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おやじバンド ザ・オールウェイズ!

あの懐かしの60年代~70年代が甦る!

閑話休題Talk about


  ===初めに===

 タイトルは「○○の日記」、「○○エッセイ」、「コラム○○」・・・等々、何でも良かったのですが、「閑話休題」と題し まして、雑感を書かせていただきます。
 閑話休題とは無駄話のようなものを意味すると勘違いしている御仁もいるやもしれませんが、本来の意味は話を本筋に戻すこと であり、閑話休題と書いて、「それはさておき」とか「よだんをもどして」と読ませることもあるそうです。
非文学的で全く個人の主観に偏った日記ほど、読んで不愉快になるものはないかもしれません。
その辺りご理解のうえで、お立ち寄り下されば幸いです。
全くの不定期の更新予定ですので、次回へのご期待にはそえないかもしれませんし、一回で終章となるかもしれません。
では、「それはさておき」新年早々の第一回目をお届けします。   2007年睦月

 


No.8 2012.03.01 ホームページもリニューアル


 結成時からメンバーだったS君が、家庭の都合もあり当分練習に参加できなくなりました。
それで、当面のヘルパーとしてOさんに登場願いました。
ついでながら古めかしかったホームページも全面リニューアルしました。
どうぞよろしくお願いします。


No.7 2010.07.25 再結成


 結成5年目を迎え、オールウェイズはメンバーチェンジもあって、リニューアルいたしました。
ベースが抜けたため、三人のギタープレーヤーがベースを分担することになりました。
負担の大きい方からファーストベース、セカンドベース、サードベース・・・と銘打って、次に来るのはホームベース?
いえいえこれがウッドベースなんです。これは、どなたにもご理解いただけない洒落ですが・・。
 さて、このメンバーに5月から女性キーボード奏者の参加を頂きました。
お陰様で大いに助かりまして、バンドの音の幅がひろがったように思います。
またこれまでなかったジャンルの曲にも挑戦できるのではと、喜びを感じます。
7月には早くもライブ出演いたしまして、これからのバンド活動がとても楽しみです。

No.6 2008.03.13 雑誌


 自分の所属バンドが地方雑誌に載るのは久しぶりです。
かつてミックスという地元新聞社の月刊誌に載せていただいたことがあります。
当時は「お父さんバンド」という特集で、津久見市の音楽仲間とともに、ひとりひとりがクローズアップされ、数ページに渡り、各々職場での模様などが取材されました。
 6月の日曜日、父の日にデパートの屋上での演奏いたしました。
あれから6年後、今度は名前も変わって「おやじバンド」です。
何となくもう少し庶民的タイトルになり、一回り平均年齢も上がった雰囲気です。
 近年、色んなメディア主催の「おやじバンド」コンテストが花盛りです。
たとえアマチュアでも、技術的に優れていることはもちろんですが、音楽の楽しみ方や、ステージのエンターテイメン ト性、さらにはオリジナリティが審査対象のようです。
こんな中でベンチャーズバンドが決勝へ登場することが少なくなったように思います。
目標とは言いませんが、一度は出てみたい・・・との気持ちは持ち続けたいと思います。

 1月の中旬、雑誌社から一本の電話が我が家にかかって来ました。
4月号からの特集で「おやじバンド」をピックアップしてシリーズ化したいとのことです。
その一番手に最もわかりやすいベンチャーズバンドが選ばれたようです。
今後リレー形式で、次々と次回バンドを紹介していくと言います。
さてこの雑誌名はご存じ「セーノ」です。
創刊一周年を迎えるこの雑誌は40歳以上をターゲットにした大人のコンセプト満載です。
撮影は一月下旬、津久見のライブハウス「リバイブ」で行われました。
記事の内容としましては、少年時代のベンチャーズ音楽との邂逅や普段の活動状況などをご紹介いただきました。
還暦を直前にして、これからのバンド活動はメンバーひとりひとりにとって、さらに貴重な時間となります。
「ゆっくりやればいいよ」との考えに間違いはありませんが、よ~く考えれば「それほど時間は残されていない」と思う方が、 やはり正しいですね。
 以前「還暦ベンチャーズも悪くない」と言ってた自分が、本当にその年になると、次は古希だ、喜寿だと、どんどんリミ ットを延長しなければなりません。
 Spring is nearly here 春がいっぱい♪
 桜前線もすぐそこまでやって来ましたね。

No.5 2007.10.22 あしたのジョー


 昭和43年初めて故郷を離れて学生生活が始まりました。
灰色の受験戦争をくぐり抜け、晴れて自由の身となり毎日が輝かしいもの?となりました。
勉強はそっちのけでバンド活動にのめり込むことに何ら抵抗がありませんでした。
社会に放り出される前の執行猶予のような気軽さ、ちょいと窓から世間に顔を突き出して、気障な台詞を嘯く背伸びしたモヤシ みたいなや せっぽちでした。
 そんな私らノンポリを冷笑するかのように、周囲の学園闘争は日々激しさを増して行きました。
かの寺山修司が天井桟敷を結成したのがその前年でした。
学内でのダンスパーティの帰り、いつものように下宿近くのお好み焼き屋さんで、ソースの滲んだマンガ本を捲りながら空腹を 満たしてい ました。しかしそのマンガの主人公「あしたのジョー」のようにはカッコよく生きられませんでした。

 あれから40年後、幸運にも、ジョーの生みの親「ちばてつや」氏の講演を聴く機会を得ました。
ステージ上、目の前ですらすら描いてみせるジョーや力石徹の絵に驚嘆の声が上がりました。
力石の名前「徹」は「ちばてつや」氏の「てつ」から取ったものであるとか、モデルはヨーロッパの某英雄の横顔とか、ジョー の話だけで も1時間たっぷりお話下さいました。
原作者梶原一騎氏との打ち合わせで、力石を劇中殺さなければ済まなくなった経緯や、そのひそひそ話を耳にした飲食店店主の 本物の殺人 事件との誤解、力石徹の“葬儀”で葬儀委員長を務めた寺山氏とのエピソードなどなど興味は尽きませんでした。
聞いた話は聞いた時間以上かけなければ、ちゃんとお伝えできないのが残念です。
 あれから時計は確かに約束どおり40年の時を刻みました。
「明日と言う字は明るい日と書くのね」とは、当時の歌謡曲の一節でしたが、では40年経って明るい日はやって来たでしょうか ?
確かに生活は便利になりましたが、よりせちがらい世の中になったように感じるのは何故でしょう。
今夜は久し振りにガットギターを爪弾き、三上寛氏の「夢は夜ひらく」を歌ってみましょう。
時代の風を思い出します。
♪風呂屋に続く暗い道 45円の栄光は あしたのジョーにもなれなくて 夢は夜ひらく~
いやあすごい怨歌です。
傍らで頂いたジョーのサイン色紙が笑っています。


No.4 2007.08.06 昭和の歌詞


 三ヶ月ほど前、図書館で、ある作詞家A氏の本をふと手にしました。
その本は多くのヒット曲にまつわる裏話や、その当時の世相や人の心情を投影したエッセイとも言うべき内容でした。自分の好きな曲に沢山付箋がつけ、何度か読み直しました。
読みこなせず本の返却期限が近づきますと、再度借り出すと言うことを繰り返しました。
 7月末、別府市内にて、NHKのエグゼクティブ・アナウンサー葛西氏にお会いできる機会がありました。
K氏は古典文化に精通された方で、その引き出しの多さ、奥深さに驚きです。
プロフェッショナルな方々の談笑の中で、私一人がとんでもない話題にふった際も、にこやかにその話を繋いで下さりました。
それは浅田次郎氏の映画「壬生義士伝」での東北弁に関しての葛西氏のエッセイのことでした。
葛西氏は宝塚や歌謡曲まで守備範囲は広く、津久見出身の若手演歌歌手もよくご存知でした。
またFMの歌謡番組では、作詞家A氏とこの四月からペアを組んでいました。
 ところが何ということでしょうか、葛西氏が東京に帰られた翌日、各メディアは作詞家A氏の訃報を伝えました。
もうお分かりでしょう、A氏とは阿久悠氏のことです。
阿久氏は昭和12年生まれ、自分より一回り上の丑年生まれです。
 モップスの「朝まで待てない」で世に躍り出た阿久氏はグループサウンズとも関わりが深いです。
昭和40年、テレビ製作の立場におり、第二のビートルズを発掘するべきアマチュアバンドのコンテストを実施したところ、期待 に反し、その大半が歌詞のないベンチャーズスタイルのイントゥルメント・バンドが大半であったと書いています。

 「歌は時代とのキャッチボール。時代の飢餓感に命中することが、ヒットではなかろうか」と阿久氏は自らのHPの中で結んで おられます。
あと数日でまたあの甲子園の熱い夏が始まります。
連載していた「甲子園の詩」も今年はもう読むことも出来ませんね。
 人前では鼻歌一つも口ずさんだこともないという阿久さん。
今頃は河島英五さんの対面に座り、ピアノで弾き語る「時代おくれ」を聞きながら、紫煙をくゆらせているかも知れませんね。

No.3 2007.04.01 地元紙セーノ


 「セーノ!」という地元情報誌があります。
「これからが面白い、大分の大人の情報源」とのキャッチコピー。
ミドルエイジを対象とした地域密着型の生活情報誌です。
4月1日、今日がその第二巻五月号の発売日でした。
昼休み、直ぐ近くの書店に行ってみますと、入り口付近のコーナーにうず高く積まれていました。
その内容は、旅、食、人、グラビア、暮らし、健康などという色々なテーマに挟まれて、今月のプレイガイドもあります。
ここに一流プロの舞台案内と並んで、何故か「オールウェイズ・ライブ」がちょこんとPRをされています。
しかも写真付で・・・くすぐったい気持ちながら、しっかり上から三冊目を確認して購入してきました。

 さて、セーノ!という雑誌名の由来は何なんでしょうか?
最初に思いつくのは、何か物事を始める時の呼吸あわせと言いますか、或いは掛け声かなと思いました。
指揮者のいないバンドでは、曲の入り方にカウントがあります。
「♪ワン、♪トゥー、ワン、トゥー、スリー、フォー」というのは4拍子の一般的な言い方。
ゆっくりした曲なら「スリー、フォー」から入る場合もよくあります。
この「スリー、フォー」の代わりに使う日本語が「セーノ」ではないでしょうか。
ところが、実はこの「セーノ」はイタリア語で「おっぱい」という意味だそうです。
「おっぱい」と聞き、ちょっと戸惑いを隠せません。

 この雑誌には当然地元の人が沢山出ます。
少ない自分の交友関係でも、何人かの知人が、それぞれの得意分野で大きく登場しています。
あの人も、この人も頑張ってなあ・・・と感心するのが素直な感想です。
この雑誌「セーノ!」に、これからの人生後半をどう楽しみ、どう生きるか、色んなヒントや提案が散りばめられていますが、 とりあえず私たちの今一番の興味は実に分かり易いです。
少しの楽器と仲間と時間があればいくらでも夢は広がっていく。
近い将来、還暦ベンチャーズも悪くない・・・
なんてことをエイプリルフールの日に考えています。

No.2 2007.01.07 がばいばあちゃん


 自分のHP内の日記で書いたものと同じものを、ここに書くのは気が咎めましたが、「三丁目の夕陽」と重なる時代背景や、い つも(Always)虹色の希望を追う生き様に共感できます。
「がばいばあちゃん」とは、一世を風靡した漫才B&B島田洋七氏の幼き頃の実話。
 貧しさ故に、小学校二年生で広島の母の元を離れ、九州の佐賀に住むばあちゃんの所に預けられた昭広少年。
極貧の中で、明るく逞しく生きる愉快なばあちゃんから、人生を教えたもらった二人で暮らした八年間。
 正月録画していた「がばいばあちゃん」は数日後にやっと見ることが出来ました。
原作を読みつくしているので、全ての台詞が照合できるのですが、それでも泣けてくるのは何でしょうか?
子役の演技の上手さでしょうか?それとも「貧乏」と言う共通項を持っているからでしょうか。

クライマックス。
長い間ばあちゃんと過ごした佐賀での生活を終え、母の住む広島の高校へ進学するために、昭広少年は今まさにお世話になった ばあちゃんとのお別れのシーンです。
忙しそうに鍋を洗いながら、辛くてわざと目を合わそうとしないばあちゃんの背中に向かって。
 昭広 「じゃあ、ばあちゃん行ってくるけん、夏休みには・・・」
 ばあちゃん 「はよう行け!」
昭広少年の姿が見えなくなってからばあちゃん感極まる。
 ばあちゃん 「いくな~~~」
     (ネタばれご容赦!)
あの武田鉄矢氏の母「いくさん」と同じ日本の母の心ですね。
さて、2007年、オールウェイズも今一歩前へ踏み出さなければと思っています。

No.1 2007.01.01 謹賀新年


 新年あけましておめでとうございます。
 オールウェイズは2006年4月のデビュー以来、未熟さを承知の上、8ヶ月間で21回のライブをこなし、各地で大恥をさらしして まいりました。
これまで皆様には、色んなライブハウスやイベント会場に足をお運び下さり、ありがとうございます。
拙い演奏ながらも、いつも優しくお見守りくださり、温かい励ましのお言葉に勇気付けられてまいりました。
残念ながら、目標にした1年間で50曲のレパートリー獲得は40曲で足踏みしました。また今後は一人一人技術の向上に精進し、1 曲1曲をもっと大事に仕上げてゆかねばと反省しきりです。
 さて、年明けまして、2007年、いよいよ団塊世代の大量退職時代がそこまでやってきました。
ビートルズやベンチャーズにカルチャーショックを受けた若者たちが、40余年の歳月を過ぎ、第二のターニングポイントに向か うところです。これからの新たなる生きがいを求めて、第二の人生を考えてゆかねばなりません。
そんな訳で、この団塊時代の人たちが何を考え、何を求め、何を模索しているかを討論すべく、あるテレビ番組が作られました。
1000人の全国の団塊世代の人たちをネットで結び、ゲストがディスカッションするという企画が先月収録されました。
私もこれに参加して、アンケートに答え、意見を提出したばかりです。
放送は1月8日19時半よりNHK総合であります。お時間がございましたら是非ご覧下さい。
テレビ番組が作られていく様をちょっぴりリアル体験して、さてどのように仕上がっているのか興味があるところです。
 さて、これからが冬本番、アウトドア派のベンチャーズは一番厳しい寒い時期となりますが、冬来りなば春また遠からずです。
室内でのライブや、普段の練習活動を充実していきたいと思う新年です。
驕ることなく、本年もバンド活動を楽しんでまいりたいと思います。
どうぞこの一年が皆様にとりましても穏やかで、素晴らしい一年になることをお祈りいたします。


 The Always
ザ・オールウェイズ

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