ファチマの聖母マリア

世界の奴隷化か、それとも平和か...
それは教皇にかかっている

ニコラス・グルーナー神父と他のファチマ専門家たち

ファチマ・メッセージは教会に一つの義務を課す

1982年5月13日にファチマへの巡礼の間に教皇ヨハネ・パウロ二世はこう言われた:ファチマのメッセージは教会全体に一つの義務を課す、と。教皇のこの断言を説明する際に、グルーナー神父は異常な熱意をもってなぜ教会全体がファチマの聖母に聴き従わなければならないか、その多くの理由を与えている。

親愛なる聖母の友よ:

このことは真実ではないか?:われわれは預言を「軽んじてはならず(1テサ 5:19-22),何ごとをもためして良きものを守らなければならない」のではないか? そしてファチマ・メッセージは教皇ヨハネ・パウロ二世を含む連続する五人の教皇たちによって試され、良いと見出されてきたのではないか?そしてそれゆえに、良いものと見出されてきたからには、われわれはわれわれの時代のための神のこれらの命令を固く守らなければならないのではないか?

そしてこのことは真実ではないか?:天使的博士聖トマス・アクィナスは神は信徒に彼らが霊魂を救うためになさなければならないことを思い起こさせるためにあらゆる世代に預言者たちを送り給うと教えなかったか?教皇ヨハネ・パウロ二世はこう言われている:「ファチマのメッセージは今日、それが65年前にそうであったよりももっと関連があり、もっと緊急のものである」と。それゆえに、われわれはファチマの聖母に従う義務を負っているのではないか?なぜなら、何事をも無駄にはなさらない神は預言者たちの女王であられる御自分の御母を、われわれの時代のためのこのメッセージを与えるためにシスター・ルチアにお遣わしになったからである。

そしてこのことは真実ではないか?:イエズスはカファルナウムの町をこれらの言葉で叱責なさった:「カファルナウムよ、汝も何ぞ天にまで上げられんや、まさに地獄にまでも陥るべし。けだし汝のうちに行なわれし奇跡、もしソドマに行なわれしならば、彼は必ず、今日まで、なお残りしならん。」(マテオ11:23)

それゆえに、神が御自分のメッセージを奇跡によって本物であると認め、証明なさるとき、このことが、そのように本物であると認められている神の命令を信じそれに従う一つの義務を課しているということが帰結しないであろうか?

そしてこのことは真実ではないか?:ファチマの奇跡は神が働かれた最大の奇跡であった。それは天における一つのしるしではなかったか?ファリザイ人たちでさえ、イエズスからのそのようなしるしを見たならば、イエズスを信じたであろうと言った。そしてにもかかわらず、イエズスは彼らにはこのしるしを与えることを拒否なさった。しかしそれをわれわれの時代のために取って置かれた。そしてそれゆえに、われわれは、ファチマにおいて働かれた諸々の奇跡の大きさと数を考慮するならば、それを信じそれに従うもっと大きな義務を持っているのではないか?イエズスはその罪のために天からの火によって滅ぼされたソドマの町でさえ、もしカファルナウムで働かれた奇跡を見たならば、改心したであおろう、と言われた。しかしファチマの奇跡はこれらの奇跡よりも遙かに大きいものである。これは、第一バチカン公会議が真の奇跡と預言は神の啓示の最も確実なしるしを構成すると荘厳に教えているがゆえにそうである。

そしてこのことは真実ではないか?:教会は今日使徒たちの後継者たちの上に建てられていないか?教皇は使徒たちの君、その上にキリストが御自分の教会を創設された聖ペトロの後継者である。そして教皇との一致のうちにあるカトリック司教たちは他の使徒たちの後継者である。

そしてこのことは真実ではないか?:教会は今なお新約の預言者たちの上に、新約聖書が書かれた時代に生きた預言者たちばかりでなく、また新しし契約のうちに今日生きている彼らの後継者たちである預言者たちの上に建てられているのではないか?この契約は、司祭が新しい永遠の契約のカリスを捧げるときミサの各々の聖なる犠牲において更新される。われわれの時代のこれらの預言者たちはカトリック信徒と至るところでの善意の人々に伝達されるべきメッセージを神から受け取っている。教皇ヨハネ・パウロ二世が言われたように、ファチマの聖母のメッセージは「すべての人類に宛てられて」いるのである。

それゆえにこのことは真実ではないか?:まだ生存しているファチマのシスター・ルチアと彼女の二人にいとこ、1919年に死んだジャシンタと1920年に死んだフランシスコもまた、聖書の意味において、教会全体にメッセージを与えている新しい契約の預言者たちだったのではないか?

そしてそれゆえにこのことは真実ではないか?:教皇と適切な地方の司教たちがひとたびファチマのメッセージを信徒がこのメッセージに従うように、預言者に従うものとしてではなく、信徒に御自分のメッセージを伝達するために預言者をお用いになった神に従うものして、義務づけられているということを神から来るものして認めたではないか?

そしてこのことは真実ではないか?:すなわち、教皇とすべてのカトリック司教たちがまたすべての信徒に宛てられた要求においてのみでなく、また特殊的に排他的にそして明白に彼らに向けられた要求においてもまた、ファチマのメッセージに従わなければならないのではないか?

そしてこのことは真実ではないか?:すなわち、ロシアの奉献を要求するこの従順そして教皇と司教たちによって神に対して負わされているこの従順は一つの重大な義務ではないか?全世界のまさに平和は神と聖母のこの命令に対する司教たちの従順を待っており、それに依存している。実際、--もしカトリック司教たちが間に合うようにファチマの聖母のこの単純な要求を実現しないならば--、いくつかの国家は完全に消し去られる--全滅させられる--であろう。とりわけ、多くの霊魂の救いは司教たちの従順に依存している。

さらにこのことは真実ではないか?:すなわち、信仰の保持とローマ・カトリック教会の完全な自由は、特に共産主義者によって支配された国々おいては、教皇と司教たちがこの奉献の行為を遂行するという神によるこの要求の従順に依存しているのではないか?それは、それによってロシアが回心し、そしてそれによって教会を迫害し、至るところで信徒の間に--信仰に反する諸々の誤謬を広めることを止める唯一の手段である。

そしてそれゆえに、信仰それ自身が危機にあり、そして多くの霊魂の救いが、神の命令に対する教皇と司教たちの聴従の欠如のために危険にさらされているからして、われわれがわれわれのできる何であれ合法的な手段によってファチマの聖母のこの要求を満たすことに反対している司教たちに抵抗することは正当化されそして要求されさえするのではないか?

カトリック教会の聖人でありかつ博士である聖ロベルト・ベラルミンは、カトリック信仰を危険にさらす事柄を行う司教たちに、われわれは抵抗、もし必要ならば物理的力をもってさえ、抵抗しなければならないと教えている。ファチマの聖母が、そして最近ラッツィンガー枢機卿が、両者ともわれわれに告げているように、今日マルキシズムよりも信仰にとって大きな危険はない。聖母によって規定された形での司教たちによるロシアの奉献以外には他のいかなる解決も存在しないから、確かにわれわれの抵抗は正当化されそして今や必要である。というのは、56年以上も前に聖母はこう言われたからである。「教皇にとって、世界のすべての司教たちと一緒に、私の汚れなき御心にロシアを奉献する時が今来ました。」他のいかなる手段も働かないであろう。なぜなら、イエズスは、自分は「この手段によってロシアを救う」であろうと仰ったからである。

上述の諸々の事実に照らして、われわれは、政府の干渉からの外的自由を享受している一方で、ファチマの聖母のこの要求に有利になるように積極的に自らを示さない高位聖職者たちに抵抗するという義務に縛られていないであろうか?

それゆえに、親愛なる友人たちよ、われわれは、ロシアの[司教たちによる]共同的奉献をもたらすためにあなたたちができることをすることにおいてあなたの義務を果たすようにあなたたちにお願いする。われわれは、聖なる教皇たちが、第一バチカン公会議およびリヨンのエキュメニカル公会議と共に、信徒の各々の成員は教会の裁定に属するいかなる問題においても教皇に直接訴えることが許されると、荘厳に決定し、教えたということを、あなたたちに思い起こさせる。それゆえに、時間は重大で、そして非常に遅いからして、われわれはあなたたちに、われわれが司教たちにファチマの聖母に従うようにさせることができる何であれ合法的な手段を用いることができるように(もし彼それが正しいと裁定するならば)裁定を教皇に訴えるようにお願いする。なぜなら、バチカンで働いているガニョン枢機卿は教皇に従うように司教たちをさせることは平信徒にかかっていると言っているからである。バチカンのある種の文書に対する従順をどのように得るかという問いに答えて、ガニョン枢機卿はこう答えた。「しかし何であれ文書の中にあることはカトリック共同体がそれを要求しないかぎり実行されないでしょう。彼らは、あなたが従うまではわれわれが小教区に、あるいは教会にもう1セントも支払わないでしょうと言うことができる。そしてそれから彼らは彼らの金を真にカトリック的であり、教皇の教えに真に従順である他の所に与えることができる。」

ガニョン枢機卿のこの教えは司教たちを聖母に従わせることにそれ以上にさえ適用するのではないか?このことは、ファチマの聖母が要求なさったようなカトリック司教たちによるロシアの奉献によってのみ、多くの霊魂の結果的な喪失と彼らの恐るべき迫害下でのわれわれ自身の救いに対する危険を伴った公然たるマルキストの攻撃と世界的なマルキストの抑圧からわれわれは救われるであろうがゆえに、特別にそうではないか?

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2004/11/23 三上 茂 試訳

作成日:2004/11/23

最終更新日:2004/11/23

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