ファチマの聖母マリア

世界の奴隷化か、それとも平和か...
それは教皇にかかっている

第 X 部

ニコラス・グルーナー神父と他のファチマ専門家たち

シスター・ルチアは沈黙させられた!

シスター・ルチアは沈黙させられた。そのことについては疑いはない。25年以上にわたって、シスター・ルチアはファチマの聖母のメッセージ全体を世界に告げることを許されてこなかった。ある人々はこのことをショッキングなことだと思い、他の人々はそれを信じない。彼らはどういうわけか真理を認めることは教会に対して忠実でないと考える。しかし疑いなくシスター・ルチアは沈黙させられている。

それでもなおシスター・ルチアが何人かの「高官たち」によって沈黙させられてきたということを疑う人々のために、われわれはただ次のような諸事実について思い出すだけで十分である。あるアメリカ合衆国の1982年7月・8月号の雑誌において、1982年5月にシスター・ルチアが、ロシアの奉献はファチマの聖母の要求に従ってなされたと述べた、と言い立てられた。この事実に反する話、この粗雑な悪ふざけ、注1)は世界中に報道され、多くの人々によって信じられた。このまったくの虚言を否定するためのシスター・ルチアの最初の公式的な機会は1983年3月19日になってはじめて彼女に与えられた。

その日にポルトガル教皇代理がコインブラへ行った。ポルタルピ大司教閣下がシスター・ルチアに特に会うために行ったのである。彼は二人の証人を一緒に伴った。シスター・ルチアは書面にした陳述を準備していた。シスター・ルチアが申し立てられた1982年5月インタビューの事実に反した上述の報道をそのときそこで否定したのはその歴史的な機会にであった。彼女はこう述べた:

ロシアの奉献は聖母が要求なさったようには、為されませんでした。」そして「私は、聖座の許可を得ていませんでしたので、そう言うことができませんでした。

このように、全世界の平和がそれに依存しているこの重要な問題、すなわちロシアの奉献の問題において、全世界は9ヶ月の間誤り導かれた。なぜなら、シスター・ルチアは1982年8月から1983年3月まで話すことを許されなかったからである。彼女が沈黙させられたことは明らかである。彼女は今日までそのままにとどまっている。

ポルタルピ大司教との1983年3月19日のシスター・ルチアの議論の余地のないインタビューにもかかわらず、1986年5月の今日に至ってもなお、1982年5月の偽のインタビューが今なお善意の人々によって広く信じられている。この事実に反した報道 -- それはそれを公表した人々によって今日までまだ撤回されていない -- の結果として、ファチマの聖母の敵どもはロシアの奉献のために教皇に請願を出すことから信徒を引き留めることに成功してきた。

信徒は、もし彼らがシスター・ルチアが沈黙させられたことによって無知のうちにとどめおかれなかったならば、このこと[教皇への請願提出]をなしたであろう。真理が単純に世界に知らされてさえいれよかったのに。人々が、諸民族の絶滅は、もし教皇と司教たちが、ある特別の日に一緒に、マリアの汚れなき御心にロシアを奉献するときにのみ避けられ得るということを知っていればよかったのに。

信徒は、もし彼らがこれらの事実を知っていたならば、実際立ち上がり、そして教皇と司教たちが適切にロシアを奉献するために彼らの義務を果たすようにうやうやしく要求したであろう。

申し立てられている1982年5月インタビューの公表者たちが今なお彼らの事実に反する話を撤回しないでいることができるのは、シスター・ルチアが沈黙させられている(シスター・ルチアが選ばれた少数の人々に公式的な陳述をすることが許されている稀な機会を除いては)がゆえである。

これらの人々は同時に信用性の外見をファチマ情報の価値のある源泉として主張している。信徒の多くはこのようにしてシスター・ルチアが沈黙させられたことによって無知のうちにとどめられているのである。もっと悪いことは、これらの信徒が、シスター・ルチアが実際に考えていること、そして彼女の稀な公式の陳述において言っていることに関して積極的に誤り導かれ、欺かれていることである。

シスター・ルチアが沈黙させられているという事実による、誤報を広めるというこの実践は何年も前から始まった。それは25年以上も前に遡る。1957年12月26日のフエンテス神父に対してシスター・ルチアによって公式になされた一つの真正のインタビューがあった。

ファチマ・クルーセイダー、第19号 p. 3 において報告されたその真正のインタビューの間に、シスター・ルチアは「善人たち」と「悪人たち」の両方によるファチマ・メッセージの露骨な無視を論じた。彼女は、ファチマの聖母のメッセージを無視する結果として、どのように「多くの民族が地の面から消え去る」かを続けて語った。彼女は聖母の真に緊急の警告を無視するこの態度の結果として地獄に行くであろう数え切れない数の霊魂たちについて語った。

このインタビューの勇敢な公表の結果として、フエンテス神父は、シスター・ルチアが住んでいるコインブラの司教区のある匿名の当局者からのまったく相応しくない、前例のない迫害を受けた。この名無しの、顔のない、存在しない「当局者」は匿名で、その司教区の教区報に、どのようにして彼が知ったかを指摘することなしに、シスター・ルチアはフエンテス神父が報告したようなことは言わなかったと公表した。

法の諸原理と同様に、常識はわれわれに、匿名の当局者によってなされた陳述はいかなる真の権威ある価値も持たない、そしてこれはいくつかの理由でそうであるということを告げる。

まず第一に、もし、実際に、それが真実であり、そして彼がそれをどのようにして知っているのかを尋ねるならば、シスター・ルチアに関するこの上述の情報を持っていると申し立てている人物に尋ねることによってその真正性を確かめること、検証する道が何も存在しない。そのような陳述を検証するいかなる方法も存在しないから、そのような陳述をすることに対する責任を引き受けようとする者が誰もいないから、われわれは、そのような陳述がなされたことは決してないと結論することができるのである。

第二に、ある当局者がそのような陳述をしているという事実はそれを「公式の陳述」とするに十分ではない。なぜなら、もしある当局者が彼の命令あるいは陳述に対して公的に身元を確認されることによって責任を引き受けようとしないならば、そのとき、彼の陳述は実際無効であり、法においていかなる権威も持たないということは、市民法および教会法の両方に当てはまる自然法の原理であるからである。

1971年にファチマの司教のための公式の記録保管係となったアロンゾ神父は最初は、コインブラの司教館の「公式の」立場を採用した。しかしながら、彼もまた、その問題を深く研究した後には、1976年までにはフエンテス神父の擁護にまわった。

彼はそのときこう言った:「正義においてフエンテス神父に唯一帰し得るものである真正のテキストは私の意見ではコインブラの非難の通達を引き起こしたものを何一つ含んでいない。正反対に、それはキリスト教の人々を敬虔に教化するのに非常に適している教説を補強する。」1976年までに、アロンゾ神父はフエンテス神父もシスター・ルチアもこの真正のインタビューの報道によって世界を誤り導かなかったということを知っていた。

あるマリア組織は最近号において、シスター・ルチアの名において話す振りをしながら、彼女が、フエンテス神父に、神父が世界に報じたことを決して話さなかったと述べながら、コインブラの司教区の匿名の当局者に今なお言及する図々しさを持っている。シスター・ルチアに公式に、公的に質問することを、25年以上にわたって許されてこなかったし、次にその問題の真相が何であるかを公表することを許されてこなかった。もしシスター・ルチアが司教区の一人のスポークスマンにこのことを告げたのであれば、なぜ、25年後に、われわれは彼の身分証明を持っていないのであろうか?シスター・ルチアがそのような宣言をするために彼女自身で話すことが許されないのはなぜなのか?

われわれは、フエンテス神父の大司教が自分の司祭を公的に擁護していること、そしてメキシコの枢機卿でさえがシスター・ルチアとのフエンテス神父のインタビューの真実性を公的に擁護したということを知っている。

反対に公衆に押しつけられた誤報キャンペーンにもかかわらず、シスター・ルチアは少なくとも1960年までには第三の秘密を世界に明らかにするように聖母によって求められた。シスター・ルチアは聖母の命令を守ることを十分に望んでいるが、しかし許されなかった。1967年には、あるファチマ専門家に従えば、彼女は個人的に、教皇パウロ六世に、彼が秘密を世界に明らかにするように訴えたが、しかし教皇は拒否された。

悲しいかな、リスボンの大司教が個人的にシスター・ルチアに、1960年には秘密を世界に明らかにすると約束したにもかかわらず、彼はそうすることができなかった。というのは、そのテキストはある人々によってバチカンに移されていたからである。(ファチマ・クルーセイダー、第20号、p. 2 のフレール・ミッシェルの論考を見よ。)

シスター・ルチアが沈黙させられてきたのは、彼女が余りにもはっきりと話すからである。ファチマのメッセージが世界に十分に知られないのは、彼女が沈黙させられてきたからである。われわれの敵ども、そして神の敵どもが地の面を進み続けているのは彼女が沈黙させられ、聖母が従われてこなかったからである。

1. この書物の p. 369 以下を見よ。

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2005/01/29 三上 茂 試訳

作成日:2005/01/29

最終更新日:2005/01/29

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