| 1975年9月末から10月中旬にかけて北海道に渡り、国鉄現役蒸気の撮影に行った。前年の夏に九州は志布志線で出会い、半日ご一緒させて頂いた写真家の広田尚敬さん著のグラフ誌「この夏北海道で最後のSLに会おう」という本に触発され、上野発「はつかり5号」―「青函連絡船」と乗り継いで、夢にまで見た最果ての大地に降り立った。函館駅からは「おおぞら1号」で鷲別へ。国鉄蒸気最後の牙城となっていた室蘭本線の室蘭以北は蒸気機関車が健在で、旅客列車はC57、貨物はD51が牽引。終末期とはいえ、まだドカドカバカバカと蒸気機関車が走っていた、という印象だった。室蘭本線の白老駅近くにユースホステルがあり、鉄道ファンがよく利用していた。ここを足場に室蘭、歌志内、夕張線へと撮影に出掛けた。機材は、今は手元に痕跡すらないアサヒペンタックスSPとSPFの2台。約2週間滞在し、あちこちで撮影したが、今にしてみると余りたいした写真を撮っていない。12月の全廃に向けて、下見を兼ねた予行演習みたいに思っていたのだろうか、我ながら情けない。それでも、往時を彷彿とさせる貴重な記録。久しぶりの国内鉄更新。Back to…。 |
■1975年10月2日 室蘭本線白老付近 社台ファームの牧場から樽前山を入れて撮れる有名ポイントでC57牽引の客レを後追い撮影。樽前山がはっきり見える天候にはうまく恵まれなかった。
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■1975年10月7日 室蘭本線白老付近 撮影行の途中で中だるみ状態。ユースホステルでごろごろし、列車が近づくと線路端まで歩いていきパチリ。国内最長直線区間内で、しかも平坦線とあって煙が皆無だったが、寒地仕様のC57は煙がなくても絵になった。
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■1975年10月11日 夕張線の終点夕張駅付近。駅を俯瞰できる場所があり、少ない貨物を待つ。朝食は追分駅ホームで立ち食いそば。昼食に大きなメロンパンをかじったのを覚えている。やがて、昼すぎにやってきたのは単機回送だった。
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■1975年10月11日 夕張線滝野上―川端の橋梁を渡るD51牽引貨物。
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■1975年10月11日 黄昏間近の夕張線滝野上駅を通過する貨物列車。
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■1975年9月30日 室蘭本線苫小牧駅の陸橋から大きな製紙工場やそびえる煙突群をバックに。 |
■1975年10月6日 室蘭本線の支線、歌志内線まで遠征。このとき既に幌内線は陥落していた。終点に近い歌志内付近の炭住街脇を通過するD51牽引の貨物列車を撮影した。訪れたすぐ後にSLが廃止された。
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■1975年10月4日 室蘭本線の支線、上砂川線の上砂川駅付近の公園から町を俯瞰。この線も歌志内と時を同じくしてSLが駆逐された。この駅は後年、高倉健主演の「駅―STATION」(1981年公開)に登場した。映画を見て懐かしかった。
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■1975年9月29日 室蘭本線北部の有名撮影地栗山―栗丘でD51牽引貨物を反逆光で狙った。 |
■1975年10月10日 室蘭本線栗山―栗丘で夕陽シルエットに挑戦。
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■1975年10月10日 室蘭本線栗山―栗丘のお立ち台で。この時はNHKが国鉄最後の旅客列車をけん引するC57135を題材にドキュメント番組を制作。時のアイドル山口百恵を客レに乗車させて撮影した。上空に撮影ヘリが飛んでいる。
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■1975年10月12日 夕張線川端―滝野上の竜泉峡付近で夕張川の渓谷を縫うように走るD51貨物列車。
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■1975年10月12日 夕張線の終着駅夕張で憩う“なめくじ”D51の4号機。後方に木造の古風な庫が見える。機関車の配置はなかったが、給炭や給水などの設備があった。庫にはもう一両のD51、ホームにはキハ17らしい気動車の姿が見られる。
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