたの後継者たち - に命令を発すること、あるいは命令を発する振りをすることさえできないということを知っています。それにもかかわらず、われわれは教会において諸々の権利を持っています。それらは神によってわれわれに与えられた権利です。そして教皇でさえこれらの権利を尊重しなければなりません。
われわれはこれらの権利を、愚かに用いるためにではなく、実際われわれが神に奉仕し、そしてわれわれの霊魂を救うことができるように、持っています。われわれは、われわれがわれわれのカトリック的な諸々の責任を遂行することができるようにこれらの権利を持っています。
われわれはまたわれわれの司牧者たちとの関係において諸々の権利を持っています。このことをわれわれは自然的な秩序における諸々の例から見ることができます。
医師が患者を受け入れるとき、その患者の身体的健康のために最善を尽くすということは厳格な正義の問題です。
同じことは法律家についても真です。彼が依頼人を受け入れるとき、彼はその市民的権利および神によって与えられた権利を守るために最善を尽くさなければなりません。
そのようにまた、司祭は、ある小教区の司牧者となるとき、彼の配慮に委ねられた人々の霊魂を救うために最善を尽くすという神と人間の前での一つの厳格な義務を負うのです。教会法上の使命によって彼はその小教区の司牧者、その小教区において彼に委ねられたすべての霊魂の司牧者となることを引き受けました。信徒の各々のメンバーは彼の司牧者から彼の霊魂を救うために彼が必要とする配慮、忠告そして情報を期待しそして受け取る厳格な正義における権利を持っています。
そのようにまた、教皇様、あなたは教皇職を受け入れることによって地上におけるすべての霊魂の司牧者であることを自由に受け入れられました。あなたは教皇職を受け入れることを拒否する自由を持っておられましたが、しかしあなたはそれを受け入れられました。それゆえまた、あなたはわれわれの霊魂、われわれすべての者の霊魂の司牧者としての責任を引き受けられました。
そしてわれわれは、われわれの救いを最も重く受け取り、あなたがわれわれの救いのために有益でそしてとても必要である情報を持っておられるということを知って、この情報をあなたに求めるわれわれの義務を思い起こしています。
聖パウロ自身、彼の執事たる職務に関してこう言いました:「あなたがたの益になることは余すところなく、公衆の前でも家々でも宣べ伝え、かつ教えたのです。」(使徒行録20:20)
どうか、全体として、そして第三の秘密に関連して、カトリック信仰に関してあなた御自身が、聖パウロが次のように言った明らかな良心をもって言うことができるように、聖パウロを見習ってください:
「ですから、ただ今このときに、あなたがたに断言しておきますが、わたしはいかなる人の滅びについても、その責めを負いません。わたしは神の計画を皆、余すところなくあなたがたに宣べ伝えたからです。あなたがたは、自分自身に気をつけ、また、群れのすべてに心を配りなさい。聖霊は、神がご自身の血であがないとられた神の教会を牧させるために、あなたがたをその群れの監督者にお定めになったのです。わたしが立ち去った後、狂暴なおおかみがあなたがたの中に入り込んできて、容赦なく群れを荒らすことを知っています。また、あなたがた自身の中からも、よこしまなことをとなえ、弟子たちを自分の方に引き込もうとする者が起こることでしょう。」(使徒行録20:26-30)
ある人々は、われわれがわれわれの諸々の権利を誇張している、われわれが、あなたに訴えるわれわれの諸権利に関して余りにも多くのことを言い張っていると考えるかもしれませんから、われわれはカトリック教会の聖なる公会議の信条によって荘厳に教えられた以下の教説に彼らの注意そしてあなたの注意を向けます:
「そして教会行政上の探求のあらゆる場合に人はローマ教会の判断に頼ることができる。」
(リヨン第二公会議、Dz. 466)「悩んでいる者は誰でも教会裁判所に属する事柄においてそれを訴えることが可能である。」
(リヨン第二公会議、Dz. 466)「われわれはまた、彼(教皇)が信徒の至高の裁判官である、そして人が教会司法権に属するすべての事例において彼の判断に頼ることができるということを教えかつ宣言する。」
(第一ヴァチカン公会議、Dz. 1830)
教会司法権に属する事柄においては洗礼を受けたすべてのカトリック教徒が教皇に直接訴える権利を持っているということはリヨン第二公会議および第一ヴァチカン公会議の両者によって荘厳に教えられてきたことです。
確かに、ファチマの第三の秘密は教会司法権に属する事柄です。第五ラテラン公会議が教えているように - 預言的啓示の問題においては、教皇は唯一の判定者です。ファチマはそのような問題です - われわれはあなた御自身からの公式的な判断を望んでいます。それゆえわれわれは教皇であるあなたからの一つの裁定を求めるために教会によって定義されたものとしてのわれわれの教会法上の権利を発動します。
教皇様、われわれはあなたに次のように訴えます:
第三の秘密が祝せられたおとめから来ており、そして信徒の一人ひとりに宛てられているかどうか - その場合にはあなたが厳格な正義においてわれわれにそれを与えることを荘厳に義務づけられています、というのは、それはわれわれの天の御母そしてわれわれの元后からわれわれに個人的に宛てられたメッセージであり、そしてそれはわれわれのものだからです - あなたはそれを公表しなければならないのです。
それとも-- それは天の元后からのものではないか、あるいはそれはそれはわれわれに個人的に宛てられたものではないか、のいずれかです。そしてあなたは個人的に(他の人を通じてではなく、一人の枢機卿を通じてでさえなく)、このメッセージが祝せられたおとめからのものでもなく - またそれが信徒に宛てられたものでもないということを、何らの留保もなしに、平明な言葉でわれわれに告げなければならないのです。
われわれは尊敬の念を込めてこの上述の問題に関して個人的にあなたから一つの裁定をする厳格な正義におけるあなたの義務についてあなたに思い起こさせます。
信徒の訴える権利は次のように述べている第二ヴァチカン公会議の教えによってさえ確証されます:
「平信徒はすべてのキリスト教徒と同様に彼らの聖なる司牧者たちから教会の霊的な善を豊かに受ける権利を持っている...」
(ルーメン・ジェンティウム、Par.37, 教会憲章)
確かにファチマの第三の秘密は教会のそのような霊的善の一つです。われわれはわれわれの聖なる司牧者たちによってわれがわれわれに与えられるわれわれの権利に訴えます。
「あらゆる平信徒は彼ら(聖なる司牧者たち)に神の子およびキリストの兄弟に相応しい自由と信頼をもってその必要と望みを公然と明らかにするべきである。」
(ルーメン・ジェンティウム、Par.37, )
この教会法上の請願は次のように述べているカノン212 $ 3 に従ってなされています:
「彼ら(キリストの信徒)は教会の善にかかわる事柄についての彼らの見解を彼らの知識、能力そして地位に一致して聖なる司牧者たちに明らかにする権利、実際場合によっては義務を持っている。彼らはまたキリストの信徒のうちの他の人々に彼らの見解を知らせる権利を持っている...」
教皇様、
あなたの人格、あなたの役職に対する大いなる尊敬を込めて、そして祈りと聖母の執り成しに対するわれわれの共通の必要を心に留めてわれわれは今われわれに第三の秘密全体を公表してくださるように教皇様に対するこの請願を心からそして謙遜に提出します...
教皇様、われわれを救ってください - われわれは滅びます。
署名:......................................................
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SAVE US - WE PERISH! Canonical Plea to Our Holy Father Pope Benedict XVI Please Holy Father, Release the Entire Third Secret へ
作成日:2007/08/23
最終更新日:2007/09/23
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