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歌舞伎・劇作家 YUKIKO IWAGO

これまでに出会った素晴らしい人々や楽しい出来事を・・・今更日記にアーカイブ!

「合元寺再訪」


 2004年10月31日 斑雪白骨城の舞台となりました中津市寺町、赤壁合元寺を再訪しました。

 1587年(天正15)黒田孝高によって建てられたという浄土宗のお寺。
「赤壁寺」の異名をもつこの寺は、中津城主となった黒田孝高(如水)が地元豪族宇都宮鎮房を城内にて謀殺した際、合元寺で討ち死にした宇都宮の家臣たちの血が壁に飛び散り、幾度塗り直しても血痕がにじみ出るので、ついに赤く塗り変えてしまった、という哀史を伝えています。

 



合元寺住職 村上 鉄瑞先生(西山浄土宗教学研究所顧問)

 中津市の今津公民館で「斑雪・・・」のお話をさせていただいた帰り、如水と鶴姫への熱い想いが再び蘇ってきて、どうしても今「斑雪」の舞台となった中津城と合元寺をこの目で見たいと思い、帰途につく予定を変更して、赤壁に招き寄せられるように合元寺門前に来てしまいました。
なにもかも同じ。赤壁も、柱の傷も、気さくな村上先生も、優しい奥様も、門前のボンちゃんも・・・
そのことが、また私の胸を熱くしました。
「ちょっと痩せた?」とボンちゃんの頭を撫で、そのまま帰ろうと思ったのですが、お寺での催しが終って皆さんがお帰りになる頃合いで、後片付けをする奥様たちの声が聞こえたような気がしたので、一言だけご挨拶をして帰ろうと玄関の戸を開けると・・・「あらまあ、ちょっとだけでも上がっていってください」という満面の笑顔の奥様のお誘いで、結局、なんと延々2時間も居座ってしまいました。
秀吉を恐れさせた軍師如水の俊敏さ、秀吉の朝鮮遠征、文学についての話題など、村上先生には今回も多くのことをお教えいただきました。

 著書紹介
「道綽余聞」 村上 鉄瑞 (著) 白馬社
(解説より)法然に思想上でもっとも大きな影響を与えたのは善導のようだが、宗教者としての現実面での法然の生きざまにもっとも類似しているのは道綽である。
浄土門を創立した"知られざる高僧"、土臭い文盲の庶民を愛し続けた不屈の伝道者道綽禅師の素顔に迫る。


 合元寺を訪問された際の司馬遼太郎先生と村上先生のツーショット。
写真嫌いと言われる司馬遼太郎先生が快く応じてくださったという貴重な写真が応接間の赤壁に飾られていました。
ご迷惑にならないようにと小さく表示させていただきました。



 斑雪白骨城の舞台となった合元寺のアイドル 【ぼん】
10年前にここを訪ねたときに、門前にちょこんと座って迎えてくれました。
優しい眼差しがいつまでも心に残っています。
随分ふっくらとしているが、あの眼差しはあのときと同じです。
お寺の方に尋ねると、もう13歳とのこと。名前は「ぼん」。お盆に生まれたから。
ぼんの顔を見ていると、優しい気持ちになれます。



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