ファチマの聖母マリア

世界の奴隷化か、それとも平和か...
それは教皇にかかっている

ニコラス・グルーナー神父と他のファチマ専門家たち

教会内部の今日の危機はロシアがその諸々の誤謬を広めているからである

バチカン・モスクワ協定に関するわれわれの諸論考は世界中の聖職者と平信徒のメンバーたちによって注意深く読まれ、そして感謝をもって受け入れられた。この主題に関してわれわれに書いて来られた読者の大部分は彼らが諸論考とそれらを公表したわれわれの目的を理解していることを示された。

少数の読者はこの題材を公表する眼目を理解しなかった。アメリカ合衆国においていくらかの影響力を持っている一人のヨーロッパのコラムニストはファチマ・クルーセイダーとアメリカ、イタリア、フランス、英国の他のカトリック新聞の報告を「過激主義的」として片づけた。明らかに、あるアメリカの雑誌は真理を勇敢に公表するファチマ・クルーセイダーと他のカトリック・ジャーナルによって提出された証拠文書に全然答えることなく同じ戦法を用いた。

われわれの読者たちは、何人かの善良なしかし誤り導かれた人々が、われわれの報告した真理を葬り去ろうとしたということに驚くべきではない。彼らは聖母が広められるでしょうと言われた諸々の誤謬によって欺かれたのであろう。少数の聖職者と平信徒のメンバーたちが真理が知られることを妨げようと努めているという事実は「ロシアはその諸々の誤謬を広めるでしょう」という聖母の言葉の真理をまさに論証する。その結果、今や教会内部でさえ、ある人々はあなたに次のように叫ぶわれわれを沈黙させようと努力するのである。「あなたは致命的な危険の中にいる。-- あなたの永遠の救いは危険に瀕している。-- ここにあなたがしなければならないことがある」と。

これはわれわれの回答である:イエズスは言われた:「真理はあなたを自由にするであろう」と。真理はこの公開書簡を読みそして研究するどの信じるカトリック教徒にも明らかであろう。われわれは、-- 聖母の助けによって -- カトリック者が、共産主義ロシアはその血塗れの迫害によって20年間にわたってバチカンを沈黙させてきたということにわれわれは目を閉じ、見ないようにしなければならないと言う人々の誤謬に対して自らを守ることができることを希望し、祈りそして信頼する。彼らは誤って、共産主義者たちが羊の衣を着た狼である彼らの秘密情報員たちを通じてわれわれに対して戦うことに成功しているということをわれわれは見てはならないと言うのである。「見ようとしない人々ほどに盲目である者は誰もいない」と言っている諺がある。

これらの事実を公表したことに対して始めはわれわれを攻撃していたあるカトリック新聞が謝罪し、その誤った主張を撤回するためにグルーナー神父に書面を送って来たということを述べることをわれわれは喜んでいる。

教会と教皇が今日まで迫害されているということを人々が知るように、神は1938年に「大いなるしるし」を働かれた。神はこの偉大な奇跡を、まさにこの最も血なまぐさい迫害がメディアによって、そして大部分のカトリック・メディアさえによってわれわれから隠されてるがゆえに、働かれたのである。この迫害は共産主義に関するバチカンの沈黙の20年の原因である。われわれがその中にいる極端な危険の知識は多くの霊魂の救いのために、そして世界平和のために不可欠である。なぜなら、それなしには人々は自らをそして信仰を精力的に擁護しないだろうからである。

われわれは、われわれに真理の武器を放棄させるこれらの人々の誤謬に対してわれわれの読者を武装させることが必要であると感じている。もし信徒が彼らの信仰が攻撃を受けていること、そしてどの方面から攻撃を受けているかを知らないならば、彼らはどのように自らを守るかを知らないであろう。このことを公表するわれわれの全目的はカトリック信仰の維持のためであり、遅すぎない前に司教たちがファチマの聖母に従うことを可能にするためである。

それゆえにわれわれは、 The Fatima Crusader , No.18 において最初に公表されたグルーナー神父によるこの公開書簡をここに公開する。それはもともとニューヨーク、オグデンブルグのブルザナ司教に送られた。彼は、われわれがバチカン・モスクワ協定の存在についての真理を公表したゆえに The Fatima Crusader に対する誤報キャンペーンを始めたのであった。それはまた、われわれもまたバチカン・モスクワ協定について沈黙を守っていると示唆したジョン・ハッファートにも送られた。

われわれは多くの手紙を受け取った。そのうちの大部分は The Fatima Crusader , 1984年9月10月号に関して肯定的であった。その号は18万部が配布された。あなたの手紙はその問題の内容の一部に関していくつかの留保を表明した人々からのわずか四通あるいは五通のうちの一通であった。われわれは The Fatima Crusader の1985年4月号 -- それは32万部以上のコピーが配布された -- に言及しているあなたの手紙と似たようなもう二三通の手紙を受け取っただけである。実際、大部分の人々はわれわれに彼らの道徳的および財政的な支持を、第17号以後にも与え続けた。実際、われわれはバチカン・モスクワ協定を神を愛するカトリック教徒にもたらしたことに対して熱狂的な歓迎を受けてきた。

バチカン・モスクワ協定に関連して、あなたは問う:「人々にそのような協定について告げ、そしてそれが教会の裏切りである、あるいはそれは戦闘的無神論への屈服であると結論することによってどんな善がなされるのか?

私は、あなたがファチマ・クルーセイダーにあなたの質問を書いて来る時間と努力を取られたという事実を評価する。あらゆる職業の多くの人々はファチマ・クルーセイダーの論議を理解した。そしてこの問題を彼らに注意させたことに対してわれわれに感謝した。

しかしながら、あなたの手紙の結果として、われわれは、信徒に、彼らの教会がソビエト・ロシアからの恐るべき圧力のために教会が沈黙させられているということを知らせることの重要性を見ない少数の人々がいまだにいるということを理解するのである。私は今、ある人々が、原因は何であれ、バチカン・モスクワ協定の公表がいかに重要であるかを理解することができなかったかを理解するのである。その原因が何であれ、あなたは公表されるこれらの事実の重要性を指摘したファチマ・クルーセイダーにおいて与えられた論議を理解することができない。それゆえ、私はこれらの論考がいかなる善をなしているかをより十分に説明しようと試みるであろう。

教皇ヨハネ二十三世への忠誠において

ローマ・モスクワ協定のこれらの事実は教皇ヨハネ・パウロ二世、並びに教皇ヨハネ二十三世および教皇パウロ六世の諸々の努力に対する忠誠と支持からこの協定に関して論評しているもともとのファチマ・クルーセイダーの論考と共に公表されている。教皇ヨハネ二十三世はただその協定が短期間の政策であるように意図されただけである。われわれは、彼が第二バチカン公会議がただ短い持続期間だけのものであろうと考えられたという事実からこのことを知っている。われわれはまた、教義における通説への彼の関与を知っている。そして彼はこの政策が長期間にわたってそれが続くことのために引き起こした破滅的な効果を望むことは決してできなかったであろう。教皇ヨハネ二十三世を擁護するために、われわれは、短期間の政策として、なぜそのような協定が、教皇ヨハネ二十三世がそのようによく知っておられる国際政治のその当時の諸々の出来事に照らして正当化され得るのかを指摘した。

教皇パウロ六世もまた、彼が「サタンの煙」が教会の中に入るのを見られたとき、「教会の自己破壊」と彼が呼んだものを止めようと努力された。しかし、バチカン・モスクワ協定の交渉に近づいたときに、彼は、実際彼が公的に非難した教会における恐るべき混乱の主要原因であるのはこの協定であるということを見ることに失敗された。あるいはそうでなければ、彼はそのとき行動することができなかったのである。教皇パウロ六世はまた正教会に非常な関心を持っておられた。

教皇ヨハネ・パウロ二世を支持して

バチカン・モスクワ協定についてのこの論考、並びに No. 17 号におけるその続編* は、これらの論考において公表された諸事実に関係する多くの論考と共に、特に教皇ヨハネ・パウロ二世および彼の周りの枢機卿たち、特にラッツィンガー枢機卿、オッディ枢機卿、ガニョン枢機卿への忠誠、支持および援助のために公表された。彼ら枢機卿たちは教皇とカトリック信仰を擁護して特別のそして啓発的な忠誠を示した。それは、教皇ヨハネ・パウロ二世がこのバチカンの政策を変える超人的な努力を始められるとき彼を支持している。特に時間のさらなる経過がまたソビエト・ロシアの魔手からの束縛脱出の必要性を論証したからには、そうである。

* これは p.248 から始まるこの第8部におけるさまざまの論考のことを言っている。

教皇ヨハネ・パウロ二世はわれわれの祈りを必要としておられる

われわれが、 The Fatima Crusader , Issue No.16, p.11 の9月・10月号において報告したように、教皇はすでに1984年2月・3月にロシア、アルバニアおよびリトゥアニアにおけるカトリック教徒の迫害を非難することによってこのバチカン・モスクワ協定を個人的に拒絶された。教皇は聖座の長であるラッツィンガー枢機卿に、20年以上にわたってバチカンによって公表された最初の主要な反共産主義的な文書を公表するように、公式に命令することによってこの破滅をもたらす協定から離れ始められた。私はいわゆる解放神学に関する文書のことを言っているのである。

ラッツィンガー枢機卿はこの文書を準備することに快く一生懸命働いた。しかし教皇はわれわれの祈りの支持を必要としておられる。そしてまた、彼がバチカン内部からの政策のこの非常に重要な偏向に対する強い抵抗に直面されるとき、平信徒、修道者そして聖職者の道徳的支持を必要としておられる。あなたが知っているかもしれないように、国務省長官カザロリ枢機卿は解放神学に反対する上述の文書について自分に関係がないと言い、批判を仄めかした。

ファチマ・クルーセイダーおよびファチマに関心を向けている他の雑誌が、教皇が教会内部からの反対に対して戦っておられるとき、われわれがファチマでの聖母の要求に耳を傾けないならば、われわれの間に広められるでしょうと聖母が言われた「ロシアの諸々の誤謬」に対してファチマを守るために、教皇を助けるべきであるということは特に適切なことである。

バチカン・モスクワ協定は拒絶されなければならない

われわれが見るであろうように、ファチマ・クルーセイダーにとってこのニュースの公表においてリードを取ることは適切である。これは、バチカン・モスクワ協定が単に教皇によってばかりでなく、またすべてのカトリック司教たちによって拒絶されなければならないからである。御存知のように、われらの祝せられた御母マリアは「神はこの手段によってロシアを救うと約束なさいました」と言われた。すなわち、イエズス御自身がファチマのシスター・ルチアに確証なさったように、神はある特別の日にすべてのカトリック司教たちと一緒に教皇によるロシアの荘厳かつ公的な奉献を通じてのみロシアを回心させ、世界に平和をもたらされるであろうということである。

教皇とすべてのカトリック司教たちは、それゆえに、ファチマの聖母を通じて、1929年6月13日に最も荘厳な仕方でいとも聖なる三位一体によって与えられた神の命令に従わなければならないのである。

彼らにとって神が彼らから要求なさっている正確な仕方で従うためには、司教たちはすべてバチカン・モスクワ協定を拒絶しなければならない。

北アメリカにおいては、神による教皇およびすべてのカトリック司教たちへのこの最も緊急の命令について人々に明白にそして継続して告げているのはただファチマ・クルーセイダーだけである。いかなる人間の計画、いかなる外交政策、いかなる国家の理由もファチマのメッセージを通じて与えられた神のこの直接的な命令を却下することはできない。その命令は人間の歴史における非常に例外的な神の介入である。

ファチマ・クルーセイダーはカトリック教会に奉仕する

このすべてにおいて、われわれはファチマ・クルーセイダーがロシアの共同的奉献についてのこの最も重要な真理をわれわれの注意にもたらすことによってわれわれすべてに一つの大きな奉仕をしているということを見る。このように、われわれは皆教皇ヨハネ・パウロ二世のために祈り、また教皇に忠実な司教たちのために、彼らが神の与え給うた義務を果たすことができるように、祈ることを思い起こさせられるのである。

ファチマ・クルーセイダーは、すべての人々を神の命令に気づくようにさせるためにわれわれができることをしているのでいとも聖なる三位一体に真に忠実である。ファチマ・クルーセイダーはイエズスとマリア、そしてわれわれの教皇、ヨハネ・パウロ二世に忠実である。この問題において彼らに従うために非常に一生懸命努力しているからである。このように、われわれは、ファチマ・クルーセイダーは、特に教皇ヨハネ・パウロ二世に一致することにおいて真に偉大なカトリック雑誌であることを見るのである。教皇はロシアを適切に奉献するためにファチマの聖母に従おうと努力され、また全教会を、彼自身に一致してバチカン・モスクワ協定を拒絶させるために戦っておられるからである。

敵どもは教会へと深く侵入している

教皇ヨハネ・パウロ二世は特にわれわれの祈りとわれわれの道徳的および実践的な支持を必要としておられる。なぜなら、20年以上にわたるバチカン・モスクワ協定の存在は世界中の教会におけるさまざまの重要な地位の中へわれわれの敵どもが深く侵入することを許してきたからである。ローマにおいて、教皇立家庭委員会総裁であるガニョン枢機卿は1985年の始めに、教皇ヨハネ・パウロ二世がバチカンが、バチカン並びに国民諸政府における人々のネットワークによって教会を支配することから妨げられておられるということを確証した。ガニョン枢機卿は彼がどのように、彼の部署において働いているある人から逃れることができなかったかという例を与えた。ガニョン枢機卿に同意された教皇ヨハネ・パウロ二世でさえこの不適切な個人から逃れることができなかった。

カトリック信仰はモスクワによって掘り崩されている

とりわけ、この論考は敬虔な人々を教皇聖下、ヨハネ・パウロ二世のために祈るように導くであろう。教皇はバチカンの政策を変えるためにすさまじい敵どもに反対して努力しておられるからである。われわれは今や、なぜK.G.B. が教皇を射撃するためにアグカのような人間を雇うことを欲したかを知るのである。もし人々がこの協定の結果として、教皇やわれわれの信仰が陥っている途方もない危険について知りさえするならば、彼らはファチマの聖母に従うために急ぐであろう。教皇ヨハネ・パウロ二世はファチマで、聖母が来られたのはわれわれの敵どもによってわれわれの救いのまさに基礎が掘り崩されているのを御覧になったからであると言われた。今や長期間へと突入したバチカン・モスクワ協定はわれわれの救いの基礎であるカトリック信仰を掘り崩すことにおいて戦闘的無神論者たちを大いに助けてきた。

人々にこの協定について知らせることによって、彼らは自分たち自身を守ることができる。人々が共産主義に関するバチカンおよび司教たちの沈黙に直面している限り、彼らは、共産主義が本質的に道理に反するものではない、すなわち、危険ではない、人は同時にマルクス主義者でありかつカトリック者であり得ると考えることへと導かれる(事実、私は多くの人々がすでに導かれてきたということを知っている)であろう。例えば、1984年2月19日の "Our Sunday Visitor" の p. 6 におけるジム・カステッリによる論考を見なさい。その中で "Our Sunday Visitor" のためのスタッフ記者カステッリは、人は同時にマルクス主義者かつカトリック者であり得ると述べ、あるいは含意している。これは異端である。

"Our Sunday Visitor" は御存知のように、カトリック教徒の間で読まれているおよそ20万部の発行数を持っている。すくなくともバチカンの長い沈黙の原因を明らかにすることによってわれわれは、それによって数千人の -- おそらく数百万人の -- カトリック教徒が共産主義には何ら悪いことはないと考えることへと恐ろしくも欺かれてきた過程を止める手助けをわれわれはするであろう。

司教、司祭そして情報を持っている平信徒は人々に警告しなければならない

われわれは、聖書におけるエゼキエル書から次の教訓を考察することによってバチカン・モスクワ協定による教会の裏切りをよりよく理解することができる。致命的な敵の危険な接近について信徒に警告することを拒否することは聖書においては、その仕事そして神によって与えられた義務が、敵の接近を見るとき叫び声を挙げることである防衛の当番に当たっている見張り番に比較される。彼にとって叫び声を挙げないことは彼の聖なる信頼の裏切りである。当番の見張り番は司教であり、そしてより小さい、しかしそれでも尚非常に真実の程度において、司祭である。叫び声を挙げることはわれわれの義務である。沈黙のままに留まることはそのような状況下では一つの裏切りである。

われわれの論点を例証するために、しばらくの間スペルマン枢機卿を引用しよう。彼は数年前に、彼の愛国的義務について書きながら、共産主義の脅威に関して沈黙を破る彼の義務について話した:

私は、もし私が沈黙の共同謀議の中へ入り、共産主義について私的に、そして囁きのうちに語るがしかしアメリカ主義の狡猾な敵に対して公的に活動せずまた話さない人々を超えて、私の声を挙げないならば、私は真のアメリカ人ではないであろうと感じる。

アメリカの安全と統一を擁護する第一歩はアメリカを包んでいるそして危険に陥れている沈黙の共同謀議を打ち破ることであるというのが私の堅い信念である。

神への従順は信仰が擁護されねばならないことを要求する

論議のこの同じ線は、今やその破壊活動要員たちの何人かをカトリック聖職階級およびカトリック平信徒の諸組織の中へと導入することに成功してきた共産主義の陰険な敵に対してカトリック教会を擁護することについても言える。そのような協定は神の敵どもに教会の基礎およびわれわれの救いのまさに土台や基礎を攻撃し、掘り崩すことを許している。この基礎と土台はカトリック信仰に他ならない。そのような協定は、牧者たちが明らかに自発的に奴隷状態につながれ、非常に多くの霊魂が失われているときに怠惰に、沈黙して坐している間に非常の多くの羊たちを食い尽くす狼を許容するのである。これは教会の一方的武装解除である

長期間の地盤の中へと入ったバチカン・モスクワ協定が決して正当化され得ないということは上述のすべてのことから明らかであろう。

一教皇の命令でさえ、そのような長期間の協定を正当化することはできないであろう。聖ロベルト・ベラルミンは、そのような命令は拒否され得る -- 実際、拒否されなければならない -- と言うであろう。聖トマス・アクィナスは、カトリック信仰はできる範囲において、すべての人々によって、擁護されなければならないと言っている。誰も、教皇でさえ、真理の武装を投げ捨てる、そしてそのことによって教会をソビエト・ロシアの奴隷状態の中へと手渡すよう、命令することはできない。

それゆえに、私は、われわれがバチカン・モスクワ協定についてのこれらの説明をティッセラン枢機卿に対する何らかの敵意によって公表するように動かされているのではないということをあなたが見ることができることを希望している。もし彼が聖であったのならば、それはこの協定にもかかわらずそうであったのであって、それのゆえにそうであったのではない。われわれがこの報告を公表したのは、それが霊魂たちの救いのために、そして事実が明白に知られるようにというファチマの聖母の主義のために重要であるからである。

ティッセラン枢機卿の誤謬

あなたのティッセラン枢機卿擁護に関して、ある人にとって、彼の立場においてロシアの回心のために祈りを支持することは十分ではない。確かに、祈りは必要である。そしてそれは支持されなければならない。しかしながら、ティッセラン枢機卿、あるいは似たような立場にある他の人々にとって、単に祈りを支持するだけでは不十分である。祈りは日々の義務の遂行に加えられなければならない。このように、ティッセラン枢機卿にとって、祈りを支持すること、しかし同時に、それによって彼がバチカンを、神に対し、またわれわれに対し、共産主義の諸々の悪を非難するというその義務を果たさせないように縛る、ソビエト・ロシアとの長期間の協定を締結することは、聖人の行為ではない。

信仰を擁護することは聖なる信託である

「人々にそのような協定について告げることそしてそれが教会の裏切りであったと告げることによっていかなる善がなされるのか?」というあなたの質問に帰ろう。何が善であるか?善は真理によって決定される。善は人生におけるわれわれの最終的な目的であるもの、そしてその最終目的にわれわれを導くものであり、それは天国において顔と顔とを合わせて神を見る幸福である。われわれはどのようにすれば人生の最終目的を、そしてそれによってわれわれがこの目的を達成すべき方法を知るのか?われわれはこれらの事柄をわれわれの信仰によって知るのである。それゆえ、沈黙によってあるいは言葉によって信仰を取り去ることは悪である。信仰を擁護する聖なる義務を委託され、委ねられた人々による信仰を擁護しないための協定は悪そして聖なる信託の裏切り以外のものではあり得ない。これは自明のことである。

このように、われわれは、今日ソビエト共産主義の本質的な悪について沈黙を守ることに同意することは、疑いもなく、教会の裏切りであると結論することができる。そのような裏切りに対して声を挙げることは誘惑ではない。むしろ、あなたが言われるように、たとえあなたが、それは実際に肯定的なものを目立たせるために述べているということを見出すとしても、沈黙を守ることが誘惑である。

われわれはこのバチカン・モスクワ協定に直面して沈黙を守るべきであるとわれわれに示唆することは悪魔の奸計である。それは疑惑と不和を蒔く問題ではない。それは人々に真理を告げる問題であり、彼らが悪魔と彼の人間的仲間、戦闘的無神論者たちの策略に対して自分たち自身と彼らの隣人を守ることができるために事実を告げる問題である。

共産党秘密警察要員ニコディム

ロシア正教会司教ニコディムのあなたの弁護に関して、われわれは、ニコディムがもう一人の聖トマス・モアであるというあなたの主張が真ではないということを指摘したい。ニコディムは列聖されていない。さらに、聖トマス・モアはニコディムがそうであったように、彼らの秘密警察のメンバーとして無神論的政府のために働いたことは決してない。聖トマス・モアは聖職者ではなかった。聖トマス・モアはカトリック教徒、イエズス・キリストによって創設された「一なる真の教会」のメンバーであった。聖トマス・モアは教会と教皇への彼の忠誠を放棄するよりはむしろ死刑に処せられた。ニコディムは叙階された司教だった、あるいは司教であると主張した。しかし彼はカトリック教会のメンバーではなかった。彼は、宗教人の衣を纏いながら、憎まれたK.G.B.に奉仕するソビエト無神論国家によって喜んで雇われた。

彼が死ぬ前に回心したであろうということをわれわれは信じる理由を持っている。そしてわれわれはこのことに対して神に感謝する。しかし、彼の後の回心はバチカン・モスクワ協定を神あるいは人間によって彼が推奨すべき何物かにはしないのである。

危機は重大である

われわれは、教会と世界には真の問題が存在するということを最初に指摘することによってファチマ・クルーセイダーにおいて積極的なものを強調しようと試みている。次にわれわれは読者たちにこれらの問題には唯一の解決が存在するということ、そして各々の読者は、多くの霊魂が救われ、平和が来るように、そしてわれわれがすべてロシアによって奴隷化されないように、聖母の要求を満たすことによって -- この解決の一部となるよう、彼ができるすべてのことをする義務を持っているということを示す。そのこと[ロシアによる奴隷化]は、もし人々が結果的にファチマの聖母を無視し続けるならば、必ず起こるのである。

人々は事実を知る必要がある

ファチマの聖母のメッセージの緊急性、現実そして真実性を今日一般公衆に知らせるために、われわれはロシアがどこまですでに教会を沈黙させることに、そしてまたファチマの聖母のメッセージを沈黙させることに成功してきたかについての事実を公表しなければならない。われわれはロシアがそのことによってどのように教会に対するこの戦いにおいて勝利の瀬戸際にいるかを示さなければならない。

教皇ヨハネ・パウロ二世はこう述べられた:「ファチマの聖母のメッセージはすべての人類に向けられている。」それゆえに、われわれはファチマのメッセージをあらゆる人に注意させ、われわれの時代に対するこのメッセージの関連を示すために努力しているのである。1982年5月13日にファチマで教皇ヨハネ・パウロ二世はまたこう宣言された:「ファチマのメッセージは65年前にそうであったよりも今日もっと重大であり、もっと緊急である。」教会と世界における今日の重大な状況の緊急性は、もし一公衆が最終的に間に合うように反応しようとするならば、彼らに知らされなければならない。このように、人々は事実を知る必要があるのである。比較的少数の人々に対する敬虔な勧めは十分ではないのである。

バチカン・モスクワ協定はファチマに反する

このように、彼らは、彼らの信仰がバチカン・モスクワ協定によって掘り崩されているということを知る必要があるのである。彼らは共産主義とのこの戦いに勝つための唯一の希望はファチマの聖母への従順であるということ、しかしこの従順は現在バチカン・モスクワ協定によって止められているということを知る必要がある。

それゆえに、バチカンとモスクワの間の協定が秘密にされておくべきであるというあなたの提案に関して、われわれは同意しないのである。第一に、それは秘密ではなかった。われわれが公表したことはすでに、協定がなされた時点で、フランスのカトリック教徒と共産党新聞によって公表されていた。非常に少数の編集者たち(例えば、マディラン氏)だけが、当時この協定の重大な含意を理解していた。それはフランスとイタリアのカトリック・ジャーナルにおいて再び最近公表された。(協定に批判的なこの話を載せたイタリアのカトリック雑誌は教皇パウロ六世の個人的友人の司祭 −− モンシニョール・カポヴィッラによって編集されている。)同様にまた、スコットランドでは、パリの大きなブルー・アーミー・ラリーで話した共産主義からの有名な改宗者ハーミッシュ・フレイザーによって編集されたカトリック雑誌 Approche によっても公表された。このバチカン・モスクワ協定は御存知のようにティッセラン枢機卿の公式伝記作者のモンシニョール・ジョルジュ・ロッシュによっても公的に確証されてきた。それゆえその協定は外交的秘密ではなかったのである。それは、むしろ、北アメリカにおいては公衆の多くに知られていなかったのである。

このすべてのことにおいて、われわれは、われわれの過ちでさえ、戦闘的無神論、すなわち、共産主義とフリーメーソンの勢力に対する聖母の究極的な勝利をもたらすために聖母によって用いられるであろうということを、思い起こすべきである。それゆえに、教会の裏切りであるこの協定をニコディムとティッセランが課したということは、為された協定にとって誤りのないものとはしないのである。それは単に、神がそこからより大きな善を引き出すことができるために悪を許容なさるということである。

今日の信徒の裏切り

長期にわたるバチカン・モスクワ協定による教会の裏切りはバチカン高官たちの側で意図的ではなかったであろう。しかしそれが信徒の裏切りであるということはいわゆる「解放神学」のさまざまの形式において信徒の間でのロシア共産主義の諸々の誤謬の広まりによって見られる。

この「神学」は、このいわゆる神学が同時にカトリック的であると主張する一方で、カトリック信仰に反する諸々の誤謬を含んでいる。このように、怪しまない人々はカトリックの教説の名において有毒の教義を食べさせられているのである。

今日また信徒の他の多くの裏切りも存在している。教会の裏切りは北アメリカにおけるカテキズムのうちにもまた見られ得る。例えば、「イエズス・ブック」は異端的である。にもかかわらず、1974年にこの書物はワシントンのカトリック司教国民会議のカテキズム委員会によって推奨された。信徒の他の基本的な裏切りはファチマのメッセージに関係している。さまざまのファチマ使徒たちや使徒職の努力にもかかわらず、今なお遙かに多くの信徒はファチマの決定的な重要性について無知である。教皇ヨハネ・パウロ二世は、ファチマのメッセージがそうであるべきであったようには歓迎されてこなかったという事実を公的に嘆かれた。ファチマに関して、平和を得るためにマリアの汚れなき御心にロシアを荘厳かつ公的に奉献するすべてのカトリック司教たちの必要性に関する沈黙の共同謀議を見なさい。この奉献はまだなされていない。

すべての人が告げられなければならない

ピエール・カイヨン神父は雑誌『ファチマ・クルーセイダー』、雑誌『ソウル』、雑誌『アプロッシュ』並びに多くの人々によって、ファチマに関する専門家として認められている。今まで、あなたは、シスター・ルチアが公式的にポルトガル教皇使節、ポルタルピ大司教閣下に言ったと彼が報告したことに気づくべきであったろう。ロシアの奉献に関してシスター・ルチアは教皇ヨハネ・パウロ二世のための教皇使節の質問に答えていた。1982年3月21日に、並びに1983年3月19日に、シスター・ルチアは、聖母が教皇とすべてのカトリック司教たちから特殊的に要求なさったことをはっきりと指摘した。

1984年3月25日の後でさえ、シスター・ルチアのこの報告から、ロシアの奉献は、聖母の命令によればまだなされなかったということは明らかである。

さらに、教皇ヨハネ・パウロ二世は1984年3月25日に世界を奉献された後で、彼自身、二度公的に、ファチマの聖母によって待たれている「ある人々」の奉献がなされなかったと述べられた。

この点に関して、公衆は次の諸事実を知る必要がある:

(a) ロシアの奉献は平和が世界に与えられ得る前に神と聖母の命令に従ってなされなければならないということ。
(b)正反対の誤った情報にもかかわらず、上述のロシアの奉献は実際、なされなかったということ。
(c)司教たちが神と聖母のこの命令に従うということを見るためにカトリック教徒は彼らができることをすることはカトリック教徒の義務の一部であるということ。
(d)司教たちがすぐに従うということが非常に緊急のことであるということ。そうでなければ、北アメリカにおけるわれわれは皆、世界中の他の人々と同様に、ソビエト・ロシアによって殺されるか、または奴隷化されるであろう。

他の多くのカトリック雑誌がこれらの積極的な事実を明白に公衆の注意にもたらすことはわれわれの熱心な希望である。聖母からのこのメッセージをわれわれの兄弟であるカトリック者とすべての人類に公表することについてわれわれすべてが持っている義務をわれわれが達成するのは、ファチマの聖母の完全な平和計画をすべての人々の注意へともたらすことによってである。

私は、この手紙が、あなたが既に今年の初めに受け取られたファチマ・クルーセイダーの No. 17 号において公表されたさまざまの論考、並びにファチマ・クルーセイダーの No. 15 および No. 16 号の注意深い読書と共に、あなたの手紙に十分に答えるのに十分以上であろうと信じている。*

* この書物の p. 230 から p. 301 までの諸論考を見よ。

われわれの「すばらしい」仕事を褒めていただいたことに感謝します。あなたはあなたのよい仕事を続けられる。祈りをありがとうございます。私もまたあなたのために祈ります。ファチマの聖母の要求のすべてを実現するためにあなたが到達することができるすべての人のことを思い起こしてください。神はこのことをするために大きな資力をあなたの自由になるように置かれたので、あなたは最も実現するのに困難な責任を今持っています。あなたのできる限り多くの人々に、毎日ロザリオの祈りをし、カルメル山の聖母のスカプラリオを身に着けるよう思い起こさせてください。また、ある特別の日にすべてのカトリック司教たちと一緒に教皇によってロシアを荘厳かつ公的に奉献させるために彼らが祈り、彼らができるあらゆることをするように思い起こさせてください。

イエズス、マリア、ヨゼフにおて敬具

私の司祭としての祝福と共に

ニコラス・グルーナー神父、S.T.L., S.T.D.(Cand.)

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2005/01/16 三上 茂 試訳

作成日:2005/01/16

最終更新日:2005/01/16

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