ファチマの聖母マリア

悪魔の最後の戦い

われわれの時代のための黙示録的解答

オッディ枢機卿はわれわれに、ファチマの第三の秘密は「教会における背教に対してわれわれに警告している」と告げている。チアッピ枢機卿はわれわれに、第三の秘密においては「他のこともいろいろあるが、教会における大背教が頂点で始まるであろうということが予告されている」と告げている。換言すれば、背教はバチカンから教会のさまざまな部分へと広がるであろう。(p. 169を見よ。)

教皇ヨハネ・パウロ二世はわれわれに、ファチマ・メッセージは教会内部から掘り崩されるカトリック信仰に対して、そしてわれわれが現代において背教的な「天の星」(黙示録12:4)に対して守りを固めるようにという警告であると告げておられる(p.170-171を見よ。)ヨハネ・パウロ二世はまた今日教会における背教に対してわれわれに警告しておられる。

レイリア・ファチマの第二司教であるジョアオ・ヴェナンシオ司教は一人の目撃者として、第三の秘密のテキストがおおよそ25行のテキストがページの両端75ミリのマージンの1枚の紙に書かれたものであると証言している。それは明らかに2000年6月26日にラッツィンガー枢機卿とベルトーネ大司教によって公開されたものではない。というのは、かれらのテキストはマージンのない4枚の紙に書かれた62行のものであったからである。

第13章 完全に明らかにされた第三の秘密

そうであると思われるのであるが、もし -- そして数百万の善悪の判断のできるカトリック教徒が信じているように -- それがどのように解釈されるべきかについてのファチマの聖母による何らの説明も伴わない「白い衣服を着た司教」の曖昧な幻視より以上のものが第三の秘密にはあるならば、そのときその秘密の欠けている部分はどの点にあるのか?われわれは既に一つの答を示唆した。この章ではわれわれはその答を詳細に展開する。

あらゆる証人が一致している

その問いに対して話をしたすべての個々の証人の証言はただ一つの結論を指し示している:すなわち、ファチマの第三の秘密の欠けている部分は教会の人間的要素における信仰と規律の破局的な喪失 -- つまり、簡単に言えば、大背教 -- を予告している。われわれが最初第4章において提示した、この点に関する諸々の証言を思い起こしてみよう:

教皇ピオ十二世

私はファチマのルチアへの祝せられたおとめのメッセージのことを心配している。教会を脅かしている諸々の危険についてのマリアのこの固執は教会の典礼、教会の神学、そして教会の魂における信仰を変える自殺行為に対する神の警告である...

ヨゼフ・シュヴァイグル神父

第三の秘密に関してファチマで私が学び知ったことについて私は何も明かすことはできない。しかしそれが二つの部分を持っているということは言うことができる:すなわち、一つの部分は教皇に関係している。もう一つの部分は(私は何も言ってはならないけれども)論理的に「ポルトガルにおいては、信仰の教義は常に保たれるでしょう」という文言に続くものでなけれならないだろう。

フエンテス神父

1957年12月26日に、フエンテス神父はファチマの司教の印刷出版許可と承認を得て、第三の秘密に関するシスター・ルチアによる以下の啓示を公表した:

神父様、いとも聖なるおとめは非常に悲しんでおられます。なぜなら、善人も悪人も誰も聖母のメッセージに何の注意も払わなかったからです。善人は彼らの道を続けていますが、しかし聖母のメッセージには何の重要性も与えないでそうしています。悪人は彼らの上に落ちかかる神の懲罰を見ないでメッセージについて気にかけることさえなく彼らの罪の生活を続けています。でも信じてください、神父様、神は世界を罰せられるでしょう。そしてこれは恐るべき仕方でなされるでしょう。天からの懲罰は間近に迫っています

神父様、1960年に達する前にどれだけ時間があるでしょうか?もし前もって世界が祈りと償いをしないならば、誰にとってもそれは非常に悲しいことでしょう。誰一人まったく喜ばないでしょう。私は何か別の詳しいことを言うことができません、なぜなら、それはまだ秘密ですから....

これは、1960年まで秘密のままに留まるでしょう聖母のメッセージの第三の部分です。

神父様、彼らに告げてください。いとも聖なる乙女は何度も私のいとこ、フランシスコとヤチンタ、そして私自身に、多くの国家が地の面から消え失せるでしょうと告げられました。聖母は、もし私たちが前もってあの可哀相な国[ロシア]の回心を手にしていないならば、ロシアが世界を罰するために神によって選ばれた懲罰の道具となるでしょう、と言われました。

神父様、悪魔は祝せられたおとめに対する決定的な戦いに参加する気になっています。そして悪魔は最も神に背くことが何であるか、そして短期間に彼にとって最大多数の霊魂を獲得するものがどれであるかを知っています。このように、悪魔は神に奉献された霊魂たちを征服するためにあらゆることをしています。なぜなら、このようにして、悪魔は彼らの指導者たちによって見捨てられた信徒の霊魂を離れさせることに成功し、そのことによってもっと容易に彼らを奪い取るでしょうから。

修道者や司祭の霊魂の堕落
です。悪魔は彼らの美しい使命から離れ去った修道者や司祭たちが多くの霊魂を地獄へと引き連れるということを知っています。...悪魔は奉献された霊魂たちを自分たちのものにすることを望んでいます。悪魔は平信徒の霊魂を眠りに誘い込み、そしてそれによって彼らを最終的な悔い改めなしの状態へと導くために彼ら[聖職者たち]を堕落させようと努めています。

アロンソ神父

16年間ファチマの公式の公文書保管者であったホアキン・アロンソ神父は1981年に亡くなる前に次のように証言した:

それゆえに、そのテキストが教会内部の危機および司牧者たち自身の怠慢[そして]教会のまさに懐における内的闘争と上層の位階の重大な司牧的怠慢に具体的に言及していることはまったくありそうなことである。注1)

マリアの汚れなき御心の偉大な勝利に先行する時期に、恐るべき事柄が起こるはずである。これらの出来事が秘密の第三部の内容を形成している。それらは何であるか?もし「ポルトガルにおいて信仰の教義が常に保たれる」ならば、...このことから、教会の他の諸部分においてはこれらの教義が曖昧となる、あるいはまったく失われるようになることさえあるという結論を明らかに引き出すことができる。注2)

公表されていないテキストは具体的な状況について語っているか?それが単にこの中間期の間の教会における信仰の真の危機について語っているばかりでなく、例えばラ・サレットの秘密のようにカトリック教徒たちの内部闘争、あるいは司祭たちや修道者たちの堕落へのより具体的な言及があるということは大いにあり得る。おそらくそれは教会の上層の位階の諸々の失敗にさえ言及している。そのことに関する限りでは、このどれひとつ、シスター・ルチアがこの主題に関して行った他の話と無関係ではない。注3)

ラッツィンガー枢機卿

諸教皇の判断に従えば、それはキリスト者が啓示から知らなければならないもの:すなわち、回心への根源的な呼びかけ、歴史の絶対的な重大さ、キリスト者の、そしてそれゆえに世界の信仰と生命を脅かしている諸々の危険に何一つ加えないであろう。そしてまた、最後の時の重要性もそうである....それが公表されない -- 少なくとも当分の間は -- とすれば、それは宗教的預言を扇情的な意図と混同することを避けるためである。しかしこの第三の秘密のうちに含まれている諸々の事柄は聖書において告知され、そしてそれらのよく知られた内容において、ファチマの御出現に始まる他の多くのマリアの御出現によって確証されていることに一致している。注4)(1984年11月11日)

アマラル司教

その内容はただわれわれの信仰にのみ関係しています。[第三の]秘密を破局の告知あるいは核のホロコーストと同一視することはメッセージの意味を歪めることです。一大陸の信仰の喪失は一国家の絶滅よりも悪いことです。そして信仰がヨーロッパにおいて絶えず先細りしていることは本当です。注5)

ファチマについての真実を隠蔽し抑圧する一般的な試みの一部としてアマラル司教が彼の所見を、それがなされた後間もなく撤回するよう圧力をかけられたということに注目することは重要である。しかしそれから10年後に、そして今安全に引退して、司教は、決定的な一点をつけ加えながら、1995年ある公的なインタビューにおいて何気なく彼の証言を再び断言した:「以前、私はウィーンで(1984年に)第三の秘密が、私がシスター・ルチアに相談し、そして最初に彼女の承認を得た、われわれの信仰と信仰の喪失にのみ関係すると主張した。」注6)このように、シスター・ルチア自身が、真のそして完全なファチマの第三の秘密が教会における背教を予告しているということを、またしても間接的に確証したのである。

オッディ枢機卿

それ[第三の秘密]はゴルバチョフとは何の関係もありません。祝せられたおとめはわれわれに教会における背教に対して警告しておられるのです。

チアッピ枢機卿

これらの証言にわれわれは他の二人の証言をつけ加えなければならない。最初はマリオ・ルイジ・チアッピであり、彼は他ならぬ教皇ヨハネ・パウロ二世自身の個人的な教皇つき神学者であった。ザルツブルグのバウムガルトナー教授に対する個人的な文通の中で次のように明らかにした:

第三の秘密においては、他のこともいろいろあるが、教会において大背教が頂点において始まるだろうということが予告されている。注7)

ヴァリニョ神父

それから、シスター・ルチア自身の甥であるホセ・ドス・サントス・ヴァリニョ神父がいる。第三の秘密の幻視の公表そしてラッツィンガー / ベルトーネによる TMF の公表のまさに直前に出版された -- 十分に摂理的なことであるが -- Reportage su Fatima [Milano 2000]という表題の Renzo and Robert Allegri による書物の中で、ヴァリニョ神父は第三の秘密が教会における背教を予告しているという見解を表明した。注8)

要するに、この問題に関してあらゆる個々の証人は -- 1984年におけるラッツィンガー枢機卿でさえ -- 同じ趣旨のことを証言した:すなわち、ファチマの第三の秘密の内容はカトリック教会における信仰の危機、全世界に対する重大な結果を伴う一つの背教に関係している、と。証人は誰一人これが第三の秘密が予告していることであるということを否定しなかった。またシスター・ルチアも、その生涯を通じてファチマのメッセージの内容を誤り伝えた人々を正すことを躊躇しなかったけれども、これらの証言のどれをも訂正しなかった。

教皇ヨハネ・パウロ二世は二度
秘密の本質を明らかにされた

あたかもこのすべてが十分ではないかのように、教皇ヨハネ・パウロ二世自身が、二度の機会にファチマにおける彼自身の説教の中で、第三の秘密の本質的な内容を確証された。教皇ヨハネ・パウロ二世が1982年5月13日のファチマにおける彼の説教の中で、および2000年5月13日ファチマでの福者ジャシンタ・マルトおよび福者フランシスコ・マルトの列福式の間の説教の中で、第三の秘密の本質的な要素をわれわれに告げられたということは明らかである。

第一の機会に、教皇はその説教の中で問われた:「聖霊において育み、すべての人の救いを望まれる愛のすべての力をもった御母がその子どもたちの救いのまさに基礎そのものが堀り崩されるのをご覧になって、黙っていることがおできになるだろうか?」それから教皇は御自身の問いにこう答えられた:「いや、彼女は黙っていることがおできにならない。」ここで教皇御自身、ファチマメッセージがわれわれの救いのまさに基礎そのものが掘り崩されているという聖母の警告に関係があるということをわれわれに告げておられる。この証言と教会の典礼、神学および教会の魂において信仰を変える自殺について話された教皇ピオ十二世の証言との間の驚くべき類似に注意せよ。

次に、2000年5月13日に、教皇は列福式の間の彼の説教の中で信徒に次のように警告された:

「もう一つのしるしが天に現れた;見よ、大きな赤い竜を。」(黙示録12:3)ミサの第一朗読からのこれらの言葉は、人間が神を無視するとき、どのように彼は幸福を達成することができず、自らを滅ぼすことに終わるかを示しながら、善と悪との間の大きな闘争についてわれわれに考えさせる...

ファチマのメッセージは、人類にその尾が天の星の三分の一を掃き落としそれらを地上に投げ下ろす「竜」(黙示録12:4)に関わるなと警告している回心への呼びかけである。

人間の最終目的は彼の真の家、天国である。そこには天の御父がその憐れみ深い愛ですべての人々を待っておられる。神は誰一人失われることを望んでおられない。だからこそ神は「失われた者を探し、救うために」(ルカ19:10)2000年前に御自分の御子を地上に遣わされた....

いと祝せられたおとめは、その母としての気遣いにおいて、「すでに余りにも多く背かれておられるわれらの主なる神に背くことを止める」ように男たちと女たちに求めるためにここファチマに来られた。彼女の子どもたちの運命が危機に瀕していると彼女に話すことを強いているのは一人の母親の悲しみである。この理由で彼女は小さな羊飼いたちにお求めになる:「祈りなさい、たくさん祈りなさい、罪人たちのために犠牲をしなさい、多くの霊魂は彼らのために祈り、犠牲をしてくれる人を誰も持たないがゆえに地獄に行くのです。

われわれはすでに、教皇が黙示録の第12章第3節および第4節を引用されたということ、そしてこれらの節への言及が一般に信仰の喪失あるいは道徳的堕落を通じて彼らの高められた地位から掃き落とされる三分の一のカトリック聖職階級を意味するものとして解釈されるということを指摘した -- そしてわれわれは確かにカトリック聖職階級の間に両者[信仰の喪失と道徳的堕落]を見ているのである。教皇の説教と、どのように「悪魔は彼らの美しい使命から堕落した修道者や司祭たちが多くの霊魂を地獄に引きずって行くということを知っている」かについてのフエンテス神父に対するシスター・ルチアの警告とがまさに一致していることに注目せよ。

それゆえに、教皇ヨハネ・パウロ二世がわれわれに、第三の秘密は聖書に予告された大背教に関係していると告げようとされたということは完全に明らかと思われる。なぜ教皇はこれらの事柄を直接にそして明白に言われず、むしろ幾分隠された仕方で、より教養のある者だけが把握できるような言葉で言われたのか?教皇が、間もなく直ぐに明らかにされると考えられたこと -- すなわち、 第三の秘密の全体 -- についてより機敏な者に対して一つのシグナルを送っておられたように思われる。もちろん、判明したように、われわれはただ「白衣を着た司教」の幻視と TMF におけるいわゆる「注釈」だけを受け取った。おそらく教皇はソダノ枢機卿と彼の協力者たちによって行われた抵抗の強さを認められ、そして遅かれ早かれ真実全体が明らかになるであろうという希望の下に秘密の本質を少なくとも御自分の説教の中で明らかにすることができることを望まれたのだ。おそらく教皇は御自分が自由に話すことができるとは感じておられない。それはまさに教皇が、今や信用できないことを見出された、しかし交代させることができないと感じておられる聖職者、修道者、司教そして枢機卿たち、今なお役職についている、信仰を掘り崩している、悪魔によって彼らの高い地位から掃き落とされる三分の一の奉献された霊魂たちの一部であるそれらの人々によって取り囲まれることを自らに許しておられたからである。おそらく教皇は彼らが誰であるかを知っておられないか、それとも知っておられるが、しかし公に思い切って意見を述べ、長く生き延びることができるとは考えておられないかのいずれかである。(われわれはここで教皇ヨハネ・パウロ一世の突然の死を思い起こす。)理由が何であれ、教皇は非常にはっきりと話しておられない -- にもかかわらず、教皇の意味を識別できるほど十分はっきりと話しておられる。イエズスがある機会に弟子たちに語られたように:「聴く耳を持つ者は聴け。」

それゆえ、1930年代の未来の教皇ピオ十二世から2000年のシスター・ルチア自身の甥にいたるあらゆる証人がこの点に関して一致しているだけでなく、現教皇[ヨハネ・パウロ二世]は彼自身の声を彼らの声につけ加えられるのである:すなわち、第三の秘密はさまざまの地位にあるカトリック聖職者たちの間での広範な信仰の喪失と恵みからの転落を予告している、と。

ところで、ファチマの秘密の最初の二つの部分は教会における背教については絶対に何も言っていない。同様に、「白い衣服を着た司教」に関する第三の秘密の幻視の部分は背教について絶対に何も言っていない。もしあらゆる証人が第三の秘密は教会における背教について話しているが、にもかかわらず「白い衣服を着た司教」の幻視を含む今まで明らかにされたファチマのメッセージの部分がそれについて何も言っていないならば、避けられない結論は第三の秘密のある部分が留保されてきたということである。この部分は実際に何を言っているのか?

始めるべき論理的な場所は、バチカン当局が、あたかもそれがファチマ・メッセージに対する一つの単なる脚注であるかのように降格し曖昧にしようと大いに苦労してきた隠しきれない文言:すなわち、「ポルトガルにおいては信仰の教義は常に保たれるでしょう、云々」からである。この文言はメッセージの公表された部分における来るべき背教への唯一の明白な言及である。(われわれは大急ぎで、この文言なしにも、第三の秘密が教会における背教に関係しているということがすべての証拠からそれでもなお明らかであろう、とつけ加えるけれども。)ここで、そしてただここでのみ、ファチマの完全なメッセージの明らかにされた部分が信仰の教義の問題に、そして教義がポルトガルにおいてどのように保たれるであろうか、に触れるのである。

もし、教義が教会のどこかほかの所では保たれないであろうとわれわれに警告するためでないとすれば、ポルトガルにおいて教義が保たれることに言及なさる聖母の目的は何であろうか?そして、われわれが以前に指摘したように、「どこかほかの所で」という言葉はシスター・ルチアの「云々」の内部に含まれている言葉において明らかに記述されている。

2000年6月26日に公表された幻視が聖母のさらなることはを何も含んでいないということを考慮に入れると、聖母の欠けている言葉は、その中で聖母がその幻視を説明なさっているであろう第三の秘密の言ってみれば「サウンドトラック」の中に見出されるということだけが結論され得る。その幻視は信仰の破局的な喪失の最終結果であると思われるであろう:すなわち、教皇と残っている位階は、追いつめられ、おそらく核によるホロコーストの後の(われわれは聖母の言葉が欠けているからしてただ推測することができるだけである)半分廃墟になったローマの町の外で殺される。

これは、実際、第三の秘密が「キリスト者のそしてそれゆえに世界の信仰と生命に対する危険」に関係しているという1984年のラッツィンガー枢機卿の是認と完全に一致している。比喩的なレベルにおいて、教皇がたどたどしく丘 -- 彼はそこで兵士たちによって処刑されるが -- の方へと歩いて行くとき彼の周りを取り囲んでいる死体は背教の犠牲者たちを、そして半分廃墟になった都市はこの背教の時期の間の教会の状態を象徴しているであろう。

すべてのものの中で最大の脅威:
カトリック教義の喪失

マザー・アンジェリカが2001年5月16日ナショナル・テレビジョンで、「私たちは事柄全体を手にしなかった」[すなわち、第三の秘密全体を得られなかった]と自分は思う、なぜなら「私はそれは恐ろしいことだと思う」からだ、と述べたとき、彼女は確かに正しかった。教会における信仰の広範な喪失の危険よりももっと恐ろしいものはない、特にその危険が、教皇自身の個人的神学者であるチアッピ枢機卿が第三の秘密について言ったように、「頂点から」出ている場合にはそうである。この危険の結果は、もしそれが防がれないならば、数百万の霊魂の永遠の地獄行きとなるであろう。そして第三の秘密の救いをもたらす警告と助言の欠如のためにすでにどれほど多くの霊魂が失われてしまったかを誰が知っているか?

しかしながら、6月26日に公表された幻視は単純に恐ろしいものを何も表現していない。実際、その幻視はバチカンが40年間も鍵をかけて秘めていたそのように恐ろしいものは何一つ表現していない。実際、ラッツィンガー枢機卿は、幻視だけによって表されたものしては、第三の秘密は「何ら大きな驚き」を含んで「いない」ということをわれわれに信じさせようとした。それは驚きが「ポルトガルにおいては信仰の教義は常に保たれるでしょう、云々」という文言-- 再び、枢機卿の「注釈」がシスター・ルチアの第四回想録における聖母の言葉の完全なテキストから取り除いたまさあにその文言 -- の今なお隠されている結論に続くからである。

ところで、教皇が1982年に彼のファチマでの説教において「掘り崩されたわれわれの救いのまさに基礎そのもの」について話されたとき、彼は確かにカトリック信仰の掘り崩しのことを意味されたのだ。われわれはこのことをカトリック教会の不変の教えから知っている。例えば、アタナシウス信条はこう言っている:「救われたいと望む者は誰であれ、なかんずくカトリック信仰を固く信奉しなければならない。彼はこの信仰を全体として無傷のままに保持しなければならない。そうでない限り彼は最も確実に永遠に滅びるであろう。」われわれの信仰の基礎はカトリック教会に所属し、われわれのカトリック信仰を全体としてそして無傷のままに持ちこたえることである。この基礎の喪失は第三の秘密が関わっているものでなければならない。あらゆる証人がそう言い、教皇ヨハネ・パウロ二世がそう言われ、そして「ポルトガルにおいては信仰の教義は常に保たれるでしょう、云々」という隠しきれない文言がまたそう言っている。

われらの主がわれわれに警告なさったように:「人がもし自分自身の永遠の魂を失うならば全世界を得ることが何の益となるか?」もし人が教会の新しい方向づけ、新世界秩序、一つの世界宗教、あるいは世界における平和と繁栄の約束のために彼の魂を失うならば、それは彼に何の益にもならない。なぜなら、彼は全永遠のわたって地獄において焼かれるからである。ただこの理由でのみ、第三の秘密はわれわれにとって極めて重要である。それよりも重要なことは何も存在し得ないであろう。なぜなら、それはわれわれ自身の個人的霊魂の救いに関わっているからである。それはまた教皇、枢機卿たち、司教たち、司祭たち、そしてあらゆる生きている人間の霊魂の救いに関わっている。このように、第三の秘密は地の面のあらゆる男、女、子どもそして特にカトリック者に関わっている。

われわれは、1984年にラッツィンガー枢機卿が、秘密が「少なくとも今のところ」公表されないとすれば、それは「宗教的預言を扇情的意図と混同することを避ける」ためであると認めたということを再び思い起こす -- 今日、ソダノの党路線に従えば、第三の秘密は1981年の失敗した暗殺の試みでその頂点に達したという彼の主張からは遙かに遠い叫びである。さらに、第三の秘密は1960年に実現され始めた一つの預言である。その年はそれまでにその預言が「より明瞭に」(mais claro)になっているであろう年だとシスター・ルチアは言った。フレール・ミッシェルが指摘しているように、実現され始めている預言は明らかに遙かに明瞭になっている。それゆえに、預言は少なくとも1960年までに実現され始めたのだ。それゆえ、それはわれわれの時代についてわれわれに告げている一つの預言である。それは聖母からの愛すべき警告であり、また教会における明白なそして現在の危険にどのように応えるかについての助言でもある。

さて、第三の秘密の本質をもう少し詳しく見てみよう。ラッツィンガー枢機卿が18年前に認めたように -- 再び、ソダノ枢機卿がファチマの党路線を発する前に -- 第三の秘密は、まず第一に、信仰の諸々の危険に関係している。聖ヨハネは世界に勝つものが何であるかをわれわれに告げている:彼は、それはわれわれの信仰である、と言う。それゆえに、世界が教会に勝つためにはそれはまずカトリック者としてのわれわれの信仰に勝たなければならない

第三の秘密の本質は、そこで、われわれのカトリック信仰に勝つための世界の攻撃に関係している。先行の諸章において十分に論証してきたように、世界の諸勢力は1960年以来カトリック信仰に対する主要な攻撃を行ってきた。われわれがここでただ概略しただけである圧倒的な証拠に基づいて、このことについては単純に何の問題も存在しない。

なおもっと特殊的には、秘密は信仰の教義に関係している。ファチマの聖母はポルトガルにおいて常に保たれる信仰の教義について話されたのであって、単に「信仰」について話されたのではない。なぜ聖母はカトリックの教義に焦点を当てられたのか?明らかに、聖母がそうなさったのは、秘密が、カトリックの教義が特別に教会を内部からそして外部から攻撃する人々のターゲットであるという一つの預言であるからである。われらの主御自身が聖書において警告なさったように:「そは偽キリスト、偽預言者ら起こりて、あたうべくば、選まれたる人々をさえまどわさんとて、大いなる印と不思議なる業とをなすべければなり。」(マルコ13:22)。アリウス派の危機が論証しているように、これらの偽預言者は司祭や司教たちをさえ含み得る。われわれはここで教会史におけるあの時代についてのニューマン枢機卿の有名な記述を引用することができる:「忠実であり続けた比較的少数者は信用されず、追放された。残りの者たちは欺く人々であるからそれとも欺かれた人々かのいずれかであった。」そのような危機の時代においては、カトリック教徒は信仰の教義を固守しなければならない。

教義とは何か?教義とは教会によって不可謬的に決定されたものである。教義はカトリック教徒がカトリック教徒であるために信じなければならないものである。信仰の教義は教導権 -- すなわち、彼が宣言しているものを信じるように普遍的教会を明白に縛るという仕方で話している教皇独りだけ、あるいはそのような義務的な宣言を発する、教皇によって主宰されたすべてのカトリック司教たちのエキュメニカルな公会議 -- の荘厳かつ不可謬の諸決定のうちに含まれているもの、あるいは教会の通常かつ普遍的な教導権によって教えられた事柄である。

教義の不可謬的な決定によって何が意味されているか?不可謬的という言葉は誤ることができないを意味する。それゆえに、教会によって荘厳に決定された信仰の諸決定は誤ることができない。われわれは、不可謬的諸決定によって、何が信仰であるか、何が信仰の教義であるかを知る。もしわれわれがこれらの不可謬的な諸決定を信じそれを固守するならば、そのときわれわれはそのように決定されたそれらの事柄において欺かれることはできない。

ある事柄がカトリック信仰の一つの項目として不可謬的に決定されたということをわれわれはどのようにして知るのか?われわれはそれを、教えが提示される様式から知るのである。

不可謬的教えの四つの源泉

教会の教えがわれわれに不可謬的に提示される四つの主要な仕方がある:

第一に、諸教皇およびエキュメニカルな公会議による信条-- それはカトリック教徒であるためにカトリック教徒が信じなければならないものの要約を提供する -- の公布を通じてである。

第二に、「私は宣言し、断言し、決定する」というような文言、あるいは教皇が、あるいはエキュメニカルな公会議と一緒に教皇が、その教えを信じるように教会を縛ることを明白に意図していることを示す何か似たような定式を含む荘厳な決定によって、である。そのような決定は通常どのような仕方でも決定された教えを否定する人々の anathemas (有罪宣告)を伴っている。

第三に、通常のそして普遍的な教導権の決定 -- たといその教えが「私は宣言し、断言し、決定する...」というような言葉によって荘厳に決定されていないとしても、一つの「通常の」仕方で、常にそしてどこででも教会の不変の教えを意味する -- 。(このことの一例は教会の歴史を通じて避妊と中絶が重大な仕方で道徳に反するという教会の不変の教えである。)

第四に、カトリック教徒が信じることを禁じられている主張である、通常強く非難された陳述、教皇の決定的な判断がある。教皇が、あるいは公会議と一緒に教皇がある陳述を荘厳に非難するとき、われわれはそれがカトリック信仰に反するということを不可謬的に知ることができる。

信条の一例はトレント公会議によて公布された信仰告白である。われわれはそれを、言葉を変えずに、諸々の点の形に便宜的に排列して、ここに提示する:

  • 私、名前、は堅固な信仰をもって聖なるローマ教会が用いている信仰の信条のうちに含まれている各々のそしてあらゆる箇条を信じ、告白する;すなわち、
  • 私は唯一の神、全能なる父、天と地、すべての見えるものと見えないものの創造主を信じ、また
  • 一なる主イエズス・キリスト、すべての時代の前に父から生まれた神のただ一人の生まれた御子、神からの神、光からの光、真の神からの真の神、生まれたけれども作られたのではなく、父と一つの実体(等しい実体をもつ)であり、その方を通じて万物が作られたことを信じる。
  • 彼はわれわれ人間のため、そしてわれわれの救いのために天から来られ、聖霊によっておとめマリアから肉を受けられ、人となられた主である。
  • 彼はまたわれわれのためにポンティオ・ピラトの下で十字架につけられ、死に、葬られた。そして
  • 聖書に従って三日目に再び甦り、天に昇られた。
  • 彼は父の右に坐し、生者と死者を裁くために栄光のうちに再び来られるであろう。そして彼の王国は終わることがないであろう。
  • また私は主であり、生命の与え主である聖霊、父と子より発出し、父と子と共に等しく崇められ、栄光を受けられ、預言者たちを通して語られた聖霊を信じる。
  • また私は一、聖、公、そして使徒的な教会があることを信じる。
  • 私は罪の赦しのための一つの洗礼を告白する。そして私は死者の復活と来るべき生命を待ち望む。アーメン。
  • 私はその同じ教会の使徒的および教会的伝統と他の諸々の実践および規制を断固として受け入れ、抱擁する。
  • 同じように、私は聖書を聖にして母なる教会によって保持されてきた、そして今も保持している意味に従って受け入れる。聖書の真の意味と解釈に関する判断をくだすことは教会の特権である。そして私は教父たちの一致した同意とは異なった仕方でそれを決して受け入れあるいは解釈しないであろう。
  • 私はまた、われらの主イエズス・キリストによって制定された新しい律法の七つの秘蹟が真にそして適切に存在すること、そして各個人がそれらをすべて受けることは必要ではないけれども、それらの秘蹟が人類の救いのために必要であることを認める。
  • 私は、七つの秘蹟が洗礼、堅振、聖体、告解、終油、品級、婚姻であること、そしてそれらが恩寵を与えること、そして七つの秘蹟のうち、洗礼、堅振、品級は冒涜を犯すことなしに繰り返され得ないことを認める。
  • 私はまたこれらの秘蹟の荘厳な管理におけるカトリック教会の慣習的かつ承認された儀式を受け入れ、認める。
  • 私はいとも聖なるトレント公会議において宣言され決定された原罪と義化に関する各々のそしてあらゆる箇条を抱擁し受け入れる。
  • 私は同様に、ミサにおいて生者と死者のために真の、適切なそしてなだめの犠牲が神に捧げられること、われらの主イエズス・キリストの体と血が霊魂と神性と共に真に、実際にそして実体的にいとも聖なる聖体の秘蹟のうちに現存すること、そしてパンの全実体が身体に、ぶどう酒の全実体が血に変化すること、そしてこの変化をカトリック教会が実体的変化と呼んでいることを信仰告白する。
  • 私はまた全体的で完全なキリストと一つの真の秘蹟がそれぞれの分離された形相の下で受け取られるということを信仰告白する。
  • 私は煉獄が存在すること、そしてそこに留められた霊魂たちが信徒の祈りによって助けられることを固く信じる。
  • 私は同様にキリストと共に支配する聖人たちが栄誉を受け嘆願を受けるべきこと、彼らがわれわれのために神に祈りを捧げること、そして彼らの聖遺物が尊崇されるべきことを信じる。
  • 私はキリスト、永遠のおとめなる神の御母、そして他の聖人たちの御像や御絵が所有され、保存されるべきこと、そしてしかるべき栄誉と尊崇がそれらに与えられるべきことを固く主張する。
  • 私は、贖宥の力がキリストによって教会に保有されて残されていること、そして贖宥の使用がキリスト教徒にとって非常に有益であることを主張する。
  • 私は聖、公そして使徒的なローマ教会をすべての諸教会の母および教師として認める、そして
  • 私はキリストの代理者にして使徒たちの君、祝せられたペトロの後継者であるローマ教皇への真の従順を約束し誓う。
  • 私は、聖なる教会法およびエキュメニカル公会議そして特にこのいとも聖なるトレント公会議によって(そしてエキュメニカルな第一バチカン公会議によって)受け渡され、決定されそして説明されたすべての教義(特にローマ教皇の首位性およびその不可謬的な教導の権威に関する教義)を躊躇なく受け入れ、信仰告白する。そして同時に:
  • 私はこれらの宣言に反するあらゆる事柄、そして教会によって強く非難され、拒否され、そして破門とされてきたすべての異端を例外なく強く非難し、拒否し、そして破門する。
  • 私、名前、は、神の助けによって、その外では誰一人救われることができない、そして私が今自由に信仰告白しそして真に保持するこの真のカトリック信仰を最も誠実に保持し信仰告白することを約束し、誓い、そして誓約する。神の助けによって、私は死の間際までそれを全体として汚れのないままに信仰告白する。そして私の能力の最善を尽くして、私は、私の臣下、あるいは私の役職によって私に委ねられた人々にそれを保持させ、それを教え、それを説くように世話をするであろう。神と神の聖なる福音が私を助けてくださるように。

カトリック教義の荘厳かつ不可謬な決定として、その一つの最近の例はマリアの汚れなき御宿りの教義を不可謬的に決定している教皇ピオ九世の使徒的書簡 Ineffabilis Deus (1854)である:

いとも祝せられたおとめマリアが、その御宿りの最初の瞬間から、イエズス・キリストの功績のために、全能の神によって与えられた唯一の恩寵と特権によって、原罪のすべての汚れから自由に保護されているということが神によって啓示された一つの教義であり、そしてそれゆえにすべての信徒によって堅固に変わらずに信じられなければならないと、われわれは宣言し、断言し、決定する。

それゆえに、もし誰かが敢えて、われわれによって決定されたのとは違った風に考えようとする -- 神はそのことを禁じておられる! -- ならば、その人はその人自身の判断によって非難されること、その人は信仰における難破を蒙ったこと;その人は教会の一致から切り離されてしまったこと、そしてさらに、自分自身の行動によってその人は、心の中で考えている誤謬を言葉、あるいは書き物において、あるいは他の何らかの外的手段によって敢えて表明しない限り、法によって確立された罰を蒙るということをその人に知らしめ理解せしめよ。

ここでわれわれは、 TMF においてラッツィンガー枢機卿が「マテオ5:8に従えば、[小文字に始まる]汚れなき心は神の恩寵によって完全な内的一致に到達した、そしてそれゆえに『神を見る』心である」と敢えて主張することによってこの教義 -- そしてファチマのメッセージ -- を露骨に掘り崩したということを思い起こす。違う、違う、違う![大文字で始まる]汚れなき御心は「誰かある人の」心ではなくて、祝せられたおとめマリアの「特定の」心 -- たった一つの心 -- である。おとめマリアは単に一人の人間存在に過ぎないけれども、原罪なしに孕まれた方であり、この地上におけるその栄光ある生涯の間ほんのわずかの個人的な罪も決して犯されたことがなかった方である。

最後に、非難された命題がある。このことの第一の例はピオ九世の Syllabus of Errors (諸々の誤謬のシラブス)であり、その中でこの偉大な教皇は信仰に反する誤謬として荘厳に、決定的にそして不可謬的に非難された諸々の命題の形式において自由主義の多くの誤謬を列挙された。注10)その中には(われわれが以前に言及した)命題#80:すなわち、「ローマ教皇は進歩、自由主義そして現代文明と和解し、それを受け入れることができるし、またそうすべきである。」も含まれている

われわれが前に示したように、ここでもまたラッツィンガー枢機卿は、第二バチカン公会議の教えが「1789年に始まった新しい時代との公式の和解の一つの試み」であり、彼が「フランス革命によって始められた歴史の新しい局面によって産み出された状況に応えて福者ピオ九世および聖ピオ十世によって採用された立場の一方的なあり方」と敢えて呼んだものを訂正する一つの試みである一つの「反シラブス」であったとわれわれに告げながら、重要なカトリックの教えを掘り崩そうと努力したのだ。注11)福者ピオ九世の荘厳な不可謬の教えの彼の拒否をより明白なものにさえするために、ラッツィンガー枢機卿は第二バチカン公会議では「現代世界の上にそれらの刻印を残してきた諸力に対する批判的な留保の態度はそれらの運動を受け入れることによって取って代わられるべきである」と宣言する。注12)ラッツィンガー枢機卿のこの見解は、教会は「進歩、自由主義および現代文明を受け入れ」てはならないという福者教皇ピオ九世の教えに真っ向から矛盾している。

ラッツィンガー枢機卿が汚れなき御心の教義を無礼に乱用していることそして彼が Syllabus を「一方的である」として傲慢に退けていることは教会における公会議後の危機のまさに核心:すなわち、教導権の不可謬的な諸決定に対する攻撃、を暴露している。

ところで、たいていはこの攻撃はむしろ間接的であった。不可謬的な決定は通常直接には否定されず、むしろ批判あるいは「修正」を通じて掘り崩される。教会における革新者たちはある不可謬的な教会の教えが間違っていると単純に宣言するほど愚かではない。そして、彼らの想像上の「啓蒙」において、これらの革新者たちは実際に、彼らが教会の善のためにカトリックの教えを「深化している」あるいは「発展させている」と考えるであろう -- 再び、われわれは彼らの主観的な動機を判断しているのではない。しかし彼らがしていることの結果は明らかである:すなわち、教導権の不可謬的に決定された教えの掘り崩し、である。

この掘り崩しのもう一つの例はカトリック教会の外にはいかなる救いも存在しないという教義に対する攻撃である。上に全文を引用したトリエント信条はこう述べている:「私は、その外では誰一人救われることができないこの真のカトリック教会に変わらずに留まり、信仰告白する。」第6章においてわれわれは、繰り返し何度も、教導権がどのようにカトリック教会の外ではいかなる救いも存在しないという教義を荘厳に決定したかを示している。にもかかわらず、今日その教義は、プロテスタントの異端者たちも正教会の分離主義者たちもカトリック教会に立ち戻る必要はない、なぜなら、これは「時代遅れの教会論」だからだ、と宣言している「エキュメニズム」によって否定され、そして掘り崩されている。注13)そして今日多くの場所でその教義は直接的に否定されている。そして他の場所ではそれは直接的には否定されていないが、しかし実際にはそれは狡猾な、繰り返された、間接的な攻撃から崩壊し、そしてその結果としてそれはもはやそれらの場所では信じられていず、従われていない。

第二バチカン公会議以来多数の新奇な概念が、たとえこれらの新奇なものが少なくとも暗黙の裡に(そして時には明白に)不可謬的な諸決定に矛盾しそれを掘り崩すとしても、教会においてカトリック教義の「発展」として押しつけられてきたということは否定できない。例えば、公会議文書 Gaudium et Spes が福者ピオ九世の荘厳な非難 注14)に対抗する「反シラブス」であるという考えは不可謬の教導権の全体的統合を掘り崩している。そのような話は教会の教導職のまさに信憑性そのものに対する一つの攻撃であり、そしてこのようにして、最終的にはカトリック教義それ自身に対する攻撃である。

カトリックの教義の「新しい理解」は存在し得ない

掘り崩しと暗黙裡の矛盾を通じての教義に対するこの公会議後の攻撃は教義の「発展」あるいは「新しい洞察」として正当化されることはできない。第一バチカン公会議が荘厳に教えたように:「なぜなら、聖霊はペトロの後継者たちに、彼らが新しい教説を発表するために約束されたのではなく、聖霊の助けによって彼らが使徒たちを通じて伝達された啓示と信仰の遺産を聖なるものとして守り、そして忠実にそれを説明するように約束されたからである。」注15)

さらに、第一バチカン公会議が教えたように、教会がすでに不可謬的に決定したもののいかなる「新しい理解」も存在し得ない:

聖にして母なる教会がひとたび宣言したその聖なる教義の理解は永久的に保持されなければならない、そしてより深い理解というもっともらしい名目の下にその意味からの後退(立ち去り)は決してあってはならない。注16)

このように、われわれが、最後の使徒、聖ヨハネの死以来いかなる新しい教説も神によって啓示されなかった、そして第二バチカン公会議のゆえに、あるいは他の仕方で、教説のいかなる新しい理解も起こらなかったと信じるということはカトリック信仰の問題である。

それゆえに、第二ヴァチカン公会議以来われわれがそれについて非常に多く聴いたこの「新しい」教説あるいは「反」- 教説はただ偽教説でしかあり得ない。この偽教説は非常に巧妙に教えられている。偽教説が不可謬的に決定されてきた教説に矛盾するとき、そのときにはカトリック教徒はその不可謬的な教説をしがみつき、「新しい」教説を拒否しなければならない。

信仰の教義は失敗することはあり得ない。しかし新奇なものはわれわれを失望させることができる。人間は失敗することがあり得る。平信徒は失敗することがあり得る。司祭たちは失敗することがあり得る。司教たちは失敗することがあり得る。枢機卿たちは失敗することがあり得る。そして教皇でさえ、歴史がある新奇さを教えたあるいは教えたと思われる一人以上多くの教皇をわれわれに示したように、彼の不可謬のカリスマを含んでいない事柄においては失敗することがあり得る。

例えば、教皇ホノリウスは、異端を助けそして教唆したために680年A.D. にコンスタンティノープル第三公会議によって、死後に非難された。そしてその非難は教皇レオ二世によって承認された。そして後の諸教皇によって繰り返された。もう一つの例として、十四世紀(1333年A. D. )に遡って、教皇ヨハネ二十二世は説教を行った(しかし荘厳な決定ではなかった)が、その中で死んだ福者は最後の審判の日までは至福直観を楽しむことはないと主張した。このことのために彼は神学者たちによって非難され、訂正された。そして彼は自分の死の床で彼の異端的な見解を最終的に撤回した。

教皇ヨハネ二十二世の場合には、精通したカトリック教徒(この場合には神学者たち)はヨハネ二十二世が個別的審判についての彼の教えにおいて間違っているということを知っていた。彼らは教皇ヨハネ二十二世の教えの何かあるものが間違っているということを知っていた。なぜなら、それは、たといそこにはまだ不可謬的な決定はなかったとしても、それが教会が常に教えてきたものと矛盾していたからである。十四世紀に彼らの信仰を知っていたカトリック教徒は単純にこう言わなかった:「おお、教皇が説教をなさった。それゆえわれわれは自分たちの信念を変えなければならない」と。死んだ福者は煉獄の直ぐ後に至福直観を楽しむという教会の不変の教えを見ながら、神学者たちは教皇ヨハネ二十二世が間違ったということを知った。そして彼らはそれを彼に告げた。

それが判明したとき、至福直観の即時性は1336年に教皇ヨハネ二十二世の後継者によって荘厳かつ不可謬的に決定された。このことは問題をすべてのさらなる論議を超える所に置いた -- それが、まさになぜ不可謬的な決定が必要とされるか、その理由である。同じことは教会によって不可謬的に決定された他のあらゆる問題について真である。われわれは、-- たとい反対の意見が一人の枢機卿あるいは一人の教皇さえから来たとしても -- 反対のすべての意見を拒否しながら、絶対的な確実性をもってこれらの不可謬的な決定に頼ることができるし、また頼らなければならないのである。

失敗する教皇たちの他の例がある。

最初の教皇聖ペトロでさえ、聖書において示されているように、-- 彼が言ったことによってではなく、彼が与えた模範によって -- 失敗した。聖ペトロは50 年 A.D. 頃アンチオキアにおいて、異邦人の改宗者たちと共に食卓につくことを拒否した。これらの改宗者たちを遠ざけることによって、彼は、エルサレムの第一公会議がユダヤ人に対して「不浄の」異邦人と共に食事することを禁じることを含むモーセの儀礼に関する律法がカトリック教会を縛るものではないというその不可謬の教えにおいて誤りであるという印象を与えた。このことはそれに対して聖パウロが彼の面前で公的に聖ペトロを非難した事件である。(ガラテヤ2:11)

別の例は357年A. D.(あるはおよそその頃)の教皇リベリウスである。彼は、御父と実体が等しい方である御子へのいかなる言及をも省いて、アリウス派が彼に提案した信条に署名することによって失敗した。彼はこのことを追放された2年後に、そして死の脅迫の下でした。そして彼はまた(追放の間の脅迫の下で)この問題において信仰を擁護した聖アタナシウスを誤って非難し、破門する -- 実際はただ破門の外見を与えただけであるが -- ことによっても、失敗した。教会によって聖人と宣言されなかった最初の教皇であるリベリウス教皇は誤っていた。なぜなら、アタナシウスは325年A. D. にニケアの公会議によって不可謬的に教えられたカトリック教義 -- 真の教説、不可謬的な教説 -- を教えていたからである。その場合に従われるべきであったのは、教皇リベリウスの欠点のある教えではなくて、その不可謬的な決定であった。

教会史におけるこれらの例からわれわれはわれわれの信念としてわれわれに提案されるすべてのものはそれらの決定によって判断されなければならないということを学ぶのである。そしてそれゆえにもしある枢機卿、ある司教、ある司祭、ある平信徒、あるいは教皇でさえ、信仰の何らかの決定に反する何かある新奇なことをわれわれに教えるならば、その教えは誤っている、そしてそれはわれわれの不死の霊魂の救いのために拒絶されなければならないということをわれわれは知ることができるのである。そうだ、教皇でさえ失敗することがあり得る。そして、もし彼がカトリック教会の荘厳な、不可謬的な決定に反するある見解を表明するならば、彼は失敗するのである。これは、このことが起こるとき教会が失敗するということを意味するものではなくて、教皇がそれを教会全体に押しつけることなく、一つの誤りをしたということを意味するにすぎない。そして、もちろん、もし教皇でさえ何かある新奇なものを教えることにおいて誤りをすることがあり得るならば、そのとき、確かに枢機卿たち、司教たち、そして司祭たちは彼らの教えと見解とにおいて誤りをすることがあり得るのである。

そしてそのように、聖母が「信仰の教義」について話されるとき、聖母はわれわれに、信仰に対する危険 -- ラッツィンガー枢機卿の是認を思い起こすならば、また「キリスト教徒の生命、そしてそれゆえに世界の(生命)に対する危険」 -- が、カトリック信仰の荘厳な教義的決定が否定され掘り崩されるとき、生じるであろうということを示しておられるのである。なぜなら、それは教皇の1982年ファチマでの説教を思い起こすならば、カトリック信仰のまさに基礎そのもの、そしてそれゆえにわれわれの救いの基礎であるこれらの決定であるからである。

単なる司祭、あるいは単なる平信徒はラッツィンガー枢機卿のような高い地位にある聖職者と、あるいは(それに対してわれわれがさっき例を与えたある種の例外的な場合には)教皇とさえ争うことはできないという反対論に対して、われわれはこう答えなければならない:だからこそ教会は不可謬的な諸々の決定を持っているのである、と。ある教えが真であるか、それとも間違っているか、を人が知ることができるのは、何らかの所与の教えを荘厳な、不可謬的な決定と比較考量することによってであって -- その人が聖職のいかなる地位を持っているかによるのではない。聖パウロが教えたように:「しかしわれわれであれ、あるいは天からの使いであれ、われわれがあなたたちに述べたことに反して福音を述べ伝えるならば呪われよ」(ガラチヤ 1:8)。信徒は、もし彼が教会の不可謬的な教えに反するならば、使徒でさえ呪われた者 -- 非難される者、教会から切り離された者、地獄の火に相応しい者と見なされなければならない。だからこそ、神学者たちは説教壇からの彼の誤った教えにおける教皇ヨハネ二十二世を正すことができたのである。そしてそのことは、カトリック教徒が今日、たとい彼らが誤りを犯している高位聖職者よりも低い地位を持っているとしても、間違った教えから正しいことを告げることができる理由である。

このことの最も重要な歴史的例は、教皇の次に最も高い地位の高位聖職者であったコンスタンチノープルの高位の大司教ネストリウスが、マリアが神の御母であることを否定したとき間違ったということを指摘したエウゼビウスという名の法律家の事例のうちに見出される。エウゼビウスはクリスマスの日に、ミサの間に立ち上がって、異端を説教したとしてネストリウスを公然と非難した。しかしすべての「高位の」司祭たちと司教たちはネストリウスの異端に直面しても沈黙したままであった。このように、一人の単なる平信徒が正しくて、彼らの残りのすべての者は間違っていた。エフェソ公会議がその問題を聴聞するために召集された。そしてマリアが神の御母であるということが荘厳に、そして不可謬的に決定された。そしてネストリウスが撤回することを拒否したので、大司教の職を剥奪され、異端者と宣言された。ネストリウスは破門されたのだ!

要約すれば、真理は数や地位の問題ではない。真理はキリストと神が聖書と伝統において啓示されたこと、カトリック教会によって荘厳に決定されたもの、そしてカトリック教会が常に教えてきたもの -- 常に教えてきたものであって、単に1965年以来教えてきたものではない -- の問題である。

不可謬的な決定を勝手に書き換えることの悲惨な諸結果

歴史は同様にわれわれに、一つの教義でさえ広範な尺度で否定されるときに教会に何が起こり得るかの一つの最も重要な例を提供している。アーリア主義の異端は336年A.D.から381年A. D. まで教会における破局的な混乱を引き起こした。アーリア主義は325年A. D. に非難された。にもかかわらず、336年にそれは再び起こった。336年頃に始まり、その異端はおよそ50年後にそれが最終的に敗北させられる前に最終的に司教たちの約90%をわがものとした。結果として生じた混乱と信仰の喪失において、偉大な聖アタナシウスでさえ357年に教皇によって「破門」された。381年までにアーリア主義は第一コンスタンチノープル公会議によって打ち破られた。しかしながら、それは360年から380年までの間の時期になお最盛期であった。その諸々の結果は教会にとってまったく破壊的なものであった。

アリウス派異端の危機は第三の秘密の欠けているテキストの予想され得る内容についてわれわれに教えるべきより多くのものを持っている。アリウス派の人々がしばらくの間成功することができた一つの理由は、彼らが325年にニケア公会議で荘厳かつ不可謬的に決定された一つの教義 -- キリストは神からの神、光からの光そして真の神からの真の神;生まれたが作られたのではない、父と実体において同一であるという教義 -- を「成功裡に」攻撃したことであった。この荘厳かつ不可謬的な決定はわれわれがミサで毎日曜日に唱えているニケア公会議の信仰告白のうちにある。

アリウス派はその決定を不可謬的ではなかった一つの誤った決定で置き換えるために多くの信徒を議論させることによって決定をひっくり返した。336年に彼らはギリシャ語の言葉 Homoousion を別の言葉 Homoiousion と置き換えた。 Homoousion という言葉は基本的に父と「同じ実体の」を意味する。子である神が父と同じ実体であるために、子は単に神でなければならいだけではなく、父と同一の一なる神でなければならない。それゆえ父の実体は、たとい父のペルソナが子のペルソナでないとしても、子の実体である。このように、一なる神における三つのペルソナ -- 父と子と聖霊 -- が存在する。それは三位一体の神秘である。しかしながら、 Homoiousion という新しい言葉は父に「似た実体の」を意味する。このように、教義における重大な文言 -- 「父と同じ実体の」-- は「父と似た実体の」あるいは「父のような」に変えられた。

このようにしてアリウス派は Homoiousion という一つの新しい意味をもつ一つの新しい言葉を造り出すために Homoousion という語に一つの文字を加えることによって教会の中に大きな混乱をもたらした。彼らは、彼らの新しい決定が荘厳な決定よりもよいと主張しながら、荘厳な決定を攻撃したのである。しかし、もちろん、新しい決定は荘厳な決定よりもよいものであることはできなかった。なぜならニケア公会議の荘厳な決定は不可謬的であったからである。

一つの語に一つの文字を加えることによって、アリウス派は一つの荘厳な決定を取り除いた。このことは実際の戦争へと導きながら、アリウス派と準アリウス派のために道を開いた。人々は、一つの不可謬的な教義へのこの一つの変化が終わるまで殉教し、迫害を受け、砂漠へ追いやられ、追放に処せられた。聖アタナシウスは五度の別々の機会にエジプト司教会議によって追放に処せられ(そして結果として少なくとも17年間流浪のうちに過ごした。)しかし彼は正しかった。そしてその司教会議の異端的な司教たちはすべて間違っていた。

不可謬的な決定はどんな学習あるいは教会における地位よりも高い

なぜアタナシウスは彼が正しいことを知ったのか?それは、他のすべての人が何を言おうと、彼が不可謬的な決定にしがみついたからである。世間におけるすべての学習も、すべての役職の地位も一つの不可謬的に決定されたカトリックの教えの真理に取って代わることはできない。信徒の中の最も単純なメンバーでさえ、不可謬的な決定にしがみついていれば、その決定を否定するあるいは掘り崩す最も「学のある」神学者よりもより多くを知っている。それが教会の不可謬的に決定された教えの全目的である。-- どれほど学があろうと、どれほど彼らの地位が高かろうと、人々の単なる意見からわれわれを独立させるものである。

ところで、325年にはニケアの公会議の荘厳な決定は不可謬的であった。しかし多くの人々はその当時信仰の荘厳な決定が不可謬的であるということを十分に理解していなかった。すなわち、教会史におけるこの時代には、教会はまだ信仰の決定が不可謬的であるということを教える荘厳な決定を発していなかった。しかし、1870年に、第一バチカン公会議は教会の荘厳な決定の不可謬性を荘厳かつ不可謬的に決定した。今、われわれは荘厳な決定が不可謬的であるということを不可謬的に知っているのである。もう一度言おう:それらは -- 決して -- 失敗することができないのである。

現代では不可謬的な決定は攻撃を受けている

それゆえに、われわれの時代においては異端によって騙されたり、また荘厳な決定の擁護を断念することに対するいかなる言い訳も存在しない。しかしそのことが、ちょうどアリウス派の時代において起こったように、まさに今日起こっている。教会人たちは、不可謬的な決定の光に照らして第二バチカン公会議を判断する代わりに、第二バチカン公会議の光に照らして諸々の事柄を判断している。彼らは第二バチカン公会議がではなくて、不可謬的な決定がそれによって人があらゆる教説を測る不変の基準である -- ちょうど36インチのヤード尺[基準]が1ヤードを測るための不変の基準であるのと同じように -- ということを忘れてしまった。人は、1ヤードを測るための新しい基準が35インチ尺であると突然決定することはない。同じように、教会は、第二バチカン公会議が信仰の新しいヤード尺[基準]であると突然決定することはできないのである。

そしてそのようにわれわれは再び、より詳細な検討の後に、第三の秘密の核心に到達する。このことは第三の秘密がなぜ信仰の教義への聖母の言及で始まっているか、その理由である。このことが、なぜシスター・ルチアが、第三の秘密は1960年の後では「もっと明瞭に」なっているでしょうと言ったのか、その理由である。そしてここで、われわれが明らかに、第三の秘密が予告している苦難の時期の真っ只中に生きているというこが注目されなければならない。どのようにしてわれわれはこのことを知るのか?それは、おとめ[マリア]が、秘密は1960年には「より明らか」になるでしょうとわれわれに告げられたからであり、そして聖母はまたわれわれに、終わりには彼女の汚れなき御心が勝利するでしょうと告げられたからである。汚れなき御心の勝利は明らかにまだわれわれの上にはないからして、われわれは1960年とあの最後の勝利との間の合間の時期 -- すなわち、第三の秘密の預言によって取り囲まれた時期 -- に生きているに違いない。

さて、われわれが第二バチカン公会議以来見てきたものは、再び、教会の荘厳な決定に対する一つの攻撃 -- 一つの非常に狡猾な間接的な攻撃 -- である。われわれは荘厳な決定でもって語ることを拒否した、そして -- ある者の見解において -- 実際にいくつかの荘厳な決定に反した -- いわゆる司牧的公会議を持った。しかし公会議は、われわれが見たように、教皇ヨハネ二十三世が彼の開会の演説において宣言したように、荘厳な決定を避け、誤謬の非難を避けるために、「司牧的」であることを望んだ。

では、そのことは何がまずいのか?まずいことは、荘厳な決定をすることを拒否する巧妙な誤りによって公会議が、現に存在している荘厳な定義を掘り崩すことができるであろう言語を用いる -- このトリックはまさに四世紀に教会の中に混乱をもたらすためにアリウス派によって用いられた -- ための扉を開いたということである。そして彼らは全教会を支配することにほとんど成功した。

この同じ過程が第二バチカン公会議の開会以来再び起こってきた。しかし信徒はその問題に対する一つの救済策を持っている:第二バチカン公会議はそれがその至高の教導権、教説を決定するその権力、そして誤謬を破門するその権力を行使しなかったその程度に従って権威的ではない。第二バチカン公会議はこの権威を行使しなかったからして、第二バチカン公会議前に不可謬的に教えられなかった第二バチカン公会議によって教えられたあらゆる事柄はカトリック教会の不可謬的な教義的決定および教えの光に照らして検討されなければならない。

しかしながら、それは今日起こっていることではない。今日起こっていることは、人々が「信仰」を第二バチカン公会議の光に照らして再決定しているということである。ファチマの聖母が、事柄の核心に真っ直ぐに進みながら、信仰の教義はポルトガルにおいては常に保たれるでしょう -- しかし、この警告がその時までに公会議が告知されていた1960年までに知らされなければならないとシスター・ルチアに告げながら、明らかに他の多くの場所では失われる -- と言われるとき、話されたのは確かにこの過程である。

この結論は1982年および2000年の教皇のファチマでの説教によって確証される。1982年に教皇はわれわれの救いの基礎が掘り崩されていると言われた。そして2000年には、福者ヤチンタと福者フランシスコの列福式の間の説教の中で、教皇ヨハネ・パウロ二世は「その『尾が天の星の三分の一を掃き落とし、それらを地上に落とす竜』(黙示録12:4)に関わることがないように人類に警告なさりながら、ファチマのメッセージは回心への呼びかけである」とわれわれに告げることによって今日われわれの救いに対する諸々の危険についてわれわれに警告された。再び、ファチマ・メッセージの明らかにされた部分のどこにわれわれはこのことを見出すか?どこにも見出さない。それゆえに、それは第三の秘密の中にあるに違いない。教皇は、第三の秘密が信仰の諸々の危険に関わっているということ、そしてカトリック聖職者の三分の一がそれに巻き込まれているということをわれわれに告げておられるのである。

攻撃は教会内部からである

今われわれは第三の秘密の本質のもう一つの項目に焦点を当てる。教皇はまたカトリック信仰に対する攻撃が内部から来ていると指摘された。彼は1982年にこう言われた:「聖霊において育み、すべての人の救いを望まれる愛のすべての力をもった御母がその子どもたちの救いのまさに基礎そのものが堀り崩されるのをご覧になって、黙っていることがおできになるだろうか?」「掘り崩す」という語は内部からわれわれの救いの基礎を弱めることを意味する。教会の外的な敵は外部から、侵入者は内部から攻撃する。後者の場合、攻撃は予期されておらず、そして皆の守りは弱まっている。攻撃者は「友人」と見られている。

そのように、カトリック信仰が内部から(1982年5月13日:「教会の子らの救いのまさに基礎そのものが内部から掘り崩されている」)カトリック聖職者によって(2000年5月13日:「天の星の三分の一」)掘り崩されているとわれわれに告げておられる教皇ヨハネ・パウロ二世をわれわれは持っている。

われわれが第三の秘密のこの局面を収集することができるもう一つの典拠があるということを指摘することによってわれわれはこの点を結論する。1963年にドイツの出版物 Neues Europa は第三の秘密の一部だと主張されたものを明らかにした:すなわち、枢機卿が枢機卿に対立し、司教が司教に対立する、と。われわれは、 Neues Europa の報告が出版されるべきかどうか問われたときに、オッタヴィアーニ枢機卿 -- 彼もまた第三の秘密を読んでいた -- 彼は非常にドライな人格の持ち主であり、またたいていの御出現に対してまったく無関心であったが -- は非常に強調してこう叫んだ:「1万部出しなさい!2万部出しなさい!3万部出しなさい!」注18)

次にわれわれは、ガラバンダルのメッセージが第三の秘密あるいは第三の秘密の一部を含んでいるという故マラキ・マルタン神父の証言を持っている。彼自身それを読んだがゆえに第三の秘密を知っていた、そしてまたガラバンダルのメッセージをも読んだマルタン神父は、バチカンが1960年に第三の秘密を公表しないことを選んだがゆえに、聖母は第三の秘密を明らかにするために1961年にガラバンダルに御出現になった、と言った。ガラバンダル・メッセージの中には何があるか?ガラバンダル・メッセージは、他のこともいろいろあるが、こう言っている:「多くの枢機卿たち、司教たち、そして司祭たちが地獄への道にあり、そしてもっと多くの霊魂たちを彼らと共に『引きずっている』」。霊魂たちを地獄の中へと引きずって行くという概念にもう一度注意せよ。同じ用語は「悪魔は彼らの美しい天職から転落した修道者や司祭たちが多数の霊魂を地獄へと引きずって行くことを知っています」というフエンテス神父に対するシスター・ルチアの見解のうちに、またその中で竜の尾が星(奉献された霊魂たち)の三分の一を天から引きずりおろす黙示録の書物における情景に言及しておられる2000年5月13日の教皇の説教のうちに現れている。

ガラバンダルの御出現は公式的には承認されていないけれども、ガラバンダルに対する管轄権を持っている司教 -- すなわち、サンタンデルの司教 -- はメッセージの中には何らカトリック信仰に反するものはないと言った。

攻撃は悪しき教説と同様に悪しき実践を含んでいる

ここで、聖職者(あるいは平信徒)のメンバーがよいかそれとも悪いかは、単に彼が言葉の上で信仰を擁護するかそれとも擁護しないかということだけによって決定されるのではないということを指摘しなければならない。ある司祭、ある司教、ある枢機卿あるいは教皇の教え(すなわち、言葉)を教導権の不可謬的な教えに比較することの他に、人はその人がまた彼の言葉(書かれたあるいは話された)によって、彼の行動によって、そして彼の生活のキリスト教的行為によってカトリック教会の正統的な諸々の実践を擁護しているかどうかを見る必要がある。人はその人物(司祭、司教、枢機卿あるいは教皇)が祝せられた秘蹟[聖体]に対する不敬のような heteropraxis 異なる実践 -- 信仰に反する実践 -- に従事しているかどうかを知る必要がある。

信仰は明白な仕方でか、それとも巧妙な仕方でかのいずれかで、為される行動によって攻撃され得る。われわれの行動はわれわれの言葉を支持しなければならない。われわれはわれわれの思想、言葉、そして書き物における教説を擁護することによって、そしてまた信仰に対するわれわれの信奉を支持する教会の敬虔な実践を擁護することによって信仰を擁護する。決定された信仰が信じられるべきではないという印象を与える新奇な実践を地方小教区の中へ(あるいは地方司教区あるいは地方教会管区、あるいは教会博士たちが起こり得ると書いた普遍的教会の中へさえ)導入することによって、人はこの異なった実践によって小さき人々を、そして何人かの学問のある霊魂たちをさえ、つまずかせるのである。

例えば、われわれはトレント公会議の荘厳な決定によって、聖別されたホスチアは実際神の現存である -- すなわち、イエズス・キリストの霊魂と神性と共に、われらの主イエズス・キリストの身体と血である -- ということを神がわれわれに保証なさっているということを知っている。ところで、プロテスタントの反逆者たちはこの信仰箇条を否定したいと望み、そして同じことをするように他者に影響を与えたいと望んだ。それゆえ彼らは手の中への聖体拝領の実践を導入した(それはもともとイエズスが神であることを否定するために四世紀のアリウス派の異端者たちによる広範囲の実践として導入されたものであった)。この象徴的な行動によって、彼らの否定はすべての者に明らかであろう。

異なった実践は現代においては多くのカトリック教徒を躓かせて[聖体における神であるキリストの]真の現存に対する彼らの信仰を失わせるために教会の敵どもによって用いられてきた。だからこそ、手の中への聖体拝領の乱用は何世紀にもわたって、教会の普遍的な法によって禁止されてきたのであり、そして今日まで教会法によってなお禁止されているのである。教会法の文字に反する最近のインダルト[すなわち、許可]はこの実践が真の現存への信仰をへらすことへと導かない、そして真の現存に対する尊敬をへらすことへと導かない限りでのみ許されているのである。しかし、異なった実践のこの形式と共にわれわれ自身の日常の経験からわれわれが見ることができるように、それは常にそのような方向に[信仰や尊敬をへらす方向に]導いているのである。注20)

他方において、正統的な教説を擁護する実践は orthopraxis 正しい実践として言及されている。これらは以下のことを含んでいる:すなわち、祝せられた秘蹟[聖体]の現前するところでは跪くこと、聖体を舌の上に配る / 受けること、祝せられた秘蹟を収めた聖櫃を至聖所の中心に注目(および礼拝)の第一の焦点として維持すること、そして祝せられた秘蹟における神の現存に対するしかるべき尊敬を示す至聖所内部での聖職者の荘厳な行動。 orthopraxis (信仰を擁護する正統的な行動)のこれらの例は、祝せられた秘蹟が、-- 神に対する人間の適切な尊敬と同様に、神の真の現存 -- パンの外観の下でのわれらの主イエズス・キリストの身体、血、霊魂そして神性 -- であるという教義の真理を証言している。

真の現存の教義に反する異なった実践は手の中への聖体拝領を含む。この形式の異なった実践は祝せられた秘蹟がそれほど重要ではない、それは単なるパンであるという誤ったメッセージを信徒に与え、そしてそれは神の真の現存 -- パンの外観の下でのわれらの主イエズス・キリストの身体、血、霊魂そして神性ではないという異端を促進する。この領域における異なった実践のもう一つの例は祝せられた秘蹟がまします聖櫃を至聖所から永久に取り除いて脇の部屋あるいは掃除道具収納室へと移すことである。その結果、至聖所における注目(と礼拝)の主要な焦点は「ミサ聖祭執行司祭」の座あるいは「集会」の「主宰者」となる。座席に座っている人物が祝せられた秘蹟よりももっと重要であるというメッセージが巧妙に与えられ受け取られる。そして「主宰者」(あるいは「集会」の議長)は人々を代表するからして、そのとき、神は人々より重要ではないというメッセージが巧妙に与えられるのである。

これらの例は以前に引用された教皇ピオ十二世の言葉を再びわれわれに思い起こさせる:

親愛なる友よ、共産主義[ファチマのメッセージにおいて言及された「ロシアの諸々の誤謬」の一つ]は教会および神の啓示の伝統に対して用いられるために転覆の諸々の道具のうちの最も可視的なものにすぎないということを考えなさい....私はファチマのルチアに対する祝せられたおとめのメッセージのことが気がかりである。教会を脅かしている諸々の危険についてのマリアのこの固執は教会の典礼、教会の神学そして教会の魂において信仰を変えるという自殺に対する神の警告である....文明化された世界がそのかみを否定し、ペトロが疑ったように教会が疑う日が来るであろう。教会は人間が神になったと信じるように誘惑されるであろう....われわれの教会において、キリスト教徒が、そこに神が彼らを待っておられる赤いランプを探すが無駄であろう。ちょうど空の墓の前で泣いているマリア・マグダレナのように、彼らは「彼らは主をどこに持ち去ったのでしょうか?」と問うであろう。注21)

教皇ピオ十二世の言葉から、そのとき、祝せられた秘蹟に対する異なった実践のこれらの上述の形式がファチマの第三の秘密において明白に言及されていたと思われる。なぜなら、教皇ピオ十二世がそれらをファチマ・メッセージに関係づけられているのに、それらは公表されたメッセージのどの部分においても言及されていないからである。それは、それらが第三の秘密において -- すなわち、まだ公表されていない部分において -- 言及されているに違いない理由である。教皇ピオ十二世は「教会の典礼、教会の神学そして教会の魂において信仰を変えるという自殺」に対してわれわれに警告しておられるのはファチマの聖母であるとはっきり言っておられる。それゆえに、第三の秘密は「信仰の教義」に対する攻撃として誤った教義と異なった実践両方についてわれわれに警告しておられるのである。

攻撃はわれわれが今目撃している聖職者の道徳的堕落を含んでいる

われわれが今日見ているように、司祭階級のメンバーたちの性的非行を含む大規模な、世界的なスキャンダルの爆発と共に、大きな危機のこの時期の間の教会に対する攻撃の第三の線が存在する:すなわち、多くの奉献された霊魂たちの道徳的堕落である。竜の尾は異端と異なった実践を通じてばかりではなく、また不道徳を通じても、天から -- 彼らの奉献された状態から -- 霊魂たちを掃き落としている。フエンテス神父に対するシスター・ルチアの陳述を思い起こしてみよう:

悪魔は奉献された霊魂たちを手に入れようと望んでいます。悪魔は平信徒の霊魂を眠りに誘い込み、そしてそのことによって彼らを最終的な悔い改めないあり方へと導くために彼らを堕落させようと努力しています。

マリアの汚れなき御心とイエズスの聖心を苦しめているのは、修道者や司祭の霊魂たちの堕落です。悪魔は彼らの美しい使命から転落した修道者や司祭たちが無数の霊魂たちを地獄に引きずって行くことを知っています。

今日、われわれは北アメリカ、ヨーロッパおよびアフリカの至るところの司教区において言葉で言い表しようのない性質の性的スキャンダルにおいて今明らかにされているカトリック聖職者の間の広範な堕落を見ている。竜の尾は聖職者階級の多くのメンバーたちを最もひどい形の不道徳の中へと引きずって行った。

その結果として、彼らの誓願を守り、信仰を保っている多くの司祭たちの信用は、一つの制度としての教会のまさに信用そのものと共に、破壊されている。たといよい教義とよい実践があるとしても、これらの諸々の利益は、道徳的堕落が教会の信用を掘り崩すときしばしば否定される。

誰が責任を負うべきか?

ところで質問が起こる:しかし第三の秘密において、異端、異なった実践、道徳的堕落そして奉献された霊魂たちの堕落を通じて信仰を掘り崩していることに対して責任を負うべき者として誰が同定されているのか?まず第一に、それはバチカン当局のメンバーたちである。われわれは教皇ヨハネ・パウロ二世の公式の教皇つき神学者であるチアッピ枢機卿の「第三の秘密の中では、他にもいろいろあるが、教会における大背教が頂点で始まるであろう、ということが予告されている」というすっぱ抜きに再び注目する。このように、責任は何よりもまずバチカンにおける人々にある。この点において、われわれは単に第三の秘密の実現ばかりではなくて、また1907年の回勅 Pascendi における教皇聖ピオ十世の警告の実現をも見る。彼はその中でこう書いておられる:「誤謬のパルティザンたちは単に教会の公然の敵どもの間に探されなければならないだけではなく;教会のまさに懐の中に探されなければならない。そして彼らが公開されることが少なければ少ないほどそれだけ有害である。」これらの敵どもは「教会の敵どもによって教えられた有毒な諸々の教説を完全に吹き込まれている」平信徒や司祭たちであり、自分たちを「教会の改革者として」押し出している。注22)

聖ピオ十世はこう力説しておられる:

「教会はそれ以上に大きな敵を持たない。なぜなら、彼らは外部からではなく、内部から、教会の破滅のための彼らの計画を実行するからである。それゆえ、その危険は教会のほとんどまさに血管そのものおよび心臓そのもののうちに存在する。教会の損害は教会についての彼らの知識がより詳細であるというまさにその事実からより確実である。」注23)

「彼らは諸々の神学校や大学における教授職を利用する。そして徐々にそれらを悪疫を広める座にする。」注24)

「今やこれらの人々から仮面を剥ぎ取り、彼らのあるがままの姿を教会に示すべき時である。」注25)

しかし、こう質問されるであろう:「どの聖職者が教皇ヨハネ・パウロ二世によって仄めかされた星の三分の一の部分であるかをわれわれはどのようにして知るのか?」その答は再び不可謬的に決定されてきたものの中にある。信仰を擁護する者、イエズスの教えに固くしがみつく者は友である(黙示録12:17)。そうでない者は敵である。われらの主が言われたように:「彼らの実によってあなたは彼らを知るであろう。」(マテオ7:16)。人は彼らがカトリック信仰を荘厳な決定によって決定されたものして擁護するかどうかによって誰を信頼すべきかを告げることができる。もう一つのしるしは彼らが同じように彼らのカトリック信仰を生きているということである。

要するに、教皇パウロ六世が1967年に「サタンの煙が教会に入った」、そして1973年に「世界への開放が世間的思考による教会の真の侵入となった」と嘆かれたとき、彼はただ第三の秘密の内容を確証されたにすぎなかった。教皇ヨハネ・パウロ二世も1982年と2000年の彼のよりベールで覆われた陳述においてそうであった。ファチマの偉大な秘密の最初の二つの部分は世界中にロシアの諸々の誤謬が広まることについて警告している。第三の秘密はその完全な内容において、確かにそれらの誤謬が教会自身に侵入するであろう、そして特に第二バチカン公会議での「世界に対して開かれること」を通じてそれが支配するということの警告である。フリーメーソン、共産主義者、ネオ近代主義者そして同性愛的諸要素によるカトリック教会への侵入は信徒席におけるカトリック教徒の間での彼らの活動の破滅的な諸結果と信仰の喪失のうちに見られる。

そのような大災難がわれわれの時代に教会に降りかかってきたという主張を嘲笑する人々に対して、われわれはただ、彼らが盲目である、そして彼らは、非常によく似たあることが以前に起こったということを示している教会それ自身の歴史を無視したと言うことができるだけである。われわれは以前にアリウス派の異端の間の教会の状態についてのニューマン枢機卿の記述を仄めかした。彼の On Consulting Faithful in Matters of Doctrine という書物に見られるその記述からのもう少し長い引用は今日の教会における事態が前例のないものではないということを十分に証明している:

司教団は彼らの信仰告白において失敗した...彼らはある者が他の者に反対してさまざまに話した。ほとんど60年間、ニケア[公会議]以後、堅固な、不変の、首尾一貫した証言は何もなかった。そこには信頼できない諸公会議があり、不忠実な司教たちがいた。そこにはカトリック教会のほとんどあらゆる方面の中へと拡がっている終わりのない、希望のない弱さ、諸結果の恐れ、誤った指導、錯覚、妄想が存在した。忠実なままに留まった比較的少数の人々は信用されず、そして追放された。残りの者たちは欺く人々かあるいは欺かれる人々かの何れかであった。注26)

ニューマン枢機卿の書物の要点は、アリウス派異端の危機の間信仰を生き生きと保ったのは、聖アタナシウスのような少数のよい司教たちと共に信仰の決定された教義にしがみついている平信徒であったということである。今日もそうである。

しかしアリウス派異端の危機と教会における現代の危機との間の大きな相違の一つは、おとめマリアが単にわれわれに現代の危機について予め何年も前に一つの警告を与えられただけでなく、また聖母のファチマでの要求に従うことによってそれを避ける手段をも与えられたということである。第三の秘密のうちに含まれた警告を教会から奪ったこと、教会に対して破滅的な新しい方向づけを押しつけ、そして教会が敵によって侵略されることを許したまさにそれらの人々を暗に指している背教の預言を隠したこと、このようにして信徒がそのすべての原因を理解しそれに対して自ら武装することを妨げたことはここで問題になっている大きなそして恐るべき犯罪の別の鍵になる要素である。

にもかかわらず、隠蔽は成功しなかった。ファチマのメッセージは葬り去られなかった。第三の秘密の公開だとされたものに対する不信は広範囲であり増大している。このことを知って、われわれが同定したバチカン当局のメンバーたちは教会と世界に対する彼らの犯罪をこのようにさらに重くしながら、2001年11月17日のなおもう一つの埋葬を試みた。われわれは今やこの展開を考察する。

脚注

1. Frère Michel de la Sainte Trinité, The Whole Truth About Fatima - Vol. III, p. 704.

2. Ibid., p. 687.

3. Ibid., pp. 705-706.

4. The Whole Truth About Fatima - Vol. III, pp. 822-823. See also Jesus magazine, November 11, 1984, p. 79. See also The Fatima Crusader, Issue 37, Summer 1991, p. 7.

5. The Whole Truth About Fatima - Vol. III, p. 676.

6. Contre-Réforme Catholique , December 1997.

7. See Father Gerard Mura, “The Third Secret of Fatima: Has It Been Completely Revealed?”, the periodical Catholic, (published by the Transalpine Redemptorists, Orkney Isles, Scotland, Great Britain) March 2002.

8. Ibid.

9. The words in parenthesis in this paragraph are now inserted into the Tridentine profession of faith by order of Blessed Pope Pius IX in a decree issued by the Holy Office, January 20, 1877. (Acta Sanctae Sedis, X [1877], 71 ff.)

10. In Paragraph 6 of the Encyclical Quanta Cura which was issued with the Syllabus on Dec. 8, 1864, Blessed Pope Pius IX stated solemnly: “Amid, therefore, so great perversity of depraved opinions, We, well remembering Our Apostolic Office, and very greatly solicitous for Our most holy Religion, for sound doctrine and the salvation of souls which is entrusted to Us by God, and (solicitous also) for the welfare of human society itself, have thought it right to raise up Our Apostolic voice. Therefore, by Our Apostolic Authority, We reprobate, proscribe and condemn all the singular and evil opinions and doctrines severally mentioned in this Letter, and will and command that they be thoroughly held by all children of the Catholic Church as reprobated, proscribed and condemned.” (Our emphasis) Taken from The Popes Against Modern Errors, (TAN Books and Publishers, Rockford, Illinois, 1999) p. 21.

11. Cardinal Joseph Ratzinger, Principles of Catholic Theology, (Ignatius Press, San Francisco, 1987) pp. 381-382.

12. Ibid., p. 380.

13. The Balamand Statement, No. 30, June 23, 1993.

14. See footnote 10 of this chapter.

15. Vatican Council I - 1870 A.D., see Denzinger (Dz.) 1836.

16. Vatican Council I, see Dz. 1800.

17. Through his negligence, Pope Honorius had been largely responsible for the spread of the Monothelite heresy by asserting that there is only one will in Christ, the divine will?an error that implicitly denies that Christ is both true God and true man?, although he understood this in a Catholic sense, namely that there could not be a conflict between the divine will and the human will of Christ. However, his formulation allowed the Monothelite heretics to assert that there was only one will in Christ and that the Pope agreed with them.

18. Personal testimony of retired Vatican Msgr. Corrado Balducci to Father Nicholas Gruner, Christopher Ferrara and various other witnesses. This fact is also attested to by Marco Tosatti in his book Il Segreto Non Svelato (The Secret Not Revealed), (Edizioni Piemme Spa, Casale Monferrato, Italy, May 2002), p. 86.

Marco Tosatti writes: “Father Mastrocola, director of a religious newsletter ‘Santa Rita’, asked Cardinal Ottaviani the permission to reprint the prophecies made in ‘Neues Europa’. The reply was encouraging, but in the light of the ‘revealing’ of the secret of June 26, 2000, embarrassing. ‘Do it, do it’?replied the Cardinal custodian of the Third Secret?‘publish as many copies as you want, because the Madonna wanted it to be published already in 1960.’ And of that text Vatican Radio also spoke in 1977 on the occasion of the tenth anniversary of the trip of Pope Paul VI to Fatima. The text of ‘Neues Europa’ received great circulation and was republished even in the L'Osservatore Romano Sunday edition of October 15, 1978”.

The Italian original is as follows: “Padre Mastrocola, direttore di un foglio religioso, «Santa Rita», chiese al cardinale Ottaviani il permesso di riprendere l'anticipazione fatta da «Neues Europa». La risposta fu incoraggiante, ma alla luce dello «svelamento» del segreto del 26 giugno 2000, imbarazzante. «Fatelo, fatelo pure?rispose il porporato custode del terzo segreto?pubblicatene quante copie vi pare, perché la Madonna voleva che fosse reso noto già nel 1960». E di quel testo parlò anche la Radio Vaticana nel 1977, nel decennale del viaggio di Paolo VI a Fatima. Il testo di «Neues Europa» conobbe grande fortuna, e venne ripreso persino il 15 ottobre 1978 dall' «Osservatore della Domenica»”.

19. See Francis Alban, Fatima Priest, First Edition, (Good Counsel Publications, Pound Ridge, New York, 1997) Appendix III, “A Prophetic Interview with Sister Lucy of Fatima”, p. 312. See also The Whole Truth About Fatima - Vol. III, pp. 503-510 for the text of this interview together with further explanations by Frère Michel.

20. See Fatima Priest, Editions 1 and 2, Appendix V, “Regarding Communion in the Hand”. See also The Fatima Crusader, Issue 28, June-July 1989, pp. 33ff, 34ff, 36ff; The Fatima Crusader, Issue 29, Sept.-Nov. 1989, p. 16; and The Fatima Crusader, Issue 7, Spring 1981, p. 11.

21. Pope Pius XII, quoted in the book Pius XII Devant L'Histoire, pp. 52-53.

22. Pope St. Pius X, Pascendi Dominici Gregis, para. no. 2.

23. Ibid., no. 3.

24. Ibid., no. 61.

25. Ibid., no. 3.

26. John Henry Newman, On Consulting the Faithful in Matters of Doctrine, (Kansas City, Sheed and Ward, 1961) p. 77.

 

2005/06/23 三上 茂 試訳
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作成日:2005/06/23

最終更新日:2005/07/09

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