○ 自己紹介

“ととさん”は大学1年の聞こえない男の子を持つ父親です。 この、HPを始めた頃は、半導体関連の技術者で半導体メーカーに勤めるサラリーマン。 “かかさん”は専業主婦で、手話サークル活動などに頑張っていました。 もちろん子供の教育担当主任です。 “ととさん”は、情報収集、渉外担当。 ですから、“ととさん”が仕入れた情報を基に二人で話し合い、教育の方針を決め“かかさん”が実施する体制をとっていました。
それが今では…、ととさんは成り行き上、独立した為、仕事を維持する為に四苦八苦。 すっかり、このHPも手抜きになっています。 かかさんは、ベテラン(?)通訳士となって日々走り回っています。

もうひとり、重要な人物がいます。 子供がいかにして「ことば」を獲得して行くかを、まざまざと教えてくれた、お兄ちゃんより3才下の“おーくん”です。 0才の頃から“かかさん”に連れられ、幼稚部に通ったせいか、親がついついしてしまう言語訓練のためか 口だけは達者なワンパク小僧…。でしたが、今は、無口で生意気な高校生になってしまいました。

お兄ちゃんの名前は“しょうちゃん”。‘92年8月生まれ、1歳半の時、難聴と診断され、聾学校の幼児相談室に通い始めました。 聴力は110dB程度の感音性難聴補聴効果はありますが、高音域は厳しい状態です。 幼稚部終了まで聾学校に通いました。 この聴力と現状十分でない言語力から考えると、このまま聾学校で勉強を続けるべき所ですが 聾学校の生徒数の余りの少なさと、学校の体制に不安を持ち、地域の小学校に入学しました。 しかし、小学3年生になるとき、本人とも話し合い、聾学校へ戻ることにしました。
そして、中学までは地元の聾学校へ通いましたが、高校へ進む時、大学進学を目指す為に普通科のある隣県の聾学校へ。 月から金まで寄宿舎で、週末は高速バスで2時間かけて帰って来ると言う生活を3年間続けました。 大学進学を目的に入った高校でしたが、のんびりとした性格の為か、勉強も進まず…。 かなり危ない状況でしたが、 最後まであきらめずに第一志望の筑波技術大学に合格しました。 でも親の目から見ても学力的には厳しいので、これからが大変だと思っています。

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