ファチマの真実(1)

今から82年前1915年以来、ポルトガルのファチマで起こった歴史的事実についてFrere Michel de la Sainte TriniteのThe Whole Truth about Fatima(tr.from French into English by John Collorafi)を参考にして若干のことを述べ,いくらかの私見も加えてみたいと思います。

目次

天使の出現
1915年

1916年
第1回目
第2回目
第3回目

聖母の御出現
1917年5月13日(第1回目の御出現)
1917年6月13日(第2回目の御出現)
1917年7月13日(第3回目の御出現)
公・力の介入(1917年8月10日から8月15日まで)
1917年8月19日(ヴァリニョスにおける第4回目の御出現)
1917年9月13日(第5回目の御出現)
1917年10月13日(第6回目の御出現)

 

天使の出現

 1915年

4月から10月の間にルシア・ドス・サントスとその友人たちは3回天使の出現を受けました。昼食の後ロザリオの祈りを唱えているときに雪でできた像のような白く光り輝く天使の姿を見ました。彼女は最初それを「紙で巻かれた人物のようでした」と言っています。ルシアは家族にこのことを話しませんでしたが、友人の話から噂が広まり、ルシアはこのことについて母親から詰問されています。その後2回天使は出現しましたが、この年には天使からのメッセージはありませんでした。

 1916年

この年はルシアは友人とではなく、いとこのフランシスコとジャシンタと共に羊の放牧に出かけることになりました。フランシスコとジャシンタがルシアと一緒に行くことを望んだからです。小さな羊飼いたちは春、夏、秋に3回天使の出現を受けました。天使は彼らに3回共メッセージを伝えました。

第1回目の出現

3人の羊飼いの子どもたちはカベソの東斜面で羊の番をしていました。昼食後ロザリオを唱えた後で、遊びを始めたとき、「雪よりも白い」14,5歳くらいの少年の姿をオリーブの木の上に見ました。彼は三人の子どもたちにこう言いました。

− 私と一緒に祈りなさい。−

子どもたちは驚いて声も出ませんでした。天使は続けてこう言ました。

−恐れないで。私は平和の天使です。私と一緒に祈りなさい。−

天使は地面に跪き、額が地につくまで身を屈めました。そしてこう祈りました。

−私の神よ、あなたを信ぜず、崇めず、希望せず、愛しない人々のために私はあなたを信じ、崇め、希望し、愛します!−

天使はこの祈りを3回繰り返した後、立ち上って彼らに言いました。

−このように祈りなさい。イエズスとマリアの御心はあなたがたの嘆願の声に注意を払っておられます。−

第2回目の出現

夏の盛り、3人の羊飼いの子どもたちは暑さを避けて木陰で昼寝をしようとしていたとき、天使が現れてこう言ました。

−何をしているのですか?もっともっと祈りなさい!イエズスとマリアの御心はあなたがたの上に憐れみのご計画を持っておられます。いと高き御者に絶えず祈りと犠牲を捧げなさい。−

ルシアはどのように犠牲を捧げればよいのかと尋ねました。天使はルシアにこう答えました。

−あなたがたができるすべてのことを犠牲とし、それを神に背く罪の償いの行いとして、また罪人の回心を嘆願して神に捧げなさい。あなたがたはこのようにして自分たちの国に平和をもたらすでしょう。私はあなたがたの国の守護の天使、ポルトガルの天使です。特に主があなたがたにお与えになる苦しみを従順に受け入れ、忍びなさい。−

第3回目の出現

9月の終わりか10月に、3人の羊飼いの子どもたちはカベソの丘の東斜面で羊に草を食べさせていました。昼食後、彼らは丘の反対側の斜面で、第1回目の出現で天使から教えられた祈りを、跪き、額を地につけながら何度も繰り返していました。そのとき、異常な光が彼らを照らし、彼らはカリスを持った天使を見ました。カリスの上には御聖体があって、それから血がカリスの中に滴っていました。空中にカリスを浮かせたままにして、天使は子どもたちの側に跪き、彼らにもそうさせて、次の祈りを3回唱えました。

−いとも聖なる三位一体、父と子と聖霊よ、私はあなたに、世界のすべての祭壇の中に現存されているイエズス・キリストのいとも尊い御身体、御血、霊魂と神性を、イエズス・キリスト御自身が背かれておられる冒涜、侮辱、無関心を償うために、捧げます。イエズス・キリストのいとも聖なる御心とマリアの汚れなき御心の無限の功徳を通して、私はあわれな罪人の回心をあなたにお願いします。−

それから天使は立ち上がり、カリスと御聖体を手に取って、御聖体をルシアに、カリスの御血をジャシンタとフランシスコに与えて、こう言ました。

−恩知らずの人々によって恐ろしく冒涜されたイエズス・キリストの御身体と御血を受け、飲みなさい。−

天使は再び地にひれ伏し、子どもたちと一緒に先ほどの祈りを3回唱え、それから消えました。子どもたちはそれから数日間、神が彼らの中におられるのを強く感じていました。

この天使のメッセージはシスター・ルシアによって、1937年に彼女の第二の手記において詳しく述べられましたが、1916年に子どもたちに宛てて述べ伝えられたばかりでなく、現代の私たちに宛てて伝えられたと考えることができます。

 

聖母の御出現

第1回目の御出現:1917年5月13日(日曜日)

この日、三人の小さな羊飼いたちは、早ミサに与った後、ルシアの両親が所有しているコヴァ・ダ・イリアと呼ばれる土地で羊に草を食べさせるために出かけましたが、ゆっくりと羊に草を食べさせながら行ったので、そこに着いたときにはほとんど正午ちかくになっていました。昼食の後、ロザリオを唱えてから、彼らは丘の上の方に移動し、遊びを始めました。突然彼らは閃光と思われるものを見ました。閃光の後には雷鳴を伴う暴風雨が来ることを経験的に知っていた彼らは急いで家に帰った方がよいと考えて移動を始めました。丘の途中のウバメガシの木のところまで降りて来たとき、彼らはその小さな木の上に全身を白い衣装に身を包んだ貴婦人を見ました。ルシアの表現によれば、その貴婦人は「太陽よりももっと明るく、キラキラ輝く水で満たされた水晶のコップよりも透明で強い光線を発していました」。彼らはその貴婦人と距離があまりにも近かったので、彼女を取り巻いている、あるいは彼女から発散している光の中に浸されていました。その貴婦人は彼らにこう言われました。

−恐れないで。私はあなたがたに害を加えませんから。−

ルシアはどこから来られたのですかと尋ねました。

−私は天からの者です。−

−あなたは私に何をお望みですか?−

−これから続けて6ヶ月の間13日に、同じ時間にここに来ることを求めるために来ました。後に、私が誰であり、何を望んでいるかを言いましょう。後になって、7度目にもここに戻って来るでしょう。−

−私は天国に行けるでしょうか?−

−ええ、行けます。−

−では、ジャシンタは?−

−彼女も行けます。−

−フランシスコも?−

−彼も天国へ行くでしょう。しかし、彼はロザリオをたくさん唱えなければならないでしょう。−

ルシアは先に亡くなった友だちのことについて尋ねました。

−マリア・ダス・ネヴェスは天国にいますか?−

−ええ、います。−

−では、アメリアは?−

−彼女は世の終わりまで煉獄にいるでしょう。−

それから、貴婦人はルシアにこうお尋ねになりました。

−あなたは、神に背く罪の償いと罪人たちの回心への嘆願の行いとして、喜んであなた自身を神に捧げ、神があなたにお与えになるすべての苦しみを耐えますか?−

−はい、喜んで。−

−それでは、あなたは多く苦しむことになるでしょう。しかし、神の恩寵があなたの慰めとなるでしょう。−

聖母はこう言われて、初めて両手を拡げられ、彼女の手から非常に強い光を三人の子どもたちに放射されました。彼らは跪き、心の中で「おお、いとも聖なる三位一体よ、私はあなたを賛美します!わが神よ、わが神よ、私はいとも祝せられた秘蹟においてあなたを愛します!」という祈りを繰り返し唱えました。しばらくして、聖母は再び語られました。

−世界平和と戦争終結がもたらされるように毎日ロザリオの祈りを唱えなさい。−

ルシアはこう尋ねました。

−戦争が長い間続くのか、それとも間もなく終わるのか、私に教えてくださることができますか?−

−そのことはまだあなたに教えることはできせん。というのは、まだ私が何を望んでいるかを言っていませんから。−

そう言われて、聖母は東の方角へと天に昇って行かれました。聖母の御出現は10分間ほど続きました。

この御出現において、特徴的なことは、三人の子どもたちのうち、フランシスコは聖母の姿を見ることができましたが、聖母の御言葉を聴くことができなかったということ、ジャシンタはすべてを見聴きすることができましたが、彼女自身聖母に話をすることはなかったということです。ルシアだけが聖母と話すことができました。その彼女は唯一の生き証人として、現在もスペイン・コインブラのカルメル会修道院にいます。聖母の御出現があった1917年にルシアは10歳、フランシスコは9歳、ジャシンタは7歳でした。彼らは当時の状況として、まだ読み書きができませんでした。上に述べて来たことは、ルシアが学校に行って読み書きができるようになり、修道院に入ってから書いた第四の手記(1941年トゥイの修道院で)に基づく記述です。しかし、御出現そのものについては、ジャシンタがその日に母親をはじめ、家族に聖母を見たことを告げて、表面化し、ファチマ教区司祭のフェレイラ神父によって、御出現の翌日には子どもたちに対する厳しい尋問が行われ、記録されていますから、以後の御出現でも同じように、その翌日には記録を取られているということです。もちろん、子どもたちには直ぐに他人には明かしてはならない秘密もありましたから、尋問の時にはためらいや答えられないこともあったでしょうが、三人の証言は核心部分において一致し、以後の御出現において、客観的な現象が多数の人々によって確認されてゆくことになります。

第2回目の御出現:1917年6月13日(水曜日)

6月13日は聖アントニオの祝日で、聖アントニオはファチマの守護の聖人であると同時にポルトガルの国家的守護の聖人でも・りました。ルシアの母親はこの大祝日がルシアたちに聖母の御出現のことを忘れさせてくれることを期待していました。しかし、子どもたちにとっては聖母との約束を違えることなぞ論外のことであり、もちろんコヴァ・ダ・イリアへ行くことにしていました。
コヴァ・ダ・イリアでは、近隣の村から御出現の噂を聞いた人々が約五十人ほど集まっていました。ファチマの教区からはマリア・カレイラ以外にはほとんど来ていませんでした。
ジャシンタ、フランシスコ、ルシアがロザリオの祈りを唱え終わったとき、彼らは近づいて来る光のひらめきを見ました。次の瞬間に彼らは5月のときと同じウバメガシの木の上に聖母を見ました。
ルシアが尋ねます。

−あなたは私に何をお望みですか?−

−あなたが来月の13日にここに来ること、毎日ロザリオの祈りをすること、読み書きの勉強をすることを望みます。後で、私が何を望んでいるかを言いましょう。−

ルシアが一人の病人の癒しをお願いすると、聖母はこう言われました。

−もし彼が回心するならば、今年の間に癒されるでしょう。−

ルシアは自分たちを天国に連れて行ってほしいとお願いしました。聖母はこう言われました。

−ええ、私はジャシンタとフランシスコをまもなく連れて行くでしょう。しかし、あなたはそれよりも少し長く地上にとどまらなければなりません。イエズスは人々に私を知らせ、愛させるためにあなたを使うことを望んでおられます。イエズスはこの世界に私の汚れなき御心への信心を打ち立てることを望んでおられます。この信心を実行する人に私は救いを約束します。これらの人々の霊魂は神の玉座を飾るために私によっておかれた花のように、神にとって大切なものです。−

ルシアは悲しくなって、自分だけ一人で地上にとどまらなければならないのですかと聖母に尋ねます。

−いいえ、娘よ、あなたはたくさん苦しんでいますか?気を落とさないでください。私は決してあなたを見放しません。私の汚れなき御心はあなたの避難所であり、あなたを神へと導く道であるでしょう。−

こう言われた後、聖母は両手をお広げになり、三人の子どもたちにおびただしい光線の束をお注ぎになりました。ルシアの言葉によれば、彼らはいわば「神の中に浸された」かのようでした。彼らはそのとき聖母の汚れなき御心を見ました。ルシアの言葉によればこうです。

「聖母の右の手の前に茨によって取り囲まれた心臓があって、それを茨が突き刺していました。私たちはこれがマリアの汚れなき御心であり、人間の罪によって踏みにじられ、償いを求めておられるということを理解しました。」

ルシアが後に(1927年)語ったところでは、このマリアの汚れなき御心のことは聖母から秘密を守るように言われたことではなかったけれども、神によってそうするように動かされていると感じたということのようです。御出現の後、子どもたちは聖母のメッセージについて明かすように迫られたとき、最初は月の13日に御出現の場所に行くこととロザリオの祈りを毎日唱えることの2点だけを明かしていましたが、他にないかとさらに問いつめられて嘘を言わないために、「聖母はあることを言われましたが、それは秘密です」と答えざるを得ませんでした。1916年の天使の第2回目の出現のときに天使が語った「イエズスとマリアの御心はあなたがたの上に憐れみのご計画を持っておられます」という言葉はそのときには、子どもたちにはよく理解できませんでしたが、聖母のこの第2回目の御出現でその意味が少し明らかにされたのです。

この日、御出現に立ち会った50人ほどの人々は不思議な現象をいくつか経験しています。ファチマ教区のマリア・カレイラはルシアが聖母が去って行かれると叫んだときに、ロケットのような音がしたと証言しています。また聖母が東の方角に去って行かれるときに、木の枝が東の方へとなびいた、小さな雲が東の方角へ向かって上って行った、聖母が御出現になったウバメガシの木のてっぺんの若枝が人が乗ったように傾いたという証言もありました。最初の巡礼者となった彼らは村に帰り、自分たちの経験した不思議なことを人々に語ります。このようにして、次の7月13日の御出現にはもっと多くの人々が集まることになります。

第2回目の御出現の後、ルシアはファチマ村において不信の嵐にさらされることになります。マリア・カレイラを除いてほとんどのファチマの人々は御出現を信じませんでした。ルシアの母親、マリア・ロサやルシアの姉妹たちもルシアの言うことをまだ信じていませんでした。教区司祭フェレイラ師はフランシスコ、ジャシンタ、ルシアの順番に質問をしました。フランシスコは神父の問いに答えられることを全部答えましたが、ジャシンタは何も言いませんでした。ジャシンタはルシアが神父の質問に答えている間ロザリオの祈りを唱えていました。三人の質問の後、主任神父のフェレイラ師は「これは全部悪魔の発明だ」という宣告をくだしました。あまりにも静かに言い渡されたこの宣告はルシアを暗闇の中に突き落としました。ルシア自身、悪魔のせいかもしれないという疑念にさいなまれます。ルシアはこの疑念をジャシンタとフランシスコに打ち明けますが、彼らはそのことを否定し、ルシアを励まします。「悪魔は醜いけれど、私たちが見たあの貴婦人はあのように美しかった。私たちはあの方が天に昇って行かれるのを見ました」と。しかし、ルシアは悪魔が彼女を欺く夢をさえ見て、疑いの暗闇から解放されることなく、いとこたちから身を隠すまでになりました。10歳の少女ルシアは教区の司祭と母親という二つの権威ある存在から信じて貰えず、ついには約束したコヴァ・ダ・イリアへはもう行かない決心をします。ルシアはジャシンタとフランシスコにこの決心を告げます。彼らは泣いてルシアのこの決心を翻すように頼みますが、ルシアの決心は変わりませんでした。ルシアが後でジャシンタに聞いたところでは、ジャシンタはルシアの決心を聞いた夜、一晩中眠らずに泣きながら聖母に、ルシアが一緒に行くように祈ったということです。

 

第3回目の御出現:1917年7月13日(金曜日)

約束の第3回目の日になり、ルシアはほとんど抵抗できないある力に促されて、突然行かなければならないと感じました。彼女がいとこたちの家に行くと、フランシスコとジャシンタは寝台の側に泣きながら跪いていました。ルシアが出かけないのかと尋ねると、彼らはルシアと一緒にでなければ行かない、一緒に行こうと言いました。ルシアが一緒に行くと言うと、彼らの顔は喜びに輝きました。彼らは一緒に出かけましたが、途中で群衆が待ち受けていて思うようにコヴァ・ダ・イリアに近づけませんでした。マリア・ロサはジャシンタとフランシスコの母親オリンピア・マルトと一緒に、何が起こるかを見るために、人目につかないように身を隠しながら、彼らから遠く離れてついて行くことにしました。ティ・マルトは三人の子どもたちの側にいました。ルシアがロザリオの祈りを先唱し、群衆がその後を続けました。人々は日差しをよけるために日傘をさしていましたが、聖母の御出現の時刻になったとき、ルシアは「傘をすぼめてください。聖母がおいでになりました!」と叫びました。

ルシアが尋ねます。

−あなたは私から何をお望みですか?−

−あなたがたが来月の13日にここに来ること、世界のために平和を得、戦争を終わらせるために、ロザリオの聖母をたたえて毎日ロザリオの祈りを続けることを望んでいます。なぜなら、ただロザリオの聖母だけがあなたがたを助けることができるからです。−

−私はあなたがどなたであるかを私たちに教えてくださること、そしてあなたが私たちに御出現になっていることをすべての人が信じるように奇蹟を行ってくださることをお願いしたいのです。−

−毎月ここに来続けなさい。10月に、私が誰であるか、何を望んでいるかをあなたがたに教えます。そしてすべての人のために見て信じるように一つの奇蹟を行います。−

ルシアはあることを聖母にお願いしましたが、聖母はそれに対して恩寵をその年の内に得るためにはロザリオを祈る必要があるとお答えになりました。聖母はそしてこう続けられました。

−罪人のためにあながた自身を犠牲として捧げなさい。そして何度も、特に何か犠牲をするときにはこう言いなさい。おお、イエズスよ、これはあなたのため、罪人の回心のため、そしてマリアの汚れなき御心に対して犯される罪の償いのためです、と。−

聖母がこう言われた後、5月、6月の時と同じように、三度目に両手を拡げられました。強い光線が地上を貫き、その中で彼らは一瞬の間でしたが、火の海のような地獄を見せられました。悪魔、人間の形をした霊魂たちが絶望と苦悶のうちに透明な火の固まりとなっていました。ルシアが恐怖のあまりに叫んだ声を周りにいた人々が聞いています。三人は救いを求めるかのように聖母を見ました。そのとき、聖母はこうおっしゃいました。

−あなたがたは哀れな罪人たちが行く地獄を見ました。彼らを救うために、神は世界の中に私の汚れなき御心に対する信心を打ち立てることを望んでおられます。私があなたがたに言っていることがなされるならば、多くの霊魂が救われ、平和が来るでしょう。戦争は終わるでしょう。しかし、人々が神に背くことを止めないならば、ピオ十一世の御代の間にもっとひどい戦争が起こるでしょう。未知の光によって照らされる夜を見るとき、これが神によってあなたがたに与えられる大きなしるしであるということを知りなさい。神は戦争、飢饉、教会と教皇の迫害によって世界をその罪のために罰しようとしておられるのです。−

−このことを避けるために、私は私の汚れなき御心へのロシアの奉献と、初土曜日の償いの聖体拝領を求めるために来るでしょう。もし私の要求が顧みられるならば、ロシアは回心し、平和が来るでしょう。もしそうでないならば、ロシアは戦争と教会の迫害を引き起こしながら、その誤謬を世界中に広めるでしょう。善い人々は殉教し、教皇は多く苦しみを受け、さまざまの民族が絶滅させられるでしょう。−........(ここに第三の秘密と言われる部分が来ますが、この部分はいまだに公開されていません。)

−最後に、私の汚れなき御心は勝利するでしょう。教皇は私にロシアを奉献するでしょう。そしてロシアは回心し、ある期間の平和が世界に与えられるでしょう。−
−ポルトガルでは信仰の教義が常に保たれるでしょう。このことを誰にも言ってはいけません。フランシスコには、ええ、言ってもよいです。−

−ロザリオの祈りを唱えるとき、各玄義の後にこう言いなさい。おお、わがイエズスよ、私たちの罪を赦し、私たちを地獄の火から守ってください。すべての人々、ことに最も御憐れみを必要としている人々を天国へ導いてください。−

ルシアが最後に「何かもっと私にお望みのことがありますか?」と尋ねると、聖母はこう言われました。

−いいえ、今日はそれ以上何も望んでいません。−

この3回目の御出現に立ち会った人々の数は800人くらいという報告から1000人、1000人以上、中には2000人という報告まであり、一致していません。しかし、いずれにせよ、前回の50人を大幅に上回る人々が集まったことは確かです。

1917年の6回の御出現のうち、この第3回目の御出現の持つ意味はいちばん大きいと思われます。聖母は3ヶ月も前に、10月13日に人々が見て信じるように大奇蹟を起こすことを預言されました。これは、ルルドのベルナデッタがやはり聖母に奇蹟をお願いしたのと同じように、ルシアが聖母の御出現を信じない人々のために起こしてくださいとお願いし、聖母がお応えになったものです。ただし、ルルドの場合には、聖母はベルナデッタが教区司祭ペイラメール師の助言に従って、御出現の場所であるグロット(洞窟)のバラの茂みに花を咲かせてもらうようにお願いし、聖母はそれに微笑んでお応えになっただけでしたが、ファチマでは正確に日時を定めて、立ち会うすべての人々の前で、彼らが「見て信じるように」なる奇蹟を行うという公開の約束をされたのです。

聖母の3回の御出現の後、ルシアの母親のマリア・ロサはルシアにさらにつらく当たります。ある日彼女はルシアを呼んで、これから司祭のところへ連れて行くから、「これまで嘘を言っていました。ごめんなさい」と謝りなさいと命じます。マリア・ロサがジャシンタの家に立ち寄ったときに、ルシアはジャシンタにそのことを伝えます。ジャシンタとフランシスコはルシアのために、以前に天使に出会った井戸の側でルシアのために祈っていると言います。司祭館に着いたとき、母親はルシアに説教をしますが、ルシアは「お母さん、私は実際に聖母を見たのに、どうして見ていないと言うことができるでしょうか?」と言います。母親はそれに対して、「私が望んでいることはおまえが本当のことを言うことです。もし見たのなら、見たとおっしゃい。でも、見なかったのなら、嘘を言っていたとお認めなさい」と言いました。司祭はルシアに親切に、礼儀正しく接し、彼女の話が矛盾していないかどうか、いろいろ質問しました。結局、司祭はルシアの話に矛盾点を見出せずに、肩をすくめて「どうしてよいのか私には分からない」と言いたげに、彼女を放免しました。帰宅途中にルシアが井戸のところに行くと、フランシスコとジャシンタが跪いて祈っていました。ジャシンタは彼女に駆け寄って、「何も怖がることはないわ、マリア様がいつも助けてくださるわ」と言いました。

7月13日以来、コヴァ・ダ・イリアには好奇心の強い人たち、信仰心を持った人々が大勢やってきてロザリオの祈りを唱えるようになりました。マリア・ロサはますますルシアにつらく当たりますが、ルシアは決して母親を恨んだり、憎んだりしませんでした。彼女はそれは主イエズス・キリストの特別な恵みだったと、後になって述懐しています。天使の第2回目の出現の時に言われた「特に主があなたがたにお与えになる苦しみを従順に受け入れ、忍びなさい」という勧めの中にルシアは神の御手を見ていたのでした。

公権力の介入:1917年8月10日(金曜日)から8月15日(水曜日)まで

ファチマの聖母御出現の問題はもはや教会内の問題や三人の子どもたちの問題ではなくなってきました。何千人もの人々が集まり出したからでしょう。ここに、公権力が介入して来ます。当時のポルトガルは自由主義的思想傾向が強く、フリーメーソンの考え方が政治とマスコミを支配していました。ブリキ屋というニックネームを持つアルトゥール・デ・オリヴェイラ・サントスは30歳の若さでヴィラ・ノヴァ・ダ・オウレム地区の行政官でした。「オウレムの声」という新聞まで持っていました。 その新聞は反王権的、反聖職的な旗印をかかげていました。オリヴェイラ・サントスは自由と民主主義の名の下にファチマの御出現によって起こされた大衆の信心を押しつぶそうと目論んだわけです。

8月10日にジャシンタとフランシスコの父親、マヌエル・マルトとルシアの父親アントニオ・ドス・サントスは8月11日正午に子どもたちを伴ってヴィラ・ノヴァの町役場に出頭せよという通知を受け取りました。町役場まではかなりの距離があって、マルトは子どもを連れずに出かける決心をしますが、アントニオの方はルシアを連れて出かけました。ルシアはロバの背に乗せられて行きましたが、途中で三度もロバの背から落ちました。マルトは郡長オリヴェイラ・サントスから子どもたちを連れてこなかったことで激しく非難されました。ルシアは皆のいる前で郡長からいろいろと質問され、聖母から告げられた秘密を明かし、コヴァ・ダ・イリアには二度と行かない約束をするように、脅迫さえされました。ルシアはこれらの苦しみを神さまへの愛のため、罪人たちの回心のための犠牲として捧げました。夜になって、戻されたとき、ルシアが例の井戸のところに行くと、ジャシンタとフランシスコが井戸の縁によりかかり、跪いて祈りながら、激しく泣いていました。彼らはルシアが郡長によって殺されたとルシアの姉から聞かされていたのでした。

このようにして、ルシアは始めて当局からの迫害を受けたのですが、それは迫害の始まりでしかありませんでした。8月12日、聖母御出現の日の前日に大群衆が方々から集まり始めました。あらゆる種類の車、自転車、自動車、馬車等々が道路にひしめきます。8月13日(月曜日)の朝、9時に郡長のオリヴェイラ・サントスはマルト家に来て、子どもたちに会いたいと言います。子どもたちをファチマまで馬車に乗せて行きたいというのです。子どもたちはその必要はないと言いますが、群衆にじゃまをされないために馬車に乗って行く方がよいと郡長は頑張ります。結局、アントニオが子ども三人を歩いて連れて行くことになりました。しかし、郡長は司祭館まで行き、そこでフェレイラ神父と会い、神父がルシアに質問することを納得させます。ルシアはここでも、聖母を見、メッセージを受けた事実を主張します。しかし、郡長の目論見は別のところにありました。彼は司祭館から子どもたちを連れ出して、御出現の場所であるコヴァ・ダ・イリアに行かせないことを企んでいたのです。フェレイラ神父の質問の後、郡長は馬車の中に子どもたちを乗せ、コヴァ・ダ・イリアに行くと見せかけて、方角を変え、馬に鞭を与えました。ルシアは方角が違うと抗議しますが、郡長はまずオウレムに行って司祭に会い、それから自動車でコヴァに行くのだと嘘を言います。途中で群衆は子どもたちが郡長の馬車に乗せられて連れ去られるのを見ましたが、郡長は子どもたちを見えないようにするために彼らに敷物を被せています。1時間か1時間半ほどして、彼らはコヴァにではなく、郡長の家に到着します。これはまさに権力者による子どもの誘拐です。到着すると、彼らは一室に監禁され、秘密を明かすまでは出さないと言われます。しかし、昼には郡長夫人、セニョーラ・アデリーナ・サントスが彼らを親切に遇し、昼食にごちそうを出し、食後には自分の子どもたちと遊ばせたり、絵本を与えたりしています。夫のやり口を償うつもりだったかも知れません。

8月13日、聖母との約束の日に三人はコヴァ・ダ・イリアに行くことは結局できませんでした。郡長はそこでは何事も起こらず、すべてが失敗に帰するであろうと考えていました。しかし、コヴァ・ダ・イリアでは三人がいないにもかかわらず、巡礼者たちには聖母がおいでになったと思われる出来事が起っていました。この日の巡礼者は1万8000人から2万人くらいいたと言われています。御出現の木、ウバメガシのまわりを取り囲んだ群衆は祈りを始め、聖歌を歌いました。しかし、子どもたちはやって来ず、皆は我慢できなくなり始めました。そのとき、ファチマから人が来て、郡長が子どもたちを誘拐したと告げました。人々が一斉にしゃべり始め、何が起こるかわからないような雰囲気になったとき、雷が轟きわたりました。中には泣き出す人もいました。その後で稲光がしました。そしてあのウバメガシの上に真っ白な小さい雲がしばらく止まり、それから上の方へと上がり、やがて消えました。人々の顔や衣服、木々の葉が虹のすべての色に次々と染まりました。葉は花のように見えました。それは聖母マリアがご自分の現存をお示しになるために、雷鳴と稲光と虹というすべての人に見え、聞こえるしるしを与えられたと考えられます。モンテロ村のマヌエル・ゴンサルヴェスは多くの異常なしるしがあって、そこ居合わせたすべての人がそれを見た、と証言しています。人々はお互いに聖母がおいでになったのだと言い合いました。このようにして、郡長の目論見は逆の結果を生むことになったのです。

翌日、8月14日は三人の子どもたちにとってはもっと苦痛な日でした。郡長は何としてでも子どもたちから秘密を聞き出そうと思っていました。彼は子どもたちの裏にきっと聖職者たちの陰謀が隠されていると読んだのでしょう。まず、柔軟路線で始めます。最初は老婦人を使って子どもたちから聞き出そうとしましたが、うまく行きませんでした。今度は郡長自らが子どもたちをひとりづつ呼んで、お金や金の鎖のついた時計を餌にしながら、何とか秘密を明かさせようとしましたが成功しませんでした。子どもたちの間でのお互いの矛盾をつくことも試みましたが駄目でした。この日、郡長は子どもたちのヒステリーか幻覚を見つけて貰うために、レイリアから医師のアントニオ・ロドリゲス・デ・オリヴェイラを呼んでいます。医師は子どもたちにいくつかの質問をし、医学検査をしていますが、異常を見つけることはできなかったようです。午後、郡長は強硬方針に切り替えます。彼らを恐怖の中に陥れることによって口を割らせようとしたわけです。それから、彼は彼らを強盗や他の囚人たちのいる監獄に入れました。母親から引き離され、囚人と一緒の監獄に閉じこめられた子どもたちの不安はどれほどだったでしょう。ジャシンタは激しく泣きました。フランシスコがこう言って妹を慰めました。「この苦しみを罪人たちの回心のために捧げよう!」と。

その後、彼らはもう一度、別々に質問されました。それから、また一緒に別の部屋に移され、順番に生きたまま煮えたぎる油の中に入れられる、と告げられました。彼らは本気で殉教を考えました。ジャシンタにとって両親に、特に母親に会えないまま死ぬことは大変悲しいことでした。三人は7月13日に聖母が教えられた祈りを唱えました。「おお、私のイエズスよ、これはあたの愛のため、罪人の回心のため、そしてマリアの汚れなき御心に対して犯される罪の償いのためです。」それから、囚人たちと一緒にロザリオの祈りを唱えました。まず最初にジャシンタが牢番から呼び出され、油で揚げられたくなければ、秘密を明かせと言われて、連れ去られます。フランシスコはジャシンタのためにアヴェ・マリアを唱えます。次ぎにフランシスコが、そして最後にルシアが連れて行かれます。結局、彼らは誰も秘密を明かしませんでしたので、郡長は三度目の脅迫として、今度は三人を一緒に釜ゆでにすると言います。それも効を奏しませんでした。郡長の目論見はことごとく失敗しました。

翌8月15日、最後の尋問をした後で、郡長は子どもたちをファチマに連れて帰らざるをえませんでした。彼らがファチマに到着したとき、聖母マリアの被昇天の大祝日ミサがちょうど終わったところでした。郡長は子どもたちを司祭館の入り口に置いて、居酒屋へと逃げ込みます。教区司祭のフェレイラ師はこのとき人々から郡長とぐるになっていたのではないかと疑われて、身の潔白を主張する声明を発表しています。フェレイラ師のこの声明は聖母御出現の出来事に大きなインパクトを与え、次の9月13日の御出現の日にもっと多くの巡礼者たちをコヴァ・ダ・イリアに呼び寄せることになります。

ヴァリニョスにおける聖母の第4回目の御出現:1917年8月19日(日曜日)

三人の羊飼いの子どもたちは日曜日のミサの後、ロザリオの祈りを唱えるためにコヴァ・ダ・イリアへ出かけました。午後には、ルシアとフランシスコはフランシスコの兄のジョンと一緒に羊に草を食べさせるためにヴァリニョスに行きます。ヴァリニョスはアルジュストレルとカベソの丘の中間にあるところです。ここで、予期していなかった聖母の御出現がありました。ルシアは、聖母の御出現が近いことを直感して、ジョンにジャシンタを呼びに行ってほしいと頼みます。ジャシンタが御出現に立ち会えないと悲しむと思ったからです。しかし、ジョンも聖母の御出現を見たかったので、その場に残りたいと思いました。ルシアはポケットにあった2枚の硬貨をジョンにまず1枚あげるから、ジャシンタを呼んで来てほしい、戻ってきたときにもう1枚をあげると言いました。ジョンは大急ぎで走り去り、ジャシンタを連れて戻って来ます。しばらくして、ルシアとフランシスコが例の稲光を見たとき、ジャシンタが駆けつけ、一本のウバメガシの上に聖母が御出現になりました。ルシアは聖母に尋ねます。

−私から何をお望みになりますか?−

−13日にコヴァ・ダ・イリアに引き続き行くこと、毎日ロザリオの祈りを続けることを望みます。最後の月に私はすべての人が信じるように一つの奇蹟を行います。あなたがたが町へ連れて行かれることがなかったならば、その奇蹟はもっと大きなものとなるはずでした。聖ヨゼフが世界に平和を与えるために、幼子イエズスを連れていらっしゃるでしょう。私たちの主は人々を祝福なさるために来られます。ロザリオの聖母と悲しみの聖母も来られます。−

−人々がコヴァ・ダ・イリアに残して行ったお金で何をすることをお望みになりますか?−

−二つの駕籠を作らせなさい。一つの駕籠はあなたとジャシンタ、それに他の二人の少女が白い衣装を着て、もう一つの駕籠はフランシスコと他の三人の少年が担ぐのです。駕籠からのお金はロザリオの聖母の祝日のためのものです。そして残りのお金はここに建てられなければならない聖堂の建設に役立つでしょう。−

−ある病人を癒していただきたいのですが....−

−ええ、今年のうちにそのうちの何人かの人々を癒しましょう。−

それから聖母は悲しそうにこう言われました。

−祈りなさい。たくさん祈りなさい。そして罪人たちのために犠牲を捧げなさい。多くの魂が、彼らのために犠牲を捧げたり、祈ったりしてくれる人を持っていないからです。−

こう言って聖母はいつものように東の方角へと上って行かれました。

この日の御出現は三人のほかにはジャシンタとフランシスコの兄弟であるジョンだけが立ち会う御出現でした。彼が母親に語ったところによれば、三人が跪いて祈り、ルシアが話しているのを彼は聞いていますが、もちろん聖母を見ることも聞くこともできませんでした。聖母が去られるとき、彼は銃声のようにはじける雷鳴を聞いています。

御出現の後、フランシスコとジャシンタは聖母が上におられたウバメガシの枝を一本を折り取って大切に家に持って帰りました。帰宅するとジャシンタがヴァリニョスで聖母を見たと母親のオリンピアに報告します。母親はジャシンタに「いつになったらその嘘は終わるのかね。行くところではどこででもお前はマリア様を見るのだね」と皮肉を言います。ジャシンタは取って来た枝を母親に見せます。その枝からはえもいわれぬよい香りがしました。母親はよい香りがするけれども、バラの香りではないし、何の香りかわからない、と言いました。父親のティ・マルトは同じように、何とも表現できないよい香りをその枝からかぎますが、妻のオリンピアとは違いジャシンタの言葉をますます信じるようになりました。

 

第5回目の御出現:1917年9月13日(木曜日)

9月13日の夜明けにファチマに向かう道路は大混雑をしていました。人々はロザリオを唱えながらコヴァ・ダ・イリアへと歩き続けました。正午近くになるとおよそ2万5000人から3万人の巡礼者が御出現を待ってつめかけていました。コヴァ・ダ・イリアではほとんどの人が帽子を取り、跪いてロザリオの祈りに唱和しました。三人の牧童たちは人混みでなかなか御出現の場所に近づくことができませんでした。途中で人々は彼らにマリア様へのさまざまな願い事を取り次いでほしいと懇願しました。三人はやっとのことでいつものウバメガシの木のところに着き、そこでルシアがロザリオの祈りを先唱し、群衆が唱和しました。後に枢機卿となったレイリアのジョン・カレスマ神父は友人二人と一緒に神父の制服を脱いで背広を着て御出現の様子を見に行きました。彼はそのときの様子を後に枢機卿になってから回想しています。正午になると、完全な沈黙があたりを支配しました。その後突然聖母を賛美する声が響きわたり、人々が一斉に空に向かって手を挙げました。空は一点の雲もない真っ青の晴天でした。そのとき、カレスマ神父は東の方向から西の方向へ向かってゆっくりと荘厳に滑ってゆく光り輝く球体を見ました。もちろん、彼だけでなく、友人二人も、そして居合わせた3万人の人々のうちの多くがこの球体を見て叫び声をあげました。異常な光を放っていたその球体は突然消え去りました。その球体は御出現のウバメガシの木に近づきました。そのとき、太陽の輝きが鈍り、あたりが黄金色になりました。ある人は空に星を見ることができたと報告しています。

ルシアが尋ねます。

−あなたは私から何をお望みですか?−

−戦争が終わるようにロザリオの祈りを続けなさい。10月には私たちの主がおいでになるでしょう。悲しみの聖母とカルメルの聖母も来ます。聖ヨゼフが世界を祝福するために幼子イエズスと一緒においでになるでしょう。
神はあなたがたの犠牲を喜んでおられます。神はあなたがたが縄をつけて眠ることを望んでおられません。つけるのは昼間だけにしなさい。−

−あなたにたくさんのことをお願いするように頼まれました。病気の人々の癒しや聾唖の人の癒しなどです....−

−はい。ある人々を癒しましょう。しかし、他の人々は癒しません。なぜなら、私たちの主は彼らを信用しておられないからです。−

−人々はここに聖堂を建てたいと思っています。−

−お金の半分でロザリオの聖母の祝日に行列で担ぐ駕籠を作りなさい。後の半分は聖堂のためです。−

ルシアはこのとき、オリヴァル教区のある人から捧げられた2通の手紙と香水の小瓶を聖母に捧げようとしましたが、聖母は天国ではそれらは必要でないとお断りになられました。ルシアが第4の手記で明らかにしたところでは、このとき聖母はこう付け加えられました。

−10月にはすべての人が信じるように一つの奇蹟を行います。−

そう言われて、聖母はいつものように天に昇られ始め、そして消え去られました。

聖母が天に昇って行かれるとき、多くの人々が再び先ほどの光り輝く卵形の球体が東の方角へと上ってゆくのを見ました。中には全然何も見ることができなかった人もいました。信心深い一人の女性は自分が何も見ることができなかったので、いたく泣いていました。そのほかにもこの御出現の間に巡礼者たちは不思議な光景を見ることができました。彼らが見たのは空から舞い落ちる白い花びらのようなもの、丸くて輝いている雪片のようなものでした。それは地上に落ちると消えてなくなりました。非常に多くの人々がこのような感覚的な形で異常なことを経験したこの5回目の御出現は人々に聖母の現前を強く感じさせました。目に見えるこのしるしは次の10月13日、最後の回の御出現にはこのときの倍以上、5万人から8万人という大群衆をコヴァ・ダ・イリアに引き寄せることになります。

この後、三人の牧童たちは人々につきまとわれ、質問攻めに会います。ひっきりなしの訪問者たちによってルシアとジャシンタの家庭はかきまわされます。牧場であるコヴァ・ダ・イリアは人々に踏み荒らされ、畑の野菜も取れなくなります。マリア・ロサとオリンピアは羊を売り払わなければならなくなります。家計は苦しくなり、ルシアは母親からお前のせいでこうなったと非難されます。マリア・ロサもオリンピアもティ・マルトも三人とも9月13日には人々が見た不思議な現象を何も見ませんでした。

10月の初めに、レイクシダのマリア・ド・カルモ・メネゼス夫人がルシアとジャシンタをマルト家とサントス家の許可を得て、自分の家に連れて行きます。彼らを人々から引き離して8日間休ませるためです。しかし、二人が滞在していることは人々に知れて、多くの人々がつめかけて来ます。このメネゼス夫人が二人に「あなたがたが予言している奇蹟がもし10月に起こらなかったら、大いに期待して興奮しているこれらの人々が、あなたがたを生きたまま焼き殺すかもしれませんよ」と言いますが、子どもたちは確信に満ちて「聖母が私たちを欺かれることはないので、ぜんぜん怖くありません。マリア様は皆が信じるように大きな奇蹟を行うとおっしゃいました」と答えています。それ以前の9月27日にも、フォルミガオ神父が同じことを彼らに尋ねていますが、ルシアは同じ答えをしています。10月の御出現のときには、子どもたちの近くで当局が爆弾を仕掛けて爆発させるという噂も広まっていましたが、ルシアは、もしそうなら、私たちはすぐに天国に行けることになる、といとこたちと話しています。しかし、子どもたちの両親にしてみれば、こういう状況は非常な不安をかき立てるものでした。マリア・ロサは御出現の前日10月12日の朝早く、ルシアを起こして教会に告解に行こうと言います。彼女は「明日コヴァ・ダ・イリアで聖母が奇蹟を起こしてくれなかったら、人々が私たちを殺すという噂だから、死の準備のために告解をしておいたほうがよい」と娘に言います。ルシアは「お母さんがそうしたいなら、一緒に行ってもよいですが、殺されることを恐れているからではありません。私は聖母が約束されたことを必ずなさると確信していますから」と答えています。それでもう誰も告解について話す者はいませんでした。マルト家では父親が御出現を信じていましたので、静かにその時を待っていました。こうしてファチマにおける最後の御出現の日、大奇蹟の日が来ます。

第6回目の御出現:1917年10月13日(土曜日)

遂に聖母が預言された大奇蹟の日がやってきました。前日から雨の中を大勢の人々があらゆる方角からコヴァ・ダ・イリアめがけて集まり始めました。彼らはロザリオの祈りを唱え、聖歌を歌いながら、降り続く冷たい細かい雨でぬかるんでいる道を進みました。雨宿りするものが何もない野原で夜を明かしました。夜明けのかなり前から彼らは祈ったり、歌ったり、泣いたりしていました。

アルジュストレルのルシアの家ではマリア・ロサが、予言された奇蹟が起こらなかったときに生じるかも知れない悲劇のことを考えて不安にさいなまれていました。彼女はルシアを涙ながらに抱きしめ、ルシアが殺されるときには自分も一緒に死のうと思い、ルシアと同道する決心をしました。彼女は教区の司祭からコヴァ・ダ・イリアには行ってはいけないと言われていましたので、そのことが気がかりでしたが、聖水で身を護って出かけることにしました。彼らはまずマルト家に立ち寄ります。オリンピアはマリア・ロサと同じように子どもたちのことを心配していましたが、マヌエル・マルトは子どもたちを信じ、何事もうまく行くと確信して落ち着いていました。パンバリニョから来た婦人がルシアに青色のドレスをジャシンタに白いドレスを用意して来ていて、着せました。

彼らは人混みのために時間に遅れないように早めに家を出ました。外は篠つく雨でした。人々はぬかるむ道でひるみもせずに跪き、子どもたちにマリア様への取り次ぎを頼みました。マヌエルがジャシンタの手を取り、ルシアは父親のアントニオに手を引かれて、大群衆の中を御出現の場所に向かいました。フランシスコもマリア・ロサも一緒でした。ウバメガシの木のところに着いたとき、ルシアは群衆に傘をすぼめ、ロザリオの祈りを唱えるように求めました。雨はまだ降り続いていましたが、人々はルシアの求めに素直に応じて、傘をたたみ、祈り始めました。人々は全身ずぶぬれになりながら泥の上に跪きました。

午後1時半頃--これは太陽時の正午にあたります--ルシアは東の方角を見てジャシンタにこう言いました。「おお、ジャシンタ!跪きなさい。聖母が来られます!もう稲光を見ました!」近くにいたマリア・ロサは娘に「ルシア、注意してごらんなさい、失敗しないでね!」と叫びます。このとき、ルシアはしばらく脱魂状態に陥ります。ジャシンタがルシアをつついて、「ルシア、お話なさい、聖母がもう来ておられますよ!」と言いました。ルシアはそれで正気に戻って二回深呼吸をし、聖母と話し始めました。

−あなたは私から何をお望みですか?−

−私をたたえてここに聖堂を建てることを望んでいます。私はロザリオの聖母です。毎日ロザリオの祈りを続けて唱えなさい。戦争はまもなく終わり、兵士たちは自分たちの家に帰って来るでしょう。−

−あなたにお願いしたいことがたくさんります。る病人を癒し、る罪人を回心させてほしいのです.....−

−ある人々を癒しますが、る人々は癒しません。人々はその生活を改め、罪の赦しを願わなければなりません。−

それから、聖母は悲しそうな様子になられて、こう言われました。

−彼らはもうこれ以上私たちの主に背いてはなりません。なぜなら、すでに彼らはあまりにも主に背いているからです。−

−何かもっと望んでおられることがありますか?−

−これ以上はりません。−

−では、私もこれ以上なたにお尋ねしません。−

聖母がルシアと話されている間、ウバメガシの木の上には9月のときと同じような雲があり、聖母が去られると同時に、雲も上の方に上がって行きました。それから、聖母が去って行かれるとルシアが叫んだとき、オリンピアは8月19日のときと全く同じ芳香をかぎました。それから、またルシアが人々に向かって叫びました。「太陽をごらんなさい!」(このとき、ルシアは太陽を見てそう叫んだのではなく、聖母が去って行かれるとき、聖母が両手を拡げられ、それを太陽の上に反射させられ、彼女自身の光の反射を太陽そのものに投射されるのを見ていて、内的な促しを受けて人々に「太陽をごらんなさい!」と叫んだと言っています。)その後、10分間にわたって、大群衆は預言されていた奇蹟をいわゆる「太陽のダンス」という形で見ました。それまで降っていた雨が突然止み、雲が急速に切れ、晴天になりました。顔を出したぎらぎら輝くはずの太陽を人々は裸眼で何ら眼を痛めることなしに見ることができました。真昼の雲一つない太陽が裸眼で見ても眼を損なわないなどということは科学的に見てあり得ないことですが、このとき、そのことが7万人ないし8万人といわれる大群衆の前で起こりました。すべてのものが動かず、静かでした。このこと自体が不思議なことですが、次ぎにさらに不思議なことが起こりました。その太陽がさまざまの方向に光線を発し、その光線が空気、大地、木々やその他大地にあるすべてのもの、人間たちをさまざまの色に染め上げました。しばらくして、太陽が止まったと思われ、次ぎに揺れ、震え、いわゆるダンスを始めました。その太陽が天からはがれたかのように、人々の上に回転する大車輪になってまさに落ちかかって来るように見えました。人々は叫び、泣きわめき、地にひれ伏しました。大声で自分の犯した罪を告白する人もいました。しかし、最後に太陽は動きを止めました。人々は助かったと安堵の胸をなでおろすことができました。これが、聖母が預言され、三人の子どもたちが必ず起こると確信していた奇跡の内容でした。もちろん、聖母が初めから太陽の奇蹟を内容として預言され、三人の子どもにもそれを伝えられたわけではありません。すべての人が見て信じるようになる奇蹟と言われていたことがこのような内容のものだったというわけです。聖母の約束はこのようにして文字通りに果たされました。マリア・ロサは「これを信じないことはできない。誰も太陽に触れることはできないのだから」と言いました。

この日のことは進歩的、反カトリック的であることを標榜しているポルトガルの多くの新聞に記事として載せられました。聖職者のでっち上げであるとか、子どもたちの妄想であると言われていた事柄もここまで来ると、一つの動かしがたい事実としての重みを持ちます。この事実をどう解釈するか、ということだけが残される問題であって、事実をなかったことにすることは不可能です。

大群衆がこの大スペクタクルを目撃していていた10分間、三人の幻視者たちは実は太陽の奇蹟を見ていませんでした。彼らはその間、もっとすばらしいこと、すなわち聖母が8月19日と9月13日の両日に約束なさった預言の実現に立ち会っていました。聖母が去られた後、彼らは聖ヨゼフが幼子イエズスを連れて、そして聖母が白い衣装を着、青いマントを羽織られて太陽の側に立っておられるのを見ました。聖ヨゼフと幼子イエズスはその手でそれぞれ十字架の印をされて世界を祝福されました。この御出現が終わってしばらくして、今度はわれらの主イエズス・キリストと聖母が御出現になりました。聖母は悲しみの聖母だとルシアには思われました。主は聖ヨゼフがそうされたのと同じやり方で世界を祝福されました。その御出現も終わった後に、また聖母が来られましたが、今度はカルメルの聖母でした。

こうして、6回にわたるファチマ:コヴァ・ダ・イリアおよびヴァリニョスにおける聖母の御出現は幕を閉じました。しかし、これでファチマの出来事は終わったのでしょうか?上に述べて来たことは前にも言いましたように、1917年の時点ですべて人々に明らかにされていたことではなく、ファチマの秘密として後になって明らかにされたこともあり、「第三の秘密」と呼ばれている部分は未だに明らかにされないままになっています。

私見ですが、ファチマの聖母のメッセージが意味しているものは、単に個人的な信心の問題ではなくて、もっと世界史的、現代的な文脈の中で捉えられるべき問題でるように思われます。

 

ファチマに関して日本語で読める書物を数点紹介します。

*矢代静一(文)・菅井日人(写真):奇蹟の聖地ファチマ、講談社
*菅井日人:聖母マリアの奇蹟 −メジュゴリエ/ファチマ/ルルド−、グラフィック社
*ヴィットリオ・ガバッソ、志村辰弥(共訳編):現代の危機を告げるファチマの聖母の啓示、ドン・ボスコ社
*渡辺吉徳(編訳):ファチマのロザリオの聖母、ドン・ボスコ社
*アントニオ・アウグスト・ボレッリ・マシャド著、特別寄稿 プリニオ・コヘイア・オリヴェイラ、成相明人訳:ファチマの聖母 そのメッセージは希望の預言か? 悲劇の預言か? 『フマネ・ヴィテ』研究会

作成日:97/11/04

最終更新日:98/02/20

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