オレは今、緩やかな坂道を必死に走っている。
約束の場所へ向かって。








・・・向かう想い、待つ想い・・・








「明日さ、仕事終わったらちょーっと付き合え。な?」
デートに誘ったのは昨日の夜。
の携帯へ連絡して少し強引に約束を取り付けた。
次の日は羽学の創立記念日で休みだし
少し遅くなっても大丈夫かな〜ってちょっと甘えもあったりして。

オレ達は気軽にメシに行ったり、ドライブに行く仲。
だけどそれは「先輩後輩」としての関係。
そんな恋人未満の位置から少しでも進展したかった。
そう思う様になっていた。

『どこに行くんですか?』
「それは明日のお楽しみ。
駐車場が無い所だから、一緒に歩いて行こう。」
『分かりました。場所はナイショなんですね!
ふふっ、楽しみにしてます。』
思った以上に良い返事にほっとしたんだ。



そう言う訳で朝からそわそわしっぱなしのオレ。
の前では出来るだけ平静を装ったけど
(なぜだか)有沢には全てお見通しの様で
「浮かれてるのは分かるけど
イライラしてくるから少し落ち着いてくれない?」と
何度も釘をさされた。

そんなそわそわも後少し。
店先に並んでいる花たちを店内へ入れれば
今日のオレの仕事は終了だ。
2軒先のレストランへ
伝票を届けに行っている有沢が戻り次第速攻で出よう。


今、ここに一緒に行くはずだったの姿はない。
商店街にあるブティックへ生花を届けたら
そのまま帰っていいと言う店長の言葉に
一足先に目的地へ向かう事になったのだ。
そんなハプニングがオレの緊張を更にあおってくれる。

頼むからこのまま何事もなく終わってくれよ。
思わず両手を合わせた時だった。
「あの・・・。」
振り返ると店先に小さな女の子が一人、立っていた。









「遅くなってごめんなさい!交代する・・・真咲君!!
さんと待ち合わせしているんでしょう!?何を・・・」
目の前にいた女の子、慌てた声に不安げな顔になる。
ぎゅっと握られるこぶし。
「大丈夫、もう少し待ってろな。」
女の子はかたい表情のまま頷く。


「雨、降り出したわよ。後は私がやるから早く行きなさい。」
ドンとオレを押しのけ、小さな花束の前に来た有沢は
てきぱきと残りの作業を始めた。
「このお兄ちゃんが作るよりもずっと素敵なのを作るわね。」
その声に女の子の表情はぱっと明るくなり
「うん!」と言う声が店内に響いた。

手際よくラッピングをする有沢に「さんきゅ」と小声で伝えると
「この借りは高くつくわよ。」と小声で返ってきた。
「私の傘使っていいから早く行きなさい。」
「おう、じゃ、あと頼むわ!!」

言い終わらない内にオレは外へと飛び出していた。






雨の降る繁華街は妙に明るかった。
夕方の渋滞でヘッドライトが行き交う中の元へと走る。
腕時計に目をやると
約束の時間から既に30分が経過していた。


自分から誘っておいて大遅刻なんてサイテーだ、オレ。
こんな時に限って携帯家に忘れて来るし!!
自分のドジっぷりに今更ながら呆れる。

小降りだった雨はとうとう本降りになり
容赦なく斜めに振り付けて来る。
傘はその役目を果たさなくなり
びしょびしょの靴は
地面に付く度にぐしょりと嫌な感触がした。
この雨の中待っていてくれてるのだろうか・・・。
まだ居て欲しいと言う気持ちと
もう帰っていてくれと言う気持ちが交差する。



繁華街から少し離れると車はスムーズに流れていた。
激しい雨のせいでたまらずにカフェへ避難する人
タクシーで帰路につく人と、真っ直ぐ伸びた歩道には
ほとんど人の姿が無かった。
約束の場所はもう目の前。

あいつは・・・は・・・







いた。

雨の中ブルーの傘をさして、そこに。
オレを見つけると嬉しそうに手を振り
小走りでこっちへ駆けてくる。
足もスカートもびしょ濡れじゃねぇか・・・!
こんな雨の中、雨宿りもせずここで待ってたのか!?
大遅刻のオレを!!


いろんな思いが溢れて止まらなくなった。

手から傘が落ち
その数秒後、腕の中にあったのは小さな体。
「私達、映画の主人公みたい。」
楽しそうに言う
「・・・こう言う時は黙って抱かれとくもんだ。」
そう言うとはくすりと笑って
オレの胸におでこを押し当てた。




なかなか踏み出せなかった一歩を
こういう形で踏み出すとは思ってもいなかった。
少しでも近付きたいと思ってたとの距離は
こんなに近くて
は今、オレの腕の中に居る。
オレ・・・頑張ったんだよな?
これはそんな自分自身へのご褒美。
だから、もう少しだけこのままで・・・。







++++++++++++++++++++







店長が出張の為、急遽入った日曜日のバイト。
朝一ではばたき学園の教会へ向かった。
何でも卒業生の結婚式があるそうで・・・。
今日は雲一つ無い良い天気。
きっと素敵な式になる事だろう。
会う事は無かったけど、新郎新婦の幸せをそっと祈った。

無事配達も終わり戻ってきたアンネリーの駐車場。
車から降りる間も無く
慌ただしく裏口から出て来た有沢に捕まった。

「真咲君!!!あの後どうだったの?
協力したんだから聞く権利くらいあるわよね?」
ドア越しにぐいと近付く顔に思わずたじろぐ。
さんに聞いてもにこにこしながらはぐらかされて
全く状況が分からないんだもの。
あの雨だったでしょう?心配してたのよ!」

の事、何かと可愛がってるから気になるよな。
相手が同じバイト先のオレなんだから
そりゃ尚更、な。
「そうだな、ん〜まぁ、それなりに・・・。」
「それなりって何?よく分からないわよ!」
「えぇっとぉ・・・」
目をそらした時、視界に入ったの姿。
手に何かを持ってこっちへ向かって来る。
何か・・・嫌な予感。


「先ぱーい!お借りしてたTシャツ・・・」
「わっ、バッ!!!」
「何?何でそんなに慌てる・・・」
少ししてから
決して大きくない有沢の目がどんぐりの様に丸くなった。

「・・・そう。そう言う事。さん、明日じっくり聞かせてちょうだいね。
真咲君もやる時はやるのね。安心したわ。
そうね、お礼はアナスタシアの新作ケーキ全部でいいわ。」
「ちょっ・・・有沢っ!!!!」
満面の笑みを浮かべながら店内へと戻って行く。
「そうそう。今から結婚式に出ないといけないから後はよろしく。」
「お、おう・・・!」

その場に残されたオレと
2人だけの秘密では無くなった事に思わず照れ笑いをした。





「真咲くーん、アナスタシアへ集金お願い〜!」
店の中から聞こえたパートさんの声。
「了解でーす!」
このまま車から降りずに出掛ける事になりそうだ。

「先輩、気を付けて。」
右側の頬に感じた温かい感触はオレだけのもの。

「んじゃ、行ってくるわ!」
軽く右手を挙げ、駐車場を後にした。
ルームミラーに映るを見ながら
次の休みには少し遠出をしてみるか・・・なんて考える。
紅葉が見ごろになったら
勝己達も誘ってみんなで泊まりに行くのもいいな。
まだ決まってもいない小旅行に心がはやる。


なぁ、
これから一緒にたくさんの事を経験して行こう。
楽しい事も、嬉しい事も、悲しい事も、苦しい事も一緒に。
だけど、おまえの笑顔が曇らない様に
悲しい涙が流れない様に、オレ頑張るから。



窓から入る風に混じって
ほのかにきんもくせいの香りがした。
まだまだ暑い日が続いているけど
その香りは確実に秋が来ている事を物語る。

早く集金済ませてアンネリーに帰ろう。
今別れたばかりだけど、もうおまえに会いたい。





赤信号で止まった車の前を
2匹の赤とんぼが仲良く通り過ぎて行った。













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