〜今月の目次〜

第8号 2007年1月30日

 ▼ 所長のミパド
 ▼ カンボジア・スラム
  ▼ 学校建設の現場から、その2
  ▼ 特別寄稿
 ▼ スタッフインタビュー第7回
 ▼ 事務所の動き


SVAカンボジア事務所は去年10月に2人の新スタッフを採用しましたが、それに加えて、今月さらに2人のスタッフを採用しました。 現在2人の日本人(3月にはもう1人日本人が派遣される予定)、32人のカンボジア人がSVAカンボジア事務所に働いています。 新しくスラム事業課のアシスタント・コーディネーターになるヘーン・ソーチェアトさんは先週22歳になったばかりです。 ソーチェアトさんは2006年にプノンペン大学哲学科を卒業し、いろいろな団体でボランティア活動をした経験があります。 新しく図書館事業課のインストラクターになるスタッフはカンポート州教育局に十年以上に勤めた37歳シーヴ・フーンさんに決定しました。 二人は2月5日からSVAで仕事を始めます。若手スタッフがまた1人増え、SVAカンボジア事務所は3世代がそろっていますが、女性スタッフが少なくまだ圧倒的に男性が多いですね。 昨年の二人と今年の2人の新しいスタッフはいずも昨年退職したスタッフの代わりに採用しました。 時間がかかったのは去年スラム事業課のアシスタント・コーディネーターに応募した人の中にあまり相応しい人がいなく、 今年あらためて募集しました。

所長のミパド(ミッション、パッション、ドリーム)

カンボジアのモデル小学校への夢

カンボジアに赴任して以来、カンボジアの農村の小学校を訪問する度にどうしても理解できないことがあった。その一つに、まず、大半の小学校に運動するグラ ンドが無いこと。広い場所はあっても、最近のカンボジアの環境ブームの影響か、校庭のど真ん中に木が無計画?に植えられて子どもたちが運動をする場所がな いこと。もちろん教室の不足、先生の不足、教科書、教材の不足と数えたらキリがない。

また、国旗掲揚塔が校庭のど真ん中に作られてしまいやはり運動が出来ない。さらに農村には、大抵、野生の芝が生えているがそれを上手に使えば、日本では出 来ない到底出来ない夢の芝生の校庭が出来るのに、わざわざ野生の芝を切り取っている。芝があれば、雨期は校庭がドロドロにならなくて済む。乾期は埃を防げ る。農村の小学校をよく観察すると、子どもたちは残った芝を上手に使って雨期は、ドロドロにならないので遊んでいた。乾期も埃りが立たないので上手に遊ん でいた。

小学校の建設とは、校舎だけを作ることではないはずだ。カンボジアの教育省は、正式には、「教育・青年・スポーツ省」。スポーツが、体育がほとんど小学校 で教えられていない。また、その場も小学校には無い。カンボジアの教育省にも、小学校の建設基準がまだ整備されていない。もちろん地方の県の教育委員会に も存在していない。

とうとうカンボジア国内だけで考えていては、柔軟な発想は出来ないと昨年、12月末にタイの東北地方で、カンボジア文化県のスリン県バーンサワイ村の小学 校や図書館の視察・交流研修を強行した。村では、カンボジア語の話せるティラポンサン、バンヤー和尚、元バーンサワイ小学校のプラサート校長等が講師と なって様々な経験を話してくれた。

カンボジアと自然、気候、文化も変らないバーンサワイの小学校を見て「小学校の建設は、20年後の将来を見据えて校舎の位置、運動場、木を植える位置、遊 び場等を計画的に設計しなければならない」というバーンサワイ村の先生たちの言葉に、SVAのカンボジア人スタッフたちは感銘を受けた。これまでは、教 室、校舎全体、井戸、トイレの建設の質には自信があつた。これからは、さらに今後は、学校全体の設計のモデルを作る夢が広がっている。

快適・機能的且つ耐久性のある教室、校舎、井戸、トイレに加えて、SVAの特徴である図書活動、さらに運動場、木や花といった環境のモデルを作ることを具 体的に開始した。まずは、3月1日から3日間、コンポントム県で、県の教育長をも参加して、モデル、夢の小学校作りの研修会を開催予定。

今年、カンボジアの小学校のモデルを具体的に作る一歩を歩み始めた。知育、徳育、体育、健康、子どもたちが心身ともに健やかに育つためには、教育環境の整備は欠かせない。カンボジアという教育の遅れの逆境を生かして、夢と逆転の発想でモデル作りの夢に挑みたい。

八木沢克昌

カンボジア・スラム

スラムコミュニティー図書館、またまた移転

昨年の8月号でブディングスラムの一部移転によってSVAの支援するコミュニティー図書館が同じスラムのほかの地区に移転したことを覚えておいででしょう か?しかし、とうとう移転の波はここにも押し寄せ、12月末にほかのスラムに図書館を移転することを決定し、大晦日、12月31日にブディングスラムから 5分ほどのところにある、T85スラムに移転しました。

T85スラムは150世帯ほどの小さなスラムです。1979年のポルポト政権崩壊後、プノンペンのあちこちに軍隊が駐留していましたが、ここにはT85と 言う部隊が駐留していたため、そのままこの地区の名前になりました。ですから、このあたりはT86、T87という地域が隣にあります。そこに、地方から流 入した人々が住み始め、スラムが形成されてゆきました。とはいっても、その当時プノンペンはどこもこんな感じで地方から人が入ってきて住み始めましたか ら、特にこのあたりだけがスラムと言うわけではなかったはずです。

さて、このT85スラムですが、ロシア大使館のすぐ南、大通りから路地を1本中に入ったところにあるのですが、大変こじんまりとしたきれいなスラムです。 というのも、住民委員長が大変しっかりとした女性で、住民の結束が固く、みんなで協力して道路などのインフラ整備をしたからだそうです。SVAの図書館活 動の話をすると、ぜひこのスラムでと言うことで、住民委員長の自宅の敷地にある2階建ての小屋を図書館として貸してくれることになりました。

早速開設した図書館には毎日20人ほどの子どもたちがやってきます。幸いに、このスラムは移転の話はないということで、図書館をさらに整備するとともに、今後はここを拠点として、プノンペンのスラムを回る巡回図書館活動を展開してゆく計画です。

手束耕治

学校建設の現場から、その2

SVAの立てる校舎はなぜ頑丈


自画自賛になってしまいますが、以前コンポントムのある小学校がSVAではないところの支援で校舎を建設しましたが、そのすぐあとにSVAが支援して建て た隣の小学校の校舎を見て、「うちもSVAに建ててもらえば良かったなあ」と校長先生が大変残念がったそうです。また、何年か前にカンボジア政府教育省で 学校建設についての会議があり、それぞれの団体、機関が自分たちの学校建設について発表したのですが、その折教育省の専門家からSVAの校舎は大変しっか りしていると、お褒めの言葉をいただいたことがありました。

ずばりその秘訣はなにかと申し上げますと、SVA学校建設事業課には2人も建設のエンジニアがおり、厳しくきめ細かな指導をしているからです。ひとりはこ の道30年以上の経験を持つ超ベテランのハウ・スタッフ。もう一人は旧ソ連邦で土木工学の修士号を持つ若手のサミースタッフです。この2人がいるおかげ で、しっかりした業者を選定できるだけでなく、SVA独自の建設設計図を作成し、もし業者が契約に違反して図面通りに工事を行わないときは壊してもう一度 やり直させることもあるのです。

建設現場では業者が派遣した現場責任者(といっても、単なる監督ではなく、自分が先頭になって仕事を進め、指図するので、大工の棟梁と言ったほうが適切か もしれません)が住み込みでずっと張り付いており、最も重要な役割を果たしています。この責任者にスタッフは毎回図面を見ながら、技術指導をし、確認して ゆきます。ところが、田舎の小学校の建設ですから、現場責任者の中には図面がうまく読めない人もいます。しかしそれでもスタッフは根気良く、地面に図を描 いたりしながら工事に間違いがないように指導してゆきます。

とはいえ、SVAスタッフが現場にずっと駐在することはできないので、重要な箇所の工事の時は校長先生や学校建設委員長にも参加してもらって、業者がしっ かりと工事をするように見てもらっています。また、業者にはできるだけ地元の村人を建設労働者として雇うようにしてもらっていますし、基礎の盛り土工事に は学校の生徒も参加します。まさに、みんなで作る学校だからしっかりしたものができると言うわけですね。

手束耕治

特別寄稿

悲しいタイからの知らせ


SVAの支援するバンコクのチュアパーン・スラムに住む「チンタナーさんが危篤です」。と、連絡を受けたのが、今年の1月20日。連絡を受けとったのは、 プノンペン。SVAタイ事務所の奨学金を担当しているスタッフの江幡さんからの連絡だった。この時には、すでに意識は無く、かろうじて心臓が動いている状 態だった。危篤の彼女のお母さんから「どうしても可愛がってもらっていた八木沢さんに連絡をして、安らかに休むようにと祈って欲しい」。とのことだった。 プノンペンから、「もう本当に頑張ったから苦しまないで、安らかに眠るように」と祈った。一日でも長く生きていて欲しいという気持ちと、もう苦しまないで という気持ちが入り混じっていた。私たちにとっては、可愛がるどころか、世界でも困難な心臓と肺の同時移植手術を手術してから3年持てばと言われていなが ら懸命に生きる姿に勇気づけられて励まされていた立場だった。

チンタナーさんは、今から11年前の1996年、先天性心疾患による気管支拡張症のために、タイはもちろん世界的にも稀な心肺同時移植を受けた。しかし、 彼女が生きるためには、高価な輸入の免疫抑制剤を飲まなければならなかった。飲まなければ、生命の危機にすぐ直面した。薬代は、当時、月2万バーツ(6万 円)。毎年のように、国内外の新聞等に彼女の薬代の支援を呼びかけて何とか支援続けていた。その後、タイ政府からの特別の医療の援助が受けられるように なった。チンタナーさんの夢は、看護婦になることだった。しかし、健康状態から無理だとわかると、通信性の大学で学び、何と先週、見事に卒業したばかり だった。来週には、卒業証書を授与される予定だった。

1月23日、午後、とうとう安らかな眠りに入り、天国へと旅立った。1月24日、チンタナーさんが横たわるバンコクのお寺を訪ねると、お母さんが私の顔見 ると、泣きながら胸に飛び込んできた。慰めの言葉は見つからなかった。横たわるチンタナーさんの顔は安らかだった。そして、彼女の身体には、大学の卒業式の 時に着る眩しいばかりのガウンが着せてあった。チンタナーさんの手を握るとやわらかく、少し温かった。

チンタナーさんは、少しでも学費や薬代の足しにと、体調がいいと、スラムの前で炎天下のアイスクリームを売ったり、サンドイッチを自分で作って売ったりし ていた。そして、だんだん外で働けなくなると、得意の手工芸作の才能を生かして様々な手作りのブレスレット等を作って売っていた。いつ死ぬかわからないと いう恐怖の中でも、夢を忘れずに懸命に生きたチンタナーさん。

最後に会った昨年の12月末「大学の卒業式には、カンボジアから来て必ず出るからね」。と、いって別れたのが最後となってしまった。チンタナーさんのお通 夜には、チュアパーン・スラムの住民に混じって、SVAからの奨学金を受けている子どもたちも参加していた。そして、SVAのタイ事務所の江幡さん、田村 さんも毎日の入院中のチンタナーさんや家族を励ましていた姿が心に残った。チンタナーさんの生きる姿を通して、私たちも命の大切さ、生きることの意味を本 当に考えさせられました。24才の短い生涯だったかもしれない。しかし、心肺の同時移植の手術から11年。チンタナーさんの周囲の人々に、生きる勇気と命 の大切さを訴え続けた価値ある24年。

どんなに苦しくて、明るく夢を捨てずに一生懸命に生きたチンタナーさんの冥福を心より祈ります。チンタナーさんを支えて下った多くの皆様に心より感謝申し上げます。

八木沢克昌

スタッフインタビュー第7回

学校建設事業課副調整員、兼エンジニア ソー・サミー

1. いつSVAに入りましたか?入るきっかけは何ですか?
私は1970年に生まれ、1987年に旧ソ連邦(現在ウクライナ)に留学しました。1994年にハリコフ市立技術大学の土木学科を卒業してカンボジアに帰国してから、生活のために一日も早く仕事が欲しかったです。 安定した職業に就き、できるだけ早く結婚式を挙げたかったです。そして、1995年6月にSVAに入りました。

2. 今、どんな仕事をしていますか?
学校建設エンジニアとして採用され、SVAに入ってからずっと図面を描いたり、学校建設の見積もり作成、現場のモニターリング、訪問者や贈呈式の調整、ベースライン調査などをしてきました。 そして、2005年にエンジニア兼、学校建設事業課のアシスタント・コーディネーターに昇進しました。

3. SVAに入って、良かったことは何ですか?
私はプレイ・ヴェン州の教師の家族に生まれました。今教育に関わり、直接カンボジアの農村の子ども、先生、コミュニティと仕事ができてとても嬉しいです。 自分が勉強した知識を活かしながら、自分の家族の生計も支えることができるのは大変ありがたいです。そして、農村の貧困層の子ども達がよい学校環境の中で 勉強できることに貢献できるのがなにより嬉しいです。

4. 仕事で大変なことはなんですか?
私は17才の時から7年間旧ソ連邦に留学しました。その7年間で私のライフスタイルが変わりました。最初にコミュニティとコミュニケーションがうまくでき ず、特に仏教用語があまりし知らなかったのでお坊さんさんと会話する際に苦労しました。長時間に悪路で移動し、家族から離れるのが大変だったですが、今は 慣れてきました。この数年で国道が舗装され人々の生活も前と比べて良くなりました。

5. 将来の夢はなんですか?
私が生まれからカンボジアが内戦、紛争、貧困の問題が続き、人々は愛する親戚がなくなり尊厳が傷つけられて身体的にも精神的にも被害を受けました。私の夢は平和です。 次世代の子どもが豊かな国に平和に暮らせるように。平和と人材育成こそが国の発展に繋がるものと信じています。

6. あなたの趣味は何ですか?
若い時は読書、サッカー、卓球が好きだったです。結婚して子どもができてからは妻と子どもと過ごしたり、テレビを見たり、本を読んだりするのが好きです。

7. モットー(座右の銘)は何ですか?
努力、周り人の気持ちの理解、分かち合いことが大事と思います。

事務所の動き


  ■ 2月1日-3日 コンポントム州 学校交流セミナー (八木沢、手束)
  ■ 2月5日  新スタッフ、仕事開始
  ■ 2月9日  月例コーディネーター会議
  ■ 2月12日-3月9日 インターンプログラム2名 開始
  ■ 2月13日-14日 JICA図書館事業テレビ取材・撮影
  ■ 2月19日-22日 愚労軽塾、遠江四十九薬師奉賛会、SVAカンボジア事務所車贈呈式
  ■ 2月22日-24日 曹洞宗東北管区教化センター 図書館車贈呈式 、コンポントム州図書館事業視察 (八木沢)


  ※ 各事業課ではデジカメ、ビデオカメラ、ノートパソコンなどが不足しています。中古でもお使いになられていないものがありましたら、是非、事務所で活用させていただきたいと思います。 寄付になる方は、東京事務所カンボジア担当の白鳥まで、ご連絡お願いいたします。

  ※ 配信お申し込み、取り止めは、SVAカンボジアの編集部にご自分のメールアドレス、氏名を書いて
下記アドレスに送付して下さい。

  SVAカンボジア事務所(担当:チェア・パル)
  P.O.Box 02, Phnom Penh Cambodia
  TEL: 855-23-219080
  FAX: 855-23-216924
  Email: sva.news@online.com.kh
  URL: http://www.online.com.kh/~sva

  ※ SVAカンボジアNOWがインターネットで読めます。
下記のアドレスからどうぞ http://www.online.com.kh/~sva/newsletters