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歌舞伎・劇作家 YUKIKO IWAGO

丁稚部屋Agarikamachi

丁稚の戯言


No.1〜No.6

■1

回顧2002
「こゆきさん2002年5大ニュース」

No.1
 県芸術文化際オープニングステージ「中世府内物語、宗麟南蛮絵歌留多」の脚本上演
独自の観点から描いた郷土の先人、人間宗麟に当てたスポットライトで展開する物語。中世府内に花開いた独特の南蛮 文化を再現。これを素晴らしいステージに仕上げてくれました多くのスタッフに感謝。こゆきさんも、ご苦労様でした。丁稚個人の希望として、大分が輩出した偉人の一人として描かれたこの宗麟南蛮絵歌留多脚本のドラマ化、或いは映画 化されることを夢見たとしたら、罰が当るでしょうか。
さらには、キリスト教を文楽で表現する時代にもなりました。クリスチャンの登場をみる新作歌舞伎があっても如何かと ・・・厚かましく思う次第です。

No.2
 昨年の県芸術文化祭大賞「古代宇佐物語・天の冠、地の杯」の宇佐市での再演
信頼と実績で安心して全てをそのスタッフにお任せできた作品は、昨年以上の素晴らしい舞台になりました。
何世紀も の時空を超えた日韓交流をテーマに、郷土宇佐の文化継承に幾分かの追い風になったのでは。さらに今後他の都市での上 演のお話が実現することを切に希望します。小説化のお勧めもあり、今後の行方に期待が膨らみます。またこの作品を通 して、郷土を愛する宇佐の人々との出会いは大きな財産となったようです。
二年連続で大変お世話になりました。

No.3
TOS、FM大分などメディアへの出演。
 「それ見たよ、聴いたよ」と言う知人は圧倒的に少ないのですが、本人にはプレッシャーのかかる出来事であったよう です。
活字なら想像力をかきたてることも出来ますが、ありのままの姿がさらされる恐怖とでも言うのでしょうか?
「は〜い本番行きます!」の合図に心臓はバクバク。日常とはちょっと違うトーンに聴くほうもくすぐったい気持ちです 。でも無事終了でメデタシメデタシ。

No.4
ホームページ「こゆき茶屋」を9月に開設。
 思い切ってHPを2002年9月に開設。一般的とはいえない自己満足ばかりのコンテンツに果たして見ていただけるのであろ うか、と危惧したものの、まずまずの滑り出しでした。
しかしながら、更新原稿にストレスが溜まるそうです。ただし、ここだけは丁稚との共同作業。こゆきさんの「よく頑張ったね」の一言に丁稚もホロリ!

No.5
国立劇場新作歌舞伎三月公演に「斑雪白骨城」が上演決定!
 年も押し迫った師走、飛び込んで来たニュースは、本当はNo.1の出来事。
中央でこゆきさん脚本の歌舞伎が上演されると言うことは「大力茶屋」以来実に7年ぶりの奇跡に近いグレイテストイベント!お陰で年末年始は原稿修正の徹夜作業の連続です。国立劇場や出演スタッフとの打ち合わせで、締め切りに追われパニッ ク状態。早すぎる初夢に、やはり夢じゃないかと夢を見るそうです。
2月下旬から国立劇場は舞台稽古が始まります。梅玉さん、孝太郎さん何卒よろしくお願いします。
舞台の成功と、一人でも多くの人にみてもらいたいとの願いをこめて・・・新年に祈ります!
一度に花開いたかに見える平成14年も、単なる偶然ではないでしょう。
これまでの長い助走があればこその実りではと思います。
かといってこれらに自惚れているようでは、・・・・なのでしょう。
「NEXT ONE」への挑戦は既に始まっています。

■2

こゆきさんてどんな人?

 こゆきさんは決して器用なタイプではありません。
何でもテキパキこなすキャリアウーマンとは遠くかけ離れた位置にいます。今流行のスローライフを実践しているようで すが、実は単に作業が遅いだけかも。
しかし、文字を読むことはちっとも苦にならないし、ものを書くのがよほど好きなのでしょう。書き始めると徹夜もざ らです。その間水分を取ったり出したり、そりゃあ大変なもんです。
机の周りにはどっさり資料という名の本が散乱します。そんな状況でも、しっかり頭の回路はつながってると言いますが 、何十枚もの付箋を貼った厚さ数センチの分厚い本がビニールバッグに大量に詰め込まれ、さらにそのいくつものバッグが城壁を築きます。どうせ一度に何冊も読めるわけないのに、見た目も悪く、片付けることを勧める丁稚ですが、どうもそれは不愉快なよう です。
 某有名作家は一冊の小説を書き上げるのにトラック一杯の資料を読むと言いますが、もしそのデータが一定時間頭の中 に入ってるとすれば、末恐ろしい頭のハードディスクです。いったいどのくらいの数の脳細胞をもっているのか不思議で す。僕なぞ電話番号さえ5個以上暗記できないのに。すると、こゆきさんもパソコンなら、何十Gバイトのハードディスク なんでしょうか?しかし演算スピードはそれほど速いと言う訳でない。誠に不可思議なパソコンです。
 ついでながら、こゆきさんは外出の際、必ず傘と紙バッグを携帯する見上げた方です。特に環境問題に深い関心がある というわけではないのですが、やたら両手に抱えたダサイ荷物はどんなファッションをも否定するかのようです。やはり 人間外見に囚われてるようでは良いものは書けないのでしょうか?
てな訳で、ソフィスティケイティッドされた都会の街は似合わない。スポーティなアウトドアライフはお呼びでない。雅 な古都なぞ夢の中だけ。こゆきワールドは誰にも理解不能な小宇宙です。
 ここでこゆきさんから誹謗中傷ではないかとクレームが入りました。
そうか、そう解釈されるなら、申し訳ありません。本日は「丁稚」ではなく、「賢好法師」のつもりでした。又の名を「 版元」と言った時期もありましたが、この話、「知る人ぞ知る」ですね。

■3

丁稚の呟き  その3と4

 如月の日々
「これまで一度も罹ったこともないのですが・・・」と言うと
「病とはそんなものです」と医者に一蹴されたのが昨年。
未だ如月初旬だと言ふのに早くも花粉症が出てござる。
鼻はグズグズ、目はカイカイ。何ぞ良き手だてはなきものか?
さて桜月は、わらじに履き替え、お江戸でござる。
千鳥ヶ淵の桜見にはちと早やかろうに、してその目論見とは?
こゆき姉さん一世一代の台詞綴りが何と晴れの舞台の演目に!
アフターセブンイヤーズの二度目の奇跡となれば、これまた祝着至極に存じまする。
竹馬の友引き連れて、半蔵門はおかみの小屋の観覧に馳せ参じまする。
幻想に舞うは森の蝶か、はたまた斑雪か?早く早く、春よ恋!

「知足」
 如月の寒い或る日、故郷でささやかな法事がありました。
それは近親者だけの静かなお参りでした。和尚さんは読経のあと、私達の前で5分ほど、ありがたい講話をされました。
「足ることを知る。これ即ち知足と言う。」
足りないことに不満を覚えず、あるものを大事に使うことにより、今を生きよ!と言うことでしょうね。
なるほど、と心に刻みます。かの種田山頭火の例も引き合いに出され、懇々と話されるお説教に暫し我が身を省みました。
 さて、余寒多少緩んだ三日後、七代目パソコン、プラス二代目デジカメを衝動買いしました。
計ん〜万円也。前機種では、如何に作業に支障をきたすかを長々と弁解。今機種では、如何に便利で高機能であるかを長々と解説。
結論=煩悩捨て難し。
また当分の間、耐乏生活が始まる・・・  「しぐれて行くか。」

■4

丁稚の呟き その7と8

「ソノシート」
 団塊世代には懐かしいソノシートを友人宅でみつけました。
昭和30年代、「赤木圭一郎」と言う紹介も必要ない大スターがいたことはご存知のかたも多いと思います。
その赤木圭一郎のアルバムは20ページほどから出来ていて、彼の映画の写真や記事で埋め尽くされています。このページ の間に挿まれて3枚のソノシート(ペラペラのビニールのようなレコード)が添付されているのです。
定価何と390円。1962年発行と言うから当時としては子供の小遣いから捻出するには、少しばかり勇気がいったことでしょ う。



 今日はその大スター「トニー」こと、赤木圭一郎のことを話すのが目的ではありません。懐かしい響きのソノシートと言う名の当時貴重なレコードです。カセットテープ、CDの出現以降に出生された方々には何のことだか分からないと思いますが、マルチメディア全盛の現在 とは比較にならない初期のころの録音技術、このソノシートの面白さです。
 厚さ約1mm、直径17cmの透明なビニールのレコードには歌手の写真が全面に透かしで刷り込まれています。冊子のアルバム には、総天然色LPレコードと書かれており、いかに音が良いかと解説が続いています。
プレイヤーの上でそのペラペラなディスクは1分に33と1/3回転して、その溝の中をダイヤモンドなどの針が、その溝に掘 られた振動をピックアップから電気的に音の信号を伝え、それを増幅して聴く、と言う代物。
録音方式の違い、カッティングの違い、プレス方法の違い、原料の違いと段落に分けて詳しく解説してあるのが面白い。 読んでいくと一人でつい吹き出してしまいそうです。おまけにこのレコードのかけ方までご丁寧な解説がついているので す。
 以下一部簡略してますが・・・
このレコードは1000回以上の使用に堪えられます。
(聞けば聞くほどレコードは消耗して音質の劣化を招くと言うこと)
100回以上かけたサファイア針は使わないようにしてください。
(安物の針も消耗品だということ。その針の種類と値段もピンからキリまで)
熱に非常に弱いので熱度の高い物の側へ近づけたり、お湯をこぼしたり、火のついたタバコを持った手で扱ったりしない でください。
(ストーブの火にでも近づけようものなら、一瞬で燃え上がるでしょう)
回転盤が小さくて最初に針がかからない時は、普通のレコードを下敷に置いて下さい。またプレーヤーのピックアップが軽すぎて針が飛ぶようでしたら10円銅貨をピックアップの上にのせますと防げます。
何と荒療治な!音質追求のオーディオの理想からすれば最悪です。
40年前は何てのどかな時代だったのでしょうか。
こんなことを書いてる今日、中国初の有人人工衛星が宇宙に飛びました。

▲蛇足
赤木圭一郎の大ファンであるO新聞社のK氏にこれを見せてあげたいところです。
本人のコレクションに既に保管されているかも知れませんが、このアルバムはネットで検索すると6800円のプレミアが付いていました。そーか。貨幣価値の変化とほぼシンクロしていますね。
そういえば、昭和の町並み文化を復興して、今県内で話題になっている豊後高田市には、このような類のものはたくさんあるのでしょうね。あ、そうだ。急にラムネが飲みたくなりました。

 「レコードプレイヤーを買おう!」

 ソノシートを見つけて以来、すっかり昭和懐古趣味にはまりそうな状態です。
押入れの中のダンボールを深夜こっそり開けてみました。
大半は処分済みだと思っていたが、100枚くらいのドーナツ盤と、30枚ほどのLPレコードが見つかりました。
薄汚れたジャケットと、ぼろぼろのビニール袋につつまれたその黒い丸い物体は、昭和40年前後の香りそのままでした。また、そのLPと一緒にレーザーディスク(形は直径30センチの音楽CDで、デジタルサウンドと映像が一体になったビデオテープより音の良いものとご想像下さい。)も数枚ありました。このレーザーディスクプレーヤーもカラオケ初期のころの大活躍した日々もありましたが、今はその名前すら知らない方が多いと思います。
レザーディスクはまだハードの方が健在なのですが、ドーナツ盤やLPは何せプレーヤーがありません。交換針が希少化されて以来、レコードプレーヤーはCDの波に完全に押し流された感じがします。
最近ではレコード屋といってもレコードが一枚も売ってないお店もあるのではないでしょうか。レコードプレイヤーを買って、今一度あの暖かいアナログサウンドを聞きたいと思うようになりました。
この話を友人にすると、彼は既にかつての録音テープなどをパソコンでデジタル化に取り組んでいました。また、我が家にはサンパチツートラ(秒速38センチで2トラック片道録音の当時最高のテープレコーダー)なんてものもあるのです。動作は確かめていませんが。薄れ行く思い出を永遠に残して置きたい心境に駆られます。



 子供のころ田舎に1軒しかなかったレコードショップに学校帰りに立ち寄るのはとても楽しみでした。でもお店の人は、私 が聞きたいレコードを全部試聴させてくれないのです。1分もしないうちに、ピックアップをひょいと摘み上げ、これから 先はお買いなさいと言わんばかりでした。内気な私はすごすご帰るだけでした。
世はまさに高度成長化時代。シルビーバルタン、アダモ、クリフリチャード、アニマルズ、などなど・・・
アメリカはとてつもなく遠く大きく、ぼんやりと憧れるしかない坊主頭の僕でした。

■5

回顧2003

丁稚が選ぶ「こゆきさん2003年5大ニュース」

 No.1 新作歌舞伎上演
何と言ってもNo.1は3月の国立劇場でしょう。
新作歌舞伎「斑雪白骨城」が梅玉さん孝太郎さんで上演されたことは、こゆきさんにとっては、一生に二度目の奇跡として捉えており、忘れられない一年になりました。九ヶ月経った今でもその時の感動が鮮明に甦るのは、丁稚とて同じことです。
二度あることは本当に三度目があるのでしょうか。棚の上にはもうひとつぼた餅が残ってるのでしょうか?
いえいえそんなことを考えるようではイケマセンね。精進あるのみ・・・ですね。

 No.2 各種講演会やシンポジウム等に出演
三月以降、書き物よりも不得手な喋りものが増えたのは、うれしいやら、悲しいやら・・・。
こう言ったイベントには、もともと慣れてないせいもあって、準備に人一倍時間はかかるし、何よりその直前の緊張感は身体に良くないらしい。胃はきりきり痛むし、おなかは・・・・。
大丈夫でない時に、「大丈夫?」と聞くことは何の慰めにもならないらしい。
しかしこう言う機会は思いがけない出会いを頂くようで、いろんな分野の方々とお知り合いになれたことは大きな財産になったと思います。

 No.3 ○○委員拝命
これまで大分市○○館の委員を拝命していましたが、なんと本年は三権分立のひとつ、恐れ多くも地方○○所の委員までお引き受けすることと相なりました。
素人のご意見拝聴の場なのでしょうが、「ど」の字が3つつきそうな素人に何の意見を期待されるのかさっぱりわかりません(だって門外漢のこゆきさんがお役に立つとはどうしても思えないのですよ、丁稚には)。
この流れは地元マスコミに登場したゆえの単なる勢いというものではないでしょうか?いつかその反動がくるのでは・・ ・と戦々恐々としている丁稚です。

 No.4 次回県芸術祭脚本
県芸術祭オープニングステージは01年の古代宇佐、02年の中世府内と続いたものの、本年は一休みと言ったとことろ。何 かを同時に平行して出来るタイプではないため、物理的にも不可能でした。お休みのごほうびなのでしょう、来年は三部作最終章、近世日田を舞台にした脚本依頼の大仕事が飛び込んで来たのは11月下旬のことでした。
これでまた年末から春にかけてはイライラのバイオリズムに警戒が必要です。さて、天領日田を舞台にしたお芝居とはどんなものになるのでしょう?

 No.5 マスコミ登場最多年、そして・・
これまでも数多くマスコミに取り上げてもらっていたが、11月に、もう隠すことも出来ないくらい大きな写真が新聞に登場して、腰が抜けました。
これでもう悪いことは出来ないのはもちろんですが、女とて、自分の顔に責任を持って生きていかねばならなくなったようです。
河島英五君曰く、
「♪目立たぬように、はしゃがぬように、時代遅れの女(男)になりたい・・・」
唯一確信していたその「時代遅れ」も、最近はパソコンタイプマスターにびっくり。
速いのなんのって、・・・バチャバチャ、うるさい音が鳴り響く。
ウォーミングアップとか言ってたソリティアは卒業して、暇さえあれば訳の分からないタイプソフトに何点取ったと見せつけてくるのです。
丁稚も口をあんぐり・・・

■6

病欠

 丁稚といっても明朗闊達な十三〜四の子供を想像している読者がいるとは思えませんが、こゆき茶屋の丁稚はいたって健康に恵まれてないというか、気力、体力、根性が足りないのです。
昨年あれ程苦しんだ花粉症ですが、今年はひどくならない間に過ぎてしまったのは幸運でした。
ところが今年は「首」と「右肩」の痛みに耐えかねているのです。
数年前経験した五十肩とはまた少し違う感覚です。まるで追突事故のむち打ち症のような症状はどうやら首の骨の劣化、或いは不具合によるものらしいです。
 おまけに慣れない力仕事をちょっとやったばかりに、後日わき腹も痛くなり、未だにこの痛みが取れません。医者通いも億劫ですが、何せ10年間座り続けた大好きなパソコン操作さえ苦痛になりました。
理由あって、丁稚部屋を店内移動をしたら、物の向きがすべて左右逆になりました。
これは意外と不自由です。左目でチラッと見ていたテレビを右目で見るようになり、体勢が右45度に傾かねばならず、 違和感が首の痛みを増幅させます。
マウスを握る右手は腱鞘炎のようで、やっとのことで机の上に乗るのですが、思い通りにはカーソルが移動しないのです 。ディスプレイを見つめる目は空ろになり、わずか30分に耐えかねて、そそくさと電源を落とすことになります。
 そんな訳でおよそ1ヵ月半、こゆき茶屋を病欠させて頂きました。この間、丁稚の身分です、もちろん有給休暇なんて ございません。「首」のせいでユー・アー・ファイヤード(首=解雇)と、痛い「右肩」を叩かれるのも時間の問題かも・・・・?