You Can't Hurry Love vol,5


「ちくしょー!もっと、酒!」

 グラスをテーブルに叩きつけながら、新一は声を荒げた。

「お、おい工藤。どうしたんだよ、今日は?」

 隣でその様子を見ていた坂下が、新一の手からグラスを取り上げた。

 新一が酔うと、普段よりちょっと陽気になる・・それは、いつものこと。。
 滅多に見れないような笑顔が多くなって、ちょっと人に絡んだりもする・・それも、いつものこと。

 それが飲み会では好評で、「工藤君を連れてきて〜」と、女の子の誘いが数多い。
 それにちゃっかり便乗しているあたり、坂下の根性がうかがえる。

 なのに。

 こんなに悪酔いしている新一を見るのは初めてで、坂下は困惑した。

「・・ひょっとして、何かあったのか?」

 坂下の問いかけに、新一は眉をピクリと動かした。
 その時点で「正解」と言っているようなものだが、口から出たのは、

「・・別に」

 素っ気無さを装い、ビールに手を伸ばす新一。
 確実に何かあった事を予想し、坂下はそれ以上深く聞かずにおこうと決めた。

 来ないと言っていた新一が、遅れてでも来てくれたおかげで女性の人数が増えたし。
 その点は「工藤さまさま」だ、と。
 そう思う事にして、坂下は新一の多少の暴走ぶりに目をつぶった。

 ・・それより、新一の荒れように引き気味の女性陣が気になる。
 坂下は正面に座っている女性達に、

「ハハ・・こいつ、今日は事件帰りでちょっと気が立ってるみたいでさ・・ま、飲んで飲んで♪」

 うまく場をとりなしながら、追加のビールとチューハイを注文した。
 事件の二文字に、女性達は納得したように、

「よっぽど嫌な事件だったのねー」
「かわいそー、慰めてあげたーい」
「あ、私もー」

 などなど。

 名探偵への尊敬と同情を込めて、ラブビームを贈る。
 しかし、当の名探偵は。

「ちくしょー、快斗の奴・・ちくしょー・・」

 などなど。

 ブツブツと、にっくき相手の名前を繰り返してはビールを飲んでいるものだから始末におえない。
 そんな新一の頭が徐々に沈み・・ついにはテーブルにつっぷしてしまった。

「・・・またかよ」

 坂下は、ハァと息をつく。
 新一の前髪をそっと掻き分けると、眼は完全に閉じていた。

「・・今度も、服部呼ぶか」

 坂下は自分のジャンパーに手を伸ばし、ポケットから携帯電話を取り出した。
 前回、嫌な顔ひとつせず迎えにきたのだから、今度も平次に押し付けようという腹だ。
 番号を呼び出し、通話ボタンを押しかけ・・その指が、肩口から伸びてきた手につかまれた。

「服部に電話するの、ちょっと待って」

 自分の指をつかんできた人間の顔を見て・・坂下は驚いた。

「く、工藤と似てる・・?」

 失礼ながらも快斗を指差し、寝ている新一と見比べる。
 快斗はそんな坂下にニッコリ笑うと、

「俺、新ちゃんの友達なんだ。新ちゃんの家も知ってるし、連れて帰るよ」
「え?そうなのか?あー・・じゃ、頼むわ」
「おっけー♪」

 新一に似ている快斗に、度肝を抜かれた様子の坂下。
 ただ新一に似ているというだけで、初めて会う人間だというのに。
 あっさりと新一の世話をお願いした事を、何の疑問にも感じなかった。

 親しげに「新ちゃん」と呼ぶ口調に、疑うことを禁じられてしまったかのようで。
 新一の意識があったなら、昼間の平次とダブらせながら二度目の苦渋を飲んだことだろう。
 マジックを見ている観客を手玉に取るように、快斗はすんなりと坂下の信頼を得てしまったのだ。

 快斗は寝ている新一の後ろにつくと、

「よっ・・と」

 新一の首裏と膝裏に手を回し、お姫様だっこをした。
 女性達から「キャー♪」と、嬉しそうな悲鳴が上がる。

「お前、よく持てるなぁ・・工藤とそう体格変わんねぇのに・・」

 軽がると新一をだっこしている快斗に、坂下は感心した。
 快斗はウインクすると、

「新ちゃん、軽いからねー。じゃ、送ってくから」
「おー、さんきゅー」

 獲物ゲット!とばかりに、ルンルンな快斗。
 そんな快斗の背中を、坂下は「いい奴だ」と尊敬の意を込めて見送った。
 狼に子羊を渡したなどとは、想像もせずに。




「歩けるって〜・・おろせよ〜・・」

 新一をだっこしたまま店を出た快斗は、そのまま駅へ向かおうとしていた。
 しかし、ダダをこねるように手足を動かし、降ろせと訴える新一に負けた。

「歩けるの?新ちゃん」

 返事の変わりに、ジロリと睨まれる。

「はいはいっと・・」

 子供をなだめるように言い、快斗は新一を足から降ろした。
 案の定、新一の足がふらついている事に小さく笑う。
 道路側に立ち、新一が寄りかかりやすいよう横に並ぶと、快斗はその肩に触れた。

「俺もちょっと酔ったみたい。新ちゃんの肩、かしてね♪」

 本当は、酒など飲んでいないが。
 肩に置いた手を振り払われることを予想し、快斗は先手を打った。
 これまた、案の定。

「ん〜?しょーがねーな・・」

 新一は、快斗の方が酔ってるなら仕方ないと言いたげに、素直に肩をかして笑った。

 うわ〜・・かっわいい・・・。
 このままキスしても・・犯罪じゃないよね?

 かなり、本気。
 しかし実行するには人目が多すぎる。

 また、新ちゃんの家に着いてから・・頂いちゃえばいっか♪
 あ、そうそう・・・。

 快斗は新一が着ていたジャケットに手を伸ばすと、襟裏から小さな機械を取り出した。

 お役目、ご苦労さん。

 証拠隠滅とばかりにクシュリと指先で潰し、残骸を道路にバラまく。
 昼間、抱きついた時につけた発信機。
 平次と対峙したことで、新一が飲み会へ行くだろうという事は、安易に予想できていた。

 ・・神出鬼没は、マジシャンの基本だし。

 ニヤリと、不適な笑みを浮かべる快斗。
 しかし、酔った新一はそんな笑みに気付くどころか、歩くのに精一杯だった。
 ようやく駅に到着した時は、肩を貸すどころか快斗にもたれかかっている新一。
 ほとんど抱きかかえられているような格好に、快斗は役得とばかりに上機嫌だった。

「切符、買ってくるね」

 足元のおぼつかない新一を駅の待合室に座らせ、快斗は少し離れた場所にある切符売り場へと急いだ。
 これから起こる楽しい未来図を考え、嬉しそうな快斗の後姿。
 それを酔いの廻った目で見送りながら、新一は上着のポケットに両手を突っ込んだ。
 右手に、硬いものが触れる。

「ん〜・・・?」

 取り出したのは、今日も使ったハズのもの。

「定期・・・あるじゃん」

 それじゃあ、切符はいらないよな・・と、一人で納得し、新一は改札口に向かって歩き出した。
 フラフラと、かなり千鳥足ではあったが、かろうじて平行感覚は保っている。
 改札口を抜け、手すりに掴まりながら地下への階段を降りていく。
 その頭が完全に見えなくなった頃、待合室でとぼけた声が響いた。

「・・新ちゃぁ〜ん?どこぉ〜?」

 駅まで連れてきてくれた快斗の存在は、酔った新一の頭の中で瞬殺されていた。
 定期に手が触れた時点で、全ての意識は定期へと向けられていたのだ。
 それはもう、完璧に。




 頬に触れる、冷たい風。
 朝独特の、霧がかっているような空気の匂い。
 ついでにプァーン・・・と、電車の音まで聞こえてきたところで。
 ようやく、お姫様が目覚めた。

「・・・は?」

 姫の第一声は、眉間にシワを寄せてのもので。
 その眼は見開かれ、周りの景色へと注がれている。

 ・・・どこだよ、ここ?

 全国共通の線路は分かるとして。
 見覚えない、駅。
 見覚えない、建物。
 見覚えない、キオスク。

 新一は、大きく深呼吸すると気持ちを落ちつかせようと努めた。
 気が付けば、自分が駅のプラットフォームにいて。
 そこにあったベンチの上で、どうやら夜通し眠っていた様子で。
 そしてこの駅は・・普段利用している駅じゃない。

 よし。そこまではOKだとばかりに、新一は小さく頷く。
 まずは所在地の確認をすべく、どこの駅にいるのかを探る。
 そうして見まわした先にある駅名に、さらに新一の眼が見開かれた。

「・・・新・・大阪駅・・?」

 ・・・俺、どうやって来たんだ?
 自分で切符買って、大阪行きの電車に乗ったのか・・?

 新一は、自分の着ていた上着のポケットやサイフの中を漁った。

 ・・切符、ねぇじゃん?
 定期はあるけど・・ひょっとして、定期でここまで・・?

 それ以外の結論など、思いつかない。
 超過料金をとられるな・・と、新一はサイフの中身を確認した。
 幸いにも、東京へ帰るくらいの金額は持ち合わせていることにホッとする。

 しっかし・・何で大阪なんかに・・?

 電車に乗っている時の記憶など、欠片も無い。
 新一の頭に残る最後の記憶は、居酒屋でビールを飲んでいるところまで。
 坂口に飲んでいたビールを取り上げられたような・・そこまでの記憶しか、無い。
 思い出そうとすると、こめかみに鈍痛が走り、新一はため息を漏らした。

「もぉ・・いっか・・」

 腕時計を見ると、すでに昼前。
 午前中の講義には間に合わないし、すぐに帰らなければいけない理由も無い。
 諦めとヤケが手伝って、新一は切符売り場ではなく、改札口に向かって歩き出した。

 コナンだった頃に来たことのある、町。
 新一として歩いてみるのも悪くない・・そんな気分だった。




「そうだ、ここを曲がるんだっけ?」

 見覚えのある角を曲がると、目当ての建物が見えてきた。

「あった、あった」

 門構えには『服部』の表札。
 一度来ただけなのに、覚えている自分に苦笑いが漏れる。

 あそこが・・服部の部屋だよな?

 二階の窓にはカーテンがかかっていた。
 誰もいるはずがないのに、そこから手を振って自分の名を呼ぶ人間の幻影が見えるようだ。
 いつもの、イントネーションで。

 『工藤』、と。

 新一は、眩しそうに目を細めながら平次の部屋を見つめた。
 コナンだった頃、平次と一緒に行動していた事を思い出す。
 おせっかいで、無鉄砲で、キツい言葉も口にするくせに・・最後は優しい。

 新一が死ぬ夢を見たと・・不安そうに話していた平次の顔が思い浮かぶ。
 あの頃から、何かあると平次が側にいる事が当たり前のように思えていた。

 コナンの正体に気付かれた時から、ずっと・・・。

 ふいに涙がこぼれそうになり、新一はあわてて下を向いた。

「・・工藤君?」

 目頭をこすっていると後ろから声をかけられ、新一は反射的に振り向いた。
 そこには、見覚えのあるポニーテールの女性がキョトンとした表情で立っている。

「・・遠山さん?」

 名を呼ばれ、和葉はニコリと笑って新一に近寄った。

「久しぶりやね、工藤君。・・けど、なして大阪におるん?」
「あー・・・」

 当たり前の質問をされたというのに、新一はすぐに答えられなかった。
 自分でも、なぜ来たのか分からない。
 その理由すら、思いつかないままなのだ。

「ちょっと・・事件絡みなんだ」

 曖昧に笑いながら答えると、和葉は「ふーん」とだけ言い、それ以上は聞いてこようとしなかった。
 そして、平次の家と新一を交互に見やり、

「工藤君、平次の家に用事なん?うちはおばさんに用事があるんやけど・・」
「いやその・・ちょっと通りがかっただけなんだ・・じゃ、じゃあまた!」
「あ、工藤君?」

 新一は強引に話を切り、手を振りながら走り出した。
 後ろから和葉の声が追ってきたが、それには振りかえらない。
 和葉は逃げるように走り去る新一の姿を、腕組みをしながら見送っていた。




続く♪


<あとがき>
よ、ようやく後半戦です。
あとちょっとで終わり・・の、ハズ。
ところで表題の「You Can't Hurry Love」は、フィル・コリンズの「恋はあせらず」から。