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歌舞伎・劇作家 YUKIKO IWAGO

歌舞伎KABUKI

斑雪白骨城


 
国立劇場三月新作歌舞伎公演
「斑雪白骨城(はだれゆきはっこつじょう)」
2003年3月8日〜24日国立劇場 主演 中村梅玉 片岡孝太郎
(1995年国立劇場新作歌舞伎脚本入選作 )
作:岩豪友樹子 演出:中村梅玉 演出:国立劇場文芸室
美術]国立劇場舞台美術研究会 衣裳デザイン・コーディネイト森英恵
三幕五場



 安土桃山時代末期、豊前国(現在の大分県)の平定を目論む武将・黒田孝高(後に如水)は、地元の豪族・宇都宮鎮房を謀殺しま す。鎮房の娘・鶴姫は父の屍を前にしても毅然とした態度で振舞い、その気高さに如水は強烈に惹かれます。鶴姫は、如水を父の敵 と憎悪し、その命を狙い続けますが、いつしか如水を慕う自らの心に気付き、愕然とします。
 時が流れて関ヶ原の戦いの頃、如水の前に、落ちぶれた鶴姫が現われ、築城中の中津城の人柱に自らを立てるよう迫ります。その 鶴姫の真意とは、そして、如水が下した決断は・・・。
天下取りを夢見る如水と誇り高い鶴姫の凄絶な恋物語を、梅玉の如水、孝太 郎の鶴姫でお送りします。

 

創作背景


 中津城で宇都宮鎮房を謀殺した黒田如水、磔にされた鶴姫、百五十人の家臣が討ち死にした合元寺、宇佐神宮近くにある凶首塚、 これらを山国川の人柱となった鶴と市太郎の伝説をモチーフに戦国騒乱に生きた人々の葛藤を描きました。秀吉の九州平定に際して大功を成した如水は、恩賞として豊前六郡を与えられた。
 豊前入部当初は領内の北西端の馬ヶ岳城を居城としていたが、山深くにあったため、本拠地とするには好ましくなかった。如水は陸海の交通を押さえる要衝として、中津に目をつけ城の建造に着手した。
当時、豊前ではまだ宇都宮氏を始めとする土豪の力が強く、軍事的な面を考慮に入れての建設地選びだったと思われる。残念なことに、如水の築城当時の本丸を始めとする建築物は残っておらず、これは観光用に復旧された模擬天守。元は三層の天守 だった。
 中津城主となった黒田如水は地元の豪族、宇都宮鎮房(しげふさ)に手を焼き、鎮房の娘鶴姫を長政の嫁に迎えると約して中津城 に招き、酒宴の席で鎮房を斬殺、宇都宮氏は滅亡した。鎮房の家臣は宿舎の合元寺で全員討ち死に、血潮に染まった白壁は以来何度 塗り直しても血痕があらわれるので、ついに赤く塗り潰したという。
今に残る赤壁の合元寺、何と歌舞伎にふさわしい題材ではない か!

 さて鎮房の娘はどうなったのだろう。日本城郭大系の抜書きに見つけた。
「広津川原で磔(はりつけ)にして殺した・・・」と。
あまりにもむごい仕打ち。これでは鶴姫も浮かばれないだろう。
せめて戦国の世にはかなく散った鶴姫を多くの人に知ってもらいたいと切に思った。
私は史実をもとに中津の人柱伝説を盛り込んで、天下取りに夢を賭ける大軍師、如水と誇り高い鶴姫の凄絶な恋物語に仕立ててみ た。
坂口安吾の『二流の人』でも知られた、天下を取り損ねた男、黒田如水。
父をだまし討ちされて、復讐に燃える鶴姫。だが人の心の不可思議さ、憎めば憎むほど如水への恋慕の情もつのっていく。か弱い女 の身で如水に一矢を報いることなど出来はしない。
身もだえする鶴姫。思いつめた鶴姫が自ら下した決断は・・・

取材と視察


取材と視察 2003.1.22〜23
国立劇場制作スタッフ4人と歌舞伎の舞台となる現地を取材。

 
合元寺ではインターネットでもお馴染みのお犬様がお出迎え。確か7年前もいたような・・・
突然の訪問にも丁寧にご案内をしてくださいました。
柱の傷は宇都宮鎮房家臣が惨殺された歴史の証。

 

東京からの制作スタッフは悪天候にも関わらず、精力的に今回の歌舞伎舞台となる中津、宇佐を視察。
特に舞台美術の方は舞台作りのイメージ作成に余念がない。
これがどのように演出され、鮮やかな色彩となり、舞台が作られていくのか非常に楽しみである。
 
中津城

ご挨拶


 「大力茶屋」上演から七年、この桜月に再び国立劇場で私の作品が上演していただけることとなり、生涯最大と思われた奇跡が二 度も起こったことに驚喜しています。
「大力茶屋」は天下無双の力持ちの娘を主人公に、早替りあり、妖怪変化あり、敵討ちありの江戸時代の夫婦愛をテーマとした話で 、光栄にも中村富十郎丈が人間味豊かに演じてくださいました。立稽古、舞台稽古、本番を通じてその存在感と品格に圧倒され、ま た、舞台作りにかかわってくださった方々の真剣な眼差しに、背中を冷や汗がツツーと流れ落ちる気がしました。

 今回上演の「斑雪白骨城」は「大力茶屋」上演の前年に書いたものです。
歌舞伎にふさわしいネタはないかと大分の情報誌をめくっていた時、中津の合元寺の赤壁に目が止まりました。
赤壁の由来を見ると、中津城主となった黒田孝高(如水)は地元豪族、宇都宮鎮房に手を焼き、長政の嫁に鎮房の娘、鶴姫(千代姫 とも)をもらいたいと中津城におびき出し、城内で鎮房を謀殺、家臣は合元寺で全員討ち死に、血汐に染まった赤壁は何度塗り直し ても血痕が現れるので、ついに赤く塗り変えてしまった・・・
中津城の一角にひっそりとたたずむ城井神社は、謀殺後、黒田が鎮房のたたりに苦しめられたため建立されたと言われています。

 では鶴姫はどうなったか・・・と見ると、「広津川原で磔にされた」の一言。愕然としました。戦国時代ならば同じような悲惨な 話が限りなくあったことは想像に難くないのに、この四百年前の一事件だけは何故か真に迫って私の胸に突き刺さりました。
婚礼衣裳を着てはしゃいでいた山城育ちの無邪気な鶴姫が見たものは、騙し討ちされた無惨な父のむくろ。そして自らも見せしめと して処刑される理不尽さ、無念さ。
私は、この歴史の表舞台からも抹殺されてしまった宇都宮の姫を歌舞伎に仕立て、世の光を当てたいという強烈な衝動に突き動か されました。猛女烈女がいっぱいの戦国乱世、鶴姫にも希代の軍師を悩ますほどの意地と度胸を発揮させたいと思ったのです。鎮魂 のために執筆にとりかかったはずの作業は、次第に眠っていた霊を起こすような、墓をあばくような感覚を伴い始めました。

 私の中の鶴姫は、日増しに誇り高く強烈な個性を持ち始め、如水を父の敵とつけ狙ううち、如水の人間離れした底深さに抗いよう もなく惹かれていく自分を許すこともできないという、愛憎の蜘蛛の巣に絡めとられて苦しみます。その果てにくだした究極の決断 は、自分の死によってみずからの面影を如水の心に永遠に刻みつけることでした。

 中津城は如水が着手し未完成に終り、細川忠興がほぼ完成したということです。築城に際して人柱を立てた史実はありませんが、 堀につながる山国川河畔には井堰建設の人柱となった鶴と市太郎の親子をまつる鶴市神社があります。

 中村梅玉丈の如水、片岡孝太郎丈の鶴姫。そのうえ梅玉丈ご自身による演出という格別の御厚情を賜り、これ以上の喜びはありま せん。また、森英恵先生による衣裳デザイン・コーディネート。
私にとっては夢のようなお話です。深い眠りから醒めた鶴姫が、嬉 しそうに微笑んでいるような気がします。
                              (公演パンフレットより)