C623 遙かなる大地

昔々、JR函館山線にすごい蒸気機関車が走ってた!


 私家版限定発行の写真集(A5判・オールカラー38枚)からのダイジェストです。山線にはやはりC62が似合います。再復活の願いを込めて作りました。

※通信販売しています。定価1800円。

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■1993年10月11日 余市川を渡るC62 3。


 1988年春から1995年秋まで、北海道のJR函館線(函館〜札幌)に旧国鉄最大の蒸気機関車C62形3号機の牽引する旅客列車C62ニセコ号が走った。 小樽〜ニセコは、かつてC62の重連走行でファンを魅了した函館線中の難所が続く。この「山線」と呼ばれた同じ線路を15年ぶりに再びC62が復活走行するの報に心躍らせ、88年5月、カメラを肩に津軽海峡を渡った。C623が鉄路を走る姿を見るのはこの時が初めてだった。以後、見えない力に引き寄せられるように何度も北海道に渡った。そして95年11月3日、北海道鉄道文化協議会によるC62ニセコ号の本線走行は幕を降ろした。C623は苗穂に眠ったまま、いっこうに動く気配を見せない。マンモス機C62は北の大地がよく似合う。再び走る日を夢見て、私の写真ファイルからC623を甦らせた。

―本文より―

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■1995年5月3日 倶知安〜小沢
 雪を抱いた羊蹄山をバックに力走するC62。この年は久しぶりに雪が多く、蝦夷富士の異名を持つ羊蹄山の頂きも本家に勝るとも劣らない美しい雪化粧をしていた。そのせいか水芭蕉は蕾を閉じたままで、蕗の薹がちょこんと顔を出していた。

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■1994年8月7日 小樽築港
 小樽運転所の職員たちが朝の体操をしている。後方はパワーショベルで石炭を積み込む仕業前のC623。往年の大給炭塔も語り草になってしまった。

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■1994年7月30日 比羅夫駅
 ホームに咲いたラベンダーの花との組み合わせは、この時期にしか撮れない。この年は全道で最高気温を記録した異様に暑い夏だった。花壇の隅にカメラを構え、汽車を待つ間、ジリジリと照りつける太陽にぐったりとなったラベンダーに元気付けの水を何度もかけた。

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■1994年7月30日 ニセコ駅

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■1994年10月8日 ニセコ駅

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■1994年8月13日 ニセコ駅

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■1995年11月3日 小沢〜銀山
 運転最終日の下り列車をどこで撮影するか、色々迷った。泣いても笑っても、これで最後。線路端よりも、稲穂峠の山の上から見送ることにした。時折、粉雪が舞う。最後のC62ニセコ号がゆっくりと峠を登ってきた。そして、もの悲しい汽笛を残して山の彼方に消え去った。

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■1991年9月23日 蘭島〜塩谷
 広角レンズの歪みとスローシャッターを応用した流し撮り。マゼンタ系の色調を加えると、ダイナミックさとファンタジックさが同居した一風変わった写真が出来上がった。

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■1995年5月8日 小樽築港
 小樽築港のターンテーブルが撤去されてから、C623は夜間、苗穂まで単機で回送運転する。苗穂に出発する前のわずかな時間に水銀灯に照らし出されたC623を撮影していると、機関士さんが「ゆっくり撮りなよ」といって早めに庫から出してくれた。夜のしじまの蒸気機関車は昼間とはまったく別の顔を見せる。私は思う存分シャッターを切りまくった。


撮影使用機材 CONTAX RTSIII 、137MA
NIKON F、F2、F3
CANON EOS100
レンズ 20、25、35、50、100、180、300、35〜70、80〜200mm
フィルム KR、RVP、RDP


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 -中国の蒸気機関車-
 叶柏寿
 包神鉄路
 熱水冬と夏
 広西
 広西2
 経棚峠2001・Dec
砂漠の煙・吉蘭泰〜鳴砂湾

「C623遙かなる大地」より
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