○ “バイリンガル教育”について

バイリンガル教育の考えは「聞こえない人の言語である手話を第1言語として最初に獲得させ、その手話を用いて 第2言語として、その国の書記言語を習得させる」です。 聴覚口話が聞こえる立場からみた教育法であるのに対し、バイリンガル教育は聞こえない立場からのものであると言えます。 このような考えが出て来た歴史的背景を先に説明してみます。


<トータル・コミュニケーション(TC)の登場>

1967年、アメリカのロイ・ホルコムがTCの考えを提案しました。 それは、当時、口話法の実践で行き詰っていたろう教育界において、まったく新しい考えでした。 「聞こえない子それぞれに最適な言語を使って教育しよう」と言うものです。 その背景を考えてみます。 当時アメリカを中心に聞こえない子供の言語力や学力に関する、調査研究が盛んに行われ、
  1. ろう両親に育てられた聞こえない子供の学力は、聞こえる両親に育てられた聞こえない子供よりも優れている。
  2. 就学前に口話法で教育された子供の学力と、特別な教育を受けなかった子供の学力の差は、就学後ほとんど無い。
と言う結果が出て来ました。 これは、何を意味するのでしょう?
1、に関しては、現在、日本の聾学校のベテラン教師に聞けば、同じ事を言うと思います。 今まで、手話を先に憶えると、日本語獲得が出来難くなると言う理由で聞こえない子供に 最初から手話を与える事をろう教育は禁止してきましたが、これが事実では無い事を表しているのではないでしょうか? ろう両親の元で育てられた、聞こえない子供は自然と手話が第1言語になります。 そんな子の方が言語力や学力が優れているのは、手話をまず与える方が良いのではないか? と言う考えが出て来ます。
2、に関しては、当時の口話法の効果が薄い事を如実に表しています。

このような調査研究結果から、聞こえない子供みんなに口話法をするのは無理があるのではないか? それよりも、手話も含め、ひとりひとりに合ったコミュニケーション手段を用いて教育をするべきではないか。 その結論がTCとなったのです。 では、その実践はどのように行なわれたのかと言うと、ロイ・ホルコムの主旨とは ズレて来て、その国の言語を習得する事が優先され、それまでの手話を改造してその国の言語と同じ文法で構成された 手話を用いた教育になったのです。(*1)

結論から言うと、思ったほどの効果は無かったようです。 日本に於いては栃木の同時法が有名ですが、全国に普及するまでにはなりませんでしたし、ろう者からは、 「そんな手話は使いにくい」と拒否され、書記日本語の力を付けるという教育的効果もあまり得られなかったようです。 人工的言語の難しい所だと思います。


<バイリンガル教育>

TCの結果から、ではろう者本来の言語であるその国の手話(日本では日本手話アメリカではASL)を用いるのはどうか? と言うアイデアから出てきたのがバイリンガル教育です。 この手法は北欧が先行する形で、スウェーデンで80年代に実践が始まり、現在さらにアメリカの一部で実施しています。 私が初めて知ったのは‘97年の福岡における「ろう教育を考える全国討論集会」での記念講演 「デンマークにおけるバイリンガルろう教育の成果と課題」からでした。 内容は、バイリンガル教育を実施したことによりそれまで低かった聾学校生徒の成績が 普通校生徒の成績と同等のレベルにまで引き上げる事ができた、というものでした。 私はこれに衝撃を受け 私なりにバイリンガル教育について調べたり 手話の勉強を始めました。

バイリンガル教育の特徴は、何よりも聞こえない人にとって一番自然であるということです。 聞こえる子供が自然に獲得していく音声日本語とほぼ等価に、聞こえない子供に手話を与える訳ですから 就学前に無理なく言語獲得が出来ています。その獲得した言語である手話により 就学後、勉強を教えてもらうのですから、一番自然ではないでしょうか。

日本の現状は、奈良ろう、三重ろう、などが幼稚部から手話を導入しています。 その報告によると、子供同士のコミュニケーションが育ち、聞こえている子供と 同等な内容で手話により話しているそうです。 そしてなにより元気いっぱいの子供たちだそうです。 私の子供が幼稚部の時、子供同士のコミュニケーションがあったか? と思うと、うらやましい限りです。
では、そこでバイリンガル教育が行われているかと言うと・・・ まだまだです。手話で教えることの出来る先生が少ないのです。 やはり日本手話ネイティブの聞こえない先生が必要ですし、その手話を使って どのようにして書記日本語に置き換えるかの教育方法も確立していません。 現在その辺りの事は先に上げた「ろう教育を考える全国討論集会」などで盛んに討論されていますが 今後の大きな課題です。 また、聾学校がやってくれないのならと、ろうの若者がフリー・スクールを開いています。 今後に期待したいものです。
  • (*1)日本で説明すると、それまでの手話は、ろう者が自然と作り出した手話であり 単語などは日本語と類似しているもの文法に関しては視覚言語と音声言語の違いから、独特なものです。 これを日本手話と呼んでいます。
    ここで出て来た手話は、日本語と同じ文法を用いた手話であり、単語は日本手話と同じようにしていますが 日本語の語順に合わせたり、日本手話に無い助詞を指文字などで表したりしています。 これを日本語対応手話と言います。
    手話の定義や名称は未だ整理されていませんので、多くの呼び方がありますので、注意して下さい。

もどる