○ 新生児聴覚スクリーニングの問題


近年、新生児の聴覚スクリーニングを実施するところが増えて来ています。 早期発見はとても大切な事と考えられ、親の会なども、その推進運動をして来ました。 しかし、実際に新生児に対してスクリーニングを実施したところ、新たな問題も多数 出てきています。 私も聞こえない子の親です。 聞こえない事が判明した前後は、とても不安な時でした。 しょうちゃんが、1年過ぎて、聞こえないのではないかと診断された時、その確認のため ABR検査を待っていた数ヶ月間、結果が出るまでの期間、結果が出ても聴覚障害についての 情報がほとんど無く先の見えない日々、思い出したくもない、とても長い時間でした。 それを支えたのは、何だったのか? 今考えると、それは、無条件に抱きしめていられた 1年間があったからではないかと思うのです。 今、新生児スクリーニングによって、産まれたばかりの時に、いきなりその不安な時期が やって来るのです。母親にとっては、“マタニティーブルー”と言われ、普通でも精神的 に不安定な時期です。 そんな時に、突然「あなたのお子さんは聞こえていないかも知れ ません。」と言われれば、戸惑うだけです。この時、適切なアドバイスをしてくれる人や、 いろいろな情報を教えてくれる人が、十分に用意されているのでしょうか? ほとんど無いのが現状です。こんな状態でスクリーニングを行なってよいのでしょうか? 果たして、有効な検査となっているのでしょうか? ここで紹介するのは、十数年前、新生児期に聴覚検査を経験された親の経験談です。 この話は、新生児スクリーニングを進めて行く上でとても大切なことを示唆しています。
* 原文には、個人名などが入っていますので、一部表記方法を変更しています。




[基調発表・U]聴覚障害児の親の立場から 「新生児期に聴覚障害の疑いを告げられた一人の親として」


**市の聴覚障害児をもつ親の会の代表・**です。どうぞよろしくお願いいたします。 本日は親の会の代表としてではなく、新生児聴覚スクリーニング検査(以後、新生児スクと略す) で障害を発見された親御さんと同じような体験をした一人の親として話させていただきます。  今から17年前、1986年に渋谷区広尾の日赤医療センターで男の子を出産いたしました。 いくつかの障害のある子でしたが、特に左の耳介に形成不全があり、聴覚にも何らかの問題が あるかもしれないということで、生後すぐに精密ABRの検査を受けました。当時は、現在の 自動ABRがなかった時代です。その結果、聴覚刺激に反応なしということで、生後1ヶ月、 3ヶ月、6ヶ月とABR検査を繰り返しました。そのあと小児難聴専門病院を紹介され、7ヶ月で 診断が確定し、1歳で補聴器を装用いたしました。17年前といいますと随分昔と思われるかも 知れませんが、当時と現在、親にとっての困難さはほとんど変わっておりません。 このシンポジウムのためにいくつか親からのアンケート調査などを読ませていただきました。 21世紀に出産を迎えた親たちが、私と寸分違わない体験をし、親として同じ辛さを味わい、 同じ涙を流していました。その体験から見えているものをお話しさせていただきます。 <聴覚障害の疑いを告げられた親は?> ・ 大きなショックと不安と混乱に陥る  ・ 無事な出産の喜びもつかの間に奈落の底に突き落とされる  ・ 出産を祝う周囲の雰囲気の中での孤独感にさいなまれる(家族の中にいても) ・ なぜ私が?赤ちゃんを気遣うより自分がどうなっていくのかにおびえる 私は出産後の夜昼もない育児の中で身も心もぼろぼろになり、ベビーベッドの脇で涙にくれて いたのを覚えています。新生児スクにおけるアンケート調査でも、母親たちが「母乳が止まって しまった」「髪の毛がごっそりと抜けてしまった」などと答えています。また2001年7月の 出産でリファーを告げられたあるお母さんは、「産婦人科の先生は、産後はお母さんの身体が 一番大切と言いながら、なぜ母親の身体にこんなに悪い検査をするのだろう」と疑問をぶつけて きました。 その後少し落ち着いてきても、検査、検査の連続で安定した子育てはできません。 ・聞こえているか聞こえていないか、疑心暗鬼で子どもを試してしまう→寝ている子どもの側で  掃除機をかけて起きるかどうか試す。わざと枕元のドアをばたんと閉める。 ・医学書や障害関係の本を読みあさり、一喜一憂する。→これは今の親御さんはインターネットを  利用しています。 ・育児書の発達進度と照らし合わせ、いつも子どもをチェックしてしまう。 ・子どもがどう育っていくのか分からず、不安になる。 ・ただ養育するだけで、子どもの成長を楽しむ余裕が持てない 親たちの言葉として、 「子どもを愛しいと思えなかった」 「子どもに笑顔で答えることが出来なかった」 「心から抱きしめることができなかった」 という声があがってきています。 私自身は、3ヶ月時のABRでも反応がないと言われたときに、新生児期とはまた別な大きな 黒雲に覆われたような不安、暗い底なしの谷間を覗いたような思いにとりつかれ、夜もうなされ 熟睡できなくなりました。その時に求めたのは、自分と同じ思いをした母親に会いたい、 聴覚障害の子どもがどう育っていくのかを知りたいということでした。全国難聴児を持つ親の会の 当時会長をしていらしたOさんにお電話をして、泣きながら一時間もお話しをさせていただきました。 押さえ押さえても沸き起こる不安を、数歩先を歩まれた先輩の言葉で少しは消すことが出来ました。 <なぜ、母親にとって心身共に負担の多い新生児期に検査をするのか?>  アメリカ・コロラド州のヨシナガ−イタノが研究した論文(1999年)に、新生児期に発見し、 6ヶ月までに介入をすれば3歳の時の言語発達が正常児に近いという発表があり、日本にも 検査機器が輸入され、当時の厚生省が全新生児への聴覚検査スクリーニングを計画したと聞いて います。 新生児期の発見は親への心理的負担が大きく問題はある、しかしそれを補うだけの いい結果がアメリカで出ている、と。さて、ヨシナガ−イタノの研究内容は、本当にそのまま 日本に当てはまるのでしょうか?   その研究の舞台であるコロラド州は、家庭訪問支援プログラム(CHIP=Colorado Home Intervention Program)によって1985年から聴覚障害乳幼児がいる家庭に対する専門家チームによる週1回の 巡回支援が行われています。85名の支援者が、80〜120家庭を週末や夜間に訪問し、主に 家庭カウンセリングや乳児とのコミュニケーション支援をしています。それを行っていると 6ヶ月前に介入した場合と6ヶ月後に介入した場合とでは子どもの発達にかなりの差が出るという 報告です。またそれぞれの家庭で子どもと関わっていく方法は、聴覚法や聴覚口話法、バイリンガル・ バイカルチャー、トータル・コミュニケーションなどの四つのコースから親が選択できるように なっています。子どもが育つのはあくまでも家庭、安定した家庭環境の中で、母子のきずなを通して コミュニケーションは育まれる。ことばは学校や教室で教えられるものではなく、こどもが自発的に 伸ばす力である。専門家や社会にできることはその環境保障のための家族支援である、という考え方 からの超早期のアプローチが功を奏しているのでしょう。            翻って日本ではどうでしょうか?例えコロラド州と同じ新生児期に発見されたとしても、検査や 療育に遠くの病院や施設に通い、家族の負担は大きく、特に母親の心身の疲れが赤ちゃんにいい 影響を及ぼすとは思えません。またその家庭に上の兄弟がいた場合、さらにその負担はまし、 その兄弟たちも大きな犠牲を強いられます。 この写真(管理人注:写真省略)は、子どもが生後6ヶ月、確定診断が出る前の私が一番不安が 強かったころの写真です。隣りに写っているのが4歳上の長女です。長女にとってもこの時期が 過酷なものであったと思います。その当時は上の子のことまで気が回らず、親として本当にすまな かったと思います。私が笑顔を忘れていたように、上の子も笑顔を忘れていたのでしょう。 私たちは聞こえない子の親であると共に、聞こえる子の親でもあるのです。私には、コロラド州の 早期介入プログラムが、その広大な地理的な広さ故のやり方だとは思えません。母親ばかりか 家族全員の負担を減らし、安定した状態で聴覚障害の赤ちゃんを育てられるように支援するという きちんとした考え方に則って行われていて、いたずらに教育開始の時期を早めるだけの早期発見では ないと思います。 <早期発見、早期療育は親たちの悲願だった。    さて新生児スクはその願いを叶えるものだろうか?>  今まで聴覚障害は、音への反応や言葉の遅れに周りが気づいたり、乳児健診などで発見されて いました。 小児科医や保健師に相談しても「様子を見ましょう。」と言われ、その後聴覚障害が 判明したときに耳鼻科医から「どうして早く気づかなかったのだ。これでは遅すぎる。」と言われ、 二重三重に傷つく母親もいました。発見が遅れて、責められ傷つく母親がでないように、また その後の療育・支援がきちんと受けられるように、そして子ども達が持てる力を充分に伸ばして いけるように、それは親たちの長い間の願いでした。新生児スクは、親の悲願ともいえる早期発見、 早期療育への素晴らしい入り口なのでしょうか。  スクリーニングという言葉を日本語に訳すと、「ふるい分け」という言葉になるそうです。 さて何をふるい分けるのでしょうか?聞こえているか、聞こえていないかのふるい分けでは ありません。 聞こえているか、<聞こえていないかも知れないか>のふるい分けをするのです。 リファー(要再検)を告げられた赤ちゃんの約6割が、その後聴覚障害がないことが判明しています。 新生児期には聴覚障害の診断はできないということです。はっきりするまでには、赤ちゃんの 成長を待ち、早くても3,4ヶ月、かかれば1年もの日数が必要なのです。アメリカは、日本の ような乳児健診の制度がないと聞いています。なんらかの検査ができるのは、出産のために入院して いる1,2日の間だけ、その時期を逃したら、その後赤ちゃんの健康状態をチェックする機会がない。 それに比べ、日本には母子保健の体制があり、また母子手帳という素晴らしい手立てもあります。 そうした日本のシステムを利用し、もっと母親や家族に優しい発見の方法はうち立てられないので しょうか? 一番適切な時期に、一番当事者に優しい方法で、その後へとスムーズに繋がりが持てる やり方で、しかも遅すぎることなしに。こんな事は不可能なことなのでしょうか? <新生児スクにより広く世間に伝えられる聴覚障害のイメージはどんなもの?> ・早く発見すれば、普通の子のようになる。 ・聞こえるようになり、話せるようになる。 ・普通の学校に行ける、ろう学校に行かないですむ。 これは、検査機器のパンフレットやモデル事業をやっている地域の親向けの冊子、または地方議会で 検査導入を訴える議員の言葉に出てくるイメージです。聞こえること、話せることに大きな価値観を おいた考え方であり、ろう学校への差別意識の再生産にも繋がりかねないと思います。  確かに聞こえる親たちは今まで、確定診断の時に耳鼻科医から、補聴器をつけて一生懸命訓練すれば 話せるようになる、頑張れば普通の学校にも行けると言われて、それを支えに子育てをしてきたという 経緯があります。聞こえる子どもに一歩でも近づけ、普通の学校で周りに迷惑をかけず、頑張って勉強 する。それが聴覚障害を克服することだと。 しかしそうして立派に育て上げた成人の聴覚障害者から、親たちは何を突きつけられたのでしょう。 聞こえる人をモデルに育てられた苦しさ、インテグレーションの中での孤独、手話の必要性、学童期・ 青年期の同じ障害のある仲間集団の大切さなど、成人聴覚障害者からの身を削るような訴えの中で、 親たちは障害発見の時とはまた違う涙を流してきたのではないのですか。そうしたことが、医療者側や 社会にはほとんど伝わっていないのが残念でなりません。  2001年WHO総会で今までの国際障害分類が改定され、新しい概念ICF(国際生活機能分類)へと 大転換がなされました。障害をマイナス面からだけで見るのではなく、プラス面から捉える考え方と、 障害は周りの環境から大きな影響を受けて発生しているという認識が、その大きな特徴だと思います。 (資料集参照)   さて、新生児スクの検査を受ける時の説明、リファーの時、確定診断時の告知、その後の療育・支援 などでどのような障害のイメージが親たちに与えられているのでしょう。聴覚障害をマイナスの面から だけ捉えた説明がされているのではないでしょうか。また、補聴器がダメなら、人工内耳の手術がある とすぐに結びつけて話されることもあるのではないでしょうか。告知の時に医師から伝えられる内容で、 その親子の進む道が決まってきてしまいます。早く見つけて、早く治療し、聞こえる人のように育てる、 その地点からのスタートが、聴覚障害の子とその聞こえる親の真の幸せに繋がるのでしょうか。 「健聴者というテキストを空高く放り投げて生きていく」 「聞こえなくても立派な人ではなく、聞こえない立派な人を育てる」 これは私が、先輩の聞こえない方やお母さま方から教えていただいた言葉です。 今、私は大きな反省をこめて思っています。「聞こえない子の親となった時に、なぜ聞こえない成人の 方たちに会いに行き、その教えを受けなかったのだろう。聞こえる親である自分たちの世界へ近づけよう、 少しでも聴覚障害から離れた地点へ親子で行こうとしていなかったか。」と。時代は変わってきています。 聞こえる親たちも手話を認め、聞こえない子のことは聞こえない人に聞こうと動き出しています。 そうした変化の中で、専門家の皆様もどうか当事者の視点を入れて、取り組んでいっていただきたいと 思います。 親として抱いている疑問や要望などは、別紙に書き留めましたので、お読みいただきたいと思います。 (予稿集・参照)また、論文やインターネットから集めた新生児スクを受けた親たちの声と、私が直接 お聞きした親御さんの声も資料としてまとめてあります。(資料集・参照)併せてお読み下さい。 最後にもう1枚、写真を見ていただきたいと思います。(管理人注:写真省略) 先ほどの写真の1年後、私が息子と初めて心の交歓ができた頃の写真です。補聴器はつけていますが、 まだはっきりした反応は出ていませんでした。私のまばたきに息子が真似てまばたきを返してくれる という出来事から、心からの愛情で息子を抱けるようになりました。生後1歳半になっておりました。 人と人とのコミュニケーションは、心と心が通い合うことです。言語はそのコミュニケーションの 土台の上に育つものだと思います。リファーを告げられる母親たちに、一日も早く我が子と心の 繋がる日が訪れますように祈っております。以上、親の立場からの発表とさせていただきます。


○ 新生児聴覚スクリーニング検査を考えるシンポジウム記録集


この親御さんの報告は、東京の国立オリンピック記念青少年総合センターで ‘03年5月18日にシンポジウムが行われた中で発表されたものです。 その全内容をまとめた記録資料集が発売されています。新生児聴覚スクリーニングに 関連している方々は、是非読んで頂きたいと思います。

内容
予稿および講演記録: ・「新生児聴覚スクリーニングの意義と実際」三科潤 ・「臨床心理学からみた新生児聴覚スクリーニング検査」河崎佳子 ・「医療技術と生命倫理」松原洋子 ・「ひとつのコンテキストを理解するために」大杉豊 ・「新生児期に聴覚障害の疑いを告げられた一人の親として」橋倉あや子 ・「耳鼻科医の立場から」田中美郷 ・「早期発見・早期治療という医療概念は私たちを何処へ連れて行くか」上農正剛 ・シンポジウム討議内容全採録、 ・参加者アンケートまとめ 資料: ・『小児保健』掲載論文、三科潤 ・「手引き」作成に関わる要望(全日本ろうあ連盟)、 ・WHO新国際障害分類〜ICFについて、 ・関連新聞記事5点、 ・発表エッセー、立木孝、田中美郷、 ・「スクリーニング検査を受けた親たちの声」橋倉あや子、 ・後援団体連絡先一覧 ○限定出版ですのでお早めにお申し込み下さい。 1冊1000円(送料別) ○申し込み方法  1.氏名  2.送り先(郵便番号も)  3.連絡先(電話・FAX・メールアドレス)  4.必要冊数をお書きの上、下記にお申し込み下さい。 ・FAXの場合/03‐3203‐9938(トライアングル出版部) ・電子メールの場合/unhs_simpo@yahoo.co.jp ○代金(+送料)は、「シンポ記録集」到着後に、同封の郵便振替でお支払い下さい。


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