●鍼灸の基礎理論
鍼灸は中国医学を発祥とする伝統医学の中に含まれる治療法の一つです・陰陽論・五行論と共に発展し、後漢代には『黄帝内経』を経典として、鍼灸は中国の主要な医学として完成を遂げました。
鍼灸は、漢方療法と同じ源流にありますが、運用される論理には、経絡や脈診が重視されており、前漢代からスタートしたと考えられているこれらの医学は、現在に至ってもなお、根本的なメカニズムは変化せず、現代の医学として運用されています。
鍼灸の医学は、五臓論によって身体と自然との調和をもって理解し、経絡という「気の流れ」を想定した理論により、診断と治療を可能としました。
●日本における鍼灸の発祥
日本で鍼灸が最初に行われるようになったのは、まず、遣唐使により仏教などの様々な文化と共に医学が伝来してからです。日本の医学は中国から隋唐代の医学が伝わることで発展します。平安時代は、隋唐時代の中国医学を継承する形で成熟します。この時代の医学は、薬による治療と灸法が主で、鍼は腫れ物の切開など、もっぱら外科的な使い方だけでした。この時代は、儀式・呪術的な灸法も多いですが、医療としての鍼灸が貴族を中心に根付いていきました。
ですが、この時代の医学はその後の日本に影響し、そして、江戸時代頃より、お灸は民間にも根強く浸透するようになります。江戸時代初期には、日本独自の流派による鍼療法が独自の生長をとげるまで続くこととなります。
●江戸時代における鍼灸の隆盛
日本における鍼灸は、江戸前期に「流派」を形成しましたが、この時代が日本鍼灸の最盛期でした。そして、この江戸時代前期から中期にかけて杉山和一(1610-1694年)による杉山流が隆盛しました。和一は、吉綱の保護の元「杉山流鍼治導引稽古所」を設立しまいた。和一の次には、弟子の三島安一、その弟子の島浦和田一と続き、この杉山流の業績は、日本における鍼灸再興ではなく、日本で最初の鍼灸繁栄期なのです「。和一による杉山流は、それまでにたくさん存在した流派鍼灸を一掃するほどの影響力を持ちました。杉山流が繁栄した理由はいくつもありますが、日本で初めて学校という教育スタイルを構築したということと共に、教育内容(『杉山流三部書』他)の中に当時最新の金元明代の中国医学(『黄帝内経』を中心とした新しい論理的医学)を取り入れたということもあるでしょう。また、江戸時代初期~中期という時世が鍼灸を求めていたということもあるでしょう。江戸中期を境に実証主義的な古方派が隆盛し、今度は平安時代的な灸法が流行するようになります。そして、江戸後期には蘭学による解剖学の影響により、経穴学も解剖学の影響を受けるようになります。
杉山流の影響力は非常に強く、今の鍼灸学校の教育で行われている管鍼法など、いくつかの技法も、この杉山流によって考案されたものであり、当時の鍼灸が今の学校教育にも引き継がれています。
●明治・大正の混乱と昭和期における鍼灸の復興
明治・大正期には、再度鍼灸が一転します。江戸中期より、陰陽論や五行論などによる鍼灸医学の理論よりも実証主義的な古代医学が好まれていましたが、一層、現代化の影響を受けるようになります。ツボの勉強である経穴学もまた解剖学的な学問となりました。しかし、昭和期になると、再び古い江戸時代的文化の復興が求められるようになりました。この古い文化の発掘、そして工夫により、漢方と鍼灸の途絶えかけていた灯火は、再び息を吹き返しました。昭和9年になり、漢方の復興運動が始まると、それとともに鍼灸も同時に復興運動に参加しました。
しかし、それでもまだ鍼灸は、専門職というよりは、民間療法に近い形であり、当時の中国からもたらされた瀉血・吸角(吸玉)とも混然となり、昭和期の鍼灸は雑然とした状態でした。しかし、1930年代から流行した沢田健氏による「沢田流太極療法」はそれまで、痛いところにお灸する、鍼を刺す、という考え方から一転し、“病態像”というものを五臓の病変を想定して考えるようになり、そこから“全身の状態を調整することで主な症状を治癒に導く”という発想に変わっていきました。しかし、まだ「沢田流」もお灸が中心であったため、鍼による全身的な治療というのは、もう少し待たれました。
そして、1940年代以降、鍼灸は再び独自の新展開をはじめます。それが新しい古典的治療法である経絡治療です。ここから五蔵論的鍼灸が復活します。そして、現代に存在する様々な方式(流派)の鍼灸もまた実際はこの経絡治療のアレンジ(術式・技能ではなく論理・思考)であり、この治療法の確立こそが、日本における鍼灸医学のルネッサンスである訳です。また、再びツボについても見直され、古代に完成した運用法と、昭和以降の臨床経験でさらに発展し、「ツボ療法」もまた民間に普及し始めるのです。
●今後の展開
1993年より、鍼灸の資格(はり師・きゅう師)は国家資格となりました。20世紀には、現代科学によって鍼灸を研究するというスタイルが注目され、多くの成果が残され、21世紀になると、科学的研究もさることながら、臨床的運用の工夫にも注目されるようになりました。また、経穴についても世界標準化が必要といわれるようになり、中国をリーダーとして標準経穴が作られるようになりました。
鍼灸の多様化はどんどん進んでおり、鍼灸師の活躍の場が多岐にわたるようになりました。それまでの鍼灸師が働く場所は鍼灸院だけという発想から、新しい領域の開拓が始まったのです。病院・医院における現代医学の補佐、老人医療における健康管理、スポーツ領域におけるケア、美容領域におけるエステティックとしての鍼灸など様々です。今後の新しい展開も期待されます。
鍼灸師というのは、自身の発想次第でいくらでも可能性を秘めた魅力のある職業です。
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