ファチマの聖母マリア

世界の奴隷化か、それとも平和か...
それは教皇にかかっている

ニコラス・グルーナー神父と他のファチマ専門家たち

教会の全司教たちに宛てた教皇の書簡

1984年3月25日に、教皇はファチマの命令を果たすことにより近づかれた。再び彼は、この行為に参加するように、全世界の司教たちを招待された後に、巨大な数の巡礼者たちの前で聖母に世界を奉献された。

聖母の命令が最終的に果たされたという噂が世界中に広められた。しかし、その奉献は1982年5月13日の行為とまったく同じ理由で不完全なものであった。すなわち、ロシアが奉献の直接的な対象として明白にそして特殊的に名を挙げられなかったこと、そしてすべての司教たちは、命令を受けなかったために、参加しなかったことがその理由である。

われわれはここにまず、教皇が用いるよう提案された奉献のテキストと共に、世界のすべての司教たちに宛てられた書簡を公表する。次にわれわれは、教皇が奉献の実際のテキストを少しばかり、しかし非常に意味深く、修正されたということを明白に指摘しているローマからの報告を公表する。この変化は、教皇が1984年3月25日に、その日になされた奉献の行為がファチマの聖母の要求を満足させなかったということをはっきりと意識しておられたということを明白に示している。われわれはまた1984年3月25日以前に書かれたグルーナー神父とハーミッシュ・フレイザーによる注釈をもつけ加える。それは、その奉献がよいものではあったけれども、世界平和を得るためにファチマの聖母によって与えられたものとしてのいとも聖なる三位一体の明白な命令を果たさなかったということを示すものである。

1983年12月8日、聖母の無原罪のおん宿りの祝日に、教皇ヨハネ・パウロ二世は個人的にすべてのカトリック司教たちに、1984年3月25日にマリアへの世界の奉献において彼に加わるよう彼らに求める書簡を出された。この書簡は1984年2月10日にイギリス、ロンドンにおいて公表された。1984年2月14日に、ワシントンD.C.のカトリック司教全米会議は教皇からのこの重要な書簡を公表した。われわれはここで以下に、教皇の、マリアの汚れなき御心への世界の奉献の行為と一緒にこの書簡の完全なテキストを公表する。このテキストはオッタワのカナダ・カトリック司教会議によって2月の最後の週にファチマ・クルーセイダーに提供された。この同じテキストはオッセルヴァトーレ・ロマーノの週刊英語版において1984年2月27日に公表された。

司教職にある親愛なる兄弟たち

1983年3月25日に、われわれは救世の特別記念祭を始めました。私はあなたたちにもう一度、同じ日にあなたたちの司教区における救世の年の開催において私と一致なさったことを感謝します。典礼年の過程において人類の歴史における救世の業の始まりを思い起こさせるお告げの厳粛さはその開始のために特に適していると思われます。

この開始は待降節に結びつけられています。そして救世の現在の年の全体はある意味において、キリストの誕生以来2000年の年がそれにおいて近づいている一つの到来の性格を持っています。われわれは、人々の、実際現代世界におけるすべての人類の困難なそして苦痛に満ちた経験を分かち持ちながら、キリスト教的時代の第二の千年紀の終了を待つこの時代に生きています。

これらの経験から、われわれ自身を信仰の更新された強さをもってまさにキリストの救世へ、その尽きることのない救いの力へと向けるある特別の必要、ある意味において一つの内的な命令が生まれます。「神はキリストにおいてこの世と和睦し...和睦のことばを私たちにゆだねられた」(2コリ5:19)。昨年10月に開催された司教会議はわれわれの注意をこの同じ方向に向けました。

無原罪のおん宿りのこの日に、教会は救世主の御母であるように定められた女性の懐胎におけるキリストの救世の救いの力について黙想します。ここには、記念祭に関連して、それらの根を罪のうちに持つ現代人に対する諸々の脅威に直面して救世の力により強力な訴えがあるように、さらなる刺激が存在します。もし罪を克服する道が回心を経験するならば、そのときこの道の始まりそして同様にそれに続く段階はただ救世の無限の救いの力の告白のうちにのみ存在することができます。

わが愛する兄弟たち!

救世の聖年と関連して、私はあなたたちと一緒に、そして全教会と一緒にこの力を告白したいと思います。私は、この救いの力を最も特別な程度において経験なさった神の御母の汚れなき御心を通してそれを告白したいと思います。奉献の行為の言葉そして私が同封した委託の言葉は少々の変更はありますが、私が1982年5月13日ファチマで宣言した言葉に一致します。私は救世の記念の年の途中でのこの行為の繰り返しは多くの人間の心の期待に一致すると深く確信しています。それらの人々の心は、その献身の証しをおとめマリアに対して更新し、現代の多くの異なった悪に直面してのその悲しみ、未来の上にたれ込める諸々の脅威についての恐れ、個々の国家および全世界における平和と正義を求めるその先取りをマリアに委ねることを望んでいます。

この共通の証言のために最も適当な日は1984年四旬節中のお告げの儀式であると思われます。私はもしその日(マリアの儀式が典礼の上で予期される3月24日、あるいは四旬節の第三日曜日)にあなたたちが、それぞれ最も適切であると考える仕方を選んで、私と一緒にこの行為を更新されるならば、有り難く思うでしょう。

兄弟的な愛において

ヨハネ・パウロ二世

バチカンから、1983年12月8日

聖母に対する奉献の行為

1.「神の聖なる御母よ、われら御身の御保護によりすがり奉る。」キリストの教会が数十世紀の間祈ってきたこの交誦の言葉を発するとき、われわれは今日救世の聖年に、御母よ、あなたの前にわれわれ自身を見出します。

われわれは、キリストの御望みによって使徒たちがペトロと共なる一つの身体、団体を構成したように、それによってわれわれが一つの身体、団体を構成する一つの特別の絆において教会のすべての司牧者たちと結びついているわれわれ自身を見出します。

この一致の絆において、われわれは現在の行為の言葉を発します。その中にわれわれはもう一度現代世界に対する教会の希望と不安とを含めたいと望んでいます。

四十年前に、そして再び十年後に、あなたのしもべ教皇ピオ十二世は、眼の前に人間家族の苦痛に満ちた諸々の経験を持ちながら、あなたの汚れなき御心に全世界を、特に彼らの状況のゆえにあなたが特別の愛と気遣いとを持たれた人々を委ね、奉献されました。

諸々の個人そして国家のこの世界、近づいている第二千年紀の世界、現代世界、われわれの世界をわれわれもまた今日われわれの眼の前に持っています!

「行け、諸国の民を弟子とせよ、...見よ、私は世の終わりまで常におまえたちとともにいる」(マテオ28:19-20)という主の言葉を心に留めて忘れない教会は第二バチカン公会議においてこの世における教会の使命についての意識に新鮮な生命を与えました。

そしてそれゆえに、おお諸個人および諸人民の御母よ、彼らの苦しみと彼らの希望のすべてを知っておられるあなた、現代世界を苦しめている善と悪、光と闇との間のすべての闘争について母親の意識を持っておられるあなたよ、聖霊によって動かされたわれわれがあなたの御心に直接に向ける叫びを受け入れ、母にして主のはしための愛をもって、あなたに委ね奉献するわれわれのこの人間世界を抱きしめてください。なぜなら、われわれは諸個人および諸人民の地上の、そして永遠の運命に対して大きな懸念を持っているからです。

ある特別の仕方でわれわれはあなたに、このように特に委ねられ、奉献される必要のある諸個人および諸民族を委ね、奉献します。

「神の聖なる御母よ、御身の御保護により頼み奉る。」われわれに必要なものにおけるわれわれの請願を嫌わないでください。

2.ご覧下さい、われわれがキリストの御母、あなたの前に、あなたの汚れなき御心の前に立っているように、われわれは、全教会と一緒に、われわれへの愛のためにあなたの御子が御自身で御父になさった奉献にわれわれ自身を一致させたいと願います:すなわち、主はこう言われました、「彼らもまた真理において奉献されるように、私は彼らのために自らを奉献します」と。(ヨハネ17:19)われわれは、その神的な御心において赦しを得、償いを保証する力を持っておられるこの主の世界および人類に対する奉献においてわれらの救世主にわれわれ自身を結びつけたいと望みます。

この奉献の力はすべての時代にわたって持続し、すべての個人、人民そして民族を包含します。それは暗闇の霊が目覚めさせることができるあらゆる悪を克服し、実際、人間の心において、そして人間の歴史において、われわれの時代に目覚めさせられました。

キリスト御自身に一致する、人類と世界 -- われわれの現代世界 -- の奉献の必要性をわれわれはどのように深く感じていることでしょう!なぜならキリストの救世の働きは教会を通して世界によって分け持たれなければならないからです。

現在の救世の年はこのこと:すなわち、全教会の特別の祈年祭を示しています。

完全な仕方で神の呼びかけに従われたあなた、主のはしためであるあなたがすべての被造物を超えて祝福されますように!

あなたの御子の救世の奉献に完全に結びついておられるあなたに讃美!

教会の御母!信仰、希望そして愛の道にある神の民を照らしてください!

注:

1984年3月25日に、教皇はこの個所で、準備された彼のテキストを
離れられた。そして次の言葉をつけ加えられた:

「特にその奉献と委託をあなたがわれわれから待っておられる人々を
照らしてください。」

それから教皇は次のように続く彼の公表されたテキストで続けられた。

現代世界の人間家族全体のためにキリストの奉献の真理において生きるようにわれわれを助けてください。

3.おお、御母よ、世界、すべての諸個人と諸人民をあなたに委ねる際に、われわれはまた世界をあなたの御母としての御心のうちに置きながら、世界のまさにこの奉献をあなたに委ねます。

汚れなき御心よ! 今日の人々の心のうちにそのように容易に根づき、そしてその計り知れない諸々の結果がわれわれの現代世界の上にすでに重荷となっており、未来への道を塞ぐかに見える悪の脅威を克服するようわれわれをお助けください。!

飢饉と戦争からわれわれを救ってください

核戦争、数え切れない自己破壊、あらゆる種類の戦争からわれわれを救ってください

そのそもそもの始めからの人間の生命に対する罪からわれわれを救ってください

憎しみから、そして神の子らの尊厳を貶めることからわれわれを救ってください

国家的および国際的な両方の社会の生活におけるあらゆる種類の不正からわれわれを救ってください

神の十戒を踏みにじることへの快諾からわれわれを救ってください

人間の心のうちにある神の真理そのものを窒息させる諸々の試みからわれわれを救ってください

善悪の意識の喪失からわれわれを救ってください

聖霊に反する罪からわれわれを救ってください

キリストの御母よ、すべての個人的人間存在の苦痛を詰め込んだこの叫び、諸々の社会全体の苦痛を詰め込んだこの叫びを受け入れてください。

すべての罪:個人的な罪、そして「世界の罪」、そのすべての現れにおける罪を征服するよう聖霊の力をもってわれわれを助けてください。

もう一度、世界の歴史において救世の無限の救いの力:憐れみに満ちた愛の力が現れますように!それが悪にストップをかけますように! それが諸々の良心を変形しますように!あなたの汚れなき御心がすべての人々のために希望の光を明らかにしますように!

教皇は1984年3月25日に:奉献に関してアドリブで「ファチマの聖母は司教たちを待っておられる」と言われる

1984年3月25日のマリアの汚れなき御心への世界の奉献のための機会に計り知れないほどの数の巡礼者たちが聖ペトロの広場を埋め尽くした。群集はヴィア・コンチリアチオーネまでずっと、ティベル河までずっとぞろぞろと通った。ローマにほとんど30年近く住んだある高位聖職者はそれを彼がここでかつて見た最大の群集だと記述した。ファチマの聖母のオリジナルの手彫りの像、ファチマにおける小聖堂 "The Capelinha" で尊崇されている像がファチマ司教自身によってその機会のために聖ペトロ大聖堂へと運ばれた。その像はバチカン大聖堂の前の聖ペトロ広場を通って運ばれ、祭壇の近くに置かれた。

日曜日の朝、ミサの後に教皇はファチマの聖母像の前に跪き、印象深いそして感情のこもった語調で世界の奉献の行為をなされた。教皇は前もって公表されていたテキストに従われた。それは The Fatima Crusader , Issue No.15*,p.3 にある。教皇はこのテキストをこの行為に参加するよう求めながらすべてのカトリックの司教たちに送られた。

* この書物のp.185 以下を見よ。

教皇ヨハネ・パウロ二世は1984年3月25日に、聖母は教皇と司教たちによってある人々が奉献されることを今でもなお待っておられるということを認められた

ある個所で教皇はこの準備されたテキストから離れられた。教皇はイタリア語で奉献の行為の後半部で聖母に対する一つの余分の祈りをつけ加えられた。教皇のこの附加はオッセルヴァトーレ・ロマーノの1984年3月27日の版において報道された。その報道によれば、教皇によってつけ加えられた言葉は「信仰、希望そして愛の道にある神の民を照らしてください」という文章の後に挿入された。教皇がつけ加えられた言葉は「特にその奉献と委託をあなたがわれわれから待っておられる人々を照らしてください」であった。

このことは、教皇が将来にロシアを特殊的に奉献することがなお必要であると意識しておられるということを明らかに示している。なぜなら、教皇は、もし、数行前に宣言された本来の奉献がファチマの聖母の命令を果たしたと信じられたのならば、「その奉献をあなたが待っておられた...」と言うことができたからである。

このことは1984年3月27日づけのイタリアのカトリック新聞 "AVVENIRE" p.11 によって与えられた報道からもっと明らかにさえなる。この報道はわれわれに、奉献の行為の数時間後に、教皇が再び公的に聖母に祈られたと告げている:今度はその時までにファチマの聖母像が崇敬のためにそこに持ち込まれた聖ペトロ大聖堂の内部で祈られた、と。教皇は1984年3月25日午後に以下のように祈られた:

「世界の、大きな人間家族の、すべての民の、特にこの奉献と委託の非常に大きな必要性を持つ人々、あなた御自身が彼らのためにわれわれの奉献と委託の高位を待っておられる人々の委託と奉献の行為のために、われわれはこの日曜日、1984年四旬節の第三日曜日 -- なお救世の聖年のうちに入っている --を選ぶことを望みました。」

教皇は次にこう言われた:「われわれはこのすべてのことをわれわれの貧しい人間的諸可能性と人間的弱さの尺度に従って、しかしあなたの母親としての愛への大きな信頼をもって、そしてあなたの母としての気遣いへの大きな信頼をもって、なすことができました。」

教皇はファチマの聖母の前でのこれらの陳述によって、その朝彼がなされたことの不適切さを、そして彼がその朝世界を奉献した後でさえ奉献されるべきある「人々」を聖母が今なお待っておられるということを公的に認められたのである。ローマからのこの報道は The Fatima Crusader によって Issue No.15 の p.4 および p.5 において与えられた分析を確証している。* これらの論考は司教たちがロシアを奉献する際に教皇に加わらなければならないと指摘している。

* この書物の p.193 および p.196 を見よ。

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2004/12/10 三上 茂 試訳

作成日:2004/12/10

最終更新日:2004/12/10

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